秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

「昨日の朝洗濯機が壊れちゃって、さっき○電気に買いに行ったんだけどぉ。すげぇんだよ。原発利権民。俺とお袋が一番安い洗濯機29800円にするか、もう少し大きい34800円にするか30分くらい悩んでたら、その横で50インチのでっけぇテレビとかぁ斜めに入れる洗濯機とかぁ、冷蔵庫とかチン(電子レンジ)とかいろいろ買っててさ。全部で1本くらい行くんじゃね」
「どういうこと?」
「8月一杯で避難所が閉鎖されるだろ。奴ら金があるから仮設住宅なんて入らないでキャッシュで広い新築を買うんだよ。ハウジングメーカーも忙しそうだしぃ。洗濯機すぐ来ないとおふくろ困るじゃん。俺店長と仲良かったから、聞いたら『徹さん、注文に配送が間に合わなくて早くて9月になってしまうんです。すいません』だって、これどうよ。あっという間に1本の客のほうに行っちゃって…そりゃそうだよなぁ、こっちは5000円の差で30分も悩んでるんだぜ。うふふん、俺が店長でも同じようにするさ」

「…いろいろ思うことはあると思うけど、もう仕方が無いんだよ。そうやってお金のある人たちにバンバン使ってもらわないと経済が廻っていかないじゃん。経済が廻らないと復興も無いじゃん」
「大熊町なんか住民税も無かったし、全く東京電力様様だよなぁ…あれ?なんか…ヨーグルトかなんか食ってるだろ」
「あはは、ばれちゃったか」
「最近doorちゃん家で何やってるかだいたい音でわかるようになってきた」
「そんなにいろんなことはしてないけどさ。
 もう仕方が無いんだ。だって私達が選挙で選んだ結果が今じゃん。まさかこんなことになるなんて思いもしなかったけど、結局私達みんなの責任なんだよ
 徹ちゃんは選挙にちゃんと行ってた?」
「ふふん、俺ぇ、今まで一度も行ったこと無かったけどぉ、前回は高速がただになるって聞いて民主党に入れた。周りにも呼びかけて結構な票数入れさせちゃった」

「はぁぁぁぁ~。バカだねっ。今こうなったのは、そうやって無関心でいた結果なんだよ。
目先の利益に踊らされて投票してっ。だけど原発推進してきたの自民党だから、そこどうなのよって言われたらゴメンと謝るしかないんだけど。
それにこんなことになったけど、日本のエネルギーを考えるなら原子力はやっぱり必要でもあったんだ。それは分かるでしょ?どっちがマシかで選ぶのが政治。だいたいの大枠で方向性を決めてやっていくのが政治。

だから、民主党が政権とって今度代表選挙になるでしょ。今回は違うけど、通常の代表選挙では外国人が参加して選ぶことが出来るんだよ。それで日本にとっていい代表が選ばれるのか?

何万人の外国人が組織的にやったら、その国の思い通りになるんだよ。まさかそんなってことが現実に起こる。原発がこうなったように。

今起こっている戦争はドンパチじゃない、火薬を使う戦争なんて時代遅れで、今水面下で現実に日本は侵略されているんだよ。それをちゃんと認識しないと。

現実、菅も前原も外国人から献金もらってるし、仮設住宅の資材だって外国から輸入してる。なんなの?これは。

ここはいったいどこの国?どこの国の利益を考えているの?それだけとっても民主党に入れたら拙いって分かるじゃん、とにかく…」

いつも徹一人で話しているのに、政治の話になって私は止まらなくなった。この10倍くらい話した。

「はぁ~、doorちゃんが熱く語るの初めて聞いたわぁ。語る語る。」
「当たり前でしょ、今の政治は私達の無関心と思考放棄の結果なんだから。だから酷かも知れないけど、こういう結果になった責任の一端は徹ちゃんにもあるの」
「じゃ次の選挙でどこに入れたらいいかdoorちゃんに聞くから教えてね」
「だからぁ」と言いかけてやめた。
そこを一人ひとりが自分できちんと考えることが原発事故を防ぐ手立てになったかもしれなかったのに。思考放棄で「分かりやすい政治」「原発は安全」のプロパガンダに日本中が踊っていた。



もうひとつ気になっていたことがあった。
「一昨日徹ちゃんと話した後、喉のチャクラが痛くなって」
「チャクラ?のどちんこ?」
「喉そのものは痛くないんだけど、経絡的に詰まってる感じで。初め頭が痛くなってオーラの調整したら、今度は喉が痛くなった」
私と同じように徹も人ごみが苦手だといっていたから、おそらく理解してもらえるだろうと思って話し始めた。
「オーラねぇ…」
「話をしていると、相手の向こうが見えてしまうっていうか、その人の無意識に感応するっていうか」
「霊的な事とは違う別の事が見えてしまうような?」
「霊といえば霊なんだ。魂のことだからね
 うちの家系はそういうとこ敏感で、だから浄化方法もあるんだけど」
「俺は霊的現象が見えてて苦しんだ時あったけどね」
やっぱり。
「まぁ、その手の話はどうでも良いけど…
 別に徹ちゃんを責めるわけではないし、私が好きでやっていることだけど、一昨日の徹ちゃんは、酷かった。ちゃんとクレンジングすればいいって分かったし。でも一昨日は頭痛かったんじゃない?そうでもなかった?」
徹はしばらく黙っていた。
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「ただいま~」
「どうだった?」
「まだ、返事待ちだけど、いい感じだった」
「そうか、支援に来てくれるといいね」
「うふふふん、米5kgもらってきた。まぁ高速代とガソリン代かかってるからぁ、元取れるまでは行かないけどぉ」
「それは嬉しいねぇ」
「実は昨日帰ってきたんだ。Sさんの先輩が亡くなって、Sさんから先輩のものを引き取るように言われて呼ばれたんだ」
徹は食べるための仕事と、本当にやりたい仕事、2種類の仕事を持っていた。
今回は本当にやりたい仕事のほうが動き始めた。しかしすぐにはお金にならない。維持の経費と手間隙だけが増える。
「忙しくなってくっぞ~ぉ」
「徹ちゃん家で?」
「うちには置けないから、小母ちゃんちに置かして貰う。資料のまとめと明日の業者との打ち合わせの資料も読まないといけないから。
そうだ!いや、まだいろいろあるんだけど、明日また話そう」
声に張りがあった。やっと徹にひとつだけ射した遠い希望だった。


しかし東京から彼を見ている私には、その先も見えていた。本当にやりたい仕事を続けるには、福島ではもう無理だった。それは徹も気が付いていて、しかしそのことは故意に無視していた。家の本格的な補修を始める前にいちおう彼に引導を渡さなければならない。でも彼は福島から離れないだろう。夢を選ぶことは、今ままでの殆ど全てを捨てることで、義理人情を大切にする徹には到底無理だった。


翌日の午後、息子とスーパーに行った。
「あとはサラダに入れるキュウリだね」
「何本?」といってバラのキュウリを拾い出す。
キュウリの産地を確認すると福島産だった。隣に岩手産のキュウリも売っていた。
「それは福島産だからやめてこっちにしておきましょう」
もしかすると会津産のものかもしれなかった。けれど食品に含まれている放射線量は殆ど発表されていない。
私は事故後出来る限り調べ上げた。


キュウリの2.3本食べたからといって大騒ぎするほどのことではない。しかし内部被爆は簡単に計測できないから、子供の身体の一部となってずっと残ることを考える。外食や、給食、周辺の県の食品に含まれる放射性物質も含めると、わざわざ福島産を食べさせることは到底出来なかった。
徹は常々「福島に風評という言葉は通じない」と、言っていた。程度の差こそあれ、線量が高いことは事実なのだ。


しかし息子に伝える言葉は
「それは福島産だからやめて」だった。なぜかとか、どうしてという理由は省略されてしまう。放射性物質に関する正しい知識を彼はまだ理解できない。
おそらく近いうちに彼は福島について偏見を持つだろう。それは将来差別的に現れることもあるだろう。何年かしたら、必ず教えよう。


以前、徹が虎の子の腕時計をオークションに掛けたとき、問い合わせの中にこんな質問があった。
「発送地福島県ということですが、ガイガーカウンターで測った数値を教えてください」
徹は深く傷ついて、激怒していた。
「いったんdoorちゃんのとこに送っから、そっちから発送してくんねぇ?」
泣く泣く手放す虎の子が、足元を見られ安く買い叩かれてしまう。「被災地を応援しています」「がんばってください」「復興支援」そんな言葉とは裏腹の、無知と偏見と無神経が投げつけられる。それが福島の辛く厳しい現実だった。



「今日はあちこち忙しかった。散々な1日だった」
「あらら…」
「お袋の歯医者で2時間待たされてぇ、石屋も支払いに行ってぇ、
 階段の見積書届いてぇ、ハウジングメーカーとの打ち合わせやってぇ。へろへろ。
 最悪。金無いのにすべて金がらみ。最悪だ」
「そう」
「調子悪い…なんか疲れたまってきたのかなぁ。」
「長距離走ったんだもん」
「帰りぃ、いきなりSさんに呼ばれたから170キロで帰ってきた…俺時間に遅れるの嫌だから」
「そんなに出るもんなの」
「出たねぇ。最後ハンドルが取れそうな感じだった。180キロまでメーター付いているだけあんなぁって。みんなもう俺の運転する車には乗んねぇってブーブー抜かしやがって、したっけみんなビール飲んでたんじゃんかぁ、いつも俺ひとり運転手にしてるくせによぉ。うふふん、俺運転しながらハンドル取れたらどうすんのかなぁって考えてた。やっぱ真ん中の軸のところで操作するんかなぁって
凄い雨降ってたから、ホント命がけだったなぁ。うふふふん」


明るかったのはそこまでで、その後些細な言葉の行き違いで、また徹が不機嫌になり、自分の単なる勘違いと分かって再び落ち込み始める。


「仕事は無職になったけど、そろそろ休みが欲しいのかも知れないね…」
「うん、疲れているのかも」
「生きてる気力が先月くらいから無いから…
 俺が出来る事を思いながら、個人支援やら、支援要請だのしてるだけだからぁ
 楽しみも何も無い暮らしになったからかもしれないね」
「うん、そう感じてる」
「笑いも楽しみも未来も金も何も無い…貯金も、墓と家でゼロになったしぃ、それでもまだまだ足りない。生きてても何も良い事無いよ」
「慰める言葉も無いんだけど…」
「何か良い事無いかなぁってそればかり考えるけど、政府も先を教えてくれないから、何から始めて良いかわからないよ。政府発表無いでしょ?」
「徹ちゃん、お金があったらしたいことは?」
徹は私の質問に答えなかった。


「もう日本は終わりだよ
原発の工事してるだろ。作業員の数が合わないんだよ。どう思う?もう世の中腐ってる。全て隠して葬り去る。作業員だって人間じゃん。入った作業員と出てくる作業員の数が合わないんだよ」
「NHKでやってた」
「ホームレス作業員とかを拉致して連れてくるからだよ。東京の山谷地区、大阪のあいりん地区の日雇い労働者を連れてくるんだよ。後は使い捨て、法律違反なんだよ」
「うん」
「福島県に交代で国内全ての方々が住んでみると良いんだよ。高みの見物して同情するような言葉なんていらないんだよ。県民として迷惑なんだよ」
「うん、そうかも」
「欲しいのは避難場所と金と職だけなんだ」
いつか、そこを抜けることが出来るように祈っていた。祈ることしか出来ない無力感が私を襲う。


「県を無くして閉鎖するのが1番だと思うけどね
それをやればdoorちゃん達も、税金と言う形で大きい負担とか、その前に国が破綻するのが先か…国民が途方にくれるね。だから、福島県民を見捨てるしか出来ないんだよ」
「…」
「俺は41だからもうどうでも良いけど、子供達だけでも助けるのが国の役目だし、他県民がしてくれる好意じゃん」
「そうだよ」
「東京に津波きたら、佐賀の友達の家にdoorちゃん家族送ってやっからな!安全なとこあるから。
俺に出来る事ってそんな事だから情けないんだ。金あればなんとでも出来るのに」
私のところは立川断層が動きでもしない限り殆ど安全だった。同じように福島も半年前までは、そう思っていたに違いない。


「徹ちゃんもこっちへ来ればいいのに。向かいのアパートも空いてたよ」
言っても意味の無い言葉と分かりながら、相槌代わりに空しい言葉を発する。
「葛飾区の保育園の砂場使えないってNHKでやってるよ。東京も時間の問題かもね」
「東京も西のほうは大丈夫だから。
後になってから東電から損害賠償を取ればいいんだ
とにかく福島に居る人たちが逃げないと。市街は子供の住める線量じゃないんだから」
「東電に金は無いから俺達は損害賠償なんて無いの。
国も払う能力を超えたから、除染して戻そうと考えたの。除染しても、2ヶ月後はまた同じだろ。何の意味があるかわからないでしょ」
私達の話はいつも堂々巡りだった。国の最高機関でも同じように堂々巡りしていた。この迷路はどうやったら抜け出せるのだろう。



「徹ちゃん、さっき聞いた質問。お金があったら何したい?何がやってみたい?家の修理とかじゃなくて、徹ちゃんの楽しみ」
温泉に行きたいなとでも言ってくれればそれは簡単に叶えられた。

「また、仕事始めたいね。仕事の初期投資に使う。
俺は好きな事を好きなだけやって暮らしてきたからね。
俺の仲間は全てそうだ
サラリーマンなんてのはなろうとも考えないね。プライドとかじゃなく、俺には団体行動が不可能だから。

だから、個人戦で出来る仕事をしてるんだけど」
作業場付きの戸建でないと無理だった。私に出来ることは何も無く、言葉も掛けられなかった。


「からだおかしい…余計な事ばかりでごめんね
体調が悪いから薬飲んで先に寝る。何か疲れとれない…
ここ四日、大きい余震を含めてゆれっぱなしだから寝不足もあるのかもね」


私も徹のネガティブに引きずられた。通話を切ってからも寝付けず、最終的に寝たのは4時過ぎだった。翌日聞くと徹も4時まで眠れなかったようだ。

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徹に逢わない宣言をされてから、私はようよう自分の感情のコントロールを始めた。
自分の仕事をなるべく優先させるように、たまにある徹のよいしょに、わざとそっけなく返したりする。話と愚痴はいくらでも聞いたが、ストリップは子供が起きているからとさりげなく断った。
それでいて
「逢わないのは良いけど、噛まれたり縛られたりは自分じゃ出来ない」
などとつぶやいてみたり。
彼からのメールが頻繁になってきた。


18日、徹は再び過激な発言を連発した後、ネット上2箇所のアカウントを削除してしまった。応援してくれる人も多かったが、前から来ていた「お前の所在はわかる。近いうちに殺す」というメールが殺到したらしい。自分の不在中、母親に何かあるといけないと思ったようだ。
「俺の退会良くわかったね?」
「帰ってきてチェックしたら、もの凄い咆え方してて、溜ってるからな~って心配してて、ご飯食べ終わった後、もう一度チェックしたら、もうアカウントが無かった」
悲惨な被災地の現実に向き合って帰って来ると、彼の場合、そのストレスが攻撃性となって現れる。私のストリップは一時的に彼の攻撃性を緩和させる役目も持っていた。お預けが裏目に出た。


「もうネットでのあんな感じの場には登場しないよ」
「うん」
大局的にはそれは良いことだった。ネットでのやり取りに彼は向いていなかった。些細な言葉尻を捉えて噛み付く。元はといえば私たちはそこから始まったのだった。
「バーチャルの世界の徹は今日で消える。後はリアルでやる」
「うん、がんばれ」
「頑張らない!」
「そうね、踏ん張れと言うべきだった」
「ふふん、楽しく生きたいけど、まだそこまでの余裕が無いから…」
「後は少しずつ良くなっていくだけだから。底を打ったから」
私の言葉に何の根拠も無く、そう信じて欲しいだけだった。
「どうなる事やら…」
「ま、好きにするといい」
「支援して頂ける方々への感謝を忘れず毎日を生きさせてもらうのが俺の今でしょ」
「あっちの徹も結構好きだったんだけどね」
「doorんとこにだけはバーチャルで徹が参上するさ。それ以外は何もしてないから」
「ま、ね」
「さっぱりしてるなぁ」
「だって、なんか言ったって、余計な口出しとか、説教とか言われちゃうんじゃ、はい、はいって聞いているしかない」精一杯の嫌味も徹には通じなかった。
「ギャハハハ
 明日は400キロ離れた所まで行く。うちの先祖が仕えた方の墓参りと、支援活動のお願い行脚だよ」
「そう」
「俺んちは上杉家に仕えてたから。
 生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けりじゃ。
 だけど支援に来てもらえるかなぁ…山形のときみたいに断られたりして…」
拒絶されて月曜日にまた荒れることになる可能性が高かった。眼と鼻の先の山形の支援が受けられないのだとしたら、遠くは多分無理だろう。世の中はそんなに甘くない。みな自分のことで精一杯だ。

「徹ちゃんは愛嬌があるから大丈夫」
「えっ、そう?」
「いろんな人に可愛がってもらえてるじゃん、年上の女にもモテるでしょ」
「ふふふん、そうかもなぁ。俺って母性本能くすぐっちゃうタイプ?」
40過ぎてそれでは困るのだけれど。
「私も身軽だったら支援に行くのに…」
「支援は楽じゃないよ」
いざとなったら私がどれだけ黙々と働くのか彼は知らなかった。肉体労働は好きだった。そうやって相手を決め付けて、ネットの世界の住人を拒絶してしまうことで、彼は自分の世界も支援してくれる人の範囲も狭くしていた。けれど私は少しずつでも心の扉を叩き続けようと思う。彼に対してだけでなく、誰に対しても今までそうしてきたように。


「私は自分の仕事や子供をちゃんと育てるのが仕事だから。その仕事をきちんとすることが、廻りまわって支援になると思っているから。
でも今直接的な支援が出来る組織とか持ってたら、徹ちゃんがお願いしに来てくれるのになぁって、ちょっと寂しかった。あは」


いつでも彼に切り捨てられてしまうネットの住人でいるつもりはなかった。
ネットの住人は互いに利害関係が無い。けれど私達の間には利害関係があった。


この杯を受けてくれ。 どうぞなみなみ注がしておくれ。この杯を…





今日帰ってきた徹の声は明るかった。

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「船買って旨い魚釣って毎日のんびり暮らせたらなって思ってたんだ」
「浜辺バージョンも良いね。だけどもう魚は釣っても食べられなくなっちゃったもんね」
「うん、でも漁師さんたちは偉いよ。燃料かけて500キロ先まで漁に行くから。それでこの辺で水揚げしても売れないから、岩手で水揚げして、そっからトラックに載せてみんなに喰わしてるんだ」
「500キロっていうと、東京から大阪ぐらいの距離か。それじゃ大丈夫だね」
「うん、ホント燃料高いのにがんばってるなぁって頭が下がる」

「それに比べて!こないだスーパーに行ったんさ。桃売ってやがって」
「あ…、福島の桃。思いっきりこっちでも売ってるよ」
「絶対喰うなよ」
「分かってる」
「ガイガー持ってたから当ててみたんだよ。山梨の桃と、福島の桃。やっぱり福島の桃は数値が出てたよ」
「えっ、それその場でやったの?」
「俺はやるよ。人集まってきちゃってさ」
「まぁ~」
頭を抱えた。鯉の和柄アロハを着た徹が騒いだら、営業妨害もいいところだろう。店員さんを気の毒に思う。
「こんなもの売りやがってって言ったら『国の基準値内ですから』とか抜かして」
首都圏など汚染の少ないところに住んでいる大人なら、充分食べられると思う。しかし中通りの空間線量の中で、さらに内部被爆まで抱えるのは明らかに危険だ。
今までそうしていた通り、近所の人が持ってきてくださる野菜や果物も徹の家ではこっそり庭に埋めていた。

海は広い。遠くに行けば安全だ。でも土地は動かない。果樹も動かせない。
作る人が悪いのだろうか、売る人が悪いのだろうか。悲劇だ。ひたすらの悲劇だ。
生産者は作ってお金を手にする。販売者は売り上げを立てる。経済を回していかなければ復興は無い。日常の暮らしが戻ってきたように見えて、その実そこは地獄と同じだった。国を潰さないために、自分たちが生きるために私たちはその地獄を放置している。黙って見殺しにしている。政府が悪い、東電のせいだと言い訳しながら結果として生贄に、見殺しに。


私は言葉が見つからなくて大きくため息をついた。
「doorちゃんまでため息つくなよ。いっつもこうやってバカ話して笑ってるけど、話し終わったら、俺はため息付くしかねぇんだから。暗ぁくこれからいったいどうしようって。ほかの人と話しても、重くなっちゃって。
doorちゃんは明るいじゃん。俺の話も真剣に聞いてくれる良い女性だ。感謝感謝」

「あ、そうだ。言い忘れてた。ガソリン代振り込んでおいたから使ってね」
「えっ、いつ」
「昨日かな?もう振り込まれてると思うよ」
「もっと早く言ってよ。俺お礼も言わないでべらべら喋って失礼じゃん」
「そうぉ?」
徹が言いづらいことを言わなくて済むように早く振り込んだつもりだ。
「なんか俺ってヒモなんかなぁ。そのうち、死ね!ヒモ!とか言われちゃうんかなぁ」
「そんなこと思ってないよ」
徹はいつも口頭で「もらったお金はこれこれにいくら使いました」と、律儀に申告する。私はそれがうっとうしくて「いちいち言わなくてもイイ」といっているのに。

「言われる前に自分で言っちゃったほうが、傷つかなくて済むから言っとくわ。俺ヒモみたいだね」
「バカ」
だったら時計なんかねだらなければいいと思うのに。

早速徹から画像添付のメールが来た。
「遅くなって、申し訳ありません。これが俺の罹災証明です。
 支援してもらう前に見せるのが常識だったね」

そういうのが常識というのは、今の今まで知らなかった。
「へぇ~、これが、高速無料になる証明書?」
「この罹災証明も余震で、被害増えるとランク上がるんだよ」
「ランクがあるの?」
「最初は誰も見にこないで一部損壊で出て、家の傷みが激しいから家屋調査士が来て半壊、そして言われるのが、余震で被害が進めば全壊になりますからと。余震がおさまらない限り、罹災証明書も続くんだ」

「ふぅ~~ん」
「被害の無い被災民いるでしょ、その方達は被災証明書ってのが発行されるんだ。
被災地域に住んでる方全てに被災証明書が発行されるの。それと免許証があれば高速は無料になるの逃げる為の制度だけどね」
「逃げる?」
「原発から逃げる為に無料にしてる。次の爆発あれば終わりじゃん。その為の高速無料だよ。避難道路として開放が正解だね
 お年寄りは喜んで旅行に行ってるのが現実だけど。」
「それも復興にはいいことじゃん」
自分でも笑いに力がないなと思った。笑いのない日だった。
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しばらくして下に保冷剤を敷き、再びPCを立ち上げると
「もう話さないんでしょ」
という文字がチャットウインドウに表示されていた。


「拡張はしないってだけの話なの。エロは良いけど、グロは嫌だ。その境界は人によって違うかもしれないけど、拡張は私にとってグロの範疇に入ることが分かった。だからしたくない。それだけ。徹ちゃんと付き合うのに拡張が必須なの?」
タイプするとすぐに返事が返ってきた。
「拡張にこだわって付き合うやついないじゃん、二人が楽しく出来ればそれが1番だぞ!」
「うん」
「それだけじゃ!」
「分かった」


それから通話に切り替えひたすら彼の話を聞いていた。時間にして3時間。いったん切る前の会話で、彼が私に執着していることが分かったから、満足していた。


サディストとマゾヒストの力関係は形式上サディストが勝っているはずなのだが、実際に民主主義の世の中で人間関係として成り立たせようとすると、どのようなプレイをするかマゾヒストの了解を得ないとならない。
つまりマゾヒストはサディストに自分の望みを伝えることになる。従ってサディストはマゾヒストの希望をかなえるために奉仕するという、プレイの形式との逆転現象が起きるのだ。互いにめぐり合うことの稀なサディストとマゾヒスト間での主導権は、実はマゾヒストが握ることになる。徹がこのことに気づかないことを願うだけだ。

「徹ちゃんは私のことどんな人だと思ってる?」



会話の流れで、そんな話になった。
「doorはしっかりしてるし、強そうに見えるけど、実はとても人に甘えたい部分があって、それに寂しがりやかな」
「あら、そんな風に思っているんだ」
こんな言い方はコールドリーディングと変わりが無い。私のことを語っているようで、徹はむしろ自分のことを話しているように思える。
虚勢を張って、仲間や友達といった今までの関係が綻んでいく中、私を得て甘えている。いつも「忙しいから少しだけな」と言いながら、延々自分のことだけ話している。そこに彼の寂しさを感じる。


他の振込みのついでに徹の口座にもまた振り込んだ。今月はいつもより多くの入金があったから、福島までの旅費も出る。後はいつ行くか、時期を窺うだけだ。


「そうだ、聞かなきゃいけないことがあったんだ。米一年でどれぐらい食べる?」
「俺そんなのわかんねぇ。考えたことも無いもん」
「昔は一人分一年で、米一俵60kgって言ってたけど、お母様はそれほど召し上がらないだろうし、徹ちゃんも週の半分近くは向こうに行っているだろうし…」
「30キロ単位だから、60か、90だよね。…足りなくて怪しいお米買わなきゃいけなくなると嫌だから、90kgにしようか。余ったら小母さんの所にでも持って行けばいいでしょ」
「俺、来年もおにぎり喰えんだな…」
「良かったね」
「しっかし、なんだってdoorちゃんにそんな繋がりがあるんだ?」


伯父が亡くなって、母が田畑山林を相続したこと、その田を人に貸していること。賃料として、米を送ってもらっていることを話した。
昨年から夏の間だけ両親が向こうで田舎暮らしをしていること。昨年より農作業が上手くなり、毎週夏野菜が送られてくること。そして私も年を取ったらログハウスを建て、そこで暮らしたいことも話した。


「そういうのいいなぁ。余裕があるって感じで憧れるよなぁ。俺も年取ったら船買って、浜辺に家が欲しいと思ってたけど、それも夢のまた夢になっちゃったもんなぁ」



ちょっと忙しいので、しばらくお休みします。

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徹のいない間、調べれば調べるほど、被災民を受け入れてくれる自治体はあった。被災者優先の仕事もたくさんあった。
何を持って公平かというのは、観点によって異なる。出来るだけ多くの人々が納得できるような配慮が必要だと思うが、現実そうなっていないのは何も原発の件だけではない。それが厳しい世間の現実だ。
しかし被災地の現実を見るたびに、ここから立ち直るのは非常に困難に思える。どこから手をつけていいか分からない破壊の中、ひとつひとつ越えていかねばならないその努力。私の想像のはるか彼方にあるのだろう。遠くで見ているだけの私が口出しすべき問題ではない。


いっこうに事態が改善されない部分は行政の混乱もある。徹の苛立ちはもっともだったけれど、補償問題がはっきりするのは遠い先のことのように思える。とりあえず生きて行かねばならないのだから、徹もなるべく早く自立の道を模索するのが賢明だと思えた。


「暑いね」
「エアコン切ったからマジ暑い、網戸で寝るべ。数値が上がるけどな」
「ガイガーの?」
「そうそう網戸だもん、上がるよ」
俺は絶対に節電なんかしないと言っていた徹がエアコンを切る理由はひとつしかなかった。


「徹ちゃん、半年ぐらいどこかへ働きに行くとか考えてみたら?」
恐る恐る切り出したのに、徹は再び激しい口調で怒り出した。
「だから俺に意見するなって言ってるだろ。そんなことを言うんだったら付き合ってもらわなくてもいい。マジに怒るぞ、縁切るぞ。俺は仲間が必死で踏ん張ってるときに一人だけ抜け駆けするような人間じゃねぇ。どうしてわかんねぇかな」
独身で小器用な徹が半年ぐらい出稼ぎに行って、ほかの人を助けるというやり方だってあるはずで、私はそれを抜け駆けとは思わない。
「別に気分を悪くさせたいわけじゃない」
きちんと説明しようかと思ったが、徹は聞く耳を持たないだろう。なにか徹のこだわりや引っ掛かりがそこにあるらしい。
向こうで仲間とも話して年明けには仕事を再開できそうな目途もついたのだいう。
ならば私から言うことはない。徹は短気で怒りっぽいが、切り替えは早いのが救いだ。


「ガイガーの今の室内の値は?」
「0.28かな。子供なんてもう完全被爆してるね」
「うん」
「女の子は子供産めないかもね
 子供達可哀想だよ。俺なんか残り少しだから良いけどさ。小学生はまだまだじゃん」

「なんて返事をしたら良いのか…」
しばらくの沈黙の中、子供たちすら救えない自分たちの無力さを二人でかみ締めていた。


「今日お子ちゃまはお泊り?」
「うん」
「今するか?満タンだぞ」
「あはははは、ちょっとそんな気分になれないなぁ」
余りの暑さに徹のPCが落ちたり、私のPCも不安定な中を話していた。
「じゃ今日は拡張だけにしよう」
「前からそれ言っているけど、徹ちゃんに逢わないんなら拡張しても意味ないと思うし、ガバガバになるのは嫌だ」
「毎日すこしずつ拡張すればガバガバにはならないよ」
「だいたい広げてどうするわけ?」
以前、徹は拡張しないと自分のものが入らないと言っていた。本当かどうか怪しいものだが、逢わないつもりなら拡張する意味が無い。
「doorの手が入るようになる」
それを聞いて私は震え上がった。それはもはやエロではなくグロだ。
「そうすれば、感じ方や興奮度が凄いぞ」


急いでいくつか検索をかけるとウィキペディアに絵が載っていた。
「doorの腰が抜けるな…」
「やっぱり拡張なんて嫌だ、手なんて突っ込みたくない、絶対嫌、今調べたら、もう絵が怖い、絶対嫌。とにかく拡張はしないから」
「もう俺とは話さないって?そう言う事かな…」
「そんなこといってない、だけど、拡張は怖い、絵が怖い」
「doorが怖がる事はしないよ。また先走りで何か調べてる…」
「ウィキペディアの絵、あれ見たら吐き気がするよ」
「俺も嫌われたもんだな…」
「徹ちゃんが嫌いなわけじゃないけど、拡張は嫌、それじゃ」
ノートPCがありえないくらい熱を持っていて、そのままシャットダウンして、熱を冷ました。

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久しぶりに汗ばむ午後だった。


こちらでは油蝉が鳴き始めた。翌朝からの徹はまたボランティアに行く。
「徹、悪いけどちょっとしてくれない?」
「何?」
「声聞いてするのに慣れちゃってさ、一人じゃ気分が出ない」
徹は苦笑いをした。
「この間は徹が一方的に逝っちゃったの覚えてる?あれからずっと中途半端で。
 いつ子供が帰ってくるか分からないから、もう少し大丈夫だと思うけど、声だけ聞かせて。普通の話していて良いからさ」
「それはもったいないだろ」


私の欲望を煽り立てる徹の声を聞きながら、その瞬間恋しくて逢いたい思いが溢れ出して来た。達したそのままですすり泣いた。
「どうした」
「逢いたい…徹に逢いたい…逢えないのが辛い」
途端に不機嫌な声が聞こえた。
「泣くな、女に泣かれるのが俺はめんどくさくて一番嫌なんだ。俺に嫌われたくなかったら泣くな」

「わかった!泣かないから!」


「俺もいろいろ考えたんだけどさ、やっぱり逢わないでおこう。
 この世界で知り合ったんだから、この世界だけでやっていくほうが面倒がなくて良いよ。
 doorだって、彼氏とか子供とかいるんだから。逢ってややこしいことになったら、困るだろ。
 俺今だっていろいろ大変だし、これ以上の厄介は抱え込みたくない
 だからdoorちゃんもそのつもりでいて欲しい。それが一番良いことだと思うぞ。今は知り合ったばかりだからあれだけど、しばらくすればそのうち何でも話せる友達みたいになれる。」
「だけどね、はじめに無理やり私の本名を聞いたのは徹ちゃんじゃないか。別に境界線とか意味ないじゃんって言ったのは徹ちゃんだよ」
あの日以来、私が余りに嫌がるので徹は私の本名を呼ばない。

「そうか…」
徹の言うことはもっともで、彼にしては大人な判断だった。
私は少し違った考え方をしていた。どうせ徹は福島を離れるつもりが無いのだから、ややこしい事になどならない。実際友達になれることは確信していた。今だって充分大切な友達で、その関係が途切れなければ良かった。
徹の性格では私とぶつかるばかりなのは分かっている。ずっと近くにいれば私は彼に疲れ果てるだろう。それでも徹とは激しくぶつかり合うたびに、お互いが理解し合えて行く面白さを感じていた。たかしとの間で感じるどうしても埋まらない距離を徹は軽々と越えていく。

私にとっても彼はおもちゃだった。新しく、貴重で、面白いおもちゃをどうしても手に入れたい。
私の中の悪女が囁いた。「本気にならなければ、手に入れるのは簡単だ。それでいい」

それはずるくて不純なのだろう。少し前までの私だったら自己嫌悪に陥るレベルだが、全体を俯瞰すると、その判断がお互いを幸せにする。私は心を決めた。

「でも、分かった。徹ちゃんの言うのが一番だと思う」
もちろんそんなつもりはさらさら無い。
「doorは賢いもんな。…どれ、逝ったか、顔見せてみろ」
「うん」
「おぉ、すっきりした顔になったな」と屈託無く笑った。私の中の悪女も知らずに。




「聞いたら買上米は凄く安いんだ」
「そうかもしれない…」
「これは市場に出回るなぁ…」
「来年は安い米を買ったつもりで被爆する人が増えるのかも…」
「だから米なんか作るなって初めから…」
食べる人が被爆するような米を作りたくないというプライドのある農家は保障してもらえなくて、お上任せにいつも通り作った人だけが補償される。それもおかしい。一つ一つ見てみるとおかしくて不公平なことばかりだった。
それにしても全てを補償していたら、東電も日本も破綻してしまう。瓦礫は綺麗になりつつあるけれど、相変わらず問題は山積みのまま。


「ガイガー持ってそこらじゅう測りまくってくるよ、じゃぁまた来週」


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「あの時は学生でありながら金あったから、バイトとパチスロで。
 パチスロが出たばかりでね、師匠に習って、毎日儲けさせてもらってね、
 出入り禁止のパチンコ屋ばかりだったね」
「ははは、らしいや」
「当時金あったの。バイトの金は親父怒らないけど、ギャンブルの金見つかると半殺しだね。
 だから、その日の金はその日の内にだった。ビリヤード場貸切とか。
 当時ディスコあっただろ、Tバックって下着流行り出したのがその当時だね。
 ワンレンボディコンでねTバック出た時、履かなくて良いんじゃねとか言ってたもん
 どうせ踊ってるうちに食い込んで、邪魔だろ~とか言って」
「あはははは、そうなんだ、食い込むんだよ」


声を殺して笑っていると息子が私の布団に来た。
「抱っこ、表抱っこと裏抱っこの時間」
「うん、表抱っこ」
しばらく向かい合わせに抱きしめていた。彼の背中の方から抱きしめるのが「裏抱っこ」だった。
それを、2.3回繰り返すのが入眠前のいつもの儀式のようになっている。
「もう一回表抱っこ」
「ぎゅっ」
「裏抱っこ」
「ぎゅっ」
「…」
「ハイ、じゃ自分のベッドで寝なさい、おやすみ」

徹にそれが聞こえていた。


「待たせてごめん」
「表抱っことか裏抱っこってどんなプレイじゃ、一緒に寝てやりなさい」
「本当はもう抱っこなんかする年じゃないから、寝るときぐらい自立させないと」
「だけど」
「ディープキスがすごく上手いんだよ、親子で許される範囲を超えてる。ごめん、嫌だった?」
「やぁ、なんかほんわかしたいい感じの家庭だなぁと」
「…」
「ま、もう俺も寝るから」
「うん、おやすみ」
子供の気配がすると徹はいつも固まる。昨日もそうだった。



もちろん宵っ張りの私がそのまま寝るわけも無く、いつもの習慣でニュースチェックをすると
「セシウム米調査:汚染米の全量廃棄は旧市町村単位で」というニュースがあったから、明日でも徹が見れば良いとURLをチャットウィンドウに貼り付けた。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110804k0000m040109000c.html



ログオフしていた徹が戻ってきた。
「福島県はおわったね…残念だが…」
「東電に買ってもらえるからそのほうがいいんじゃ…」
「米の自由化になってるから産地偽装が多発するよ、米の価格が上がるからチャンスだからね」
「だから出所の明らかな米を食べるんだ。ホント、つながりがあるところがあってよかったと思ってる」
「福島県の米は1番危険だよ」
「うん」
「うちは親類縁者がいないから大変だ」
「おそらく山形の米は大丈夫だろうと思う」
「今日もお袋と話したけど、パスタは安いだろ、米を1回にして1日2食を麺にすれば生き延びれるかなぁって」
「山形の米喰え、北のほうだから大丈夫だ」
またなんだか話がかみ合わなくなってきた。
「山形の米も高騰するよ」
「直で入れるから」
「米どころ福島で普通に美味しい米安く食えてるから。米価が高騰すると買えないよ」
「うん?秋までの話をしているの?」
「お袋は歳だからあまりパスタなんて食べないと思うけど仕方ないよ」
「来年の米は用意するって言ったじゃん」
「冬までに、今有るお金で、家の修復終らせないと寒いから」
「秋からのお米は徹ちゃんちに送るって話、この間したじゃん。お金はいいの、プレゼント」
「すまない…申し訳ない…」
「何回も言うな、言わせんな」
「ごめん、おにぎり好きだから、俺」
「おにぎりの中身はなにが良いの?」
「1番好きなのは鮭か、しそ昆布」
「山形のお米も美味しいから、しそ昆布のおにぎり楽しみにしてけろ(くれろの短縮形?くださいの意)」


福島はもうダメだ、終わりだと言いながら、見捨てられない彼が居た。それは土地というより、やはり人の繋がりそのもので、彼の人生の殆どがそこにあった。土地は捨てられても、人は捨てられない。
地震や津波であれば、いつか乗り越えられるだろう。しかし広がった放射能汚染が、人を蹴散らし、繋がりを破壊していつか命さえも奪っていく。彼はそれに殉ずるつもりらしかった。

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「ガイガー借りてきた!面白いぞこれ」
「おおぉ、家の中でどれぐらいあるの?」
「測ってみる」
 ピッと、音がして私は震え上がった。音がしたらかなりの線量になるのだろう。
「え”~鳴ったよ」
「あ、これはねん、スイッチ入れたときにも鳴るの。俺の部屋今で0.2マイクロシーベルト毎時」
「室内でそれなの?」
「うん、うちは高台にあって、結構風通しは良いんだけどぉ、うちの雨どいのところ調べたらビービー言っちゃってさ、2マイクロシーベルト毎時だった。うふふん、そんなところで、毎日ゴミだししたり、掃き掃除したりしてるんだな。うちのお袋は、ふふふん」
絶句した。
「ふふふん、もうねぇ、なんか放射能に対する感覚が麻痺してるの、福島の人間は。お袋なんかさっき測ってたら『本当に鳴るんだねぇ』とか言って感心してたよ。ギャハハハ」
「掃き掃除するときにマスクとかしてる?」
「大人がこのクソ暑いときにそんなものするかよっ」
「そうだよねぇ」
「うちでこんななんだから、下のほうとかすげーんだろうな」
私は心の中で悲鳴を上げていた。放射能の影響は積算が問題になる。もう中通りはお終いだ。
「いろいろあるだろうけど、もう引越しをしたほうがいいよ。こっちの方においで。お願いだから」
「あほー、子供もいねぇ俺が先に尻尾巻いて逃げるわけにはイカンだろうがっ、こっちは看板背負ってやってるんだよっ」
「そういう問題じゃないじゃん」
前に「金があったら福島なんて捨ててやる」とも言っていたけど、今日の徹の弁だとどうやら最後の一人が避難するまで動かないくらいの勢いだ。
徹の病歴からすると彼はガンになりやすい体質だと思う。ボランティアの時も、基本的に外にいる。瓦礫の撤去で、どれだけの放射性核種を吸い込んだのだろう。命の砂時計の穴が広がっていく、刻一刻彼の命が蝕まれていくのを見る思いがする。
今月の入金があったらまた送金しようと思っていた。私の送金でガソリン代が賄える。それで徹を通じて多くの人を助けることが出来ると思っていたけれど、もしかしたら多くの人の命を縮めることに加担しているのかもしれないとまで思えてきた。


「今週末はこれ持って行ってあちこち測るボランティアをしよう。今週はちっとは楽できるなぁ」

それから徹は自分の仕事の話をべらべらと語った。少しハイになっているようだった。仕事も夢も趣味も全て地震と津波と原発事故に飲み込まれていって、どうやって再起したら良いのかも見えない。マイクの向こうでヒグラシの声がした。
「ヒグラシが聞こえるね」
「あぁ、そっちまで聞こえるか。こいつら馬鹿だから一日中鳴いてる。街灯があるから昼間と間違えるんじゃね、まぁ一週間しか生きられないから大目に見てやるけど」
短い生を燃やし尽くすヒグラシの声が徹の声に重なっていつまでも聞こえていた。



仲間に何かあったのか、徹はどうも人恋しいようだった。その日の夜は夜でチャットをした。徹は声で、私は文字で。子供が寝付くまで静かにしないといけない。徹の話に声を忍ばせて笑った。
学生時代の話を聞いた。
「楽しい時だったなぁ」
「今は楽しくないか?」
「あの時のように自由に何でも出来る歳じゃないじゃん」
「今のほうが大人なんだから自由ははずだけど」


何とか徹を福島から離れさせたい。私は誘導しようと必死だった。福島に居ないといけないと言うのは彼が決めたことで、よく調べてみれば移り住むのに何らかの優遇措置や支援はあった。3匹の犬を手放さないといけないのが、ネックのひとつになっていた。
なんだって、住んでいた所がイキナリ住めない状態になり、仕事も無くなってふるさとを捨てなくてはならないのか。そのうえ仲間や友達と離れ、子供同然のペットとも別れろと。調べれば調べるほど理不尽に怒りがこみ上げてくる。確かに徹の怒りはもっともだった。
それでも、もう一度… どこかに道があるはず。


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今日の徹は本当に不安定だった。話題は脈絡なく飛び、こっちで地震、向こうで地震。いい加減嫌気がさしているのだろう。もしかしたら向こうで何かあったのかもしれない。
「さよならなんて書かれたら悲しい、だけど早く寝れ」
「H無しで眠れとな…これでさよならか…上からもの言われるのが嫌いでね!」
「なに怒ってるの?何か気に触るようなことでも?」
突然部屋中にスカイプの着信音が響いた。ヘッドセットをしていなかったので慌てて通話拒否をした。
「ちょっとまって、今イヤホン持ってくるから」
「もう良いよ…」
こちらから徹にかけなおすと応答しない。仕方なくチャットウインドウに打った。
「眠れないの?」
「さよならかな…なんかそんな感じ…」
「私が嫌いになった?上から目線で、語ったつもりはないけど、元々が生意気な女だから嫌われても仕方がない」
「俺がわがままだからだよ」
「 わがままというより、俺様だな」
「考え方が子供のまんまだしね」
思わず吹き出した。わかっているじゃん。と書いたらまた気分を悪くされるのだろう。
「そんなことないと思うけど、言うことも分かるけど、そこが可愛いの」
なんだか文章が苦しすぎる。


「 この震災で、俺は、笑って楽しく余生を過ごせればそれで良いと思ってた。その余生が今なんだよね。  震災前に自由に生きれなかった分、余生は自由に生きようかと」
「うん、やりたいことやれば良いとおもうよ」
「doorちゃんに支援して頂き本当に感謝の言葉しか無い」
「 私はしたいからしているだけで、私の自己満足」
「 そして情けない俺がいる、何の恩返しも出来ない…」
「情けなくなんかないよ、尊敬してる」
「無力って悲しいんだよ。辛いし」
「それは徹ちゃんのせいじゃない。私達東京で、のうのうと暮らしている」
「自由に生きるのにも先立つ金が無いから何の自由も無いよ」
「私たち、自分たちで使っている電気のせいで結果的に福島を犠牲にした。そのことは厳然とした事実だ」
「俺はdoorちゃんに何て御礼を言えば良いのか、また、この先、中期的な支援のお願い頼めるのか、日夜悩むよ…」
「お礼はいらない、生きていてくれれば」
「うちは、親戚がいないから支援頼めるとこが無い…
 こんな事を連日、考えるから、眠れない日が続くのかもね。
 友達も皆、被災民になって、離れ離れになったし、なんか辛いね。友達も生きるのが精一杯で、お互い助け合いも出来ない」
「それはある程度仕方がない」
「俺はまだ、傷んだ家に住めてるだけましなんだ。仲間は全壊の奴多いから、メールでのやり取りが精一杯」
話は全くかみ合わなくてどこから手をつけていいのか分からなかった。


「もうビデオで話せるけど、いま、繋いでいい?」
「犯すぞ~」
「いいよパジャマで待ってる」
「裸できやがれ。
 やっぱり寝よう。子供に朝ご飯作らないと駄目じゃん」
「眠れそうもないときは抜くのが一番だと思うけど」
「ママが寝不足は駄目だよ」
「大丈夫。このまま徹ちゃんの心配しながらは、どうせ眠れない。ちょっとトイレ行って来る」

もしかしたら徹の大切にしていた繋がりが、どこか何か綻び始めたのかも知れなかった。たかしもそうだけど、物理的な距離があると相手に何が起こっているか、知らされなければこちらはわからない。そのもどかしさがある。
戻ってくると徹は一人ごちていた。


「何故に俺?遊び人の徹の俺なのか…金も身体もかかるやっかい者だぞ」
多分…私が愛しているのは徹その人ではなく、日本から失われた男気とか、筋論とか、ハチャメチャな遊び心とか、徹の持っている性質のようなものなんだろうと思う。

「私に愛された男は幸せなんだよ、宝くじみたいなもんだよ」

「そうかもな!全力で助けてくれるからな…感謝する」
「色男、金と力はなかりけりだね!」
こういうことを自分で書くかなぁ。どれだけ色男のつもりなんだか…聞こえないのを良いことに私は大笑いしてしまった。


灯りをつけて、バスタオルを敷いてビデオ通話を始める。
徹はオイルを塗りたくったテカテカな身体を見るのが好きだった。マッサージオイルを瓶から直接身体に垂らすのを見たがった。私は彼専属のストリッパーで、出来ることはそれぐらいしかない。徹がどんなに不安でも何も助けてあげられない。きっと消耗しているのだろう。せめてぐっすりと眠って…。

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