秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

「ただいま~」
「どうだった?」
「まだ、返事待ちだけど、いい感じだった」
「そうか、支援に来てくれるといいね」
「うふふふん、米5kgもらってきた。まぁ高速代とガソリン代かかってるからぁ、元取れるまでは行かないけどぉ」
「それは嬉しいねぇ」
「実は昨日帰ってきたんだ。Sさんの先輩が亡くなって、Sさんから先輩のものを引き取るように言われて呼ばれたんだ」
徹は食べるための仕事と、本当にやりたい仕事、2種類の仕事を持っていた。
今回は本当にやりたい仕事のほうが動き始めた。しかしすぐにはお金にならない。維持の経費と手間隙だけが増える。
「忙しくなってくっぞ~ぉ」
「徹ちゃん家で?」
「うちには置けないから、小母ちゃんちに置かして貰う。資料のまとめと明日の業者との打ち合わせの資料も読まないといけないから。
そうだ!いや、まだいろいろあるんだけど、明日また話そう」
声に張りがあった。やっと徹にひとつだけ射した遠い希望だった。


しかし東京から彼を見ている私には、その先も見えていた。本当にやりたい仕事を続けるには、福島ではもう無理だった。それは徹も気が付いていて、しかしそのことは故意に無視していた。家の本格的な補修を始める前にいちおう彼に引導を渡さなければならない。でも彼は福島から離れないだろう。夢を選ぶことは、今ままでの殆ど全てを捨てることで、義理人情を大切にする徹には到底無理だった。


翌日の午後、息子とスーパーに行った。
「あとはサラダに入れるキュウリだね」
「何本?」といってバラのキュウリを拾い出す。
キュウリの産地を確認すると福島産だった。隣に岩手産のキュウリも売っていた。
「それは福島産だからやめてこっちにしておきましょう」
もしかすると会津産のものかもしれなかった。けれど食品に含まれている放射線量は殆ど発表されていない。
私は事故後出来る限り調べ上げた。


キュウリの2.3本食べたからといって大騒ぎするほどのことではない。しかし内部被爆は簡単に計測できないから、子供の身体の一部となってずっと残ることを考える。外食や、給食、周辺の県の食品に含まれる放射性物質も含めると、わざわざ福島産を食べさせることは到底出来なかった。
徹は常々「福島に風評という言葉は通じない」と、言っていた。程度の差こそあれ、線量が高いことは事実なのだ。


しかし息子に伝える言葉は
「それは福島産だからやめて」だった。なぜかとか、どうしてという理由は省略されてしまう。放射性物質に関する正しい知識を彼はまだ理解できない。
おそらく近いうちに彼は福島について偏見を持つだろう。それは将来差別的に現れることもあるだろう。何年かしたら、必ず教えよう。


以前、徹が虎の子の腕時計をオークションに掛けたとき、問い合わせの中にこんな質問があった。
「発送地福島県ということですが、ガイガーカウンターで測った数値を教えてください」
徹は深く傷ついて、激怒していた。
「いったんdoorちゃんのとこに送っから、そっちから発送してくんねぇ?」
泣く泣く手放す虎の子が、足元を見られ安く買い叩かれてしまう。「被災地を応援しています」「がんばってください」「復興支援」そんな言葉とは裏腹の、無知と偏見と無神経が投げつけられる。それが福島の辛く厳しい現実だった。



「今日はあちこち忙しかった。散々な1日だった」
「あらら…」
「お袋の歯医者で2時間待たされてぇ、石屋も支払いに行ってぇ、
 階段の見積書届いてぇ、ハウジングメーカーとの打ち合わせやってぇ。へろへろ。
 最悪。金無いのにすべて金がらみ。最悪だ」
「そう」
「調子悪い…なんか疲れたまってきたのかなぁ。」
「長距離走ったんだもん」
「帰りぃ、いきなりSさんに呼ばれたから170キロで帰ってきた…俺時間に遅れるの嫌だから」
「そんなに出るもんなの」
「出たねぇ。最後ハンドルが取れそうな感じだった。180キロまでメーター付いているだけあんなぁって。みんなもう俺の運転する車には乗んねぇってブーブー抜かしやがって、したっけみんなビール飲んでたんじゃんかぁ、いつも俺ひとり運転手にしてるくせによぉ。うふふん、俺運転しながらハンドル取れたらどうすんのかなぁって考えてた。やっぱ真ん中の軸のところで操作するんかなぁって
凄い雨降ってたから、ホント命がけだったなぁ。うふふふん」


明るかったのはそこまでで、その後些細な言葉の行き違いで、また徹が不機嫌になり、自分の単なる勘違いと分かって再び落ち込み始める。


「仕事は無職になったけど、そろそろ休みが欲しいのかも知れないね…」
「うん、疲れているのかも」
「生きてる気力が先月くらいから無いから…
 俺が出来る事を思いながら、個人支援やら、支援要請だのしてるだけだからぁ
 楽しみも何も無い暮らしになったからかもしれないね」
「うん、そう感じてる」
「笑いも楽しみも未来も金も何も無い…貯金も、墓と家でゼロになったしぃ、それでもまだまだ足りない。生きてても何も良い事無いよ」
「慰める言葉も無いんだけど…」
「何か良い事無いかなぁってそればかり考えるけど、政府も先を教えてくれないから、何から始めて良いかわからないよ。政府発表無いでしょ?」
「徹ちゃん、お金があったらしたいことは?」
徹は私の質問に答えなかった。


「もう日本は終わりだよ
原発の工事してるだろ。作業員の数が合わないんだよ。どう思う?もう世の中腐ってる。全て隠して葬り去る。作業員だって人間じゃん。入った作業員と出てくる作業員の数が合わないんだよ」
「NHKでやってた」
「ホームレス作業員とかを拉致して連れてくるからだよ。東京の山谷地区、大阪のあいりん地区の日雇い労働者を連れてくるんだよ。後は使い捨て、法律違反なんだよ」
「うん」
「福島県に交代で国内全ての方々が住んでみると良いんだよ。高みの見物して同情するような言葉なんていらないんだよ。県民として迷惑なんだよ」
「うん、そうかも」
「欲しいのは避難場所と金と職だけなんだ」
いつか、そこを抜けることが出来るように祈っていた。祈ることしか出来ない無力感が私を襲う。


「県を無くして閉鎖するのが1番だと思うけどね
それをやればdoorちゃん達も、税金と言う形で大きい負担とか、その前に国が破綻するのが先か…国民が途方にくれるね。だから、福島県民を見捨てるしか出来ないんだよ」
「…」
「俺は41だからもうどうでも良いけど、子供達だけでも助けるのが国の役目だし、他県民がしてくれる好意じゃん」
「そうだよ」
「東京に津波きたら、佐賀の友達の家にdoorちゃん家族送ってやっからな!安全なとこあるから。
俺に出来る事ってそんな事だから情けないんだ。金あればなんとでも出来るのに」
私のところは立川断層が動きでもしない限り殆ど安全だった。同じように福島も半年前までは、そう思っていたに違いない。


「徹ちゃんもこっちへ来ればいいのに。向かいのアパートも空いてたよ」
言っても意味の無い言葉と分かりながら、相槌代わりに空しい言葉を発する。
「葛飾区の保育園の砂場使えないってNHKでやってるよ。東京も時間の問題かもね」
「東京も西のほうは大丈夫だから。
後になってから東電から損害賠償を取ればいいんだ
とにかく福島に居る人たちが逃げないと。市街は子供の住める線量じゃないんだから」
「東電に金は無いから俺達は損害賠償なんて無いの。
国も払う能力を超えたから、除染して戻そうと考えたの。除染しても、2ヶ月後はまた同じだろ。何の意味があるかわからないでしょ」
私達の話はいつも堂々巡りだった。国の最高機関でも同じように堂々巡りしていた。この迷路はどうやったら抜け出せるのだろう。



「徹ちゃん、さっき聞いた質問。お金があったら何したい?何がやってみたい?家の修理とかじゃなくて、徹ちゃんの楽しみ」
温泉に行きたいなとでも言ってくれればそれは簡単に叶えられた。

「また、仕事始めたいね。仕事の初期投資に使う。
俺は好きな事を好きなだけやって暮らしてきたからね。
俺の仲間は全てそうだ
サラリーマンなんてのはなろうとも考えないね。プライドとかじゃなく、俺には団体行動が不可能だから。

だから、個人戦で出来る仕事をしてるんだけど」
作業場付きの戸建でないと無理だった。私に出来ることは何も無く、言葉も掛けられなかった。


「からだおかしい…余計な事ばかりでごめんね
体調が悪いから薬飲んで先に寝る。何か疲れとれない…
ここ四日、大きい余震を含めてゆれっぱなしだから寝不足もあるのかもね」


私も徹のネガティブに引きずられた。通話を切ってからも寝付けず、最終的に寝たのは4時過ぎだった。翌日聞くと徹も4時まで眠れなかったようだ。

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