秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

「doorはリラックマみたいじゃんかー」
「え”~たかしのほうがキャラ的にはリラックマでしょう」
「どしてー」
「私はリラックマってキャラじゃないもの」
「doorはリラックマだよー」
「たかしにとってはそんな感じなの?」
「そんな感じ」
「お寝坊だし?」
「うんうん」


翻訳すると多分こう言っている
不安にならないで、いつもの私でいれば大丈夫だからと
肩の力を抜いていつも通りでと


ありがとう
おやすみなさい


そして


おやすみなさいの後

たかしの知っているブログの解析に

もう一つのおやすみが言われている

おはようのメールの前に

もう一つのおはようが

ただいまの前に

もう一つのただいまが


いつも気に掛けてくれている


深謝


髪を撫でてちょうだい

誰にも甘えられなかった分、たくさん甘えさせて

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ブログネタ:死刑について考えてみる 参加中
人が人を殺してはいけないという法律を持っている国で、国家だけは殺人を許可すると言うのは矛盾していると思う。死刑は犯罪抑止にはならないし、犯人を殺しても失われた人は戻らないのだから。
後に残された被害者の遺族の感情、被害者の人権というものに配慮して、最近は厳罰傾向が高まっていると言う。確かに確信犯ともいえる言語道断の加害者に怒りを覚えるし、被害者の家族であればなおのこと、と思うのだ。

裁判員制度が始まって一般の私たちが量刑まで決めてしまえるらしい。
その時死刑の量刑が妥当だとして私はそれに賛成できるのだろうか。しばし自分のこととして考えてしまう。遺族の気持ちに配慮し、自分が死刑に賛成票を投じてしまうのだろうか。
一国の法務大臣すらしばし死刑執行の責任から逃れようとするのだ。
すまん、私には出来ないよ。

無期懲役が15年を意味するなら15年勤めさせて出せばいい。15年間やはり許せなかった被害者遺族の仇討ちに関しては量刑免除と言うのはいかがだろう。
出て来てもいつ仇討ちされるか分からない、その恐怖は死刑執行の恐怖に勝らないだろうか。
被害者遺族にいつ殺されるかも分からない自分を見据えた時、初めてそこで被害者の苦しみや無念さに想いがいかないだろうか。許すも許されぬも被害者遺族の胸三寸と分かれば、たとえ表面上であっても充分な償い、反省が行われるものだと思う。
一生かけての反省、償いを見届けた上で被害者遺族に判断を委ねる。もちろん許したい遺族は許せばよい。忘れたい被害者家族は黙って忘れれば良い。被害者家族に許されるまで加害者の恐怖は続いていく。

実はこれオウム事件以来の宴会の持ちネタ。<どういう宴会?
あながち不合理なものでもないと思うのだがいかがだろう。
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未練などというものはなくとも(それが女たる所以)
失われた日々を懐かしく苦く思い出す時もある

都会に降った雪で作られた
汚れた雪だるまのように


意識の日当たりから外れたそれは
いつまでもその汚れた姿を留めて
その度に見ない振りして
もう春は過ぎていくのに
一様な姿だけが時に残るから


上書きするにもデータ量が多すぎる
あるいは少なすぎると呟いてみる
そうやって生きて行くしかないと自分に言い聞かせながら

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ブログネタ:運命は決められたもの? 自分で切り開くもの? 参加中

過去のことは運命として受け入れるけれど、今のことやこれからのことはじぶんで選んでいくものだと思っている。相も変わらず。
前にこれを書いたのはいつどこだったか…

先日遊びで占いの記事を書いたけれど、占星学は侮れないと思う。2月は日食と月食があってそんなことを実感した。
回りの人たちがどうもバランスを崩している。ネガティブなエネルギーが溢れかえって周りを侵食していくのが分かった。私は食のことは自分で分かっていたから充分気をつけていたけれど、最後にはその圧倒的なパワーに引きずられた。
その後同僚と話した。
「doorさんごめんね、先週私どうかしてた」
「気にしないで、食だったしみんなおかしかったもの。
 私も判ってたのに抑えられなかった。そういうことってあるよ」
2月は私の身の回りだけでなく友人の回りでも皆おかしかった。
私の両親の周りもすごいことになった。
そういう意味での運やめぐり合わせはあるのかもしれない。そして転機やチャンスや出会いはそういうときにやってくる。

何かを始めるとき新月から満月にかけて行動する。
何かを終わらせる時に満月から新月にかけて行動する。
単なる月の満ち欠けは時に人の生死まで左右するのだもの。

だったらそれだって利用して味方に付けてしまいたい。
そこに私の意思がある。
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土曜日の計画を詰めていた。
「たかしは何がしたいの?」
「それはdoorがしたいことだよ」と言ったくせに。


「フォトストーリー作りたいからまた撮影したいけど、バラはもうちょっと後だし…」
「ツツジはー」たかしはこの間もツツジと言っていた。
「ツツジか…」
ツツジの美しさは木の形にあると思う。そしてその方向性は私が表現したいものと少し違っている。

調べてみると牡丹が盛りだった。実家の庭には芍薬と牡丹、百合が植えてあって、その大輪の華やかさが私は好きだ。
「うん、町田の牡丹園にしよう」
「牡丹?」
「ツツジはその後でも大丈夫。牡丹は時期が短いから」
ツツジでも良かったけれど、ここで譲ったら不満が残る。私が牡丹といったら牡丹だ。


多摩センターの駅近く、大判焼き屋の前で車のたかしと待ち合わせて牡丹園に向かった。駐車場に車を止めて歩く。道はゆるく上り坂になっていて牡丹園は見えない。
「駐車場から随分歩くねー」とたかしが言う。
「だね」
「doorはツツジが嫌いなの?」
「嫌いってこと無いよ」


嫌いではないけれど駒込駅の見事なツツジは丹波哲郎の庭にあったものを植え替えたものだと、教えてくれたのは誰だったか…

それにしてもたかしがツツジに随分拘るなと可笑しくなってしまう。
「わかった、来週はツツジにするから」両手を広げ、その場を押さえて笑った。
「うん、にしてもこの道だよね」
「たかし、皆さんが黙って歩いてるんだから私たちが文句言っちゃいけないよぉ」
皆さんというのは私たちの前後をぞろぞろと歩いている方達で、私たちの親ぐらい、年齢にして60代後半の方々を中心にゆっくりゆっくりと上っているのだった。
私たちはその間を縫うようにしてさっさと登っていく。

映画を見に行ったりディズニーランドに行ったりもする。だけど40代のデートはどうするものなのか良く分からない。なんだかたかしにねだってしまう様な形になるのが嫌でショッピングも余りしない。
大人の遊びといえばお酒絡みだろうか、よくわからない。カラオケもしない昼間のデートといえばこんなものなのだろう。そういう意味では子どもたちが手を離れ退職した人たちに混じることになる。渋すぎるけど嫌じゃない。


牡丹園に入ると
「うわぁ凄い」
雨よけの庇の下に色とりどりの牡丹の花が満開だった。
「牡丹がこんなにきれいだとは思わなかったよ」
たかしも夢中になった。
ほとんど黒と言ってもいい深紅から、白まで。大輪の牡丹が溢れかえっていた。たかしも私もたくさん写真を撮った。
牡丹の品種名がまたいい。芳紀、太陽、七福神、貴婦人、島錦、紫禁城、乙女の舞、天衣


   Media Playerのファイルが直接開きます。 牡丹




園内を歩いて高台に上る。もうそこには牡丹が無くて林の中。
その中でキスをする。誰もいないのを確かめて抱き合う。
ピチュ…ピチュ…
「ピチュピチュって言うのはー、シジュウカラの鳴き声ー」
知らないと単なる鳥の鳴き声。知ればシジュウカラの歌。同じ鳥の鳴き声でも私とたかしでは全然違った風に聞こえるのだろう。もっと教えて、同じように聞きたいから。
たかしの手が伸びて私のお尻をまさぐる。
「こんなところで…」
ギーッギッ
「こっちがコゲラ」
前に私がキツツキが木を突付いているのを聞いたことがないと言ったのをたかしは覚えていた。
「コゲラはキツツキの仲間」
服を通して私のお腹にたかしの熱と固さが伝わってくる。このままだと私の鳴き声まで聞こえてきそうだ。
キツツキなんてどうでもいい。
「早く帰ろう」

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昨日の記事を書きながら考えていた。結局私は何を問題にしたいのか。


好きだから一緒に居たい。


だけどそれは一緒に住むことなどではない。私たちは遊びではないけれど、形としては遊びに限りなく近い。
私は自分のことは自分でやりたいし、間違っても結婚なんか考えていない。いったん落ち着いた家庭がまたガタガタするのも、息子のほかに複雑な思春期の女の子たちと一緒に住むのも真っ平。
だから気楽な今の二人の関係がとても気に入っている。一緒にいられる時間は限られるのは仕方がないこと。


たかしもそれは同じだろう。
「娘たちが成人するまでは再婚は考えていないから」とお互いに初めに確認した。
二人とも「愛」の儚さは良く分かっている。約束なんか何も出来ない。

けれど時にぬくもりが欲しくなる夜もあるし、たかしのメールを鬱陶しく感じる日もある。
そう
単にその日の私の気分だ。


たかしの気持ちは彼なりに精一杯表現してくれている。

それを不安に思ったり、測ったりすること自体が私の弱さなのだ。
その時目の前にないものは信じるより他ない。そしてその時目の前にあるものを全力で愛そうと思う。そう考えたら落ち着いた。


ただ男として女として、愛し愛される対象。
大人として対等に「今」を分かち合える存在。
お互い楽をしたいわけでも寄りかかりたいわけでもない。

一般的ではないかもしれないけれど、ある意味、より究極的な恋愛そのもの。

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付き合い始めて落ち着いてくると、男と言うものは仕事が忙しくなるものらしい。織り込み済みだけど。


「けど」が付いちゃうのは、やっぱりそこに何か不満があるのだろう。私は今週末の予定をわざと伝えないでいた。疲れているだろうし、だとしたら余りせっつきたくない。
たかしの出方を見たくもある。
確実に何かを測っている。メールも最低限にしていた。


「土曜日は大丈夫?何しようか」
私は連絡が入ってちょっとホッとした。
「たかしが大変そうだから どうしたら良いかなって」
「なんでもできるよー」
「何でも?」
「doorがしたいことー」
「たかしは何がしたいの?」
「それはdoorがしたいことだよ」
答えになってないなぁ。
「じゃぁ考えておいてね、おやすみ~」


ちょっとカチンとくる。
「寂しかった、バカーーーー」
「なんでバカーーー」
怒っているわけじゃない、もう少し構って欲しいだけだ。


あーあ、自分いい加減にしろよって思う。学習能力のない下らない女だなって思う。
読みたかった本を読んで片づけをして。しなくちゃならないことはたくさんある。
「うん、もういい。怒ってない、大丈夫」
「良くないー」
「今週はちょっと寂しかっただけ、大丈夫」


何かが少しずつ余り出す。こんなことは初めてじゃない。
ねぇ私、いい加減全部分かっているはずでしょう。私達まだすれ違っているわけでもない。
ただ私の中の何かが一方的に、そして確実に余っている。


頭では

分かっている。

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先日は約束どおりマジック用のトランプを裏返したまま、紅黒に分けたり何のカードか当てたりした。
それぐらいは何とかなる。しかし引いたカードを戻してもらって他のカードの中からつまみ出すようなカードマジックは話術が80%の比率で重要だ。その話術が私は全然ダメ。
これは目の前に誰かいて場数を踏まないとどうしようもない。


何のカードか当てるための仕掛けは、カードの裏側の左上のマークに隠されている。
「どこに仕掛けがあるのかなぁ」とたかしはカードの裏を見ていた。
私はカードの真ん中を差して
「この辺よーく見てみな」と言った。
「全然変わらないじゃん」
「あ、ごめん、この札2枚ともジョーカー」
裏返してみるとやはりジョーカーだった。


「他のカードをよーく見てみな」
そう言い残してキッチンに行ってお茶を入れて帰ってくると
「こら~、doorはウソツキだなぁ」
と、たかしに羽交い絞めにされた。
「えへ、分かった?」
「すっかり騙されたよ。真ん中じゃないじゃないか。しかも当たり前の涼しい顔して言うんだもんなぁ」
「あははは、ウソツキだよ。私はウソツキだよ」
私はどこか馬鹿みたいに一本気なのだろう。そして多分天才的に嘘つきだ。


口から出た言葉はどこまで真実を物語っているんだろう。
私が言った言葉はそのままの意味で相手に理解してもらえているのだろうか。
その時はどんなに真実でも、時間が経つと概ね物事は薄っぺらな嘘になってしまう。


そんなことを考え始めたら言葉は出てこなくなる。いっそ自分を嘘つきと定義してしまえば、その心の負担を軽くすることが出来る。万感の想いをどんなに誠実に言葉に乗せても、私は嘘つきを自称することでしか言葉を発することが出来ない。
どこまでも相手にも自分にも誠実でありたいと願うから。


付き合い始めの頃
「僕はdoorに隠し事も嘘をつくつもりもない」と言ったのは
たかしなりの誠実の表れだった。それは言葉どおり理解できる。


でも私は彼と同じくらいの誠実さを持って
「私は女だから隠し事も嘘もつくよ」と言った。

それなのに何故私は社交辞令も言えないしカードマジックも下手なのだろう。

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ブログネタ:募集! 占いの本読んでみない? 参加中
私は箕宿。
この本によると、今年は28年に一度訪れる「現世のターニングポイント」らしい。

この占いの面白い点は相性の中に力関係を持ち込んでいること。
例えば「安・壊」の相性はこんな風だ。
あなたから見て「安」に当たる宿は、安定をもって相手を破壊する事を表し、「壊」に当たる宿は、相手から破壊される事を表しています。
確かに人の間には力関係というのがある。どうもあの人には頭が上がらないとか、何でか許してしまうとかそういったものが。

さてさて早速たかしとの相性を観てみた。
ドキドキ…ホッ

斗宿のたかしとは お互いにプラスとなるラッキーパーソンなのだそうだ。良かった。良かった。
私から観ると”繁栄”を表す「栄」の関係
箕宿にとって理想のパートナー。箕宿の全てを受け止めて優しくフォローしてくれる相手。
たかしから観ると”親愛”を表す「親」の関係なのだそうだ。
お互い負けず嫌いだが箕宿は斗宿には一目置く。斗宿が頼むと箕宿は何でもしてくれる。
なるほど。当たっているというか、こういう関係だな。

「ここのところ私のことずっと心配してたでしょ」
「心配してないよー、doorは大丈夫だからー」
「なんで?」
「doorだからー」
なんだか私のやることなすことがたかしには至極楽しいらしい。
とてもハラハラしながら見ていると思うのだけれど、あれこれ言わないで見守ってくれている。
箕宿の私は「何よりも束縛されることを嫌い、自由奔放に生きることを好む」からそんな関係がとても心地良い。
ガチャガチャ言われないから、よりのびのびと出来る。悪戦苦闘している私を見ながら楽しんでくれている。

「これから土曜日ずっと仕事になっちゃうかも、どうしよう」
私たちのデートは主に土曜日が充てられている。
「何とかなるから大丈夫だよ。心配しないでdoorの好きなことをやりなさい」
人を受け止めるには度量が要る。枠を嫌う私を受け止めることの出来る人はそう居ないのも知っている。

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最近メールでたかしに
「死なないようにね」と念を押すようになった。ここに来て地方に行くことが多くなって、身体のことが少し心配になってきた。
帰りの時間も以前よりだいぶ遅くなっている。


「疲れたー」とか
「ヘロへロー」などと相変わらず音引きのついたメールでちゃんと表現出来る人だから大丈夫とは思うけれど、顔色さえ見えないから時々不安になる。
仕事のほかに家庭もあるし、そんな中、逢いたいと言ってしまって良いのかどうか…
余り都合のいい女になる気も無いけれど、無理をさせたらいけないと思うと何も言えなくなってしまう。
何かをしてあげることも出来ない。


それは彼も同じかも知れない。助けたくても助けられない。黙って見守ることしか出来ないもどかしさをたかしもずっと感じているような気がしている。
何か言いたそうに口を開きかけて黙る、その表情は多分私と同じ。


お互いの家庭のことには立ち入れないのだもの。これぐらいの距離感はお互いにとって気楽で都合がいいけれど、ひょっとすると開きすぎているような気もしていてそれが時々もどかしくもある。

これ以上詰める気も無いけれど。

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