秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして


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その日を境に夜眠ることが難しくなってきた。仕事や育児でどんなに疲れているか分からないほどなのに眠れなくなり、驚くほど急激に体重が減った。食事もとれなくなった。手に力が入らなくなって、息子を抱くことも難しい。仕事も家事も何もできなくなり育児すらままならなくなった。生活は完全におかしくなっていた。
女医がやっているという心療内科に予約の電話を入れたら2週間後しか予約が取れなかった。初診は若い男性の医師でとてもセックスに関する相談は私には出来なかった。入眠剤と精神安定剤と抗うつ剤が処方されて、おっぱいが大好きだったひろはいきなりの断乳に泣き叫んだ。子宮も卵巣もすべて取り去ってしまいたかった。家の中は乱雑なまますべてが投げ出されていた。
ダレカ、ダレデモイイダレカタスケテ!
誰も助けてはくれなかった。

私の妊娠と前後して、いつも一緒に遊んでいた友人の妻が、子宮ガンになった。子どもが欲しかった友人となんとなく上手くいかなくなり、和也に相談に乗ってもらったりしているうちにおかしくなった。私もそのころは精神状態が最悪で、もはや自分で育てていく自信も失っていた。そして息子を手放して今は彼女と和也が育てている。7日に運動会があって、見に行った。ひろは彼女と一緒に親子競技に参加している。もはや、他の親子と同じように、きっと彼女を母親だと思っているだろう。それでいいと思う。もっと大きくなって、私の顔を見ても分からなくなったらご本のおばさんとして会わせてもらう。いま毎月1冊ずつ絵本を送っている。私が読んであげたかった本を。


いったい何がいけなかったのか書いてみれば明らかになるかと思ったのにちっとも明確にならない。和也がこれを読んだら理由が分かるのだろうか。すべてわたし自身でで決めたはずのことだったのに、いつも何かが狂ってくる。いったいどの決断が間違っていたのだろう。和也はここを見ているはずだ。私のメアドも知っているはず。メールが欲しい。
何も特別なことは望んでいなかった。ただ彼に女として見てもらいたかっただけだ。結局私の片思いだったのだろうか。それとも日常の罠なのか。未だに答えは出ない。

書いていて気が付いたことがある。なぜ私はそこまで卑屈でいられたのだろう。プライドというのは愛され、大切にされた記憶の元に成り立つはずだ。周囲の愛と尊重が自らに自信を与え、それに相応しい人間になろうとするのだ。では和也はそれを与えてくれなかったのだろうか。きっとそうなのだろう。仲間としては尊重してもらえたかもしれないが、女性としては愛されていなかったのだろう。結局は、そういうことだ。
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メールソフトを探して見たら、和也に宛てたメールが見つかった。なんでも取っておくものだ。なんて冷たい文面だろう。私にとっては最後通告だった。

最後にセックスをしたのはいつか覚えていますか?
ひろを妊娠したときが最後ですから、もう2年以上になります。
1年以上前から、あなたが声を掛けてくれるのを待っていました。
実際、とても忙しかったし、私の体もきつかったし、あなたを責めるつもりもありません。
でも、もうあと私は一生セックスできないのだと思うとたまらなく寂しくつらいのです。
確かに、子供が産まれてから、お父さん、お母さんになりきってしまい
なんだか声を掛けるのも照れくさく、また何回もの話し合いの後ですから、
私も意固地になってこの話題を避けていたのも確かです。

男性の性欲のピークは10代後半、
女性の性欲のピークは30~40代だそうなので、
あなたがどうとか、私がどうとか、お互いを責めても仕方がないと思う。
ただ、たとえば、私が外でそれを解消しようとすると、
たぶん家庭崩壊になるのは目に見えているのです。
ですから、今後月に1度日を決めてするというのはいかがでしょうか。
そんなの不自然と思うかもしれませんが、お互いこの家庭を維持し、子供を育てていくために
義務でも、お情けでも、思いやりでもかまわない、
私自身、本当にどうしようもなく追いつめられていると考えています。
ご不快に思われるかもしれませんが、あなたが10代後半の時に、
今の私のような状況にあったら、どのように感じるか想像してみてください。
割り切っておつきあい願いたいと思います。

話し合おうとすると感情的になってしまうと思いますので、
こんな形になってしまいました。
お返事はできたら書面で、お願いいたします。

和也がメールに気が付いて、日にちを決めようと言ってきた。それはその日から28日後だった。28日後彼は結局思い出しもしなかった。


結婚について8
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それは皮肉なことだった。もし、神様が居て私の運命を決めているのなら、それは和也の所にとどまるようにというお告げに似ていた。結局離婚を撤回して元の暮らしが始まった。和也は、欲しくないと言っていたのに、いざ子どもが出来たとなると、ものすごい喜び方だった。医者からもらった超音波写真の胎児の格好がおかしいと言って笑いあった。これで私の望んだ通りになったのだ。これからはお父さんとお母さんとして暮らしていくことになる。それはそれで一つの形だ。1人生まれれば彼ももう1人欲しくなるかもしれない、もしかしたら。

妊娠期間中はこの上もなく幸福だった。セックスは医者から禁じられていたから、する気もなかった。ひろが生まれた日、この世界でこの瞬間一番幸せなのは自分たち夫婦だと思った。育児は慣れないことで大変だったけれども充実していた。なんと幸せだったのだろう。夢のような一年半だった。

出産後8ヶ月ほど経って、私の体に変調があった。排卵日近辺になると体の中心が自己主張を始めるようになったのだ。朝から晩までそれは主張していた。そんな状態になったのは初めてだった。
以前であれば、セックスは体の問題と言うより、精神的な求めの方が強かった。もう求めるつもりもなかったから、それは問題がないはずだった。けれど、1週間近くそれが続くのは私には苦痛だった。再び泥沼の中に戻っていく。傍に赤ん坊がいれば、ムード作りなんて言ってはいられない。
ある日和也の寝顔を見ていたら、首を絞めて殺してしまいたい衝動に駆られた。いつの間にか憎んでいた。それは愛の一つの変形だった。けれど、憎んでいるうちはまだ良かった。毎月毎月苦しい1週間を過ごすうちようやく憎しみすら感じなくなった。子宮も卵巣もすべて取り去ってしまいたかった。そしてある日このままだと自分がもう2度とセックスできないのであろうことに気が付いた。絶望だった。ネットでもあちこち覗いてみた。一つの提案として日にちを決めてするというのがあった。どう考えても無理があったが、他に方法はなかった。


結婚について7
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泣きながら、これから気を付けるからという和也の言葉を虚しい気持ちで聞いていた。毎回毎回そうだった。
「そんなことで離婚するなんて言うな」和也にとってはそんなことでも、その積み重ねは私の限界まで来ていた。私を欲しいと思わなくてもいい。でも仮に大切に思ってくれているのならば、たまに誘ってくれる位なんだというのだろうか。結局それは、私という1人の人間を踏みにじっていることに他ならない。泣きながら何度も訴えたことすら気を付けてもらえないのであれば、詰まるところ私のことなど何とも思っていないことになる。
それでも翌朝起きると普通に朝ご飯を2人分作って一緒に食べるのは妙だけれども習慣の悲しさだった。事務所に向かいながらこれからの仕事も考えなければならなかった。当時独立したばかりで利益は出ず、私はほとんど和也に食べさせてもらっていた。仕方がない、どこかへもう一度勤めに行こう。そうなると事務所も畳まなくてはならないだろう。小さな雑居ビルの4階にあってここで夜を過ごしたら凍えてしまいそうだった。自分自身の貯金はほとんど無くなっていたが、大口の仕事をやっている最中だったし、事務所の保証金を考えると、小さなワンルームくらいなら借りられそうだった。少しずついらないものを処分し今後の計画を立て始めた。

そんなある日乳首が妙に敏感になって生理が来る前のような下腹部痛とは少し違う痛みも感じた。仕事が立て込んできて構っていられないうちにどんどん生理予定日を過ぎ妊娠したことを知った。



結婚について6へ
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思い切って離婚しようと言い出したこともあった。別れるつもりはなかったけれど、書類上だけでも他人になれば緊張感が出てきて、新しい関係が見えてくるような気がしたのだ。絶対離婚しない。いつも答えは同じだった。あとはひたすらの沈黙。こういうときにいつもどうしても感情を押さえることが出来なかった。相手に訴えながら泣きながら、殴りかかったこともある。ヒステリックに泣きわめく自分が溜まらなく惨めだった。
何度目かの無限ループの中で彼がとてもイヤそうに
「またその話?君の頭の中にはそれしかないの?」
冗談じゃない、そんなんだったら、とっくの昔に家を出ている。そうでないから話がややこしいのだ。そこまで言われてたまらなくなって、タクシーを拾って一晩を1人ビジネスホテルで過ごした。そのあとでご機嫌を取るようになされるセックスに応じてしまう自分が惨めだったから。

出口は見えなかったがある時勝手に子供を作ると決意した。どうしても彼の子どもが欲しかったからそう決めた。子どもが出来ればもうセックスしなくても良いのだ。
毎月一度排卵期に誘う。何度も断られながらも毎月誘い続けた。もはや、喜びも何もなく相手が適当に燃えるように私の中では事務的になされた。あぁ、なんて彼を愛することは惨めだったのだろう。
今考えるとなぜそんな辛い思いをしながら子供を作ろうとしたのか、自分でも分からない。
和也の傍にいたかった。彼と一緒に子供を育てるのはとても楽しそうだった。私は全身全霊で彼を乞うていたのだ。、だって小さい頃の彼がどうだったかは分からないから。小さな彼の分身を育てることで何かを共有したかったのだろうか。それは2年以上続いた。けれど絶望の果てに誘うこともできなくなってしまった。

ある日他の用件で母に電話をしたときにまた子供を早く作りなさいと言われて思わず、子どもが出来るようなことをしなければ出来ないよと言ってしまった。もう別れるから。ちょうど暮れだった。年末でバタバタしているときに騒ぐのもなんだから、年が明けて落ち着いたらいったんそちらへ帰るから。ごめんね。
母は絶句していた。

松が取れて私は離婚の件を申し出た。
「もう親にも言ったから」
「絶対別れたくない」
「何言ってるの?セックスレスは立派な離婚事由になるよ。あなたがいくら別れたくなくても裁判所に願い出れば離婚できるのよ。もうあなたの意志なんて聞いてないから」
半ば強引に和也に押し倒されながらこれで最後かと思ったら不意にこみ上げてくるものがあった。私にそこまで言われながら役に立つ彼に不思議な気持ちがした。


結婚について5へ
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思いついてもう私から誘わないことにした。既にその時点で、2ヶ月間隔が開いていた。この人が言い出すまで誘わない。それから2ヶ月が経過し何もなかった。生理が来るたびに憂鬱になった。私はだんだんいらだち始めた。
この人には性欲が無いんだろうか。どこかへ出かけるときに腕を組んだりすることも避けるようになってしまった。彼の体に触れるものか。それでも相変わらず毎日の生活は楽しく過ぎていく。それが哀しかった。
今から考えると生理の直前、気が立っていたのだろう。夜寝る前に彼に聞いてみた。
「最近セックス誘ってくれないね」
「あぁ、したいの?ちょっと今日は疲れて居るんだよなぁ、またにしない?」
「今するとかしないとかじゃなくて、このごろいつも私から誘ってばかり居るし、誘ってもいつも断られるし、最後にしたのいつだったか覚えている?」
「……」
「4ヶ月以上も前よ」
「したいんならしたいって言えばいいじゃないか」
「いつも私から誘ってばかり居るのがイヤなの」
「あなたは自分からしたいと思わないの」
「……」
「私のこと好きじゃなくなったの?」
「好きだよ」
「好きならしたいと思わないの」
「……」
「あんまり色気を感じないようになった?」
「そんなことないよ」
「じゃぁどうしてじぶんから言い出さないの」
「……なんでかな」
「どこかからだの具合がおかしいんじゃないの」
「そんなことはない、人のことを病気扱いするな」
「だっておかしいじゃないの。もう好きでなくなったのならハッキリそういってくれた方が良いから」
「君のことは好きだよ、大切に思っている」
こんなやりとりが何回あっただろうか。
こう言ったやりとりのあとにセックスするのは苦痛だった。でもそうでもなければ何もなかった。
こんなんじゃ子供なんか作れない。それとも、子どもが出来る前に彼と別れて新しい恋でもした方が良かったのだろう。ただ、そのときの私には彼の子ども以外考えられなかった。
外野もうるさかった。私が30を過ぎて彼の両親や、私の親から子供を作れと言われる。私に言われたって、どうしようもない。幾度声を殺してないたか分からない。昼間の生活が楽しかった分だけよけいに辛かった。
彼もそれを感じるらしく、次第に1人で夜遅くまで起きて、私と一緒に寝ることを避けるようになってきた。
辛かった、本当に辛かった。だって和也のことを愛していたから。彼の子どもが欲しかったから。3ヶ月に一度でも良かった。彼の方からたまに声をかけてくれればそれで満足できただろう。いつの間にかただの同居人、仲間としての存在としか見てもらえない。それはとても苦しかった。
誰にも相談できなかった。
出口は見えなかった。



結婚について4へ
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アナログギャラリーさんへ
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それから彼が初めて私のうちに挨拶に来たとき、父に、君たちはどうして結婚したいのと聞かれた。そのときに2人で同時に相手を尊敬できるから。と答えたのだ。何の打ち合わせもなしに。そのとき、私はこの人を選んで良かったと思った。今考えれば2人とも愛なんて信じていなかっただけなのかもしれないが。
私たちはいろいろなことを一緒に愉しみ、あるときはお互いに好き勝手にやり、協力しあっていた。多少の喧嘩もあったが、信頼感で結ばれていた。そう、確かに和也のことを今でも愛しているのだろう。彼と過ごした日々のことをとても愛おしく思う。あちこちに旅行したこと、彼と一緒だといろんな面白い出来事に遭遇すること。センスのいい笑いの日々。バブルの時代でもあった。若かったし、いろんなことに挑戦できたちょうどいい時期を一緒に過ごしてきたのだ。
さて30を過ぎて、浮かれた生活を少しは落ち着いたものにして、子供を作ろうと思い立った。
「そろそろ子ども作った方が良いんじゃない」
「まだいいよ」
「でも、私もう30だし、すぐ子どもが出来るかどうかも分からないし、作るんだったら2人ぐらいは欲しい。35までに2人生むと考えるとそろそろ作り始めないと」
「でもまだいいよ」
実はそれ以前からかなりセックスの間隔が開いていた。私も彼も毎日仕事でくたくたになって帰宅していた。ちょうど2人とも仕事の一番面白い時期でもあったからそれほど気にならなかった。けれど気が付いて考えてみると、いつも私から誘っているような気がする。それだって、疲れているからと断られたことも何回かあった。他に女性が居ることも考えたがどう考えても周囲には50過ぎのおばちゃんぐらいしか居ない。そもそも、彼はどこへでも私を連れて歩くので有名だったくらいだ。

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        (photo:photowriteさん)
さて、離婚の話が中途半端に途切れてしまっているのはやっぱり書いていて辛い話題だからだ。
けれど何回も書いているとおり私がこのブログを始めたのは、そのつらさを文字にすることによって整理し明日への一歩を踏み出すためだ。読まれる方にとっても辛いものになるかもしれない。当初予想していた読者数をはるかに越えてしまっている今、相当に勇気の居る話題だからだ。ふと、たかしとの恋愛のことも書きながらだったら書ききることが出来るかもしれないと思った。とにかくどうなるか分からないが、書き始めよう。

元夫の和也とは私が20歳の時に知り合った。有り体に言えばナンパされた。けれど、何となく共通するものを感じてつきあい始めたのだった。4年後普通に結婚した。結婚を決めた理由はそれまで出会った人の中で一番面白い人だったからだ。長い年月一緒に暮らしていくとなれば、まず価値観がある程度共通していないとやっていけないし、やっぱり面白い人の方が楽しく過ごせる。面白いにも2通りあって、単に受け答えが面白いというのと、興味深いというのと両方を兼ね備えていた。うまく文章で表現できないので、ほんとにいつも勝手に甘えて申し訳ないのだがボーゲンさん70%な感じといえば分かっていただけるだろうか。70%でも相当面白いというのはご理解いただけると思う。笑いのテイストも凄くよく似ている。だから私は勝手にボーゲンさんのファンである。こう書くと和也に対して未練たっぷりみたい。う~ん未練はあるのかもしれない。出会ってから15年以上一緒にやってきたのだから。その中の6割は楽しい思い出なのだから。


結婚について2へ
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ある日何となく夫の様子が変だった。
いわゆる女のカンてやつ?(笑)具体的になにがあったのかまでは分からなかったんだけれど、初めっから女かな?と思っていた。なんでなんだろう、なんか分かっちゃったんだよねぇ。既婚男性の方、妻にはすぐ分かります。(笑)下手なことはされない方が身のためですよ。
寝静まった頃そっと起き出して携帯電話を調べる。もちろん履歴を消しておく位の頭は回るんだろうが、私が知っているメールアドレスを発見。
なるほど納得、そういうことだったのか。
彼女は彼の友人の元妻だ。4人でよくいろんなところへ出かけたりしていて、みんなで仲が良かった時期もあった。それが崩れ始めたのは私の妊娠と彼女の病気がきっかけだった。

結婚について1へ
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来月息子の運動会がある。久しぶりに彼を見ることができるのでとても楽しみ。声を掛けたり近くに行ったりはできないが、遠くからでも彼の様子を見ることができる!
離婚の時にかなり悩んだ。彼を手元に置いておきたかった。きっと誰だってそうだと思う。
私の仕事はいったん現場にはいると、終わりが見えない。いや、だいたい終了予定時刻はあるし、早く終わることもあるんだけれど。そういう日は保育園に迎えに行くのは夫の役目だった。私の両親もまだ働いているし、多少距離もあるので気軽に頼めなかった。夫もきつかったと思う。その辺も離婚の原因の一つかな。
二人とも働いていると夫婦だけで子どもを育てるのにはムリがある。私も仕事を減らしたし、なるべく終了予定の見込める仕事を選んでいたつもりだ。
それでもどこか疲れて来ちゃったんだな。
いろんなことが積み重なって二人の間がギスギスしてきた。

離婚について2へ
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