オーバーラップ 12 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

オーバーラップ 1から読む

 家に戻って来てゆっくりとコーヒーを飲みながらいつの間にか佐々木との会話を思い出していた。自分でそれに気がついて少しびっくりする。以前であれば、こんな時は恋人の事をぼんやりと考えていた。いや、さっき会った人の事を考えるのは当然のことだ。けれど、恋人との予定をキャンセルしたのに佐々木と一緒に過ごしたというのはどういうわけだろう。それは…聞かなければならないことがあったから。どうも本格的にキスもしたらしい。自分の記憶の無いことは確かめようもないが話に不自然なこともなかった。
 このところ恋人とすれ違うことが多くて少し距離を取るようになっていた。彼の仕事も忙しかったから寂しさも感じていた。そんな時に彼とであったのだ。佐々木との会話は疲れなかったし、それでいて刺激的だった。髪が乱れたのを「花形満みたい」と冷やかして、「誰それ」と聞き返されることもなかった。学生時代の友人と同じように恋愛感情抜きで自然に話せる気楽な関係だ。あるいは元の夫との関係に似ているかも知れない。何年もずっと一緒にいるような懐かしさと気安さ。そう言えば、体型も夫に似ているかも知れない。がっしりしていて手足の短いキユーピー人形のようだと言って笑った、ぬいぐるみの熊のような雰囲気。もう忘れたと思っていたのに、やはりまだこだわっているのだろうか。佐々木に対して恋愛感情は抜きなんだろうか…

2、3日してまた佐々木から電話が来た。
「もし良かったら来週の平日でもまた観に行きませんか」
「来週はちょっと…」
「そうか残念だな」
「佐々木さんの彼女と観にいらっしゃればいいのに」
「ん…まーそうなんだけど、じゃ一人で行くよ。ところでこの間の話なんだけど…」 
佐々木は電話で次に私がビデオで見るべき映画について延々と話し始めた。また面白い話なのでなんだか電話を切れなくなってしまう。
呼び鈴がなって恋人が家に来た。
「電話中?」とでも聞くように両まゆげを上げて目顔で私にあいさつする。
佐々木の話はまだ終わりそうにない。
手で合図して食事が済んだかどうか聞くとどうやら食べて来た様子なのでお湯を湧かし、お茶を入れる。その間ずっと佐々木は喋っていた。ようやく話の切れ目を見つけて
「あの、私食事したいのでそろそろ…」
「あーまだだったの?じゃあ来週あたりまた電話するから」
いえ、もうと言いかけて恋人の前であることを思い出して言葉を飲み込む。
「ええ、また」
通話機の「切る」ボタンを押すと恋人が話し掛けて来た。
「ずいぶん長い電話だったねー」
「うん友達」
「何の話?」
「この間試写会で久しぶりにあったコ」
「なんて名前?」
とっさのことで名前が出てこない。気持ちが焦ってしまう。
「由佳里どうしたの」


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