朝礼 1分間スピーチ 論

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少しだけ時間が出来たので更新しようと思ったのですが、そもそもこの「少しだけ時間が出来た」という言い回しについて考えてみました。道路施設株式会社です。

今朝、朝食の時に僕大好きな豆乳飲んでたんですね。調整豆乳っていう緑色のパックに入ったヤツなんですけど、僕ほんと大好きなんですね。マラソンの給水で出されてもいいくらい大好きなんですね。もう調整豆乳のプールで泳ぎたい。いや、むしろ溺れたい。それくらいの情熱を持って接しているわけです。調整豆乳。

で、あまりにも美味しいもんだから、今年小学校に入学したばかりの娘に
「飲む?」
って聞いたんです。本当は、あげたくないんですよ。僕、大人ですけど完全に調整豆乳を束縛してますからね。一人で1パック飲み干したいんですからね。
だけど次の瞬間僕は時が止まったかと思いました。
なぜなら返ってきた答えが

「いらん。まずいんだもん」

「いらん(いらない)」の時点で出しかけたガッツポーズの握り拳でちゃぶ台の事を叩きかけました。「まずい」というのは、個人の感覚であってそういう時は「口に合わない」とか、「私は苦手」とか言うもんやろがい。って思う前に素直に

「俺の調整豆乳の事、悪く言うな」

思ってしまいました。が、やはり、言い方(伝え方)というのはすごく大切で、食べたモノに対して「まずい」と表現する事は作り手を否定しているように捉える事が出来てしまう恐ろしい言葉に感じました。

兎に角、日本語っていうのは基本的に否定的な言葉や自分に負い目のある言葉を濁す傾向にあるわけです。
冒頭でも書いてありました「時間が出来たので」というのは単に「暇」だったのかもしれません。少なくとも暇なのだなコイツ。プププッ。とは思われたくない一心で発した言葉だった事に間違いはないです。
逆に考えるとこのブログを読んだ人が僕に対して「お前は暇人か!」と思った場合

「お前は時間が出来たのか!」


と言ってくれないと僕を否定しているように思われ、僕に逆恨みされる事となる訳です。

臭いものには蓋をする的な感覚だと思うのですが、自分の失敗や負けを認めたくないという感覚っていうのはみんなあると思います。ただ、こんな言葉があります。

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」

たまたま成功する事はあるけれど、たまたま失敗するという事は無い。失敗するには必ず原因がある。という感じでいいのかわかりませんが、僕はそういう風に解釈していて、この言葉を聞いてから、僕は失敗するたびに「どうして成功しないのだろう」とは思わずに「どうして失敗したのだろう」と勉めて思うようにしています。実は、似ているようでこの二つの表現は全く別物なのです。どうして成功しないのだろう?というのは失敗から目を背けた者が言う言葉なんです。実は。つまり「成功しない」=「失敗」だという事に気づかずに過ごすことになるんです。さらに、大きな問題は「失敗」が自分を否定している言葉だと勘違いしているという点であって

失敗や負けを無駄な言い回しで濁す必要はない。


という事なんです。

この話を今年度から始まった朝礼時の1分間スピーチに使おうと思っています。
また、勤務先で弊社のような朝礼スピーチのある人は、使って下さい。

100パー1分超えますけどね。

まぁ。それも立派な「失敗」じゃぁないですか。
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2016論

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新年明けましておめでとうございます。
本年も昨年同様にお客様にご満足いただける様、社員一同より一層努力して参ります。今後とも、変わらぬご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

さて、今年は2000年からちょうど16年。また2032年まで残り16年というカウントダウンがはじまる年でもあります。

「いやいやいや。ちょうど16年の意味が分からへんよ。」という関西圏の方。

「ウキキキキー!ウキキキキー!」という年男の方。

また、「2032年に何があるんだじょー?」というハタ坊圏の方。

そんなすべての皆様が安心して毎日を過ごせるよう、交通安全への願いを込めまして日々精進し、提案・取組みの強化に全力を尽くしていきたいと思います。



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意識高低論

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いつもお世話になっております。
富山県にあります道路施設株式会社です。

意識高めです。

どのくらい意識高いかと言うと、意識の頂上の方は酸素が薄く乾燥限界も低いため湿っているので、「意識高め」というよりも、「意識高い」のかもしれないですね。

いや。高いですね完全に。

「かも」は不要でしたね。
意識高いので、一度タイプした文字は消さない派です。

はっきりしておきたい事なのであえてこのタイミングで言いますが、僕は「意識高い系」とは全くの別物です。仮に、「じゃあ意識高いタイプですか?」と聞かれたらこれはおそらくひっかけ問題なのですが、逆に「えぇ。意識高いタイプです。」と答える余裕を持っているほど意識が高いです。

一般的に「○○系」や「○○風」と語尾についているものは○○ではない事を意味しており、それは同時に○○と対峙関係にある事となります。
ですので僕は「意識高い系」ではなく「意識高い。」に属するわけです。

具体的な例をあげます
今日の富山県。気温もグッと下がりかなり冷え込んでいます。空の状態も非常に不安定で雨が降ったかと思えば急に晴れ渡る。そんな昼下がりにふと西の空を見上げると「虹」が架かっていたんですね。
ここで一般人の意識レベルが徐々に上がっていく感覚を解説したいと思います。
そして僕との違いを見せつけますね。
ちなみに意識レベルは数字が大きくなるにつれ、意識の高さを表します。目安としましては意識レベル1から意識低い→2意識低い系→3意識普通→4意識高い系となります。
意識高いはレベル5です

意識レベル1
「あー腹減ったぁー」

虹を見つける

意識レベル2
「はっ!虹だ!え?え?まじで?」

意識レベル3
「なんて美しいんだろう。そうだ。この瞬間を切り取ろう」

パシャリ

意識レベル3
「きれいな写真が撮れた。生きてるって素晴らしい!この最高の瞬間をたくさんの人達と共有し分かち合いたい!」

意識レベル4
「やばい。分かち合いたい!とかこの俺の意識の高さ、尋常じゃない」

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ポチポチポチ
【いそがしい毎日。辛い事があるけど、雨は続かない。いつか晴れる。その時を信じて。だってこんなにも美しい人生だもの。】

よし。
意識レベル1へ戻る

・意識レベル高すぎな僕の場合
意識レベル1
(鼻水垂らしながら)「きょうのごはんなにかなぁぁ~ぐへへへ」

虹を見つける

意識レベル2
「昨晩がカレーライスだったってことは…しめた!今晩もカレーだ!」

意識レベル3
「いや。待てよ…ここは変化を加えてカレーうどんか!?カレーうどんなのか!?」

意識レベル3
(鼻水をふき取る)

意識レベル3
「あー。虹だー。」
↓↓↓
意識レベル6
「虹みたいにある一定条件において発生する現象っていうのは、夜間になると照度の感知によって点灯するライトであったり、温度が一定以上下がった場合に標示される凍結注意板に通じるものがあるな。こんなにも美しい虹だ。おそらく運転中の人もわき見運転をする可能性がある。どうだろう。虹の発生条件と同じ条件で浮かび上がるわき見注意の標識板を開発するっていうのは。いや、待てよそれではわき見運転者が増えてしまう。実用的なもので言えば最近、地吹雪地帯で、一定の風が起きた時にその風力を活かして発光する視線誘導標っていうものを見学したな。そうだ!濃霧注意地帯に、霧の発生条件と同じ条件下で風を起こす装置が作動する。なんていうのは…」

もうね、レベル5飛び越えて6たたき出していますからね。
意識高すぎですよね。

最後になりますが
みなさんと僕の最も大きな違いを教えます。
僕は、カフェで自己啓発本を読むアピールをしません。
それはカフェにいくお金が無いのと自己啓発本を買うお金が無いという奇跡のコラボレーションがその主たる理由です。意識高いも貧乏には勝てませんでした。

つまり
意識高い系の人達ってすごいやないかい。

って話なんですよ。
なにやら流行を流行らせないっていう風潮が流行っておる世知辛い世の中ですが、意識高い僕個人的には「意識高い系」と呼ばれる人たちが、世間に惑わされずにいつまでも「意識高い系」として高い意識を持ち続けてほしいと強く思います。
「意識高い系」が昔でいう「熱血」に似ている気がします。意識高い僕からいわせてもらえば似ているからと言って「意識高い系くにお君!」っていうゲームを作っても絶対売れないと思います。
長々と誰もここまで読みたどり着けないであろうブログを書き上げました。
満足いたしました。

それでは意識レベル下げます。

zzz
(鼻水垂らしながら)

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