語彙・読解力検定

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仕事を見つけなければならない。


ということで、まず客観的に常識があると主張できるように

語彙・読解力検定

を受けてみようかと思います。

サイトの何級を受けるといいか、のお試しで1級と出たので、アマゾンで昼休みにぽちり。




さて、どうなりますでしょうか?


ちなみにですね、就職活動でも受験結果は活用できるようです。

効果の対象になる会社が載っていました。


就活生も頑張って。
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山梨で大雪 安倍総理が高級天ぷら食べ批判と擁護出る
 2月14日に1メートルを超す記録的な大雪に見舞われた山梨県では、大雪のため物流が途絶え「陸の孤島」..........≪続きを読む≫


安陪首相支援者とてんぷらを食べていたという記事。


…なんで食べたらいけないのか、がまず、判りません。

・居場所ははっきりしている。
・お使い走らせたり電報で呼び出す世の中ではないから連絡はすぐに付く。
・指示出しは済んでいて、後は現場にスムーズにもの・こと・ひとが流れていくかどうかの、普段からのリレーションやインフラの問題。

常に収集した情報を国民に周知しなければいけないからカメラの側で待機していなければいけない??

処理済(指示出し済)の情報がどれだけあってそこに過誤があったかどうかはわかりませんが、
その時点で全て済んでいて、その方針に従って判断指示できる人間が存在していて、すぐに連絡が取れるなら、他山積みの問題について意見交換情報収集その他なんでも、やってもらわない方がそちらが後手に回って問題が出るんじゃないでしょうか?

自分の仕事で並行して回っているものがあるなら、レスポンス待ちの間に他の資料確認したりご飯食べたり仮眠取ったりして、返ったきた時点でその仕事に戻る、なんて普通のこと。
それが時間の有効利用だと思ってたんですが、政治家になるとそういうフレキシブルな使い方は許されないんだろうか?

これが休暇を楽しみました、なんていうなら批判もむべなるかななんですが…。

大昔、欲しがりません勝つまでは という標語がありましたが、
これが片付くまで他の仕事も遊びも手を付けちゃダメ! は実際的でない気がします。
だっていろんな事柄が並走してるんですもの。効率的でなければ全部駄目になりかねない。


非常時のリスクを抑えるために、平時どれだけコストをかけることが許されるか、
これって経営判断なわけですけれども。

何処が適切なバランスかの判断をしなければいけない立場にたいして、情報提供ならともかく不満をぶつけるだけではキャリーオーバーできる解決力なんて付くはずもなく。




元に戻って、


結局権限委譲しなければ回らないほど沢山の仕事を持った人は、適切な権限委譲と、委譲した権限が迅速的確に使われているかの監督をすることが大きな責任な訳で、

報告体制が出来上がっていれば適切な判断業務の為なら休息をとるのでも会食をするのでも、すぐに『判断体制』に入れるのならそれでいいんじゃない?と思います。

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一日家から出ないこと…

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1日家から出ないことある? ブログネタ:1日家から出ないことある? 参加中

私はある派!

本文はここから



1日家から出ないことある?
  • ある
  • ない

気になる投票結果は!?




そんなこと、しょっちゅうです(‐^▽^‐)

だって読み返したい本だってあるし DVDだってあるし じっくり料理したい時とか

うちの中で出来ることしたいこといっぱいあるじゃないですか!!

なにか、変です?目
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インフルエンザ、かかったことある? ブログネタ:インフルエンザ、かかったことある? 参加中
本文はここから






もう随分前ですが、夕方寒気を覚え、風邪薬を飲んで寝たものの、歯の根ががちがち、布団の中でも震えが止まらない猛烈な寒気に襲われ、熱を測りなおしたら7℃1から8℃6まで急上昇。

慌てて病院に滑り込み、症状からインフルでしょう、とタミフルを処方してもらいましたが、




熱と言うのは思考力を崩壊させるようです。




…1日3回、を何故か1回3錠、と勘違いし(これっぽっちも不思議に思わない辺り末期)3錠飲んで寝ました…。

翌日はすっきり熱も引き、熱消耗で足腰弱ってふらふらしたりこってりしたものは若干胃に負担感があるぐらいだったんですが、いや、腰が抜けたってあのこというんだろうな、と思うぐらい。立てない。
辛い、とかじゃなくって、ほんと気がつくと座り込んでる、ぐらいに多分意識もふんわり状態。


多分、タミフル過剰摂取の所為の副作用は出ませんでした。

熱が下がって意識もふんわり状態から脱した時青くなりましたよ。

あ、お酒に弱くなったから肝臓は悪くしたのかな?
3倍摂取だから何が起こっても不思議じゃない気がする…。


病人には介助者が必要だ、としみじみ思いました。

だって、正常じゃないんだもの。

誤飲事故ってこんな風に起こるんだな、と実感した冬でした。


http://ameblo.jp/donna/entry-10811646978.html

なんかでもちょろっとハイコンテクスト文化について書いてましたけれども、
もしかして自分自身は結構ローコンテクストな人間だったんじゃ(過去形)と思う記憶が発掘されました。

人の記憶と言うものは面白いものです。

小学校2年生の時の記憶です。


理科のテストで、「影は重なりますか」という設問がありました。

色々考えた末、重なる、と解答しました。

結果は、×。

私の頭の中には、夜歩いていると足元にできる影、ガードレールや標識、人、街灯や車のヘッドライトに照らされて四方に出きる影が重なり合って重なった所は濃くなるのを見た記憶があったからです。

なので疑問に思い、家で質問をした所、特別な場合は除くのが普通だ、と注意されました。

食い下がっても「普通」と言う言葉が持ち出されるとそれで終わりなのはそれこそ「普通」だったので諦めましたが、疑問はずっとついて回りました。つまり、「普通」や「常識」とはなんぞや?です。

特に説明がない限り、実験環境のまま想定するべきだ。
→実験、風邪で休みました。

実験環境の説明は、ありませんでした。
→休んだのなら友達に聞け。

考えられる範囲であらゆる可能性を考えて答える、というのが「普通」だと思っていましたが、

『提示されていない条件』をこちらで想定して答えるのが「普通」。

夜道であれ、教室であれ、複数光源の下で影を見るのなんて日常なのに、それは「普通」じゃない。

普通ってなに?当たり前って何?条件を何も書かなくてもそれがあるって、どうやればわかるの?


ところが学年が上がるにつれ、前提条件というのが明示される様になってきて、気分が楽になりました。
……人付き合いの中での会話は例外ですが。

長年の訓練(?)のおかげで、かなりいい加減?曖昧?なまま話を進められることに慣れましたが、心のどこかで、『この辺、後で揉めることにならないかなぁ』と思うこともあります。
けれど、大概その場でそれを指摘すると相手が憤慨したり面白みがない人と詰られたりで、だんまりにすることが増えて、慣れました。

共有を再確認したうえで話す方が安心なだけで、追及するつもりはなく、また曖昧に進めても仕切り直しすることに抵抗がない、フレキシブルな人との付き合いは楽で心地いいんですが、
曖昧に進めたあとで齟齬が出てきたとき、権利主張のぶつかり合いに終始するタイプが非常に苦手で、その辺りは自分が泥かぶればいいんだよねぇ、と脱力モードになることが多くなりました。
だって、疲れるんです。
当然、そういったタイプの人や組織とは疎遠になりますし、どちらかと言うとそういう人が多数派のようです。

幼児期に感じた全てに対しての「わからない」感が解消しようもなく、ずるずる引きずったけっかかなぁ、と思います。

小さい子を見るにつけ、命令や指図ではなく、疑問を解消する方法を教えることで、結果、そうすることに抵抗なく馴染めるようになれるといいなぁ、と思い出してから思うようになりました。

従うのではなく自分で選択した、そう思える環境が自信と責任を伴う自尊心(それが正しい意味での自尊心だと思うので)を育ててくれるんじゃないか?

↑これは子どもに限らず新人さんなんかもそうだと思うんですけれどもね…前提を教える時間が足りないなら足りないで、疑問を整理するヒントぐらいは提供できる方が人は伸びると思う。


自分の中に抱えていたドロップアウト感はこんなところにもあったんだなぁ、と思う節分前。

性格テスト

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http://topics.jp.msn.com/onna_blog/fortune/article.aspx?articleid=500373

上のアドレスに表示された画像から、直感で一番気に入った絵を選んでください。

下に番号に応じた性格診断が。




…一瞬迷って、3つのうち1つに絞りました。
…まあ、性格診断だから似たようなものです。

とことんマイペースで社交度が低いのだなぁ、と…。


3?7?4?

情報収集は大事。

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後追いで以前通っていた15号沿いの整骨院の話を聞いた。

一般受傷の受付の後は、必ず骨盤矯正(ダイエット)へ誘導されるらしい。

…もっと早く聞きたかったよぅ。

ただの掴みなら治らないよね。

得意なことだけでなく不得意なことも明らかにしてもらえれば、
困らなくていいのに。

実名出すと営業妨害といわれるんだろうなぁ。

同じ目に会う人がいませんように。

話す技術。

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ヒトツナギさんの講座を受けてきました。

効果的なコミュニケーションと人間関係。

今回はLIONSを使った話し方。

……ぶっちゃけていえば「1分間スピーチ」訓練。
確かに、人の集中力や興味の持続時間を考えれば、伝えたいことをそのぐらいに纏めれば、人の関心も集めやすいし聞きやすい。
印象に残るように枝葉を落として整理するのに、これを意識するのは有意義です。

ちなみに、アナウンサーの話し方も、内容はほぼ1分間ごとに変わっていくそう。

語りにも小見出しは必須。

今回は臨機応変もテーマと言うことで、



その場で降ってきた話題で1分。



を受講者にやらせるんです。
内心、
「見本見せて、お題は○○!」
と野次ろうかと思いましたが、人の邪魔になるので自粛。
最近壊れ気味の私。

おかげさまで緊張度は低かったのですが。

自分が語った内容のお題の記憶すら曖昧…(-ー;

ただ、自分視点の評価として。
普段、視覚や聴覚に引っかかってきたこと、あれ?とか、ん?とか思ったこと、
これってエッセンスとまで圧搾されていなくても、
自家消費用のJam程度には煮詰められているもんなんだな…と。
情報の質としては、ネットニュースの見出しとか、その辺の雑誌、地下鉄の中吊り広告、
そんなものが大体なんですけどね。


さて、講師からの指摘。
センテンスが長い。
もう一人の女性もその傾向ありとの指摘で、女性に出やすいんですかね、ということでしたが、
その女性は業務が法務。
人事総務系のお仕事もされているとのことでしたが、
契約書精査、契約文作成となると、
やはり文章のレトリックにどっぷりの時間が長いのかな、と。
(私は契約文書などを読むときは、思わず返り点や一二点、上下、天地をつけたくなります。懐かしいな、漢文提要。)
私も本を読むのが好き。

文ベースで伝える、受け取ることに慣れている分、時間当たりの情報量の違いを認識しないとTotalで過多になる、という実感。

例えば、

大きい

と書くと、
ふ~ん。そうなの。
程度の印象。

けれど、大きな声で、手を大きく広げて、目を見開いて言えば、

「大きい」

の一言、1秒で十分、驚きや実際の大きさの程度まで伝わる。

文で伝える為に書き起こした一言一句をそのまま語りながら身振りを加えれば、情報過多になる。
更に、時間的にも長い。
分散化することで時間を短縮して注意を喚起できるなら、こちらの方が有用。
身振り、語勢、表情、対面で伝えるという場面の持つ効果は文とは違う。


普段慣れ親しんだ方法と違う手段で伝達する、
と言うことを意識する、その必要性の気付き、というのが、今回の受講からの副産物でした。

さらに。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
の感想で、
【感情や情景描写を深追いせず、煽情的、修辞的な文章を使わず、短いセンテンスで事象と台詞を積み上げていく。】
と書いた直後にこれなので、
共時性ってやつかしら~、なんて感慨もあったりして。

夢を見た。

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今はもう、連絡を取っていない古い友達の夢を見た。


すっかり忘れていた会話。


「どんなちゃんて、いつもは親切だし優しいのに、時々とっても冷たいよね。」


意味がわからず聞き返すと、彼女はこう返事をした。

「いてもいなくてもおんなじって扱い方するの。でも、どんなちゃんは誰にそうされても気にしてないの。」





…目が覚めて、よくこんな古い記憶が残っていたな、とびっくりしたのと同時に。
私って、この頃と全く変わっていないんだ…と深く落ち込みガクリ


私の人との距離は、基本的に片思い。

相手にとって何の価値も、関心もない = 私。
価値も感心ももたれていないから、私が何の反応も示しても示さなくても同じ。あるいは煩わしい。

だから自分が好きな人、気になる人に接触する時は嫌われる覚悟付き。
相手から接触してきたら、単なる気遣い、もしくはなにか相手が必要としているモノを持っているのかな、と周囲を見回す。

もし、相手が好意ありきで接してくれているならとっても失礼。
冷たい。

相手にとって自分は木石である、という前提で接するようになったのは、いったいいつのことなんだろう。
…それが小学校低学年まで遡ることに気が付いて、今呆然としています。
都立高での日本史が必修化だそうです。
国際化社会において日本人としてのアイデアンティティの確立の為…
素晴らしい。

自己を自己と認識すると他は他としての認識も強まる、つまり排他傾向が出る可能性もある訳で、
昔はそれって躾の問題、家庭の仕事、というくくりがあったかと思うんですが、
高校は倫理教育までしっかり行なえるのでしょうか?

在日外国人の参政権問題が取りざたされたばかりですが、
地域問題から弾くべき、とは思っていません。
確か、関東大震災の折、朝鮮部落の人間が襲ってくる、或いは襲われるという流言飛語が飛び交った結果、余計な負傷者が増えたと言う話が(現実かどうかはわかりませんが)残っていたりして、
一地域において(民族コミュニティ間の断絶が)地域コミュニティの崩壊が起こす事件の典型だと思います。
地域から得る(自治体サービス含め)利益(治安など)の為に、超えて協力する体制、というのは必要だと思います。
けれど、それが=参政権か、というと、帰属意識、その人にとっての利己、というのはどこに帰っていくものなのか。
そんなこんなを考えた上での結論を持てないと、感情的な、感覚的な区別ではない差別が生まれそうな気もして、どんなもんなんだろうか、と思ったり。

戦後ノンポリ教育は、アイデアンティティを消すことで排他性を弱めていたような気が、しないでもなく、
けれどそれが正体のない不安感を蔓延させた気がしないでもなく。


とっても雑感ですが。
教育って、難しいですよね。