秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして


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お題を頂いた。テーマは「どうあれば“頼りがいのある男”に見えるか」


まず内面からいくと、一貫性。
何かを主張するしないはともかく、何かに対して安定して一貫した姿勢が見られること。特に女性に対して一貫した姿勢というのは重要だと思う。例えば浮気者なんだとしたら、それはそれで貫いちゃって構わなかったりする人も居るから。


経済力はあればあったほうが頼りがいがあるでしょう。でも一番重要なのはお金の使い方で、品性が現われるからそこは注意して欲しい。質素はいいけどケチはダメ。女はこういうところしっかり見ている。ケチというのは必要なものに対してお金を惜しむこと。


男性のファッションって難しいなぁ。地味過ぎず、奇をてらわず。それより大切なのは、やっぱり適度に引き締まった肉体の維持かと。頼りがいを求めるなら大胸筋がぴくぴく動くくらい?


趣味はアニヲタ、エロゲー系は隠すべし。それ以外は好きなら何でもかまわないんじゃないかなぁ。こういう趣味を持てば頼りがいのある男に見えるからという趣味を選ぶっていうのもちょっと違うような。
あぁ、昔の友達で山登りが趣味の方、趣味が高じて山岳救助隊員になってしまった方がいらして、そこまで行くとさすがに頼り甲斐があったなぁ。


立ち居振る舞いは一番内面が出てしまうところで、自分を良く見せようとすると必ず「スベる」。だから自分そのまんまがいいと思う。つまり逆説的だけれど「頼りがいのある男に見せよう」とすればするほど頼りなく見えてしまうのね。「良く見せたところで結局はバレちゃうもん」


そもそも30代以上の女性は男が女より弱い生き物だって充分わかってると思う。男性が強くあるには、守るべき「誰か」が必要だってこと。はじめから頼りがいを誇示していざとなったら逃げちゃうより、普段頼りなさそうな顔していても、何かあったときに一歩も引かない姿勢を見せてそこで惚れ直させる!というのが王道ではないかと。

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昨日の記事を書きながら考えていた。結局私は何を問題にしたいのか。


好きだから一緒に居たい。


だけどそれは一緒に住むことなどではない。私たちは遊びではないけれど、形としては遊びに限りなく近い。
私は自分のことは自分でやりたいし、間違っても結婚なんか考えていない。いったん落ち着いた家庭がまたガタガタするのも、息子のほかに複雑な思春期の女の子たちと一緒に住むのも真っ平。
だから気楽な今の二人の関係がとても気に入っている。一緒にいられる時間は限られるのは仕方がないこと。


たかしもそれは同じだろう。
「娘たちが成人するまでは再婚は考えていないから」とお互いに初めに確認した。
二人とも「愛」の儚さは良く分かっている。約束なんか何も出来ない。

けれど時にぬくもりが欲しくなる夜もあるし、たかしのメールを鬱陶しく感じる日もある。
そう
単にその日の私の気分だ。


たかしの気持ちは彼なりに精一杯表現してくれている。

それを不安に思ったり、測ったりすること自体が私の弱さなのだ。
その時目の前にないものは信じるより他ない。そしてその時目の前にあるものを全力で愛そうと思う。そう考えたら落ち着いた。


ただ男として女として、愛し愛される対象。
大人として対等に「今」を分かち合える存在。
お互い楽をしたいわけでも寄りかかりたいわけでもない。

一般的ではないかもしれないけれど、ある意味、より究極的な恋愛そのもの。

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そんな質問が一番男にとって面倒なことだなんてよく知っているのについ聞きたくなってしまう。
「私のどこが好き?」


質問として成り立たない、聞く方が野暮だ。人は人のことをパーツで好きになるわけじゃない。好きと思うから全部好きになるのだ。そんなこと分かりきっているのに。
それでもこのあいだつい口を突いて出てしまった。


「たかしは私のどこが好き?」
「ン…ぜんぶ」
がっかりだぜ!その答え方だと、20点しかあげられない。とっても誠実に答えようとしてくれているのだろう。しかし考えるのを放棄しているような印象を与えてしまうし漠然としすぎだ。


若い頃の恋愛だとちやほやして欲しいというのがあるのかもしれない。かわいいって言って欲しい。自信のあるところを褒めて欲しい。単に困らせてみたいというのもあるだろう。


でも私はそんなことを言って欲しいのではない。
きっと私という人間を理解してもらっているかどうかが不安なのだ。


もしdoorの顔が好きといわれたら、顔だけ?と聞くだろうし、性格が好きと言われたら私の性格をどれだけ把握しているのかと問い詰めてしまいたくなる。それから若い頃の恋愛とは違ってお互い山のように過去がある。それらをひっくるめても好きで居てもらえるのかということだ。


先ほどの愚問をしたあと、私は心の中で自らに聞いた。
「私はたかしのどこが好き?」


恐ろしいことに私は全部とは思わなかった。くぐもった優しげな喋り方が好きだし、ちょっと私を子ども扱いするところも好きだし、メガネを取ったときのキラキラ光る眼がセクシーでゾクゾクするほど好きだ。一つ一つ挙げていけばキリがないけれど、全部とはとても言えない。たかしのどれ程も知っていない気がする。人には表も裏もある。それらをひっくるめて全部とはとても言えない。出会うまでのそれぞれの人生が長かったのだから、どんなものが出てくるのか分からない。


私にはそんな勇気はないよ。

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SAMマスターにお題を頂きました。

男(わたしの場合)は、若いときは、自分が好きになった人を落とす(表現が適当じゃないかw)のが苦しいけど楽しくて、年を追った今は、自分を好きになってくれた人をすごく愛しく感じるようになった。女性は逆になるような傾向があるように思うのです。このあたりのことで感じることがあれば。 とのこと。喜んで書かせていただきますね。


男性は追いたい生き物なのだそうで、相手を追うために自分を磨き、それを認めてもらうことで自分自身の自信に繋げるという図式なんですね。いわゆる狩猟本能ってやつ。
ただ自分の好きという気持ちを大切にしたくとも、あまり脈のない相手だと、コミュニネーションもままならないだろうし実際にはエネルギーを消耗しちゃう。


人は自分に好意を持っている人を嫌うことは余り無いもの。自分を好いてくれるということは自分の存在価値を認めてくれる人ということで、その存在だけで自分に自信とパワーをくれるんだね。相手が自分を好きで居てくれるわけだからコミュニケーションもスムーズ。それから自分が優位に立つから、相手をコントロール(というと語弊がありますかね)しやすい関係になる。こういう関係は自分にとっては非常にラクなんですね。


もう一つの観点は男女間における擬似親子関係。自分を慕ってくれる人物を守ったり、大切に思う。父性愛、母性愛に似た愛が生まれてくるように思う。成熟した大人には余裕が生まれるから慈しみたいという感情が生まれてくる。
年を重ねることでエネルギーの量が少なくなっているから、楽なほうに流れる。などといったら怒られてしまうかしら。人間として幅があるからこそ相手を受け止めることが出来るのだと思ったりするの。


女性の場合は子供を産み育てるといういわゆる生き物としての本能があるから、自分がコントロールしやすい相手、優秀な子供を産める種を選んだほうが得なんですね。そういうわけで自分を好きになってくれる人の中から、子育てをしていくうえで有利な相手を選んだりする。この辺は意識なくやっているけれど、同じくらい好みの相手だったらそりゃ条件のいい方を自然と好きになっちゃう。これを打算と読むか、本能だから当たり前と思うか。


そうこう年齢を重ねていくうちに、脳内だけでよいのであれば、心の中でいかようにも夢を見るのは可能だからいわゆる片思いの恋のほうが都合が良かったりするんじゃないのかしら。ときめきや切なささえも日常のスパイスとしてあったほうが楽しいですもの。
とまぁ、マスターから頂いたお題を私なりに考察してみました。


私の場合はどうなんだろう。
自分自身のトラウマからやっぱり私を無条件で愛し包んでくれる人が欲しかった。その関係から対等な関係を目指すことで自分を成長させる原動力にしたいというわがまま加減。
拘るべきは相手との関係性で、相手自身じゃない。頭では理解できても実際に気持ちは付いていかない。ってところで苦しんでいた。だって恋愛って相手に執着するってことだもの。

さてこんどの恋の行方はどうなるのだろう…私は基本的に恋愛は長続きするほうなので、今の気持ちを大切に育てて生きたいと思っている。

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ブログネタ:男を誘う女のテクニック 参加中


男を落とすテクニックといえばやっぱり色気なんだろうな。
「映画に行った時、帰り際に耳元にぐっと顔を近づけて話したでしょ。あれはクラッと来た」
内心当然でしょって思う。狙ってやったんだから、クラッと来てもらわないと困る。

話したことは
「ごめんなさい、ちょっと早いけどトイレに行きたいの」
という色気の無い会話。エンドタイトルが終わらないうちに席を立ちたくて話しかけるのだから内緒話っぽくなるのが自然だ。

男の気の弱さにさんざん泣かされてきた私はいろんな意味でしたたかになっている。誘ってもらうにはある程度ガードを解いておかないと難しいし、それが色気だけれど、この年になると露骨に出来ない。
だけどこんなことで落ちるなんて男って可愛いよなぁ。
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かなり大人、自信持っちゃうくらい(笑)
生きている時間が長ければいろんな経験をするのだろう。それが自信に繋がるし、そんなの当たり前。

だけど、だからこそいろんな価値観で測れる。
それが人間の幅。


例えば新庄が良いなと思う。
自分のアホさや軽さまでそのまんま売っている。そのあっけらかんとした自己肯定感が愛される秘訣なのだと思う。
野球が巧いから世の中に出た。
でも例えそうでなくても新庄が新庄であるかぎり周りの人に愛されて生きていくのだと思う。
自分の勝負どころをわきまえる。
実際にはそこまでも至ってないと思われるのだが(笑)だからこそなのだと思う。
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人は皆幻想のなかでしか生きられない。
だから永遠に孤独だ。
恋愛もそう。どんな熱々のカップルでも結局は双方向の片思い。
どんなにすばらしいセックスでも実はお互いの肉体を利用したオナニーに過ぎない。
心が結び合っているとか、体が溶け合っているなんていっても
共同幻想という二重の幻想にしか過ぎない。


だけど人は幻想で幸せになるのだ。
幸せであるというのも、不幸であるというのも実は全て幻想に過ぎないのだけれど。
以前に比べてとか、誰かに比べてとか、みんな相対なのだ。


それでも実際に心が嬉しい、寂しい。
人は幻想で嬉しくなったり悲しくなったりする。
弱い生き物。


私たちは自分の顔を鏡で見て確認する。
自分が存在することを確認するためには他人という鏡が必要で。
どうせ映すなら窓ガラスの反射じゃなくてちゃんとした鏡で映したい。
水面に映ったゆがんだ映像で、満足してしまう人もいる。
もしかしたら、映っているだけでよくて、ちゃんと自分の顔なんか見たくないのかもしれない。


世界にたった一枚のお気に入りの鏡で無ければ満足できない人もいる。


ま、それが恋愛だったりするのだけれど。

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最近、周囲との関係を考える。
自分にとってどうでもいい関係
単なる利害関係


随分前に
友人の一人を失って
彼女との関係を考えると
彼女は私にとってかけがえのない存在だったと想う


他にも大切な友達はいるし
彼女に二度と会えないことが辛かったと思っていたのだけれど
そうではなく彼女との間にあった関係は
独特の色をしていて
その関係は、もう他の誰とも結べないことが分かった


それが私にとって大切であるから辛かった


彼との関係がもう戻らなくて
もしかしたらこれからまた恋人が出来たりするのかもしれないけれど


それはまた他の恋愛関係
彼との関係とはまた違う関係


やはり人は唯一の存在
かけがえのない彼の魂との関係



そして自分も唯一の存在であるといいと想う




例えそれが過去のものになるのだとしても




宙を仰いで生きてゆく ただひとつだけのもの にトラックバックです

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花
今日9月11日は昔大好きだった人の誕生日。
9.11はなんだか悲しい日になってしまったけれど、私にとっては未だに彼の誕生日です。
このところ何年も連絡を取っていないけれど、きっと元気にやっていると信じています。
たくさんの楽しい思い出をありがとう。
たまには私のことを思い出してくれるといいなぁ。
遠い空から、どこにいても貴方の幸せを祈ります。
お誕生日おめでとう

青バラ先生 のブログを読んで思い出しました。
ええ、確かに9月11日はイケメンの誕生日ですわ
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「ボクのきゅうけい」rayさんのところでのコメントが余りにも感動的で追っかけていって発見した
想像条理の原理の嘘「恋と愛の違い」の記事が素敵だったのでトラックバックです。他のブログに(ここを更新停止中だったのでw)5月10日頃書いていた記事です。



「愛」の方の大きい恋愛をすると
相手が自分を求めている限り自分の側から終われない
だから、私の方からさよならは言わないと言ってあったのだけれど
言わないというより言えないんだ
相手の求めに応じることしか出来ないから
相手が別れを求める日まで延々と続く
表面上、どうであっても

終わり方として相手の頭越しに私が自分で判断して
相手にとって自分といることが不幸だと判断できれば
別れられると思っていたし
だけど何がその人にとって幸せかというのは
その人自身しか決められないということが分かった時点で
もう私からは別れられないことを確信した
だから引きずられる
惚れたもの負けは一般論としてあっても
愛したもの負けは
愛の大きい恋愛をしている人にとっては
真理だと思う

たとえどんなに恋愛に疲れて
たとえどんなに相手に翻弄されても
別れることだけは自分からは出来ない

けれど、ひたすらズブズブと受け入れていく「愛」は
相手にとってあんまり実感が涌かないし
何よりも、私が求めないから自分が追うしかない
つまり、恋愛が終われないってことになる
もうそうなると泥沼で
延々と走り続けなければならないから
相手にとってもしんどくなってしまう
だから目に見える形で拘束したくなる

彼が私のことを嫌になるまで、他の人を好きになるまで




あ~こんなこと考えていたんだ。
現在「愛が大きい恋愛」から「恋が大きい恋愛」に変化中…

なぜだ!?

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