読書って何なんだろうね

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『読んでいない本について堂々と語る方法/ピエール・バイヤール』って本を読んだんですよ。タイトルがおもしろそうだったので、買って読み始めたもののいまいちピンと来なくて放ってあったんだけど、ちゃんと読んでみるとこれは目からうろこかも知れない。

読書っていうと1冊の本をはじめから終わりまで読むのが当たり前って思ってて、僕も当たり前のようにそうしてたんだけど、この本によれば「ざっと読んだ(流し読みをした)ことがある本」「人から聞いたことがある本」「読んだことはあるが忘れてしまった本」は読書のレベルとしてどれが上か?みたいな話でこれは、意外と見落としがちな問題かもしれない。

例え読んだことがあっても10年、20年前に読んだものなら、ほぼ記憶は残ってない。本書でシェークスピアの「ハムレット」がとりあげられていたけどコレ読んだのは10代だったと思うし、もちろん記憶はない。読んだことはないけど今、ウィキペディアで調べてきたって人にも負ける自信がある。だったら、読んでも、読まなくても同じ?う~ん、どうしてもこれには同意はしたくはない。が、確かにね……

本に限ってはじめから終わりまで読んだとしても、例えば新しく見つけたサイトやブログを全部読むっていうことが可能かどうか?結局は最新のエントリー以外は流し読みになるのは避けられないし、全部読んだところで全部を記憶できるわけでもない。

本は読んだ人の「内なる書物」という新しい本にになるっていう考え方も面白かった。同じ本について話題にしたところでそれぞれが持つ「内なる書物」を持ち寄って会話しているに過ぎないから、完全に一致することはない。これはアマゾンや読書メーターなんかの感想を読んでいても感じることで、各人が読んだ本から、まるで2次創作でもしてるみたいに感想という新たな作品を作っているっていう感じがする。本当に同じ本を読んだんだろうかっていう感想も目にするけど、それを書いた人からすると僕の感想が異質に見えるんでしょうね。

ネットが普及してから、随分立つけどいまだに本というものはネット上の文章とは区別して神聖化されているように感じる。もしこの区別をなくすことができたら、これら全体を文章を使ったコミュニケーションととらえ直すことができたら、もっと読書というものの本質が見えてくるのかもしれないんだけどね。

とはいうもののこの本の存在自体がジョークであるっていうことを念頭に置いて読まなければいけないのは言うまでもない。もし、真面目な人が手に取って真剣に読んでしまったら……っま、このタイトルを見て読んでみようって人は大丈夫だと思うけど。
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アニメ『NEW GAME!』の感想でも書こうか……

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前回更新から、気がついたら1週間経ってたんですね。とりあえず、記事書いときます。アニメ『NEW GAME!』の感想でも書こうかと思ったんですけど、この手の日常アニメってホントに感想らしいことって出てきませんね……面白くないわけじゃないんですけどね。ニコ動のコメで、「ぞいって言え」とか「かいしゃぐらし」とか僕的には結構うけてるんですけどね。今期はじまったアニメで今見てるのは結局コレだけです。

日常アニメってのは爆笑するようなギャグっていうよりはゆるーい掛け合いが続くっていうか、ま、大きなヤマもオチもないってのが通常です。こういう趣旨のアニメに対してときどき「こういうアニメで笑ってるやつの笑いの沸点って低くね?」みたいな発言がありますけど、別に爆笑してるわけじゃないですから。ただ、ニヤってする程度だけど、それがいいんです。もし、このアニメみたいなかわいい女の子たちがガチで、ましてや体張って笑いを取りに入ったら?想像してみるといいです。そういうことは芸人さんたちにお任せした方がよくないですか?もちろん例外はありますよ、例えばこれとか……



あの、これもね大爆笑とかじゃないんです。全話見たけどね……なんか、疲れるし、ニヤニヤアニメだなあ。このアニメは『日常』というタイトルのアニメであって一般的な「日常アニメ」とはちょっと違うかな。見て、疲れるようじゃね……癒しの要素がほしいわけですよ。で、テンションは低めの方がいい。で、次のアニメなんかが僕にはちょうどいい。




『苺ましまろ』です。このアニメは僕がはじめて幼女萌えを発症したアニメちいさな女の子たちの成長をともに喜び、慈しむ心を育んだアニメで(←表現の仕方を工夫してオタクの地位をこれ以上下げ無いようにしよう!)「かわいいは、正義!」ロリアニメの金字塔ともいうべき歴史的傑作なわけですけど、僕の一押しのキャラは意外にも伸恵さん(20歳)なんですよ。これはできる妹の千佳(12歳)とダメなお姉ちゃん伸恵という黄金の組み合わせになっているわけで、こういう場合は無条件にお姉ちゃん推しになってしまう僕の嗜好性のためでありまして……まてよ、話が逸れたな。元に戻そう。

日常アニメ(あくまでオタクアニメにおける)では大抵次のようなものが避けられます。

○登場人物たちの悩みや葛藤、努力
○恋愛描写(あっても進展しないor成就しない)
○親子関係(もしかして他界してるの?って不安になるくらい登場しない)

もちろん例外もあるし、この3つ全部避けてシナリオをつくること自体困難を極めることなので、薄味ってことで理解してください。これ、みんなオタクが避けて通ろうとしていることなんですよね。日常を丁寧に描いて幅広い層から支持されるジブリのアニメなんかをみれば、この3つは重視されてるし、もちろん、どんな映画、小説なんかでもその辺を無視している作品は少ないですよね。この手のアニメは現実逃避を目的として作られているし、その目的で消費されているってことなんです。人生の中で面倒なことの代表みたいなものだから逃げたくなるのも当然だし、実際、僕自身逃げてきたしね。でも、逃げ切れなくなる時はいつかは来るんですよ……とコレは10年くらい前の自分に言いたいことだけどね。この辺でやめておこう、説教臭くしてもしょうがないから。

これ『NEW GAME!』の感想じゃないね……ゲーム制作つながりで今日制作したのは



ウェイトレスを登場させようとして作ったらこれだけで、1時間弱。人間のキャラチップは男と女のテンプレートがあってそれを改変するだけだから比較的簡単だけど、モンスターなんかで1から描いてたら3~4時間。もう、気が遠くなってきた。ドット絵自作は、その必要性をよ~く考えてから実行に移しましょう。マップ作成でも足りないチップがある度に作業が中断するし……

ウディコンの方はどうにか4作品投票してきました。プレイ自体はもっとやったけど採点があるので絞りました。もっと貢献するつもりだったけど、この時期に仕事が忙しくなるのは想定外だったもので……週6日フルでやってますからね。

今回もなんかよくわからない記事になってしまいました。こういうことはツイッターでつぶやけばいいんだろうけどね、フォローしたい人もいっぱいいるんですよ。でもはじめたら、夢中になるのは目に見えてるんで自粛してます。ゲーム制作の方の目途を付けない事には……その時が来たら、是非よろしくお願いします。
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前回、更新の記事でオリンピックに全く触れなかったんですけど、書くのを忘れてしまうくらい興味がないんです。別にオリンピックだけじゃなくてスポーツ全般、やるのも見るのも。というわけで華麗にスルーします。

ストーリー性とゲーム性の両立の難しさについて語るわけですが、これを一般論として語ろうとすると難しいので僕が前作の『NEW TOWN RHAPSODY』を作る際に考えたこと、つまり個人的な事情みたいなものを書いていきたいと思います。今回はRPGに限定して考えてみたいと思います。

まず、ストーリー性重視のRPGとゲーム性重視のRPGの違いについて触れておきましょうか。

○ストーリー性重視のRPG
これは、制作者(語り部)がプレイヤー(聞き手)に一方的に与えるものであって、そこにプレイヤーが介入する余地はないか、あまりないという場合がほとんどだと思います。制作者が用意した段取り通りに進行します。ストーリーをうまく伝えるにはストーリー(大きな物語)を構成する個々のエピソード(小さな物語)をうまく積み重ねていく必要があります。ひとつひとつのエピソードがうまくできていてもそれを見せる順番やテンポ、緩急の付け方、そしてそれらをうまくつなぐための伏線や様々な工夫、これらがひとつでも崩れると全体としてのストーリーの良さ、面白さは軽減してしまいます。はっきり言ってしまえばプレイヤーの口出しは一切無用なんです。すでに完成された表現手法として小説、漫画、ドラマ、アニメ、映画等、これらはみんなストーリーを重視したエンターテイメントです。

○ゲーム性重視のRPG
こっちは制作者(ゲームマスター)がプレイヤー(遊び手)に行動の自由を与えておいて、そのアクションに応じたリアクションを返すようにあらかじめイベントを用意しているゲームです。もちろん、プレイヤーの行動をまったく制限しなければ、用意すべきイベントも無限に増えてしまうので、プレイヤーにいくつかの選択肢を与えるという程度の自由に限定されるのですが、プレイヤーの意思決定がゲームの結果を左右するのが特徴です。

『NEW TOWN RHAPSODY』の場合はストーリーを見せることに重点を置いたため、ストーリーの間に挿入される戦闘やマップの移動、ダンジョンの攻略等はとにかくスピーディーに進行する必要がありました。(これは完成後のテストプレイで気づいたことですが)せっかく、手の込んだシナリオを書いたところで、どこまで進んだか、途中でわからなくなってしまうと意味がありません。これは多くのJRPGが抱えている問題ですが、戦闘や成長のシステムを複雑にして試行錯誤できるようにしてしまうとそっちに夢中になっている間に肝心のストーリーを忘れてしまうという問題が発生します。これは[ストーリーのパート]と[戦闘、その他のパート]が別物になってしまっていてその2つを平行して進めているに過ぎないという話なんです。

この問題に加えてフリーシナリオRPGと呼ばれるような数あるイベントのうち、どれから攻略してもいい自由度の高いものだと、個々のエピソードを見せる順番もプレイヤー次第になってしまうため、大きな物語としてのストーリーを組み込むことは困難になります。

要するにゲーム性を高くしようと思えばストーリーの方はあえて簡素なものにして最低限の世界観を伝えるようなエピソードのみにしてしまった方がいいということなんです。プレイヤーが自分の意志で行動しているのに(あるいはそのつもりでいるのに)突然、主人公がプレイヤーの意に沿わないセリフをしゃべりだしたり、これからしようとしていることがあるのに勝手に事件に巻き込まれるみたいなことは、プレイヤーを興ざめさせる結果になってしまいます。

今回、作っている『くうねるクエスト』はゲーム性の方を重視したものにしたいと思っています。プレイヤーになるべくできそうなことを見つけてもらって、やってもらう。するとそれに対するリアクションがかえってくるっていう面白さを提供したいんです。そのため、ストーリーで引っ張っていくという手法は使えません。ここが難しいところで要するにプレイヤーの好奇心をどれだけ刺激できるかってところなんですよ。人の気持ちを動かして、何らかの行動につなげるってのは並大抵じゃないエネルギーが必要です。上手くやれるかどうか、不安になっている当方の気持ちもご理解いただけるでしょうか?

制作の方は試行錯誤が必要なので、いつ完成できるかってのが不透明です。前回と同じ方針でプレイ時間1時間くらいのものだったら、とっくにできているはずなんですが……

僕はちょっと夏バテぎみです。体の方は丈夫にできているのでどうってことないですけど、頭の方がバテぎみです。そんな奴いるか?とか言われてもここにいるんだからしょうがないじゃないですか……暑い日が続きます、皆様、熱中症や夏バテ等、気を付けてお過ごしください。

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夢中になれる力

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今、欲しいのはこれ、「夢中になれる力」です。とにかく何かに熱中できる人がうらやましい。僕が最後にゲームに夢中になったのってPS2の『ロマンシング サガ -ミンストレルソング-』なので、もう10年以上前の話ですね。1日10時間とか普通にやってたはずなんですよ。それが最近は1時間ぐらいが限度、全然続かない。それがわかっているので、今回のウディコンもダウンロードするのはプレイ時間が短いのばっかりになってるんですよね。長編となるとはじめるまでが億劫でどうしても後回しになってしまう。『箱庭フロンティア』もまだ進捗3分の1くらいです。やっとコツらしきものをつかんできたとこです。夏バテかな……とか言い訳したいところだけど、年中やる気が出ないのでどうしょうもないですね。

ゲームに夢中になれないゲーム制作者なんてのはその存在意義からしてどうなんでしょう。制作の方も最初、ドット絵を打ち始めた頃ちょっと、やる気が出てたけど4月から今まで全くやる気が出ないばかりか、我慢して我慢してどうにか1時間制作ってのを続けてるんです。ここ最近は週2~3時間くらいで、制作自体をやめたくてやめたくて仕方がない。今作ってるゲームはどうも失敗作かなって気がしてるっていうか、たぶん失敗するでしょうね。まあ、前作も同じこと考えながら作ってたし、完成していざ、投稿しようって時には自信とか何もなくて、このまま投稿せずに全削除したらせいせいするんじゃないかとか考えてたくらいで、我ながら、同じことばかり繰り返してるな……

昔は自分がつくるゲームは絶対に面白くなるっていう謎の自信があったんですよ。そのころに比べたら今の方がマシなのを作れるはずなのに自信の方を喪失してしまってるんです。ウディコンのゲームをいくつかやってみてウディタの技術の差みたいなのを感じてしまってるのも理由の一つでしょうね。僕がマシにやれるのはおそらく、シナリオ、絵、音楽であって、それはゲームに彩りを添えるものであっても、決してゲームの本質的な面白さを左右するものではないということにとっくに気づいてしまってるんです。だから、僕の持ってるものを活かすならノベルゲーを作るのが一番なのはわかりきってるのにあえて、またRPGを作ってるのはコレに未練があるってことなんでしょうね。僕が、過去に作ってきたのは、ほぼすべてRPGですから。(RPGツクールで制作してたから当然と言えば当然だが)

ふりーむ!のコンテストが今回も開催されるのか謎ですけど、一応そこを目指して作ってみようかなとは思ってます、どうなることやら……相変わらず、グチばっかですね。次回更新はもうちょっとマシな記事にしたいと思います。

大好きな季節

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いや、夏真っ盛りです、イベントも目白押しですね。海、プール、花火大会、夏祭り。っま、40前のおっさんには縁のない話ですが……この辺のイベントってアニメの中だけの世界って感じで、ホントに実在してるんだろうか?海もプールも小学校以来行ってないし、花火大会、夏祭り?やっぱり、小学校の頃が最後だな……青春なんてものとは無縁の人生ですが、それでも好きなんです、夏。夏が終わりに近づくとなんかさびしくなるんですよね。今年も何にもしなかったなってね。もちろん、今年も何もしない予定です!!

僕みたいなのは、部屋でゲームやってるのが性に合ってるんですよ。ゲーム制作者にはそういう人が多そうだし、もちろんそうじゃない人もいるんだろうけど、大半はそうですよね。←ひどい偏見だな……

あいかわらず、リド・カインさんの【PENETRATOR】(第八回WOLF RPGエディターコンテスト参加作品)をやってます。初日にちょっとやって、150万点台が出たので、もうちょっと上を目指せるだろうと思ってたんですが、伸びないね……とりあえずのハイスコア。


とにかく上手くならない。20代の頃はこんなことなかった気がするんだけどなあ。年のせいにはしたくないけど確実に影響は出てる。このゲームは「避ける」と「弾を当てる」を同時にやる感じでそのバランスがかなりいいと思います。シンプルながら面白い。デスクトップに置いて、ヒマな時に数プレイずつ出来るのも、飽きが来ない要因だと思います。理論上は200万まで出せるようなのでもうちょっとやってみようと思います。

今回はまあ、愚痴りたかったってのが本音で、つまらない記事になってしまいました。こんな日もあるってことです。
進捗状況とそれに関連する記事をここにリンクしていきます。このゲームが完成した時、これがそのまま制作記になるわけです。こんな風にリアルタイムでやることのリスクは十分理解していますが、途中でネタが尽きたり、更新をサボったり、グダグダになったり、それら含めてリアルな制作記になる予定です。

2016/1/31報告 コンセプトの説明とドット絵製作開始

2/7 洋ゲーとの出会い~高校時代にやったウィザードリィとウルティマの話~

2016/2/13報告 ドット絵製作の進捗と前作の反省、投稿前の心境

2/19 創作における羞恥心の効用 ~妄想から創作へそれは他者の目を意識することから~

2/23 意味よりも言葉の響きが大事 ~そもそもネーミングセンスって何?~

2/26 ありがちなフレーズを言い換えてみる~大事なのは何を伝えたいか~

2016/2/28報告 自作マップチップを使ったマップ公開

3/2夢の中で見た最高のゲーム~「対象a」を追いかけて~

2016/3/6報告 進捗状況とドット絵をはじめた頃の話

3/8ウディタリアンに100の質問~作者のことを知りたい人必見、そんな人いるのか?~

3/13配られたカードで勝負する~うちはうち、よそはよそ~

2016/3/20報告 このゲームはリメイクですという報告

3/22黒歴史ミュージアムにようこそ~みんなこんな感じですよね?~

3/30よぉ~くわかる、フリーゲームのつくり方~フリーゲーム制作の裏側~

2016/4/3報告 テキストで勝負したいという報告

4/7選択の自由がもたらすストレスについて~人生は選択の連続です~

4/11映画「トレインスポッティング」の感想~物語を動かすエンジンは欲望?~

2016/4/17報告作業すすまねぇーという報告

4/24ブログ運営方針ひとり会議~創作の原点に立ち返る~

5/8酒と泪と男とゲーム制作~恐るべきさぬきうどん~

5/15アメーバ大喜利~僕のボケは天然もの?~

2016/5/22報告BGMとマップの進捗状況

5/29「書きたいこと」と「読者が読みたいこと」のギャップを考えているうちに……

6/6孤独のTwitter~フォローはすべてブロックします~

2016/6/19報告タイトルは「くうねるクエスト」

6/236月23日の日記~本日ハ晴天ナリ~

6/27ゲーム制作は1%のアイデアと99%の実作業である~今日もまた適当に~

6/29クソゲーとは何か?~どうか愛してほしい~

7/4ちょっと進捗報告でもしとくか~変なゲームだって言われたい~

7/9ちいさな一歩はおおきな一歩~草が生えてたから食ってみた~

7/13昨日の続きの今日は……~信頼関係を構築するには~

7/19杏マナー~お約束の中だるみ~

7/24第八回ウディコン開催中~僕の持つ武器はしょぼさか?~

7/26ゲームを構成する3つの要素~スキル、運、労力、そのどれもが大切~

7/31やっぱりヒロインは必要~ああ、うるわしの王女様~

次回報告は未定

やっぱりヒロインは必要

テーマ:
この1週間、仕事が忙しくてウディコンのゲームはほとんど手が付けられていません。今日も昼寝してたし……とりあえず某巨大掲示板群(←これ今でも通じますか?特に若い方)で話題になっていた『PENETRATOR』をやってみました。クリア自体は簡単ですが高得点を狙うには工夫が必要なようです。1プレイ5分なので気軽にリトライできるのがいいですね。敵の出現パターンを覚えて先回りできるようになれば得点も伸びるんじゃないでしょうか?とはいっても、僕はもう長い間シューティングゲームをやってないので高得点が狙えるのかどうか?(わりと最近やったフリーのシューティングゲームらしきものはこちらです、とっても面白いです)ウディコンの結果が出るころまでやってみてそこそこのハイスコアが出たら発表したいと思います。その他プレイしたゲームもその時に感想を書きたいと思います。あんまり、数は多くないと思いますけどね……

ゲーム制作の方も大して進んでいませんが、とりあえずヒロインを出そうと思います。やっぱり、何か足りないと感じていたんですよ。





適当に描いたラフ絵です。童顔の王女様、こんな見た目ですが27歳です、合法ロリです。設定は「17歳の頃から見た目が1ミリも変わっていない王女様、王室が公式に発表している年齢もこの10年間、ずっと17歳のまま。しかし、誰も突っ込まない、突っ込んだら負けだと思っている。」

このヒロインをライバルと取り合う展開になるんでしょうか?モンスターと人間が人間の王女様を取り合い?かなり無理があるのはわかってるんですがギャグゲームの場合、無理な設定をぶち込んで、強引につじつまを合わせるくらいの方が面白くなる気がします。鋭意、シナリオ改変中です。この際、出てくる中ボスなんかも全部、美少女にしてしまうのも手か……?

やっぱり、ダウンロードしてもらうためにスクリーンショットが重要だと今回のウディコンで再確認したところで、エサになる立ち絵を増やしたいと思います。それでは。

ゲームを構成する3つの要素

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最近読んだ『しかめっ面にさせるゲームは成功する /イェスパー・ユール 』の中でゲームを大きく分けて3つに分類していたのでそれを紹介します。それはスキルのゲーム、運のゲーム、労力のゲームの3つです。ただし、実際に存在するゲームはこの3つの組み合わせで出来ていることに注意してください。極端な分類の仕方っていうことです。あの、これから書くのは僕の持論であって読んだ本の内容とは違うのでご了承ください。

○スキルのゲーム
これは、いわゆるゲーマーが好むゲーム。プレイヤーの技能がゲームの勝敗に直接反映されるゲームです。アクションゲーム、シューティングゲーム、格闘ゲーム、パズルゲーム等はこれに属するでしょう。プレイを繰り返すうちに得る技術の向上、知識の蓄積などによりゲームを有利にすすめられるようになるゲーム、つまり上手くなっていくゲームの事です。アクション要素のあるゲームは大抵これに該当しますが、チェス等から派生したウォーシミュレーションゲームや不思議なダンジョンシリーズのようなローグライクゲーム等も当てはまります。僕が好きなのはこういう要素が強いゲームです。ただ、このタイプのゲームは初心者ほど失敗を繰り返し、投げ出す可能性が高い。そのため、ライトユーザーを取り込もうという場合には不利になると断言できます。そこで、次のタイプ。

○運のゲーム
これはダイスやルーレット等、運のみによって結果が左右されるゲーム。要するにガチャ!これは初心者もベテランゲーマーも関係なく平等な結果を約束します。というかこの要素しかないのはゲームと呼んでいいのかどうか?この運の要素はどんなゲームにも組み込まれているのが普通です。例えば、パズルゲームであっても大抵は運の要素が絡んでいて、本当のパズル、すなわち解法がひとつである場合は少ないですよね。(パズルとゲームは似て非なるものです、パズルには正解があるけど、ゲームには……)そして3つ目、これもライトユーザー向け。

○労力のゲーム
これはね、誰でも出来る簡単なお仕事ってやつです。わかりやすい例が分岐なしのノベルゲー。これはキーを叩いてさえいれば、確実にストーリーが進む。1本道(ちょっと分岐するだけも含む)の低難易度JRPGもこれに属します。ひたすら経験値稼ぎ、お金稼ぎ等のタスクを課せられるが誰でもこなせる。俗に言う作業ゲー。これもね、ゲームと呼んでいいものやらどうやら……だけど、この労力のゲームと運のゲームを足してそこに課金という要素を加えれば、安易なソシャゲの完成!(すみません、僕はソーシャルゲームのことはほとんど知りません、なので当たるも八卦、当たらぬも八卦!←占いの結果に対して使う言葉のようです、適当に使ってしまいました)

個人的にはスキルのゲームの要素が強いゲームに頑張ってもらいたいってのが本音なんですが、僕の現在公開中のゲームは僕のポリシーに反していますね。どうしてこうなったんだろうか?今、2作目を作ってるのもリベンジしたいって気持ちが強いんだろうな。打倒、○るさ~○みんちゅ

本当はストーリー性とゲーム性の両立の難しさというテーマで書くつもりだったんですが、考えるほどわからなくなってきてしまって……期待してる人はいないかもしれないけど一旦保留にして、もう眠いので寝ます。では。

第八回ウディコン開催中

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巷の話題はポケモンGO一色ですが、いまだにガラケーで、ポケモンシリーズは一作も遊んだことのない僕は一体どうやって時代に追いつけばいいのでしょうか。

それはさておき、第八回ウディコン開催中ですね。いつもだったら、結果が発表されてから上位の作品をチェックするというタダ乗りをしていたわけですが、今年はちゃんとプレイヤーとして参加してみようと思います。とりあえず、今日はきみのなまえをよばせてください様の『ぼら猫パズル』をやってみました。中毒性の高いパズルゲームで100回プレイしてしまいました。普段、パズルゲームは苦手でやらないんですが、割とゆるい感じで遊べました。がちがちのロジックで解くというタイプのゲームではないようです。まだはじめたばかりですが、こよる様の『箱庭フロンティア』も面白くなってきそうです。あと気になってるのは、隼人様の『Trustia ~トラスティア~LastReincarnation』でしょうか。

でも、こうやって他人様のゲームをやってみると、自分の作ってるゲームのしょぼさを再確認する羽目に……この1週間やってたのは食事のシーン。毎回違うメニューにしなくてはいけないので、文章(献立?)を考えるのが大変。一番の出来はコレ。



もちろんね、張り合うとかそんなレベルじゃないのはわかってるんです。しかし、もうちょっと何とかならんもんかねえ。ウディコンのゲームやりながらだから、さらにペースは落ちそうです。ま、マイペースでやるしかないね……

インストールとプログラミング

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みなさん、PCやスマホに何かソフトやアプリをインストールするなんてことは日常的にやっていますよね。例えば、ネットでも、本でも、新聞でもネットでもなんでもいいんですけど、そこから知識を得ようとしたら、そこに書かれていることを読む、言い換えれば、一旦は読み込む必要があるってことです。この工程はインストールにあたります。しかし、そこに書かれていることの真意を読み取って理解し、それを自分のものにしたのち、使えるようにするには、解析という工程を経なければならないんです。

ウディタでも何でもいいんですけど、プログラミングというものを学ぶとき、どうしましたか?いきなり、自分で1から考えたプログラムを書くなんてことができた人がいるでしょうか?大抵は誰かが書いたプログラム、それも簡単なものをそのままコピーしてそれがどうして、そうなっているのかを理解する事からはじめたんじゃないでしょうか?そして、その一部を改変してみると、そのプログラムを実行した時にどのような変化が起こるのか?時にはバグに遭遇しながら、バグとの戦いと言った方がわかりやすいかな?そんなことを続けながら、やっと自分の思った通りのプログラミングが出来るようになっていくものですよね?

世の中にあふれている知識、ノウハウ等、これをひとつの塊としてのソフトと考えるとそれをインストールした段階では、それを自分のものにしたとは言えないってことなんです。次の段階である解析、つまりその知識なりノウハウを考えた人がどう考えて、その考えにたどり着いたのかを考える必要があるんです。でもそれってすごく面倒ですよね……

僕は別に世の中で起こっているすべてのことに対してこのインストールからプログラミングへっていう努力をする必要はないと思ってます。例えば、僕は政治や経済に関してはそんなに必死には考えません。どんなに知識を増やしても僕にとっては、なるほどわからん!っていう印象だからね。(予測が不可能っていう意味で、これはその構成員が人である時点でわかりきってるんだが……)興味が持てないことに労力を使わなくてもいいじゃね?ってとこです。まあ、僕が考えなくても、ちゃんと考えてくれる人はいるでしょうってとこです。

じゃ、そこで僕が大事だと思っているのは自分がその知識やノウハウに対してインストールしただけの段階なのか?プログラミングの領域に踏み込んでいるのか?それを自覚していることなんです。これを自覚していない人に限って、そのインストールしただけで中身を理解していないものをさらに誰かにインストールしようとするんです。もはや、布教と言ってもいい。たまにいませんか?1時間話したところで、話す前と何1つその考えに変化がない人。こういう人はプログラミング的な考え方をしたことがないんじゃないか?って僕は疑ってるんですけど、どうでしょうか。

でもね、これもしょうがないんじゃないか?って思うんですよ。例えば、学校での教育って常にインストール的なやり方でしたよね。たくさんソフトをダウンロードして頭の中をパンパンにしてるやつが偉いみたいな。僕なんかは記憶なんてよっぽど印象に残ってる事じゃない限りせいぜい2、3年でチャラになるし、なったらなったで、今はGoogleがあるわけでしょう?大学受験のためにインストールしたことなんてもう何も残ってないと言っても過言ではない。そんなことのためにやる受験勉強って何の意味があったんだか……

う~ん、そうだな、例えば小学校でも作文とか書かされたでしょ。で、これを提出したあとそれを先生が読んで、ここがいいとかわるいとか赤ペンで書きこんだりするじゃないですか?あれって全然フェアじゃないんですよ。やるんだったら、同じテーマで生徒も先生も作文を書く。そしてそれを発表した上でやっぱり先生はすごいね!とか目の付け所が違うね!とか先生の方も生徒から評価をもらうなら納得できるんですよ。別に全校集会での校長先生の話とかでもいいですよ。終わった後、生徒からどれだけ「いいね」がもらえるか、歴代校長ランキングとかあったらね……まあ、さすがにこれは冗談ですけど僕が言いたいのは、生徒を成長させるために教育するっていうなら先生の方も一緒に成長しようっていう姿勢がないとだめなんじゃないか?ってことなんです。日本はずっと縦社会で上から正しいことをインストールするってことに慣れ過ぎてるんじゃないかってことでね。

立場の違う人同士が横のつながりを持とうとしたらどうしてもプログラミングというやり方が必要になってくると思うんですよね。昔だったら、縦のポジショニングというのはちょっとやそっとでは変わらなかったのかも知れないけど、今はいつ誰がどのポジションに就くかってのはわからなくなってきてる。逆に言うとそのポジションを失った時、あなたに何が残るんですか?って話ですよね。

今日はこのくらいにしておこう、これ以上書くとテーマから逸れていくから。ブログを更新しつづけるコツは小出しにしてそれを膨らますことですよね。あんまり、完璧な論破できまい!みたいな結論に持っていくんじゃなくて、読んだ方がこの続きを考えてくれればいいかな?くらいで終わらせるのがよさそうです。それでは。