おいらが住んでいる愛知県豊橋市の牛川町にある西側北遺跡で、この度縄文時代草創期(15000年前~9000年前)の竪穴建物跡が出土しました。旧石器時代の狩猟を主にする人々とは異なり、このころには一定の場所で生活をする半定住生活を送るようになってきたといわれています。また、縄文時代草創期は氷河期も終わり温暖な気候になってきた時期ですが、中期の縄文海進が起こる前の気候で暖かかったのか寒かったのかはまだ議論の分かれるところだそうです。

 

とにかく、この遺跡が縄文草創期だと比定できる理由に、その建物の床の形状があるとのことです。縄文草創期の建物は床がすり鉢状になっていて、円形に近い平面形であり、炉が室内に設置されていないことが特徴だそうで、今回出土した建物跡も同様の特徴がみられるそうです。

実は今回の遺跡は実は市街地調整の一環で古墳を調査しているときに偶然出てきたそうです。

発掘当時の様子の写真ですが、右が縄文草創期の建物跡、左は古墳時代の方墳の溝の跡だそうです。

古墳時代の溝からは須恵器と思われる土師器が出土しています。

 

豊橋で一番目立つとがり山の石巻さんの西側なので三輪山のような山岳信仰の何らかの祭祀跡だったのかもしれません。

 

これが縄文時代草創期の建物跡です。

これだけ完璧な建物跡はそうとう珍しいそうです。

 

真ん中の十字に切ってある溝は基準の地層を調査した痕跡だそうです。

発掘中はこのように地平面の基準となる地層を残して発掘し、後日その溝のみ

深く発掘してさらにその下に何かないか調査したそうです。

周囲からは縄文の痕跡の残る土器のかけらも出土しました。

縄目の痕跡がわかりますよね。

 

残念ながら今回は木片や穀類等は出土しなかったので炭素測定はできないみたいなのですが、学芸員のお話では1万1000年前のものだろうというお話でした。

 

僕は今回のように古墳時代、弥生時代、縄文時代の遺跡が混在している例というのは見たことがなかったのですが、だれかそのような例を知っている人がいたらぜひ教えてください。

縄文時代草創期のこれだけ完璧な建物跡が出土することも珍しいのですが、さらに様々な時代の遺跡が混在しているところに、豊橋が古くからとても住みよい場所だったことがうかがえると思います。

 

 

 

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