小説.翼はいらない1Q72~第一章 麻友帰郷 | 散り急ぐ桜の花びらたち~The story of AKB.Keyaki.Nogizaka

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小説家を目指しています。ゆいぱる推し 京都地元大好き 鴨川のせせらぎと清水寺の鐘の音の聞こえるところに住んでいます。

 



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 1970年代~それは若者が最も自分らしく生きれた時代、言葉を換えれば飾ることのない自分を素直に受け入れてくれた仲間がいた時。毎日、友の為に泣き、友と共に笑えていた、輝く眩いばかりの蒼い時を、今一度、振り返ってみる、AKB48とともに。
 


 
 

蒸せかえるような人いきれが耐え切れず外に出た。
 

2000人をゆうに超えるほどの入学者が肩を寄せ合うように座る。中学校の体育館ほどの収容力はどうみても大學が新入生を迎える器ではない。

教会?そう思い周りを見渡すけど、十字架も見当たらないしパイプオルガンもない。


ホールと呼ぶには作りが厳めしく座席も備付けのものはない。
こういうのをいわゆる講堂と呼ぶんだろうけど、大学のパンフレットには2号館としかかかれていない。(後に教会を多目的ホールに変えたと知る)


「大学は新しいのに、なんでここだけこんなボロいんや」

夜行バスの疲れもあり、ついついそんな他愛もないボヤキも口をついて出る。人混みのなかから出れた開放感が、独り言にしては少し声を大きくさせたのかも知れない。


「このホールに罪はないのよ」


春の乾いた空気のなかに弾むようなメゾソプラノの声が背中に響く。
えっ、と思った時にはもう振り返る必要はなかった。
もう渡辺麻友は頬と頬がくっつくぐらいの近さにまで私との距離を詰めていた。


「ここを本来の意味で使わない人間が悪いのよ」 

彼女はそれだけ言って春の光のシャワーを浴びるように青空に向かって目を閉じた。

季節外れの、まるで触れれば溶けていきそうな淡雪のような肌が目の前にあった。

そんな彼女があまりにも眩し過ぎて何故か私も一緒に目を閉じる。

辺りに漂う春の盛りの桜香と彼女から甘くほんのり匂うバラの香りに柄にもなく私の心は躍った。

私は確かに東京にいる、その時そう思った

それが渡辺麻友との出会い。。


「ずっと見てたのよあの時、あなたのことを」

後に渡辺麻友はそう言った。

 

 

「 開始から30分も遅れて入ってきたくせに、席がないって大声で叫んでる、そんな声は聞こえないけど雰囲気で分かった。呆れて手を広げ首を振る係員。

じゃあここでいい、足で床を踏みつけるようにして彩はそう言った。 その言葉だけは離れていてもはっきりわかったの。

 

そしてあなたは荷物を置いてちょうどホールの真ん中の通路に体育座りで座り込む。

周りの視線が集中しても何も悪びれることなく前を向いてた。

その眼はキラキラというよりぎらぎら。でもわたしの周りでは見たこともないような輝きだった。

 

この人と友達になろう、その時そう思ったの。

あの眼のなかにあの瞳のなかに入れたら、もしかしたら私はここで生きていけるかもしれない。気持ち悪いよね、でも私はほんとうにその時そう思ったのよ。」

 

麻友さんが私の前でこれほど饒舌に喋り切ったのは後にも先にもこの時だけだった。


「下宿一緒に探しに行かない?」
入学式で知り合って、まだ1時間も経っていない会話じゃなかった。

「なんでわかるんですか?住むとこ決まってないって」


「ボストンバッグとギター背負って入学式に出る女の子が東京に住んでるなんて信じられる? それにあんた・・大阪弁やで」

その笑顔に一緒に笑ったけど、瞳のなかの彼女は笑っていないのを私は

その時から・・知っていた。

 

 

 





あれから2年


「帰ったら一週間もしないうちに初雪が降るんだよ、越後妻有は。」

送って行く、このまま一緒にこのあずさに乗って・・、

そんな衝動を私は抑え切れずにいた。 言葉にはならないそんな私の想い。
 

けれど・・

「嬉しいけど母ちゃんの泣くとこ見せたくないし」 麻友さんはいつもと何も変わらず、顔に笑みさえ浮かべてそう言った。

何も変わらないよ、あなた達は。私がいなくなっても。
彼女はいつもそう。自分の存在を否定したところから話しを始める。
心ではこれっぽっちもそんなことは思ってないくせに。

「誰も来ないね」
 

「言うてないねんから、来れるわけないし」
 

「そうね」
 

「言わないでって言うたんもあんたやろ」

 

いつもの会話いつもの言葉
この人が見ているものを私達はいつもその瞳で推し量ってきた。

その言葉で惑わされてはダメ。渡辺麻友から出る言葉は単なるあくびとそんなに変わらない。

 

「これは彩が持ってて」

それは手元に一冊しか残っていないはずのまゆゆの詩集だった。

「取りに帰って来るから・・必ず。だから持ってて彩が。」
扉が閉まるまでの数十秒、その詩集を握りしめたまま私はもう何も言えなかった。

平日の午後の人気の少ないホームに発車のベルが鳴り響く。

 

 

――東京に負けたんだよ、結局私は。男に騙されたなんて思っていない。

   この街では化かし合いがすべて。信じたほうが負けなのよ。――
本音やないのは分かってる。この人が悔し涙を流した夜は一度や二度やない事を私たちは知ってる。

 

 

 

「泣いたらあかん、麻友さん」

「さ・や・か・だ・よ 泣・い・て・る・の・は」
 

聞こえるはずのないガラス越しの向こうに、伝わるはずのない声が届く
麻友さんがつくった精一杯の笑顔も涙で滲んで見えなかった。
夕日が東京駅のすべてをセピア色に染めていた。


 

詩集の間に挟まれた一通の手紙、桜色の便せんからはいつもの麻友さんの匂いがした。

 

 

彩へ、泣いてなんかないよ、私は
麻友の涙は泣かない涙 そう言ったのは彩たちじゃない
幸せをつかむまで、もう私は泣かない

一晩中泣きぬれたあの夜にあなた達の前で誓ったのは嘘じゃない
そう、私は東京に負けたわけじゃないんだ
美音、由紀、彩、美穂、志津香

そのことを教えてくれたのはあなた達
私はすこし生き急いでいただけなんだよね
私の夢 私の笑顔 それはちょっとの間、みんなに預けておくよ


私が何処にいようと、あなた達が何処で歌っていようと
その詩集があなた達の手元にある限り
きっと私は戻って来れる

今は笑うことさえ忘れてしまった私だけれど
いつか きっと 笑って見せる あなた達のまえで

急ぎすぎたときはもう振り返らない

だから自分の脚でしっかりと歩むことを私は選ぶ

もうわたしには
翼はいらないんだ


                


次回「莉乃と由紀」~闘争員指原莉乃につづく

http://ameblo.jp/doujouji1991/entry-12156804882.html




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