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2005-03-28

ボリ子通信Θ第3号

テーマ:特派員レポート
「ティワナク文化&遺跡」


(カラササヤ宮殿)

ティワナク(TIWANAKU)っていう街の名前を聞いたことありますか?ラパス市からバスで2時間くらいのところにある、世界遺産にも登録されている遺跡がある街です。ティワナク文化は、アイマラ文化と言ってもいいのでは?っと思うほど、ティワナク地域にはアイマラ語を話すアイマラ族が多く住んでいます。

実は、先輩隊員が中心となって、協力隊音楽チームが編成されているのですが、あたしもその臨時要員として、時々参加してます。あたしの担当は、主に歌とケーナ(アンデスの縦笛)です。

この音楽隊の活動は、不定期で、要請があると出動するのですが、3月19・20日の2日間、ティワナクの大学が主催のお祭りの一部で、日本の歌やボリビア音楽を演奏しに行ってきました。

ティワナクに行くのは、これが3回目。
でも、今回は遺跡には行く時間がありませんでした~。
うん、残念だ。

ティワナク文化は、紀元前1580年頃から1172年ごろまで栄え(これは、本によって相当違いがあります。歩き方には紀元前400年から紀元800年って書いてあるけれど、ボリビアの書籍ではもっと長く、上記の期間が書いてありました!)、石造技術においてはインカ文化にも引けをとらないほどだそうです。なので、インカの祖先を生んだ文化とも言われているそうです。特産物であるジャガイモの輸送やリャマの飼育等で農業経済を可能にし、ボリビアだけでなく、ペルー南部、アルゼンチン北部、そしてチリ北部にまで影響を及ぼしたといわれています。

遺跡はまだまだ発掘が終わっておらず、遺跡といったらアンコールワットのようなものを想像していたので、私にはなんだか物足りない感じがしましたが・・・、それでも、巨大一枚岩の門(太陽の門)はちょっとした驚きがありました!!あと、有名なのが、人間の形をした、モノリートと呼ばれる立像。


(太陽の門)


(モノリート)

ティワナク文化及び遺跡は、まだまだ謎だらけだそうで、考古学者の人たちにとっては、とても魅力的だそうです。なぜ、3800mもの高地にこのような文化が築かれたのか?モノリートは何を意味しているのか??本当にまだまだ謎だそうです。

今回、初めて遺跡の側にあるティワナクの町にいき、町の教会で演奏会をしたんですけど、教会があまりに立派でびっくりしました。でも、この教会を立てるために使われた石はなんと、遺跡から運ばれたとのこと。スペインからの征服者が、遺跡の石を運んできたそうです。だから、遺跡がなんだか寂しいのかなあ?っと思ってしまいました。

みなさんもぜひボリビアに来たら、ティワナクにも足を運んでみてください!!ちなみに、ボリ子は6月21日に行われるアイマラ正月のセレモニーを見るため、ティワナクにまた行く予定です☆一緒に行きたいって行ってくれる人がいたら大募集です。

おまけ:アイマラ語で挨拶をしてみよう!!!
 元気?:カミサキ?
 元気だよ:ワリキ

友達と日本語を話していると、アイマラ語を話せるの?って聞かれることが良くあります。耳に入ってくる発音が似ているらしい・・・。
他の会話が全く話せなくても、上の挨拶をするだけで、みんなとの距離がぐっと縮まる気がします。アンデス高地にいらっしゃる際は、どこかにメモっておくと便利かも。

月末月曜担当:ボリ子
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2005-03-25

復活!さえの細腕繁盛記第5回-「何を蒔いてる?」-

テーマ:さえの細腕繁盛記
最近、数年ぶりにいとこに会いました。

私の父は3人兄弟の次男。集まったのは長男の娘と次男の娘(つまり私)と三男の娘。もちろん話題のほとんどが自分達の父親について。同じ兄弟なのに、こうも性格が違うのかと驚きました。長男は優秀で何でもできる人。
私の父は温和でちょっとどんくさい。三男はかわいがられて育ったいばりんぼ。三人とも社会的にきちんとしたステータスのある人達で、そろそろ定年という年齢です。

ある本に興味深い言葉がありました。
「人生には蒔いてきたものを必ず刈り取るときが来る。憎しみを蒔けば憎しみを刈り取るし、愛情を蒔けば愛情を刈り取る」これは真理だなあとつくづく思います。

周りの人たちを見ていても、友達が多い人は自分から友達を大切にする人だし、友達が少ない人は全くその逆。お金や地位などに固執している人は、それらは手に入るかもしれけれども、残念ながらあまり幸せそうには見えません。人それぞれ幸せの基準は違いますが、自分が父親の年齢になった時に、人生で何を刈り取っているだろうかと想像すると、自分は今何を蒔くべきかと考えさせられました。

良いものを刈り取る人生を送りたいですね。

月末金曜日担当:さえ
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2005-03-24

音変化のコツ 誰か教えて~の巻

テーマ:日本語教師への道
    ↑あぁー、そんなにかいちゃだめぇ

こんにちは。ゆき2です。
春めいてきましたねぇ。

今日は夜から雨が降るみたいですよ。
傘ちゃんと持ってきましたか?

そもそもこの傘という名前、”雨傘”と言う人いませんか?
そんなあなたは、周りからかなり年上に思われていることでしょう。
今どきあまり言いませんからね。

まぁそれはいいんですけど。
問題は”雨傘”の呼び方にあります。

  あめ + かさ → あめかさ

普通2つの単語が合体しただけなら”あめかさ”になるはずが
なぜか”あまがさ”と呼びますよね。

”め”の音が”ま”に変化し、(転音)
さらに”かさ”が”がさ”に変化しているんです。(連濁)

意識して考えてみると、そんな言葉は沢山ありますよ。
最近やっさんが当たった牡蠣も、一つの言葉なら”かき”ですが
生が付くと”がき”に変化します。ドゥーン

それらの変音現象には、音声が関わっています。
言いやすい音に変化しているんですね。

他にもあります。音が変化しているもの。
身近すぎて考えたこともないと思いますよ。

それは時計です。

数字を言ってみて下さい。

いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう

だいたいこんな感じになると思います。
では時間にしてみるとどうなりますか?

いちじ、にじ、さんじ、しじ?、ごじ
ろくじ、ななじ?、はちじ、きゅうじ?、じゅうじ

4、7、9の音が変ですねぇ。
ただ単純に”じ”を付けただけではないみたいですね。

では分はどうでしょう。
5が付く単位で考えてみましょう。

ごふん、じゅうごふん、にじゅうごふん・・・ごじゅうごふん

普通ですね。数字に”ふん”が付いただけです。

10分単位ではどうでしょう。

じゅうふん?、にじゅうふん・・・

なんか変ですね。

 じゅう + ふん → じゅうふん

空気が抜けるばかりで、すごく言いにくくないですか?
実際には、じゅっぷん、にじゅっぷん・・・と言っていきますが
比べると慣れているせいもあると思いますが
こっちの方がしっくりきますよね。

でもそれは日本人だからかもしれません。
日本語の音に慣れているから、ある音が言いにくかったり
言いやすかったりするのかもしれませんね。

他の言語、特にドイツ語とかは、どうやって発音してるのか
真似のできない音があったりしますが、
ドイツの人は難しいと思って発音はしてませんよね。

だから音変化を覚えるのは、難しいことかもしれません。
私達は意識しないでただ覚えてしまってますけどね。

細かく言うと、1分、2分、3分・・・なども
”ふん”とか”ぷん”とかどっちなんだよ!と思うほど
分の読み方が変化してます。

これはカレンダーの月の言い方でも同じことが言えます。
身近にごろごろ転がっているんですねぇ。

ほら、身近も”みちか”ではなく”みぢか”と読むでしょ?


                     ゆき2

ゆき2姉の育児ブログも更新中!
↑じゃばらマスクなんて見たことなーい!

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2005-03-23

『翼を広げて』 SIDE-A

テーマ:連載小説
その10
(前回までの話は、こちら

~旅の日記~
【4月12日
日本人は僕と稲田の2人だけ。アメリカの道はものすごく広い。しかも街の中心部以外はほとんど信号というものがないのだ。
目の前を通り過ぎる景色は、映画のワンシーンのような風景だった。広い道をひた走る。だだっ広い荒野が続いている。
視界をさえぎるような建物など何もない。地球に吸い込まれるように道は続く。
日が暮れると何も見えない。真っ暗だ。しかし突然それは現れた。遠くに輝く街の明かり。そこだけ火をともしたように明るく輝いていた。
ラスベガスの街。24時間眠らない街。天使と悪魔が同居する街。
この街で僕はいったい何を感じるのか?期待と不安で胸が膨らむ。これが感動と希望への道へと続いていることを祈るばかりだ。】

5時間半ほどバスに揺られた。高かったカルフォルニアの日差しも今ではすっかり地平線の下に沈み、代わりに人工的なギラギラとしたネオンが街を明るく照らしている。
世界最大のカジノの街、ラスベガスだ。世界中から一攫千金を夢見て観光客が集まる。まさに天国と地獄、ネオンサインの脳天気な光の洪水の裏ではさまざまな人間模様が繰り広げられている。
僕ら2人はハードロックホテルのワンブロック裏手、メインストリートのストリップから歩いて15分ほど離れた『キー・ラーゴ』という1948年に公開されたハンフリー・ボガード主演の映画と同じタイトルのホテルに泊まった。
もちろんカジノもプールも付いている、ちゃんとしたホテル。しかし一泊50ドル以下とかなりラスベガスの中では安い宿。いくら一攫千金の街だからと言えども、キチッと節約できるところは節約しないと後々後悔する。
ロスを出る前は、「たまにはパァッと」なんて消費者金融のCMのように言っていた稲田だったが、やっぱりこの辺の管理は几帳面だ。さすがA型。
しかしこんなことを稲田に言うと、「血液型を気にするのなんて日本人だけだよ」と一蹴される。しかしそれでも僕は血液型による性格の違いを密かに信じている。占い好きのO型なのだ。

「カジノ、行く?」僕は稲田に聞いた。
「いや、今日はやめとく。バスに揺られて疲れたから、もう寝ることにするよ」そう言うと、稲田はバッグの中からTシャツと短パンを取り出し、そそくさと着替えてベッドの中に潜ってしまった。
背中を向けた稲田が向こうの壁に向かって話しかける。
「明後日からグランド・サークルを巡るツアーに出かけるから、そのつもりでな」壁から反射した声に僕は驚いた。
「え? ツアー? 何だよ、それ? いつ予約したんだ? それはそうと、グランド・サークルってどこだよ?」自分でもビックリするような素っ頓狂な声で布団を被って丸くなっている稲田の背中に向かって話しかけた。
「えーっと、とにかく予約したんだ。迎えのバンがここのホテルに来るし、そのツアーの宿泊者は全員明後日の朝にここのロビーに集まるから」
何だか訳がわからない。とにかく眠いし、説明するのが面倒くさいと言ってそれ以上尋ねても稲田のいびきだけが空しく響くばかりだった。

僕は稲田のいびきから逃れるように部屋を出た。1Fのカジノに向かった。フロアの大部分を占めるスロットマシンには目もくれずにまっすぐにルーレットに向かう。スロットマシンは見てるだけで目が回るのだ。
100ドル分をチップに交換した。やっぱり無難に赤と黒のゾーンにチップを置く。過去に出た目が縦に長細い電光掲示板に映し出されている。
それをじっくりと眺めながら、僕はチップを黒に置いた。ずっと6回連続で赤だ。そろそろ黒の番だろう。
ルーレットの溝に沿ってボールが転がる。勢いがなくなってくると盤面の傾斜を滑り落ちる。いくつかの番号に弾かれながら白いボールは一つのポケットに収まった。
黒の31番だ。やった!賭けた額の2倍のチップが戻される。僕は3回連続で黒に賭け、いずれも勝った。手元には今までの倍の200ドル分のチップが置かれていた。
味を占めた僕は今度はちょっと欲張って、7~12までの6つの数字に賭けた。勝てば6倍になる。
またボールが転がり始めた。入ったスポットは「1」。負けた。置いたチップが回収される。もうあんな無茶な賭けはしないようにしようと思っても一度手元にあったチップを取り戻そうと人の本能は必死になる。
もうここからは本能と理性の戦いだ。僕はその後、2回本能のまま賭け続けて、2回とも負けた。負けるとその分を取り返そうと躍起になる。こうして人はギャンブルに嵌っていく。時既に遅し。すっかりルーレットの魔力に負けていた。
手元にあった200ドル近いチップは元の資金、100ドルに近くなってきていた。理性を失った僕はあまりにも無謀と言える賭けに出た。
もともとなくなってもいいと思ったお金だ。この際、大きく賭けてやれ。頭の中で本能に犯された悪魔が囁いた。
100ドル近いチップを半分に分け、それぞれインスピレーションで浮かんだ数字、4と12の上に置いた。当たれば36倍だ。既に理性は壊滅的に崩壊していた。

回転するルーレットの周りを運命の白いボールはゆっくりとしたスピードで回り始める。白いボールが次第に勢いを失い、2回弾かれ、数字の書いてあるスロットに落ちた。
落ちた場所は…「12」。その運命の白いボールはまさに私がチップを置いたその場所に落ちたのだ。一瞬、我が目を疑った。見間違えじゃないかと思った。でもしっかりとその白いボールは「12」のポケットに入っている。
ディーラーが笑顔で抱えきれないほどの大量のチップを僕の前に置いた。ざっと見積もっても、50ドル分の36倍、1800ドル分以上のチップが目の前に差し出された。
周りの人たちから「Congratulation!」と祝福の言葉をたくさんもらった。しかし、正直ボーッとしていてよく覚えていない。奇跡の大逆転劇だ。ラスベガスの女神が僕に微笑んだ瞬間だった。
私はその後、5回ほど遊び2勝3敗。10ドルをチップとしてディーラーに渡し、すべてのチップを換金した。手元には全部で1920ドル。
稲田の眠っている間に僕は大金を手にしたのだ。

眠らない街、ラスベガス。一攫千金が夢ではない街。僕は気持ちが高揚し、全然眠れなかった。むしろこんな大金を持ち歩くことに不安を覚える始末だった。とことん臆病者のO型である。
大自然の神秘に触れる前に、僕自身の運命の神秘が先に訪れた。僕がチップを置いたその数字は日本にいる真奈美の誕生日の日付だったのだ。そしてそれはまさに今日の日付だった。

その11に続く…。
(written by yass

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この連載は真奈美側に視点を変えたSIDE-Bもあります。
SIDE-Bはこちら
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2005-03-22

カンボジア通信その5 『カンボジアの恋愛事情』

テーマ:特派員レポート
こちらエミ姉 @カンボジアです。
今日は、カンボジアの恋愛・結婚についてお話します。

この国、基本的には、人生で一回しか付き合えません。
付き合う イコール 結婚です。

首都のプノンペンや、アンコールワットのあるシェムリアップは、大きな街として知られていて、その街では最近変わってきたので、日本人と同じ恋愛感覚の人がたまにいますが、
まだごくまれです。


入国して2ヶ月たちますが、カップルが手をつないで歩いているところを、まだ1度も見ていません。特に女性、結婚前にナニをナニしようものなら、その子はキズ者とされ、
その後結婚が出来ないとまで言われます。

この結婚相手も、だいたい親が判断するか、親が決めたお見合い相手と結婚する風習が、まだまだ村では残っています。恋愛結婚は、街での話のようです。

たとえば、2人の候補者が親の頭の中にいたとしたら、親はその2人のデータを持って、
村の占い師のところへ行きます。そして占い師が決めた人と、結婚しなければいけません。親の言うことは絶対で、占い師の言うことはもっと絶対です。

会うのが3度目で、結婚した人がいました。
1回目は顔合わせ、2回目は結納式、3回目は結婚式だったそうです。
日本は昭和初期?明治時代?
カンボジアの村では、今現在の話です。

親の言うことは間違いないと信じ、それに従う子供。
そして、何事にもからむのが、金。

貧しい国だとはいえ、結婚式と葬式は盛大に、沢山の人が集まって飲み食いをするので
結婚資金も必要で、女の子たちの理想は、とにかくまずお金。

顔とかよりも、ほんとに先にお金。
(だから、日本人はもてます。男でも女でも)

家があって、仕事があって、お金がある。 これです。
だから20歳過ぎた男の子たちは、まず、恋だの愛だのよりも、勉強と仕事。


といっても、淡い恋心は世界共通で、告白しなくても、「○○ちゃんが好き」「○○君が好き」ってなのは当然あって、村の学校でも、あいつとあいつは三角関係で・・・なんて話を聞いたりします。

この関係といっても、べつに付き合ってドロドロしているわけじゃないから、
爽やかなもんです。

高校生中心の日本語授業でも、みんな恋愛に関してはほんとにウブで、授業中、
「デートをする」とか、「くどく」とか、「手をつなぐ」とか、「愛し合う」とかの
例文を言おうものなら、みんなすーごい喜んで、キャーキャー言いながら文を作り出します。


「先生は、何人と愛し合ったことがありますかー?」 の質問。
(シモ系ではなく、心の面でね!)

彼らの頭の中には、当然のようにヒトリ。

私が、「ひとり」  ヒューヒュー♪
   
   「ふたり」   えっ キャーーー!!

   「さんにん・・」  ギャッ ギエェーーー!!


もう、これ以上続けると、みんなの目が白くなりそうで(笑)やめときました。
二股じゃないからいいでしょーとか、いろんな男をみないとわからないでしょー、
とか言っても無駄です。

いろんなところで、カンボジアの文化風習と、日本(世界)とのギャップが感じられ、
とても楽しいです。


ちなみに
カンボジア女性は、結婚年齢は驚くほど低く、30歳をすぎた女の人は、ほとんどもう結婚出来ないそうです。 ほっとけーー。
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2005-03-21

バファリン通信20(veinte)

テーマ:

~グッバイボーイ~




アグアス・カリエンテスの町とマチュピチュ遺跡との間には、
バスが走っています。

くねくね曲がった道を20分ほどで走るのですが、
遺跡からの帰り道、あの有名なグッバイボーイを目撃しました。

グッバイボーイは、道のカーブのところに立っていて、
「グッバーイ」と手を振りながらバスを見送る少年です。
で、バスが次のカーブにさしかかると、
なぜかまた同じ少年が立っていて、「グッバーイ」とバスを見送り、
なのにまた次のカーブにも現れる!

・・・そんな不思議な少年なのです。


ところで。
海外に行くと、子どもたちにお金をねだられたり、
物をくれと言われたり、けっこうありますが、
そんなときどう対応するかって、難しいですよね。

ぼくも間違ったお金や物のあげかたをして、
後から反省したことが何度もあります。

でも基本的には、楽しませてもらった場合とか、
例えばちょっと仲良くなった子どもがお金をねだって
きた場合に、日本の景色の絵はがきとか、5円玉とかを
あげるのはいいのかなぁ、と、思ってます。

「地球の歩き方」を読むと、こんなことが書いてあるのですが、

“すっかりマチュピチュの名物となっていたグッバイボーイだが、
 2003年に行政により禁止令が出された。
 理由は、子どもたちがチップ稼ぎに精を出しすぎて、
 学校に行かなくなったためだという。"


今回、ぼくは、グッバイボーイにチップをあげました。

月曜担当:175


P.S.
物ごいの権利(『毎日新聞』2005年1月27日の記事)
という記事を読んで、いろいろ考えてしまいました。
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2005-03-21

バファリン通信19(diecinueve)

テーマ:

~アグアス・カリエンテス~




“アグアス・カリエンテス”(スペイン語で“お湯”という意味)は、
マチュピチュの麓にある小さな町です。

のすぐそばにあるアルマス広場から、清水寺に行く途中の
あのお土産物屋さんがたくさんある坂道みたいな坂道を
10分ほど上っていくと、プールみたいな温泉があります。

ぼくも、帰りの電車の出発時間まで30分しか
ありませんでしたが、どうしても入ってみたかった
この温泉に行ってきました。

周りにそびえ立つ切り立った山々を眺めながら、
茶色っぽい色をした30℃くらいのお湯に浸かり、
は~、幸せだ~、と、つぶやいてから、
わずか5分間の行水を終えたのでした。。

月曜担当:175
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2005-03-21

バファリン通信18(dieciocho)

テーマ:

~マチュピチュ~


1月7日。朝7時クスコ発の汽車に乗ってから約4時間、
マチュピチュの麓の小さな町、“アグアス・カリエンテス”に到着。
そこからさらにバスで約20分 山道を登ると、
マチュピチュ遺跡の入り口と、公衆電話と水洗トイレが見えてきます。
入り口の近くには、一泊500米ドルの超高級ホテルも!

入り口で入場料(20米ドル)を払い、しずしずと石畳を歩いていくと、
お~!
映画や写真で何度も見てきたあのマチュピチュ遺跡だ!
標高2,280mの山頂にこんな都市を造ったなんてすごいなー!
と、誰もが思うはずの感動を、ぼくも覚えはしたのですが、
何か違うな。。。

それは観光客の多さ(ぼくもそのひとり)!
ここは金閣寺ですか?と言いたくなるくらいの、
歴史的建造物を見ようというたくさんの観光客があちこちにいて、
遺跡の謎めいた雰囲気がだいぶん損なわれてしまってるんです。。。



ほらね?

というわけで、マチュピチュ遺跡、残念ながら、
ぼくの今のトコ一番お気に入りの遺跡、“ティカル遺跡”を
抜くことはできませんでした!

やっぱ、インカトレイルをちゃんと歩いて早朝の遺跡に辿り着いたり、
南米カップ開催とかと重なって、他に人があまりいなければ、
また全然印象が違ったんだろうな~。


ちなみに。
マチュピチュの背後にそびえる“ワイナピチュ(若い峰)”に
登りたい人は、午後1時までに入山しないといけません。
「地球の歩き方」には、午後4時まで入山できると書いてありますが、
山から降りてこないとダメなのが4時までなので気をつけてくださいね!

月曜担当:175 ⇒ 次回は、ペルーの首都、リマへ!
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2005-03-20

WATARIDORI ~もうひとつの物語~

テーマ:映画
この作品は、鳥が飛んでいる映像だけのドキュメンタリー作品である「WATARIDORI」(劇場版)の続編(DVD版)です。
内容は、以下のとおり。

【以下、公式HPから引用(作品紹介)】
===========================================================================
渡り鳥たちがどのルートを辿り、どんな経験を積み重ねて厳しい自然界を生きていくのか。その知られざる渡り鳥たちの神秘を、克明かつ壮大に描いた劇場版「WATARIDORI」は、日本で大ヒットを記録。多くの観客に驚きと感動をもたらしました。しかし、世界40カ国で4年にわたり、300時間以上にもおよぶ撮影を敢行した「WATARIDORI」の世界は、劇場版98分の中ではすべて描き切れるものではありませんでした。
今回のDVD版「WATARIDORI~もうひとつの物語~」は、劇場版ではその断片しか描けなかった「WATARIDORI」の世界を、151分の時間を費やし、より深く鳥たちの神秘に迫った全く違う物語です。

鳥たちはどう愛情を育み、雛鳥を育て、また幾多の危険にさらされながら、渡りという大冒険に旅立っていくのか。
人間以上に、説得力をもって人間の物語を描いた「WATARIDORI」のさらなる驚きと感動の世界が拡がります。
===========================================================================

途中で盛り上がったり意外な展開が待ち構えていたりどんでん返しがあったりするような作品ではなく、淡々と、ただひたすら鳥を映しつづける作品なので、ハリウッド映画ばかり観ている人にはきっと物足りないと思いますが、ネパールのチトワン国立公園でゾウに乗ってサイや鷲などを見学するサファリツアーに参加して以来すっかり動物好きになった僕には、十分に満足できるものでした。

最近、サラリーマン生活を続ける中で人間社会に疲れつつある僕なので、昨日から部屋に閉じこもって渡り鳥たちを観て、癒されています。
ああ、鳥になって、あの大空に翼を広げ、飛んでいきたい。

ではまた。
日曜担当:c-man
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2005-03-19

博士の愛した数式

テーマ:書評


著者: 小川 洋子
タイトル: 博士の愛した数式

数学嫌いの私でもこんな博士に習ったとしたら、きっと数学という学問を好きになっていたに違いない。
記憶が80分しか持たないという障害を背負って生きている数学の天才。博士の記憶は1975年で止まっている。それ以降の記憶の蓄積はない。出逢った人も、食べた物も、すべて忘れてしまう。そんな博士を世話する家政婦の「私」と、その10歳の息子「ルート」が過ごした日々の物語。

博士は数学を通して人とコミュニケーションを図る。いかに数字の世界が美しく構成されているかを、愛情を持って切々と説く。完全数、友愛数、オイラーの公式…博士は日常生活に溢れている数字の世界を、まるで芸術作品のように紐解いていく。
例えば「友愛数」。「私」の誕生日、2月28日(228)と博士の腕時計に刻まれている製造番号「220」という2つの数字。それぞれの数の約数の和が、お互いの数字になる。これが「友愛数」。“友愛数は神の計らいを付けた絆で結ばれ合った数字”と博士は数少ない「友愛数」を説明する。
しかしこうした心豊かになるようなコミュニケーションも博士の記憶には残らない。瞬間的に心を通い合わせることはできても、決して縮まらない距離がそこにある。手ですくった水が零れ落ちてしまうように、博士の記憶は留まってくれない。そこがとても切ないのだ。

人と人との出会いは決して偶然ではない。博士は数式を通して、そこには何らかの法則があることを教えてくれる。
とても静かで、美しく、ハートウォーミングだけど、切ない。
とにかく、一度読んでみてください。きっと何かが残るはずです。

(written by yass
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