秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして



徹不在の毎日は続いていく。何か気分転換をしないとならないのは分かっていた。かといってこんな気持ちのままたかしに逢うのは申し訳なく、どうしても連絡を取れなかった。
 ある日の夕刻、息子とトラブルになり、飛び出すように夜の街に出かけた。
女一人が飲むのはよほど店を選ばないと難しい。心当たりの店は、程よく空いていて、カウンターに腰をかけた。
 流れてくるジャズに集中できなかった。徹とのこと。ほったらかしにしているたかしとのこと、仕事先の男性が毎日送ってくる業務外のメールのこと。心は再び堂々巡りを始めて気分は全く変わらなかった。

目の前にグラスが置かれて店員の視線の先に、すこし年上の男性がいた。こんなドラマのようなことが本当にあるのだとはじめて知って、戸惑ったまま会釈をした。
「お待ち合わせですか?」
「いえ、息子とけんかしてしまって、頭を冷やしに」
「反抗期ですな…はは、そうですか、私もこんな気障なことをするのは初めてなんですが…、気分転換にちょっとだけ話を聞いてもらってもイイでしょうか」
「えぇ」
男性はひとつ置いた隣の席に席を移っって来た。
「私がね、初めて男にしてもらった女性に雰囲気が似ていらしゃるから。ついこんなことを」
「まぁ、どんな方でしたの?」
「年上の…実を言うと友達のお母さんでした。もう30年以上も前の話です」
あまりにも衝撃的な内容にたじろいだ。
「ずっと良いなぁって思っていてね、ある日きっかけがあって…酔っ払ってしまって介抱してもらっているうちに、そんな風になってしまって受け入れてくれたんですよ」
「それは…、私の息子の友達と…そんな風になれるかしら」
「魅力的だから、僕みたいな子がいるかも、ははっ。結局関係を断てなくて30年以上続きました」
「まぁ!ご結婚は?」
「他の女性としました。彼女も祝福してくれて…でも女房には申し訳なかったけど、続いちゃったんですね」
「愛してらしたんですね」
「うん、どうしても別れられなかった」
「奥様にはアレですけど、それもまたステキな関係で…」
「亡くなってもう4年経ちました。まだ辛いです。
最後、入院のときに内緒で見舞いに行ったの、本人が嫌がったからね、見せたくなかったんだろうな…でも嬉しそうにしてくれた。60半ばくらいからセックスが苦痛になってきたみたいで、だけど抱きしめたりすると喜んでくれてね。年上だけどホントに可愛い人だった」
「そんなステキな女性に似ているなんて嬉しいです」
「ホントは誘惑しちゃいたいけど、彼女と女房に悪いような気がするんで…お話だけにしておきますね、へへへ」

心底羨ましかった。30年も好きで居続けもらえて、亡くなってからも偲んでもらえる。奥様も大切にされているのだろう。私の心の片隅にある永遠を求める気持ち。30年は私にとっては永遠に等しい。世の中のどこかにはそんなラッキーな女性もいるのだ。



2.3日後、スカイプの文字が現れた。
「doorちゃん忙しい時にすみません、doorちゃんの住所教えて下さい」
「東京都国分寺市XXXXXXXXXX だよ。中通り戻れば郵便の袋に書いてあるよ」
「今すぐに何か出来ないのは申し訳ないんだけど、住所分かれば贈り物出来るから」
「気にしないでいいよ、今は」
「気にするよぉ
 魚とかって食べないんでしょ?」
「うちは食べるよ、バリバリ」
「じゃ、秋刀魚送ろうかな。船の上で、海水に氷をぶち込んだパックで送ってもらえるから」
「刺身いけるかな?」
「三杯酢で〆れば旨いよ。だけど問題があってさ、いつ水揚げがあるか分からないからいつ届くかも分からない。最長2週間先って言ってた」
「それは楽しみだ、いつくるか待っているね」

徹が私のことを切るつもりで、せめて今までのお礼にと送ってくるのだろう。その時の私にはそんな風にしか感じられなかった。

翌日、
「doorちゃん電話番号聞くの忘れた!宅急便送るのに必要だ~」
「こっちも米送るのに電話番号必要だった。中通りにいる日教えて。お母様一人じゃ30キロの袋持てないよ」
いまさらながら電話番号の交換をして、でもこの番号に私が電話することはないと思う。
「米、無理しないでいいよ。そんなにたくさんいらないよ」
「無理って、もう90キロ山形の家に置いてあるのだもの。いまさらいらないって言われても困る」
「すまない、宅急便はキッチンの中にまで持ってきてくれっから、いつでも大丈夫だよ」
昨年より30キロに付き1000円高くなっていた。でもきちんとした米を主食にしたいし、同じものを徹にも食べさせたい。それが一年こっきりのことでも。
徹は米を精米するたびに私を思い出すだろう。そこまでしても忘れられたくなかった。
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6日午前中、
「今週は体調を崩して中通りの家に帰れないと思う」とスカイプに連絡が入った。
「調整がうまくいかなくて寝不足が続いてた」
私は仕事中ですぐに対応できなかった。がっかりしながら午後、チャットウインドウに連絡を貼り付けた。
「そうか、米を送るのに電話番号が必要だから教えてくれる?
 エッセンスが先に届いていれば良かったんだけどね
徹ちゃんの身体のことは気になるけど、私なにも出来ないので、向こうのおうちに甘えて大事にしてください」

向こうのおうちというのは浜辺にある「おばちゃんち」で、徹の父親の親友の家だ。徹の父親の死後20年経ち、その友人も昨年亡くなったらしいが、未だに徹の第2の家として機能している。それから私の仕事で苦戦していることを書き送った。
チャットウインドウに文字が現れて繋がった。

「こっちももう少し苦戦かな」
「 まぁ、ぼちぼちやっていくしかないから、お互いがんばろう」
「ここまできたらコツコツだよ」
徹は「がんばろう」という言葉を使わない。聞きたくも無いのだろう。それでもついつい私はいつものクセで「頑張ろう」と言ってしまうのを、彼はかたくなに修正する。

「おばちゃんにカツオ買ってもらった(笑)子供以下の会話だね」
「あと30分ぐらいしか話せないけど、通話でもイイよ」
「隣の部屋で近所のばばちゃんとおばちゃんがお茶飲みしてるんだよ」
照れくさいのと、iPhoneの電波状況がいまひとつらしい。
ブツブツと回線を途切れさせながら、それでも徹の仕事の話や、私の仕事の話をしていると
「徹ちゃん何してるの?」と、福島のおばちゃんらしい声が聞こえた。
「ハイ!あ、ちょっと友達と話してたんで、ハイ、ハイ」
私と話す時とは違うワントーン高い声、かしこまった口調が聞こえてきて密かに笑った。
「いきなりおばちゃんきた!ごめんね」
「年上の女にもてるから。未亡人じゃん」
「79歳ですけど」
「あははっは」

「 関西が台風で被災して友達の町工場流されたって連絡きて、全国の友達まで被災者になったよ。先日の新潟水害の時も友達、被災したし」
「被災者だらけ、今年は本当に酷い」
「東日本大震災での職を失ったものが7万人を超えるって、言われたね」
「へぇ~、そうなんだ」私は知らなかった。そして徹もその一人だ。
「自殺者も過去最高になるみたいだし」
「なのに円高で益々逼迫してくる。悪循環だなぁ」
「良いニュース無いね、最悪だ」

2012年に何かがあるとか無いとか、息子が騒いでいる。1999年7の月も、世界は滅びず無事越えた。大きな戦争や災害もいくつも越えて来たのが人類の歴史だけど、俯瞰することと、その渦中にいることは全く違って、芥子粒のような存在である私達はそれに翻弄されて泣いたり絶望したりしている。いつか私達の苦悩も単なる歴史のひとコマになる時がくるのだろう。それを見届ける間も無く死んでいく芥子粒だからこそ、一瞬がきらめくのだ。


徹はそれ以来あまり中通りに帰らなくなった。いろいろな事情が絡み合っていて、納得のできるものだったけど、長い不在の後でそれを聞かされた私には、いかにも唐突だった。

「俺も周りに色々諭されてさ、一度病気をちゃんと治せって言われたんだ。心の重荷になっているものを全部いったん整理してみようかなって」
徹は夢の殆どを捨てる決意をしていた。自分が本当にやりたい仕事だった、福島に居ては上手くいかないことが分かっている夢。今まで積み上げてきたもの、義理で徹に押し付けられたものに押しつぶされていて、余裕の無い今の自分の負担を減らす決意だった。

「まぁ、そんなわけでしばらくこっちにかかりきりだから、中通りの家にはあんまり帰れないんだ
 いったんリセットしないと再出発できねーべ」
それらの事柄を話す徹の声はいつもと違っていて先日おばちゃんに返事をしていた時に似ていた。少し金属味のする聞きなれない声に私は驚いた。
「うん、そうだね」
相槌を打ちながら、何か決定的なことが起こったことを実感した。結局たった一日のタイミングの差で逢えなくなってしまったことになる。浜通りで暮らせば、仲間達とワイワイやりながら過ごすのだろう。私と無為に過ごすより徹のプラスになる。そのうち自然と連絡を取らなくなるに違いない。
「徹ちゃん、いつもと声が違うけど、大丈夫?無理してない?」今回徹が捨てるものはあまりにも大きくて、慰めの言葉も出なかった。
「いやぁ、今まで元気が無かったけど、なんかふっきれたんじゃね?元々こんなしゃべり方だぁ」
「まぁ、そんなわけでPCから遠くなるけど、また連絡すっから」
私も一緒に切り捨てられてしまうのだろう。私は心の中で縁が無かったのだと諦めた。
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もう12年も逢ってないね。

年賀状のやり取りするって約束したのに、すっぽかしちゃってゴメン。

いろいろ大変だったんだ。


世間では9.11って同時多発テロの日になっちゃった。

でも私の中ではいまでも幸ちゃんの誕生日だなって思います。


元気でやっているみたいね

どうして知っているかって?

新しい住所も知ってるよ。相変わらず引越し好きだこと

偶然って怖いねって思った


まぁ、個人情報保護法なんていうのがあるからってことで推測してくださいな

業務上知りえたことだから、特別なにもしていないけど

無事に生きていることが確認できて嬉しかった


Jr達の記念撮影で偶然逢ったり…いろいろあったよね

こんなに縁が深くて

結局、赤い糸にはならなかったけど。

だってあんなに束縛されたら…あの時はちょっと怖かった

あの事件があって本当に怖かったんだ


今の奥さんまだ大切にしてますか?

今好きな人は幸ちゃんに似てるよ、ふふふ


遠いここから、幸ちゃんの幸せを本当に本当に心から願っています

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「そうか。平日だったらこっちに居るから会えるけど、例の仕事の件でガタガタしてて、まだスケジュールわからないから、はっきりしたらすぐ教える!じゃぁ、また来週!」
渋るかと思われた徹の返事はあっけなく明るかった。


私は月曜日に高幡不動まで行って念誦を買い、徹用のエッセンスを取り寄せた。
徹は実家に帰って来ると、ただいまのメールを私に打つ。
その夕方私は手が離せなかった。
しかし翌日の夜まで今度は徹に連絡が取れなかった。
「急遽でめちゃくちゃ大変… 例のヤツいきなり明日くるんだ!えと、今後の予定について!」
「今後の予定って?」
「今まで一週間のうち4日こっちで3日向こうだったのが、逆になるってこと」
「うん、わかった。そうだよね」
徹は仕事のことで舞い上がっていた。しばらくはお金にならない、成功するかは全く未知数だった。しかし無為に時を過ごすよりよっぽど良いことで、仕事のことを事細かに話す声が弾んでいて私は嬉しかった。
しかしそれは同時に私達の関係の消滅を感じさせた。
実家で3日しか過ごさないなら、私と話す時間もろくに取れまい。

いつだったか徹は言っていた。「このまま自然消滅になるのであろうかぁ…、俺の気分次第か…」
全くそうだった。おそらく長いこと私の気持ちは変わらないだろう。だから私達の関係は徹次第だった。ただ快楽の予感に酔っていただけで、私達の関係に展望も発展もなく、あるとしたら最後に残る穏やかな友情とも言うべきものだろう。
私の想いなど知ってか知らずか徹は「来週の火曜日に帰って来るから」と、いつものように一方的にまくし立てて出かけていく。私の想いだけが取り残されていた。


徹のエッセンスを調合し、罹災証明を見ながら定形外郵便のあて先を書く。そこに書き込んだ徹の本名をつぶやいてみた。取ってつけたような響きを何度もつぶやく。念誦も一緒に入れて膨らんだ封筒をポストに無理無理押し込んだ。
先の見えない中途半端な気持ちのまま、あっという間に季節が変わっていく、再び台風が来てコオロギが秋の気配をにじませている。

私の街から徹の街まで2時間と少し。遠いと思っていた福島は思いのほか近く、後は徹の予定次第だ。きっと私はまた愚かな選択をするのだろう。それで仕方がない。そのようにしか生きられないのだから。
火曜日まで彼のことを考えないように、想いを引きずらないようにするために今これを記している。
アップしたらしばらく徹のことなど忘れてしまおう。おそらく難しいだろうが。


変動 1から読む
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「doorちゃん、そっちに有名なお寺とかある?」
徹の話が飛ぶのはいつものことだ。いったい何のことだろう。
「私は国分寺だから武蔵国分寺があるよ」
「国分寺ってあれ?全国に造ったとかいうやつ?」
「うん、あれの武蔵の国に立てたやつ」
「念珠を頼みたくてさ。お寺で売ってるやつあるでしょぉ。ブレスレットタイプの木でできたやつ。500円くらいだから」
「えっ、武蔵国分寺にそんなヤツ売ってたかな?
 それとさ、どうせ送るんだったらそんな安いのじゃなくて、石でできたもうちょっといいヤツの方が…」
「お寺の安いみやげ物でも念を込めてあるからそれでいいんだよ
 普通に買って、お寺で念を込めてもらうと祈祷料を払わなくちゃなんねぇから」
「あ、そう。私そういうの分からなくて。国分寺に無かったらどこが近いかなぁ…高幡不動かなぁ」
「高幡不動?お不動さんか。よし、そりゃいい、そこにしよう」
「うん」


「新潟行ってから体調がきつくてぇ、やっぱ長距離走るのが無理になってきたのかなぁって。
何かね、運転する事が恐怖な時あるの。3.11の津波のトラウマなのか…
今回新潟から物凄いスピードで帰ってきたのもぉ、倒れる前に帰らないとって考えて飛ばせるだけ飛ばしたのがホントなんだ。
1人で運転してれば、自分のペースで走れるでしょぉ。だけど、仲の良い友達でも、話したり、いきなりトイレだのお腹すいただのぉ、ペースを乱されるでしょ。
俺の病気話してる連中なんだけど、いまいち通じてないかなぁって事を考えると、もし倒れたらどうしようって考えるようになりぃ、色々無意識で考え出す俺がいるんだよ、
それをパニック障害と言うらしいんだけどね」
お不動さんの念誦が欲しいのも、何か神頼みのところがあるのだろう。

「一昨日は物凄い恐怖が、伝わってきていたよ」
「簡単には治らないんだよね…申し訳ない事してごめんね…」
「申し訳ないことって?」
「無意識で恐怖を与えてたらぁ、謝るのは当然だから」

「これは徹ちゃんの感じてた恐怖だってわかってたから大丈夫」
「被災前はこんな事無かったんだけどね。海は見れるようになったけどぉ、海の音がいまだにきつくて。
海を嫌いになりたくないから、海が好きだから、なおさらそのトラウマが大きいのかも知れないし。
まさか車の運転にも支障が出ると思わなかった…」
「必ず乗り越えられるから」

「人には強がり言うけど、俺は小さい男なんだよ…自分でわかるから、それをまたカモフラージュして生きてるのかも知れないね…」
私に対して自分の小ささを認められるだけ徹は強いのだけれど。
「そこ、触れないでおくから、あははは」
「お願いします!!! 触れないで下さい」徹も笑った。
「いちおう男だから」
「いちおう言うなよっ」
「一般的に男は弱い、これはあくまでも一般論!
まぁ、吐き出すだけ吐き出しなさいって言っても難しいかもしれないけど、徹ちゃんは、男にしては強いから大丈夫。治るよ」

徹はパニック障害の診断を受けた後、その件では病院に通っていなかった。
「こういう病気って、ああいうところに通えば通うほど薬から逃れられなくなるって聞いて…
ガキの頃から身体弱かったからぁ、病院ばかり行ってて病院はそもそも嫌いだから。俺は自分で、海行ってリハビリみたいな事してるんだよ。そのほうが落ち着く気がする。
海が好きだから、船にも乗ってライセンスも取ったその矢先の被災でしょぉ」
「泳げないくせに」
「泳げなくても船長になれるの驚きでしょ。うふふん、doorちゃん、安心して俺の船に乗れないよね。
明日も海と向き合うよ。まだまだそばでは無理だから高台からだけどね。

…俺、震災以来涙もろくなっちゃって…うふふん、俺、ジジイになったんかなぁ。
前は、ほら話したろ、世話になった寺の住職が亡くなった時以外は、泣いたりしなかったんだよ。
あの時津波で壊れていく街とか、流されていく人とかも見ていて、何も出来なくて…どうしようもなくて。あの時の写真とかテレビとか全く見られない。不意に眼に入ったりすると涙が出てくる」
「…男の人でも泣いて良いんだよ。あれだけのことがあったんだから。
 ちっともおかしいことじゃないし、むしろあんな目にあってショックが残るのは当然だし」
「寝る前もね、今はこうして話して笑っていられるけど、いつもこれからどうしようって不安になって泣きながら寝る感じで、こんなんでやっていけるのかなぁって…」

彼に恋している一方で、彼の心の動きを冷静に分析している私が居た。女に向かってここまでの弱音を素直に表現できる男というのも稀だろう。もしかしたら「女」としてではなくカウンセラーとか「姉」と見られているのかもしれないし、余りの辛さに飾っている余裕がないのかもしれない。
パニック障害のことでは私にも助けられる手立てがあった。それはフラワーエッセンスで、そのことについて説明した。説明するとすぐにちゃちゃが入って、うっかりすると徹に話を持っていかれてしまう。それでも徹は飲んでくれることになった。

「変なこと言っていると思うかもしれないけど」
「変じゃねーよ」

「それともうひとつ、私そっちに行く用事ができたの。アパートの件で。徹ちゃんに合わせるから、都合つけてくれないかな。9月の上旬か月末前後。せっかくそっちまで行くんだもの。顔ぐらい見たいじゃん」


変動 1へ
http://ameblo.jp/door/entry-10965892952.html
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「昨日の朝洗濯機が壊れちゃって、さっき○電気に買いに行ったんだけどぉ。すげぇんだよ。原発利権民。俺とお袋が一番安い洗濯機29800円にするか、もう少し大きい34800円にするか30分くらい悩んでたら、その横で50インチのでっけぇテレビとかぁ斜めに入れる洗濯機とかぁ、冷蔵庫とかチン(電子レンジ)とかいろいろ買っててさ。全部で1本くらい行くんじゃね」
「どういうこと?」
「8月一杯で避難所が閉鎖されるだろ。奴ら金があるから仮設住宅なんて入らないでキャッシュで広い新築を買うんだよ。ハウジングメーカーも忙しそうだしぃ。洗濯機すぐ来ないとおふくろ困るじゃん。俺店長と仲良かったから、聞いたら『徹さん、注文に配送が間に合わなくて早くて9月になってしまうんです。すいません』だって、これどうよ。あっという間に1本の客のほうに行っちゃって…そりゃそうだよなぁ、こっちは5000円の差で30分も悩んでるんだぜ。うふふん、俺が店長でも同じようにするさ」

「…いろいろ思うことはあると思うけど、もう仕方が無いんだよ。そうやってお金のある人たちにバンバン使ってもらわないと経済が廻っていかないじゃん。経済が廻らないと復興も無いじゃん」
「大熊町なんか住民税も無かったし、全く東京電力様様だよなぁ…あれ?なんか…ヨーグルトかなんか食ってるだろ」
「あはは、ばれちゃったか」
「最近doorちゃん家で何やってるかだいたい音でわかるようになってきた」
「そんなにいろんなことはしてないけどさ。
 もう仕方が無いんだ。だって私達が選挙で選んだ結果が今じゃん。まさかこんなことになるなんて思いもしなかったけど、結局私達みんなの責任なんだよ
 徹ちゃんは選挙にちゃんと行ってた?」
「ふふん、俺ぇ、今まで一度も行ったこと無かったけどぉ、前回は高速がただになるって聞いて民主党に入れた。周りにも呼びかけて結構な票数入れさせちゃった」

「はぁぁぁぁ~。バカだねっ。今こうなったのは、そうやって無関心でいた結果なんだよ。
目先の利益に踊らされて投票してっ。だけど原発推進してきたの自民党だから、そこどうなのよって言われたらゴメンと謝るしかないんだけど。
それにこんなことになったけど、日本のエネルギーを考えるなら原子力はやっぱり必要でもあったんだ。それは分かるでしょ?どっちがマシかで選ぶのが政治。だいたいの大枠で方向性を決めてやっていくのが政治。

だから、民主党が政権とって今度代表選挙になるでしょ。今回は違うけど、通常の代表選挙では外国人が参加して選ぶことが出来るんだよ。それで日本にとっていい代表が選ばれるのか?

何万人の外国人が組織的にやったら、その国の思い通りになるんだよ。まさかそんなってことが現実に起こる。原発がこうなったように。

今起こっている戦争はドンパチじゃない、火薬を使う戦争なんて時代遅れで、今水面下で現実に日本は侵略されているんだよ。それをちゃんと認識しないと。

現実、菅も前原も外国人から献金もらってるし、仮設住宅の資材だって外国から輸入してる。なんなの?これは。

ここはいったいどこの国?どこの国の利益を考えているの?それだけとっても民主党に入れたら拙いって分かるじゃん、とにかく…」

いつも徹一人で話しているのに、政治の話になって私は止まらなくなった。この10倍くらい話した。

「はぁ~、doorちゃんが熱く語るの初めて聞いたわぁ。語る語る。」
「当たり前でしょ、今の政治は私達の無関心と思考放棄の結果なんだから。だから酷かも知れないけど、こういう結果になった責任の一端は徹ちゃんにもあるの」
「じゃ次の選挙でどこに入れたらいいかdoorちゃんに聞くから教えてね」
「だからぁ」と言いかけてやめた。
そこを一人ひとりが自分できちんと考えることが原発事故を防ぐ手立てになったかもしれなかったのに。思考放棄で「分かりやすい政治」「原発は安全」のプロパガンダに日本中が踊っていた。



もうひとつ気になっていたことがあった。
「一昨日徹ちゃんと話した後、喉のチャクラが痛くなって」
「チャクラ?のどちんこ?」
「喉そのものは痛くないんだけど、経絡的に詰まってる感じで。初め頭が痛くなってオーラの調整したら、今度は喉が痛くなった」
私と同じように徹も人ごみが苦手だといっていたから、おそらく理解してもらえるだろうと思って話し始めた。
「オーラねぇ…」
「話をしていると、相手の向こうが見えてしまうっていうか、その人の無意識に感応するっていうか」
「霊的な事とは違う別の事が見えてしまうような?」
「霊といえば霊なんだ。魂のことだからね
 うちの家系はそういうとこ敏感で、だから浄化方法もあるんだけど」
「俺は霊的現象が見えてて苦しんだ時あったけどね」
やっぱり。
「まぁ、その手の話はどうでも良いけど…
 別に徹ちゃんを責めるわけではないし、私が好きでやっていることだけど、一昨日の徹ちゃんは、酷かった。ちゃんとクレンジングすればいいって分かったし。でも一昨日は頭痛かったんじゃない?そうでもなかった?」
徹はしばらく黙っていた。
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「ただいま~」
「どうだった?」
「まだ、返事待ちだけど、いい感じだった」
「そうか、支援に来てくれるといいね」
「うふふふん、米5kgもらってきた。まぁ高速代とガソリン代かかってるからぁ、元取れるまでは行かないけどぉ」
「それは嬉しいねぇ」
「実は昨日帰ってきたんだ。Sさんの先輩が亡くなって、Sさんから先輩のものを引き取るように言われて呼ばれたんだ」
徹は食べるための仕事と、本当にやりたい仕事、2種類の仕事を持っていた。
今回は本当にやりたい仕事のほうが動き始めた。しかしすぐにはお金にならない。維持の経費と手間隙だけが増える。
「忙しくなってくっぞ~ぉ」
「徹ちゃん家で?」
「うちには置けないから、小母ちゃんちに置かして貰う。資料のまとめと明日の業者との打ち合わせの資料も読まないといけないから。
そうだ!いや、まだいろいろあるんだけど、明日また話そう」
声に張りがあった。やっと徹にひとつだけ射した遠い希望だった。


しかし東京から彼を見ている私には、その先も見えていた。本当にやりたい仕事を続けるには、福島ではもう無理だった。それは徹も気が付いていて、しかしそのことは故意に無視していた。家の本格的な補修を始める前にいちおう彼に引導を渡さなければならない。でも彼は福島から離れないだろう。夢を選ぶことは、今ままでの殆ど全てを捨てることで、義理人情を大切にする徹には到底無理だった。


翌日の午後、息子とスーパーに行った。
「あとはサラダに入れるキュウリだね」
「何本?」といってバラのキュウリを拾い出す。
キュウリの産地を確認すると福島産だった。隣に岩手産のキュウリも売っていた。
「それは福島産だからやめてこっちにしておきましょう」
もしかすると会津産のものかもしれなかった。けれど食品に含まれている放射線量は殆ど発表されていない。
私は事故後出来る限り調べ上げた。


キュウリの2.3本食べたからといって大騒ぎするほどのことではない。しかし内部被爆は簡単に計測できないから、子供の身体の一部となってずっと残ることを考える。外食や、給食、周辺の県の食品に含まれる放射性物質も含めると、わざわざ福島産を食べさせることは到底出来なかった。
徹は常々「福島に風評という言葉は通じない」と、言っていた。程度の差こそあれ、線量が高いことは事実なのだ。


しかし息子に伝える言葉は
「それは福島産だからやめて」だった。なぜかとか、どうしてという理由は省略されてしまう。放射性物質に関する正しい知識を彼はまだ理解できない。
おそらく近いうちに彼は福島について偏見を持つだろう。それは将来差別的に現れることもあるだろう。何年かしたら、必ず教えよう。


以前、徹が虎の子の腕時計をオークションに掛けたとき、問い合わせの中にこんな質問があった。
「発送地福島県ということですが、ガイガーカウンターで測った数値を教えてください」
徹は深く傷ついて、激怒していた。
「いったんdoorちゃんのとこに送っから、そっちから発送してくんねぇ?」
泣く泣く手放す虎の子が、足元を見られ安く買い叩かれてしまう。「被災地を応援しています」「がんばってください」「復興支援」そんな言葉とは裏腹の、無知と偏見と無神経が投げつけられる。それが福島の辛く厳しい現実だった。



「今日はあちこち忙しかった。散々な1日だった」
「あらら…」
「お袋の歯医者で2時間待たされてぇ、石屋も支払いに行ってぇ、
 階段の見積書届いてぇ、ハウジングメーカーとの打ち合わせやってぇ。へろへろ。
 最悪。金無いのにすべて金がらみ。最悪だ」
「そう」
「調子悪い…なんか疲れたまってきたのかなぁ。」
「長距離走ったんだもん」
「帰りぃ、いきなりSさんに呼ばれたから170キロで帰ってきた…俺時間に遅れるの嫌だから」
「そんなに出るもんなの」
「出たねぇ。最後ハンドルが取れそうな感じだった。180キロまでメーター付いているだけあんなぁって。みんなもう俺の運転する車には乗んねぇってブーブー抜かしやがって、したっけみんなビール飲んでたんじゃんかぁ、いつも俺ひとり運転手にしてるくせによぉ。うふふん、俺運転しながらハンドル取れたらどうすんのかなぁって考えてた。やっぱ真ん中の軸のところで操作するんかなぁって
凄い雨降ってたから、ホント命がけだったなぁ。うふふふん」


明るかったのはそこまでで、その後些細な言葉の行き違いで、また徹が不機嫌になり、自分の単なる勘違いと分かって再び落ち込み始める。


「仕事は無職になったけど、そろそろ休みが欲しいのかも知れないね…」
「うん、疲れているのかも」
「生きてる気力が先月くらいから無いから…
 俺が出来る事を思いながら、個人支援やら、支援要請だのしてるだけだからぁ
 楽しみも何も無い暮らしになったからかもしれないね」
「うん、そう感じてる」
「笑いも楽しみも未来も金も何も無い…貯金も、墓と家でゼロになったしぃ、それでもまだまだ足りない。生きてても何も良い事無いよ」
「慰める言葉も無いんだけど…」
「何か良い事無いかなぁってそればかり考えるけど、政府も先を教えてくれないから、何から始めて良いかわからないよ。政府発表無いでしょ?」
「徹ちゃん、お金があったらしたいことは?」
徹は私の質問に答えなかった。


「もう日本は終わりだよ
原発の工事してるだろ。作業員の数が合わないんだよ。どう思う?もう世の中腐ってる。全て隠して葬り去る。作業員だって人間じゃん。入った作業員と出てくる作業員の数が合わないんだよ」
「NHKでやってた」
「ホームレス作業員とかを拉致して連れてくるからだよ。東京の山谷地区、大阪のあいりん地区の日雇い労働者を連れてくるんだよ。後は使い捨て、法律違反なんだよ」
「うん」
「福島県に交代で国内全ての方々が住んでみると良いんだよ。高みの見物して同情するような言葉なんていらないんだよ。県民として迷惑なんだよ」
「うん、そうかも」
「欲しいのは避難場所と金と職だけなんだ」
いつか、そこを抜けることが出来るように祈っていた。祈ることしか出来ない無力感が私を襲う。


「県を無くして閉鎖するのが1番だと思うけどね
それをやればdoorちゃん達も、税金と言う形で大きい負担とか、その前に国が破綻するのが先か…国民が途方にくれるね。だから、福島県民を見捨てるしか出来ないんだよ」
「…」
「俺は41だからもうどうでも良いけど、子供達だけでも助けるのが国の役目だし、他県民がしてくれる好意じゃん」
「そうだよ」
「東京に津波きたら、佐賀の友達の家にdoorちゃん家族送ってやっからな!安全なとこあるから。
俺に出来る事ってそんな事だから情けないんだ。金あればなんとでも出来るのに」
私のところは立川断層が動きでもしない限り殆ど安全だった。同じように福島も半年前までは、そう思っていたに違いない。


「徹ちゃんもこっちへ来ればいいのに。向かいのアパートも空いてたよ」
言っても意味の無い言葉と分かりながら、相槌代わりに空しい言葉を発する。
「葛飾区の保育園の砂場使えないってNHKでやってるよ。東京も時間の問題かもね」
「東京も西のほうは大丈夫だから。
後になってから東電から損害賠償を取ればいいんだ
とにかく福島に居る人たちが逃げないと。市街は子供の住める線量じゃないんだから」
「東電に金は無いから俺達は損害賠償なんて無いの。
国も払う能力を超えたから、除染して戻そうと考えたの。除染しても、2ヶ月後はまた同じだろ。何の意味があるかわからないでしょ」
私達の話はいつも堂々巡りだった。国の最高機関でも同じように堂々巡りしていた。この迷路はどうやったら抜け出せるのだろう。



「徹ちゃん、さっき聞いた質問。お金があったら何したい?何がやってみたい?家の修理とかじゃなくて、徹ちゃんの楽しみ」
温泉に行きたいなとでも言ってくれればそれは簡単に叶えられた。

「また、仕事始めたいね。仕事の初期投資に使う。
俺は好きな事を好きなだけやって暮らしてきたからね。
俺の仲間は全てそうだ
サラリーマンなんてのはなろうとも考えないね。プライドとかじゃなく、俺には団体行動が不可能だから。

だから、個人戦で出来る仕事をしてるんだけど」
作業場付きの戸建でないと無理だった。私に出来ることは何も無く、言葉も掛けられなかった。


「からだおかしい…余計な事ばかりでごめんね
体調が悪いから薬飲んで先に寝る。何か疲れとれない…
ここ四日、大きい余震を含めてゆれっぱなしだから寝不足もあるのかもね」


私も徹のネガティブに引きずられた。通話を切ってからも寝付けず、最終的に寝たのは4時過ぎだった。翌日聞くと徹も4時まで眠れなかったようだ。

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徹に逢わない宣言をされてから、私はようよう自分の感情のコントロールを始めた。
自分の仕事をなるべく優先させるように、たまにある徹のよいしょに、わざとそっけなく返したりする。話と愚痴はいくらでも聞いたが、ストリップは子供が起きているからとさりげなく断った。
それでいて
「逢わないのは良いけど、噛まれたり縛られたりは自分じゃ出来ない」
などとつぶやいてみたり。
彼からのメールが頻繁になってきた。


18日、徹は再び過激な発言を連発した後、ネット上2箇所のアカウントを削除してしまった。応援してくれる人も多かったが、前から来ていた「お前の所在はわかる。近いうちに殺す」というメールが殺到したらしい。自分の不在中、母親に何かあるといけないと思ったようだ。
「俺の退会良くわかったね?」
「帰ってきてチェックしたら、もの凄い咆え方してて、溜ってるからな~って心配してて、ご飯食べ終わった後、もう一度チェックしたら、もうアカウントが無かった」
悲惨な被災地の現実に向き合って帰って来ると、彼の場合、そのストレスが攻撃性となって現れる。私のストリップは一時的に彼の攻撃性を緩和させる役目も持っていた。お預けが裏目に出た。


「もうネットでのあんな感じの場には登場しないよ」
「うん」
大局的にはそれは良いことだった。ネットでのやり取りに彼は向いていなかった。些細な言葉尻を捉えて噛み付く。元はといえば私たちはそこから始まったのだった。
「バーチャルの世界の徹は今日で消える。後はリアルでやる」
「うん、がんばれ」
「頑張らない!」
「そうね、踏ん張れと言うべきだった」
「ふふん、楽しく生きたいけど、まだそこまでの余裕が無いから…」
「後は少しずつ良くなっていくだけだから。底を打ったから」
私の言葉に何の根拠も無く、そう信じて欲しいだけだった。
「どうなる事やら…」
「ま、好きにするといい」
「支援して頂ける方々への感謝を忘れず毎日を生きさせてもらうのが俺の今でしょ」
「あっちの徹も結構好きだったんだけどね」
「doorんとこにだけはバーチャルで徹が参上するさ。それ以外は何もしてないから」
「ま、ね」
「さっぱりしてるなぁ」
「だって、なんか言ったって、余計な口出しとか、説教とか言われちゃうんじゃ、はい、はいって聞いているしかない」精一杯の嫌味も徹には通じなかった。
「ギャハハハ
 明日は400キロ離れた所まで行く。うちの先祖が仕えた方の墓参りと、支援活動のお願い行脚だよ」
「そう」
「俺んちは上杉家に仕えてたから。
 生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けりじゃ。
 だけど支援に来てもらえるかなぁ…山形のときみたいに断られたりして…」
拒絶されて月曜日にまた荒れることになる可能性が高かった。眼と鼻の先の山形の支援が受けられないのだとしたら、遠くは多分無理だろう。世の中はそんなに甘くない。みな自分のことで精一杯だ。

「徹ちゃんは愛嬌があるから大丈夫」
「えっ、そう?」
「いろんな人に可愛がってもらえてるじゃん、年上の女にもモテるでしょ」
「ふふふん、そうかもなぁ。俺って母性本能くすぐっちゃうタイプ?」
40過ぎてそれでは困るのだけれど。
「私も身軽だったら支援に行くのに…」
「支援は楽じゃないよ」
いざとなったら私がどれだけ黙々と働くのか彼は知らなかった。肉体労働は好きだった。そうやって相手を決め付けて、ネットの世界の住人を拒絶してしまうことで、彼は自分の世界も支援してくれる人の範囲も狭くしていた。けれど私は少しずつでも心の扉を叩き続けようと思う。彼に対してだけでなく、誰に対しても今までそうしてきたように。


「私は自分の仕事や子供をちゃんと育てるのが仕事だから。その仕事をきちんとすることが、廻りまわって支援になると思っているから。
でも今直接的な支援が出来る組織とか持ってたら、徹ちゃんがお願いしに来てくれるのになぁって、ちょっと寂しかった。あは」


いつでも彼に切り捨てられてしまうネットの住人でいるつもりはなかった。
ネットの住人は互いに利害関係が無い。けれど私達の間には利害関係があった。


この杯を受けてくれ。 どうぞなみなみ注がしておくれ。この杯を…





今日帰ってきた徹の声は明るかった。

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「船買って旨い魚釣って毎日のんびり暮らせたらなって思ってたんだ」
「浜辺バージョンも良いね。だけどもう魚は釣っても食べられなくなっちゃったもんね」
「うん、でも漁師さんたちは偉いよ。燃料かけて500キロ先まで漁に行くから。それでこの辺で水揚げしても売れないから、岩手で水揚げして、そっからトラックに載せてみんなに喰わしてるんだ」
「500キロっていうと、東京から大阪ぐらいの距離か。それじゃ大丈夫だね」
「うん、ホント燃料高いのにがんばってるなぁって頭が下がる」

「それに比べて!こないだスーパーに行ったんさ。桃売ってやがって」
「あ…、福島の桃。思いっきりこっちでも売ってるよ」
「絶対喰うなよ」
「分かってる」
「ガイガー持ってたから当ててみたんだよ。山梨の桃と、福島の桃。やっぱり福島の桃は数値が出てたよ」
「えっ、それその場でやったの?」
「俺はやるよ。人集まってきちゃってさ」
「まぁ~」
頭を抱えた。鯉の和柄アロハを着た徹が騒いだら、営業妨害もいいところだろう。店員さんを気の毒に思う。
「こんなもの売りやがってって言ったら『国の基準値内ですから』とか抜かして」
首都圏など汚染の少ないところに住んでいる大人なら、充分食べられると思う。しかし中通りの空間線量の中で、さらに内部被爆まで抱えるのは明らかに危険だ。
今までそうしていた通り、近所の人が持ってきてくださる野菜や果物も徹の家ではこっそり庭に埋めていた。

海は広い。遠くに行けば安全だ。でも土地は動かない。果樹も動かせない。
作る人が悪いのだろうか、売る人が悪いのだろうか。悲劇だ。ひたすらの悲劇だ。
生産者は作ってお金を手にする。販売者は売り上げを立てる。経済を回していかなければ復興は無い。日常の暮らしが戻ってきたように見えて、その実そこは地獄と同じだった。国を潰さないために、自分たちが生きるために私たちはその地獄を放置している。黙って見殺しにしている。政府が悪い、東電のせいだと言い訳しながら結果として生贄に、見殺しに。


私は言葉が見つからなくて大きくため息をついた。
「doorちゃんまでため息つくなよ。いっつもこうやってバカ話して笑ってるけど、話し終わったら、俺はため息付くしかねぇんだから。暗ぁくこれからいったいどうしようって。ほかの人と話しても、重くなっちゃって。
doorちゃんは明るいじゃん。俺の話も真剣に聞いてくれる良い女性だ。感謝感謝」

「あ、そうだ。言い忘れてた。ガソリン代振り込んでおいたから使ってね」
「えっ、いつ」
「昨日かな?もう振り込まれてると思うよ」
「もっと早く言ってよ。俺お礼も言わないでべらべら喋って失礼じゃん」
「そうぉ?」
徹が言いづらいことを言わなくて済むように早く振り込んだつもりだ。
「なんか俺ってヒモなんかなぁ。そのうち、死ね!ヒモ!とか言われちゃうんかなぁ」
「そんなこと思ってないよ」
徹はいつも口頭で「もらったお金はこれこれにいくら使いました」と、律儀に申告する。私はそれがうっとうしくて「いちいち言わなくてもイイ」といっているのに。

「言われる前に自分で言っちゃったほうが、傷つかなくて済むから言っとくわ。俺ヒモみたいだね」
「バカ」
だったら時計なんかねだらなければいいと思うのに。

早速徹から画像添付のメールが来た。
「遅くなって、申し訳ありません。これが俺の罹災証明です。
 支援してもらう前に見せるのが常識だったね」

そういうのが常識というのは、今の今まで知らなかった。
「へぇ~、これが、高速無料になる証明書?」
「この罹災証明も余震で、被害増えるとランク上がるんだよ」
「ランクがあるの?」
「最初は誰も見にこないで一部損壊で出て、家の傷みが激しいから家屋調査士が来て半壊、そして言われるのが、余震で被害が進めば全壊になりますからと。余震がおさまらない限り、罹災証明書も続くんだ」

「ふぅ~~ん」
「被害の無い被災民いるでしょ、その方達は被災証明書ってのが発行されるんだ。
被災地域に住んでる方全てに被災証明書が発行されるの。それと免許証があれば高速は無料になるの逃げる為の制度だけどね」
「逃げる?」
「原発から逃げる為に無料にしてる。次の爆発あれば終わりじゃん。その為の高速無料だよ。避難道路として開放が正解だね
 お年寄りは喜んで旅行に行ってるのが現実だけど。」
「それも復興にはいいことじゃん」
自分でも笑いに力がないなと思った。笑いのない日だった。
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しばらくして下に保冷剤を敷き、再びPCを立ち上げると
「もう話さないんでしょ」
という文字がチャットウインドウに表示されていた。


「拡張はしないってだけの話なの。エロは良いけど、グロは嫌だ。その境界は人によって違うかもしれないけど、拡張は私にとってグロの範疇に入ることが分かった。だからしたくない。それだけ。徹ちゃんと付き合うのに拡張が必須なの?」
タイプするとすぐに返事が返ってきた。
「拡張にこだわって付き合うやついないじゃん、二人が楽しく出来ればそれが1番だぞ!」
「うん」
「それだけじゃ!」
「分かった」


それから通話に切り替えひたすら彼の話を聞いていた。時間にして3時間。いったん切る前の会話で、彼が私に執着していることが分かったから、満足していた。


サディストとマゾヒストの力関係は形式上サディストが勝っているはずなのだが、実際に民主主義の世の中で人間関係として成り立たせようとすると、どのようなプレイをするかマゾヒストの了解を得ないとならない。
つまりマゾヒストはサディストに自分の望みを伝えることになる。従ってサディストはマゾヒストの希望をかなえるために奉仕するという、プレイの形式との逆転現象が起きるのだ。互いにめぐり合うことの稀なサディストとマゾヒスト間での主導権は、実はマゾヒストが握ることになる。徹がこのことに気づかないことを願うだけだ。

「徹ちゃんは私のことどんな人だと思ってる?」



会話の流れで、そんな話になった。
「doorはしっかりしてるし、強そうに見えるけど、実はとても人に甘えたい部分があって、それに寂しがりやかな」
「あら、そんな風に思っているんだ」
こんな言い方はコールドリーディングと変わりが無い。私のことを語っているようで、徹はむしろ自分のことを話しているように思える。
虚勢を張って、仲間や友達といった今までの関係が綻んでいく中、私を得て甘えている。いつも「忙しいから少しだけな」と言いながら、延々自分のことだけ話している。そこに彼の寂しさを感じる。


他の振込みのついでに徹の口座にもまた振り込んだ。今月はいつもより多くの入金があったから、福島までの旅費も出る。後はいつ行くか、時期を窺うだけだ。


「そうだ、聞かなきゃいけないことがあったんだ。米一年でどれぐらい食べる?」
「俺そんなのわかんねぇ。考えたことも無いもん」
「昔は一人分一年で、米一俵60kgって言ってたけど、お母様はそれほど召し上がらないだろうし、徹ちゃんも週の半分近くは向こうに行っているだろうし…」
「30キロ単位だから、60か、90だよね。…足りなくて怪しいお米買わなきゃいけなくなると嫌だから、90kgにしようか。余ったら小母さんの所にでも持って行けばいいでしょ」
「俺、来年もおにぎり喰えんだな…」
「良かったね」
「しっかし、なんだってdoorちゃんにそんな繋がりがあるんだ?」


伯父が亡くなって、母が田畑山林を相続したこと、その田を人に貸していること。賃料として、米を送ってもらっていることを話した。
昨年から夏の間だけ両親が向こうで田舎暮らしをしていること。昨年より農作業が上手くなり、毎週夏野菜が送られてくること。そして私も年を取ったらログハウスを建て、そこで暮らしたいことも話した。


「そういうのいいなぁ。余裕があるって感じで憧れるよなぁ。俺も年取ったら船買って、浜辺に家が欲しいと思ってたけど、それも夢のまた夢になっちゃったもんなぁ」



ちょっと忙しいので、しばらくお休みします。

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