『翼を広げて』 SIDE-A | 旧・どブログ

『翼を広げて』 SIDE-A

その6
(前回までの話は、こちら

いつの間にか眠っていた。
夢すら見なかった。いや、見たのかもしれない。でもすっかり忘れている。
もうすぐロスに着くらしい。
聞き取れないくらい早口の英語で機内アナウンスが流れる。
「天候は晴れで、気温摂氏20度だって」隣で稲田が呟いた。
「お前、聞き取れたの?今の早口の英語」僕はびっくりした表情で稲田を覗き込んだ。
「あぁ」稲田は事も無げに言う。
「すげーな」
「そうかな?これでも一応英語だけは四年間ずっとAだったんだけど」
「……」
返す言葉が見つからなかった。いつもギリギリで単位取ってた俺にとってはこの早口の英語は辛い。
「とりあえず、稲田といれば安心ってことか」
「俺だってそんなに実践があるわけじゃないからな。期待しないでくれよ」
30分後、飛行機は無事ロサンゼルス国際空港に着陸した。

見渡すと外国人ばかりだ。しかもみんな英語を話している。当たり前だけど。
そんな当たり前のことがすごく新鮮に見える。目に映るものすべてが刺激的なのだ。
でも、ちょっと怖い。見知らぬ国の見知らぬ場所で、思ってもいなかった生活が始まろうとしている。
期待も大きい。でもそれ以上に今は不安で押しつぶされそうだ。
「あんまりおどおどした態度取るなよ。ナメられるからさ」稲田が俺に忠告した。
「だってみんなでっかい外国人ばっかりだし、英語でみんな話してるんだぜ」
「何言ってんだ、お前。当たり前じゃないかよ。ここはアメリカなんだからさ。大丈夫?ビビッてない?」
「あ、あぁ……多分、大丈夫」俺の目はさっきから泳ぎっぱなし。視点が定まらない。
「大丈夫だって。何とかなるよ。みんな同じ人間なんだからさ。別に宇宙人じゃないんだから」
稲田は俺を勇気付けるものの、俺にとってはみんな宇宙人に見える。
「とにかく、お前についていくよ。ところでどこ泊まるの?」
「まだ決めてない。これから探すんだ」
「決めてないって?どういうこと?」
「決めてないんだって、だから。バックパッカーが多く集まるベニスビーチにとりあえず行ってみようぜ」
俺は不安で仕方なかった。旅の最初からこんな出だしで大丈夫なんだろうか?捕まったりしないだろうか?
まさか殺されるなんてことないよな?いやまてよ、よく映画で見るぞ。こうやっているうちに無理やり拳銃を突きつけられて……
「何してるんだよ、いくぞ」
いろいろと頭の中で妄想していると、稲田が現実に引き戻した。
「なんとかなるって。大丈夫」
いったい稲田のこの自信はどこからくるんだろうか?不思議でたまらない。

稲田はすたすたと空港を出た。市内を走るバスで移動するという。
「あのさ、タクシーに乗った方が早いんじゃない?」
「タクシー?金かかってしょうがないよ。限られた金しかないんだからさ、バスでいいんだよ。それにバスの方が景色ゆっくり見られるし、現地の生活がわかるから」
俺の提案はあっさり却下された。
「でもバスってどのバス乗るんだ?」
「ちょっと聞いてくるから、ここで待っててくれ」
稲田はそう言って姿を消すと、十分後、背中にバックパックを背負った2人の男を引き連れて戻ってきた。
「いいところ教えてもらったよ。この人もそこに今から行くんだって。ベニスビーチにある宿らしいんだけど、これから俺たちも行くからどうだって誘われたんだ。そうそう、彼らの名前はジャックとトニー。ヒゲの方がジャック」
ジャックとトニーは俺に向かって手を差し伸べた。
「Nice to meet you. How are you?」
握手。友好のしるし。
「ハ、ハ、ハーイ!OK、アイム・OK」
「Good!」
屈託のない満面の笑顔。イノセンスな雰囲気。
「でも大丈夫なのかよ。こんなヤツらに着いて行って」
でもやっぱり不安が先立つ。
「大丈夫だって。むしろ幸先いい出足じゃないか。こうやっていきなり旅仲間が増えたんだし」
急な展開に俺はかなり焦っていた。今までの人生でこんなにドキドキしてるのは初めてだ。大丈夫なんだろうか?
「It costs only 75cents to the hostel.」
「Oh,really?」
「Yeah.」
「75セントしかかからないってよ。あとは彼らについていけば大丈夫。ついてるなぁ」
稲田は俺とは違ってかなり上機嫌だ。俺は一人、孤独を感じ始めていた。稲田との精神的距離感もあった。もちろん見知らぬ国でも不安は言うまでもない。
バスに乗り込んだ。荷物を足元に下ろす。まさに肩の荷が下りてホッとした。
「まぁ、なるようになるか」
独り言のように俺が呟いた。
「そういうこと」
稲田はどこにも不安なんかないような笑顔で応えてくれた。

こうして旅の1日目が始まった。

その7に続く…。
(written by yass

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この連載は真奈美側に視点を変えたSIDE-Bもあります。
SIDE-Bはこちら
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