消費税「-5%」案 その7

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消費税「-5%」案 その7

「自由貨幣」の意味することについて

 もし私達が働いた汗がまっとうに評価される社会を望むのであれば
私達が働いて生み出した「商品」よりも「お金」が優位な立場にあってはならず、
「商品」と同様に、「お金」も時間とともに劣化させるべきである。

また、私達が「個人」と同様に「公」も大事にされる社会を望むのであれば
「個人」の意思表明の手段として、
「お金」を個人が所有することは絶対に大事である。

同時に「お金」とは、「個人」のものであると同様に「「公」のものでもあるので
「個人」が所有するお金の量に対応して、「公」のものであるお金を所有する
その使用料金を、「個人」が「公」に支払うべきである。

ヴェルグルの成功例を言い換えれば
個人が自分の財産が時間とともに価値が減ってゆくことを認めることによって
「公」においてお金が循環し、皆の仕事が生まれ、
結果的に、個人の利益になると

個人の財産を一部放棄することが、翻って個人の利益になる。
そのような出来事を私達は起こしうるのではないかと。

 
古代エジプトでは、ナイル川の灌漑に自分達の富を注ぎ込む、
中世ヨーロッパでは現在でもそびえたつ立派な建築物が建てられる、
そして、自由貨幣が導入されたヴェルグルでは、木を植えたり家を修理するなど
減価する貨幣制度の下で、
人はより長期的に価値があるものに自分の富を注ぎ込むようになったそうです。
持続可能な社会を考えるのであれば、
それに対応したお金のあり方についても
検討される必要があると僕は思います。

僕自身が生きてきた実感として
「お金」は「個人の財産」として捉えられがちであり
「関わり合いの道具」としてのお金、
お金の公共性については見過ごされがちな現状があると
感じています。

そして、僕が関わったとある建築現場では
ギネスブックに載るぐらいのスピードで超高層ビルが建てられていて
そこで働く職人さんの労働状況は、大変なことになっていました。

41フロアの超高層ビルを建てる期間は、以前は大体41ヶ月であったのに
僕が関わった現場では、大体27ヶ月でした
そして、「とにかく早く建物を建てる」というこの流れは、
とんでもない事故が起こるまで続いてゆくような気がしています。

僕自身あくまで推測でしかないのですが
とにかく「早く、より多くのお金を得ること」に人々の意識が向かい
環境、危険性などの対応が後回しになってしまうのは
現在のお金のあり方に原因があるのではないかと

 農村復興で有名な二宮尊徳先生は
「道徳無き経済は罪悪であり 経済無き道徳は寝言にしか過ぎない。」
と言っています。

私達がこれからも、「便利な道具」としてお金を利用して行くのであれば
私達が望む社会の実現に向けて、
お金とは何であるべきか?
について、もっと語られる必要があるのではないでしょうか。

最後に、ヴェルグルの労働証明書の裏に書かれた宣言文を紹介します。

諸君!
緩慢にしか循環しない貨幣は、
世界を大きな危機に、そして人類を貧困に陥れた。
経済において恐ろしい世界の没落が始まっている。
いまこそはっきりとした認識と毅然とした行動によって、
経済危機に立ち向かわなければならない。
そうすれば戦争や経済の荒廃を免れ、人類は救済されるだろう。

人間は自ら創り出した労働・サービスを交換することで生活している。
緩慢にしか循環しない貨幣がその交換の大部分を妨げ、
労働意欲のある何百万という人々の経済基盤を失わせているのだ。
労働・サービスの交換を高め、
この交換から疎外された人々をもう一度呼び戻さなければならない。
この目的のためにヴェルグル町の労働証明書はつくられた。

貧困を癒し、労働とパンを与えよ。


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