平岡秀幸 ・ ブログで読む演技論

京都を中心に演劇活動をしています。
演劇、特に演技について、
また世の中のことなど気になること、
考えたこと、思ったこと、見たこと、やったこと…。
色々発信していきます。


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 愛読している日野晃先生のブログに、ダンサーの黒沢美香さんの言葉が紹介されていた。

 正確ではないが、ダンスとは身体を見せるものなのに、身体だけを見せようとすると私が邪魔をする、というようなことだった。

 

 私が私でいる限り、「私」はどこまでも付きまとう。

 当たり前のことだが、確かに身体表現者にとってこんな邪魔なものもない。

 

 若いころ誰でも考えるように、自分とは何者かなどと悩んだこともある。

 芝居をするようになって、色んな役を演じるようになると、やっぱり「私はだ~れ?」ということになる。

 哲学的な問いかけと演技の問題を一緒にしてはいけないが、本当に「私」というやつはどこまでも付きまとう。

 

 演技するときは、「役」という仮面をつけるんだ、というようなことをよく言われた。

 最初は私もそんな演技観を持っていたが、だんだん違和感を感じるようになった。

 なんだか表面的にキャラクターをなぞっているように思えたのだ。

 

 あるとき、「演じるということは仮面をかぶることではなく、仮面を脱ぐことだ。」という考え方を知ってなるほどと思った。

 脱がなければいけない仮面とは、「私」という仮面だ。

 私を脱ぎ捨てて台本(もちろん優れた台本でなければだめだが)を忠実に演じれば、おのずと役になっていくということだ。

 

 そんな「私」を脱ぎ捨てた状態が俳優だ。

 俳優という職業の人という意味ではなく、俳優という状態だ。

 その状態でけいこ場に立ち、台本と向き合う。

 

 そのころ交流のあったダンサーたちに聞いてみたことがある。

 クラシックのグランドバレエなら、それぞれ役が与えられているが、モダンダンスや舞踏、コンテンポラリーダンスは、何かキャラクターを与えられて踊っているわけではない。

 そこで、いったい何者として踊っているのですか、と聞いてみたのだ。

 「舞台で踊っているのは誰?」

 みんなきょとんとしていた。

 

 確かに私の質問は演劇的な発想だったかもしれないが、みんな与えられた振付を踊っているだけのことだった。

 「私」が踊っているのだ。

 踊ることで「私」を消していく発想はなかった。

 

 「自分探し」や「自己表現」といった言葉がまだ蔓延していたころだった。

 

 批判的に書いてしまったが、もちろん「私」は大切だ。

 演劇を志したのも、現在演劇を続けているのも「私」だ。

 

 「私」があるからこそ「私」を消すという発想も湧いてくる。

 

 一生「私」と闘いながら、時には仲良くしながら、付きまとわれていくんだろうな。

 

 これを読んだ方も、あまり考えすぎないでください。

 考えるよりも踊り続けること、演じ続けることです。

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