日焼けの危険性

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いつもお世話になっております。
富山県の道路施設株式会社です。

とある日曜日の出来事なのだが、その日は本当に本当に暑かった。
しかも僕は炎天下の中、少年野球の観戦を半日していたのだ。

昼ごはんの時間を少しだけ過ぎたあたりで、野球観戦は終了した。気温はぐんぐんあがるばかりだ。

夏のような暑さもあり、当然このタイミングで上市町の大岩山へそうめんを食べに行こう!!というナイス企画が生まれる訳なのだが、それは中新川郡人にとってはセオリー通りの展開であって、そうめんを口に運ぶ前につゆにつけるくらいそもそもそうめんを食べに行く事が自然な流れであって、何の疑いもなく僕は大岩山へと向かったのでした。

美味しいなんてわざわざ表現する事すら失礼にあたるのではないか?というほどのそうめんを胃の中へ流し込んだ。レジの横に置いてあるステンレスの流し台には澄み切った水の中でメダカの学校のように群れを創るラムネ達が、いかにも無骨に掴み取ってくれ。と言わんばかりの表情をしていたので僕は夢中で期待に応えた。

僕の記憶の中では蝉の鳴き声が聞こえていた。おそらく実際はそんなはずはない。それくらいの夏模様だったあの日。

事件は起きたのだった・・・・

そうめん屋さんのすぐ隣に「100段坂」という、何かしらの特訓に使われそうな石の階段がそびえ立っている。ふくらはぎをパンッッパンにしながら。息を切らしながら。段数を数えていたら8割がた上ったところで100。完全に名前勝ちしてるじゃないか。(辛すぎて100以上は数えられませんでしたよ。)

ここを登ったら登場するのがみなさんお待ちかねの大岩山日石寺なんですが、なんといってもここは滝行が出来る事で有名なスポットでして。えぇ。
僕はテンションMAXで受け付けに行ったんです。

日焼けで真っ赤になった顔で。



僕「すみません!滝に打たれたいんですが!」

受付の方「え?え?今?」

僕「(鼻息は荒めだが無言で5.6回うなずく)」

受付の方
「こういうモノはちゃんとお参りする事を決めてきて。大体ね。これはお酒飲んでするもんじゃないのよ。」

6本滝に激しく打たれながら僕は叫んだよね。
「日焼けだよ!」

日焼けをした後に、陽気に振る舞うと酔っ払いと間違われる危険性がありますので、みなさんも気を付けて、紫外線の多い日にはクリームやサングラスなど防止策を取りましょうね!
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朝礼 1分間スピーチ 論

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少しだけ時間が出来たので更新しようと思ったのですが、そもそもこの「少しだけ時間が出来た」という言い回しについて考えてみました。道路施設株式会社です。

今朝、朝食の時に僕大好きな豆乳飲んでたんですね。調整豆乳っていう緑色のパックに入ったヤツなんですけど、僕ほんと大好きなんですね。マラソンの給水で出されてもいいくらい大好きなんですね。もう調整豆乳のプールで泳ぎたい。いや、むしろ溺れたい。それくらいの情熱を持って接しているわけです。調整豆乳。

で、あまりにも美味しいもんだから、今年小学校に入学したばかりの娘に
「飲む?」
って聞いたんです。本当は、あげたくないんですよ。僕、大人ですけど完全に調整豆乳を束縛してますからね。一人で1パック飲み干したいんですからね。
だけど次の瞬間僕は時が止まったかと思いました。
なぜなら返ってきた答えが

「いらん。まずいんだもん」

「いらん(いらない)」の時点で出しかけたガッツポーズの握り拳でちゃぶ台の事を叩きかけました。「まずい」というのは、個人の感覚であってそういう時は「口に合わない」とか、「私は苦手」とか言うもんやろがい。って思う前に素直に

「俺の調整豆乳の事、悪く言うな」

思ってしまいました。が、やはり、言い方(伝え方)というのはすごく大切で、食べたモノに対して「まずい」と表現する事は作り手を否定しているように捉える事が出来てしまう恐ろしい言葉に感じました。

兎に角、日本語っていうのは基本的に否定的な言葉や自分に負い目のある言葉を濁す傾向にあるわけです。
冒頭でも書いてありました「時間が出来たので」というのは単に「暇」だったのかもしれません。少なくとも暇なのだなコイツ。プププッ。とは思われたくない一心で発した言葉だった事に間違いはないです。
逆に考えるとこのブログを読んだ人が僕に対して「お前は暇人か!」と思った場合

「お前は時間が出来たのか!」


と言ってくれないと僕を否定しているように思われ、僕に逆恨みされる事となる訳です。

臭いものには蓋をする的な感覚だと思うのですが、自分の失敗や負けを認めたくないという感覚っていうのはみんなあると思います。ただ、こんな言葉があります。

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」

たまたま成功する事はあるけれど、たまたま失敗するという事は無い。失敗するには必ず原因がある。という感じでいいのかわかりませんが、僕はそういう風に解釈していて、この言葉を聞いてから、僕は失敗するたびに「どうして成功しないのだろう」とは思わずに「どうして失敗したのだろう」と勉めて思うようにしています。実は、似ているようでこの二つの表現は全く別物なのです。どうして成功しないのだろう?というのは失敗から目を背けた者が言う言葉なんです。実は。つまり「成功しない」=「失敗」だという事に気づかずに過ごすことになるんです。さらに、大きな問題は「失敗」が自分を否定している言葉だと勘違いしているという点であって

失敗や負けを無駄な言い回しで濁す必要はない。


という事なんです。

この話を今年度から始まった朝礼時の1分間スピーチに使おうと思っています。
また、勤務先で弊社のような朝礼スピーチのある人は、使って下さい。

100パー1分超えますけどね。

まぁ。それも立派な「失敗」じゃぁないですか。
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2016論

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新年明けましておめでとうございます。
本年も昨年同様にお客様にご満足いただける様、社員一同より一層努力して参ります。今後とも、変わらぬご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

さて、今年は2000年からちょうど16年。また2032年まで残り16年というカウントダウンがはじまる年でもあります。

「いやいやいや。ちょうど16年の意味が分からへんよ。」という関西圏の方。

「ウキキキキー!ウキキキキー!」という年男の方。

また、「2032年に何があるんだじょー?」というハタ坊圏の方。

そんなすべての皆様が安心して毎日を過ごせるよう、交通安全への願いを込めまして日々精進し、提案・取組みの強化に全力を尽くしていきたいと思います。



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