日本の核政策の歴史

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日本の核政策の歴史

(出典 主に「晴耕雨読」を参考にさせていただきました。

1951年9月8日 サンフランシスコ講和が調印される
1952年4月28日 対日平和条約と日米安保条約からなる講和条約が発効
1952年5月某日 吉田茂率いる自由党は
           科学技術庁設立案を明らかにする。
           その付属機関は核兵器を含む科学兵器、
           原子力の開発研究を
目的とする、
           ことが明記されていた(原子力年表・原産会議編)。
1957年5月7日 参議院予算委員会にて、岸信介総理の答弁、
           自衛権を裏づけるに必要な最小限度の実力であれば、
          私はたとえ核兵器と名がつくものであっても持ち得る
          ということを憲法解釈としては持っております。
          しかし今私の政策としては、核兵器と名前のつくものは
          今持つというような、もしくはそれで装備するという考えは
          絶対にとらぬということで一貫して参りたい。 

1967年3月某日 「動力炉・核燃料開発事業団法」成立
           附則 第11条 動力炉開発課においては、
           次の事務をつかさどる。
          一 高速増殖炉及び新型転換炉の試験研究
          及び開発に関する方針の企画及び立案に関すること。
            (当時の総理大臣 佐藤栄作)

1971年11月24日 沖縄返還協定の付帯決議として 
           非核三原則 衆議院にて決議される。
           (当時の総理大臣 佐藤栄作)
1972年5月15日 沖縄が日本に返還される
1972年10月9日 「核の脅威に対してはアメリカの核抑止力に依存する」
           と
閣議決定がなされる(当時の総理大臣 田中角栄)
1974年12月     佐藤栄作  ノーベル平和賞受賞

以後 1976年、1994年、2004年に計3回発表された、
防衛政策の基本的指針である「防衛大綱」には
「核兵器の脅威に対しては、アメリカの核抑止力に依存する。」
と明記されている。

以上をまとめると、日本の核政策は
1952年の独立直後は核武装の開発を視野に入れていたが、
1972年の沖縄返還の頃を境に
「核兵器の無い世界へ向けて、積極的な役割を果す」
「非核三原則遵守」
「アメリカの核抑止力に依存する」

と変化して今に至ると

民主党政権において平成22年12月17日に閣議決定された
「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」を読んでみました。

>現実に核兵器が存在する間は、
核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不可欠であり、
その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、
>併せて弾道ミサイル防衛や国民保護を含む
我が国自身の取組により適切に対応する。



40年近く「アメリカの核抑止力に依存する」と明記されてきたのに
民主党政権において、その表現が変わりました。
(しかも、よくわからん文章だなと思いました)

元航空自衛隊のパイロットだった人とお会いする機会があり
何で表現が変わったのですか?
と聞いてみたところ

「依存」は良くないって思っただけで、実際は何も変わっていない。
僕に言わせりゃアマチュアリズムだ。

と、お答えいただきました。
結局、アメリカの核抑止力に依存している現状は、全く変わっていないし
これからも続いてゆくと判断できます。

以前、インドが核実験を行いました
「核廃絶に向けて頑張る」日本は抗議をしました。
インド政府は言い返しました
アメリカの核の傘に入っている日本がなぜ抗議するのか。
インドが核実験行うことと、日本がアメリカの核に頼ることは
同じことではないか。

核実験後にインドで水害が起こりました。
日本政府は、核実験には反対だが、
人道的立場から、援助したいと申し出ました。
インド政府は、これを拒絶しました。
自ら核の傘の元にいながら、
なぜ水害の被害者だけに、人道的援助をするのか

また 中国の核実験に対して日本は抗議しました
中国政府からの回答は
「アメリカの核の傘に入る日本に
文句を言われる筋合いは無い」

日本の核政策の問題点の一つとして
全ての被爆者の方々の願いに答えてこなかった歴史がある

核兵器廃絶を願う方々が居る
一方で日本は3度目の核攻撃を受けないために
核武装の議論も必要である
という被爆者の声もある

核は持たず、作らず、持ち込ませず
いざという時は、アメリカに依存する

という日本の核政策は
どちらの意見にしろ
被爆者の方々の願いには 答えていない

この状態が40年以上も続いてきた
これからも続けるのか?
が問われている と僕は考えています。

 


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1793年11月8日 フランスのパリにおいてロラン夫人は
ギロチンで処刑される直前 次の言葉を吐いた
「おお自由よ!
汝の名においていかに多くの犯罪が犯されたことだろう!」

テロの語源はジャコバン派の恐怖政治(テロル)
人類史上初のテロリストはフランスのパリで生まれた

彼らの掲げたスローガンとは
自由、平等、友愛、天賦人権論による人権の尊重、
民主主義、国民主権、普通選挙実現、

これらを掲げて多くの人をギロチンで殺し
16ヶ月間で26万人(諸説あり)の人々を死に追いやりました

人権、平等、自由、友愛、国民主権、民主主義を掲げる人々が、
何でここまで残虐な人殺しができちゃうの?
その「からくり」が知りたくて、フランス革命について調べてみました。

改めてその虐殺の歴史を振り返ってみたい

1793年西部フランスのヴァンデー地方などの民衆は
「自由、平等、友愛、人権宣言」の名の下で
女性、子供、老人の区別無く 無差別に殺戮された

フランス革命は「自由と民主主義」
世界の多くの国が普遍的価値があるとする思想が生まれた原点で

フランス革命において 
人権と完全な平等と貧困打破を目指して生まれた思想が
バブーフの「共産主義」であり

ロシア革命はフランス革命の続きであり
ポルポトの留学先はフランスで、

フランス共産党に感化されていた など

フランス革命はロシア革命などの
一連の共産主義革命の原点であり

フランス革命時に議会の左側に座っていた人々が
「左翼」と呼ばれていたように
右翼、左翼の語源でもあり

その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、

と前文に明記されている現在の日本国憲法の原点でもある

イスラーム文明とは別の世界の原点である
フランス革命においては、革命の名において
無差別の大量殺戮が行なわれた

もし現代の世界において自由と民主主義の名の元で
無差別の大量殺戮が行われるのであれば

殺す側に立って革命を美化するのではなく
殺される側に立って
「自由と民主主義」がそもそも人類にもたらした暗闇にも
光を当てる必要がある

1792年3月11日、フランスのヴァンデー地方では
革命政府に反対する民衆が蜂起した
それに対する革命政府の処罰の方法は陰惨を極めた

まず、ギロチンで殺すのは手間がかかるから
「銃殺」という手法が考案された
ナント郊外のジガンで銃殺された捕虜
1793年12月30日から1月25日までで確定された人だけで
1969人

次に「銃殺」よりももっと効率が良い方法として
考案された手法が「溺死刑」 
捕虜をまとめて船に放り込んでセーヌ川に沈める

溺死刑は93年11月~94年2月までで
通算23回実施されたといわれており
正確な死者数は不明だが
1793年12月30日96人 12月23日800人
12月25日200人、94年1月19日300人
という記録があり 合計で4000人程度と見積もられている

そして中には
子供だけを集めた溺死刑
もあったという

そして反乱軍鎮圧の為に革命政府が結成した部隊が
通称「地獄部隊」
与えられた任務は
「すべてみんな突き刺す事
村、農家、森などはずべて火をつけること」
「15日間のうちにヴァンデには、いかなる家屋も
いかなる食料も、いかなる武器も、いかなる住民も、
存在しなくなるだろう」

地獄部隊は文字通り
奪いつくし、焼き尽くし、殺しつくした
1794年3月30日当時の記録によれば
全人口2200人のリュック地方において
2月28日の大虐殺の犠牲者数は546人と記されている

現在のフランス国歌であるラ・マルセイエーズは1792年に作成
フランス国旗の成立も1794年
全てフランス革命時に成立している

フランス革命を問い直すとは
そもそものフランスの国のあり方を問い直す事になる

そしてフランスだけに留まらず
他のヨーロッパ諸国もアメリカも日本も国連も
未だに残る中国などの共産主義国家も
全てフランス革命の影響を受けている

それらの国々の200年間の歩みを原点から問い直す事
そんな作業は本当に可能なのだろうか?

しかしその作業なくしてはテロの連鎖は止まらない
どちらかが武力で蹴散らされて
火種が地下に潜伏するという、つかの間の休息しか
やってこないのではないかと思う

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 出版から160年の時を経て
「貧困の哲学」プルードン著 斉藤悦則訳
2014年10月10日 出版開始!!

「貨幣は商品と等価な存在である」
これがマルクスの資本論の大前提
「貨幣は商品よりも優位な立場にある」
これがプルードンの大前提

従って
「問題は、貨幣の王たる地位を廃止し
貨幣と商品を等価な存在にする事」
これがプルードンの交換銀行設立のテーマ
そしてゲゼルやソディに続いてゆく

ソ連、中国、北朝鮮そしてカンボジアなど
20世紀は共産主義
人間の大量殺戮をもたらした時代であった

その歴史を繰り返してはならないと考える人にとって
何らかの参考になるはずだと僕は考えています
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   原発訴訟の問題とは、
まともな議論が成り立っているか?
勝敗とは別に中身をきちんと見なければいけません

例えば、伊方でも東海第二でももんじゅでも
原発訴訟中に裁判長が不自然にコロコロ変わる
国に有利な判決を出すために最高裁判所が
適任者を送り込んでいるのではないかと
疑われています。



結局のところ、
原発をやめるわけにはいかないであろうから、
研究を重ねて安全性を高めて
原発を推進するほかないであろう。


これらを見れば
「司法と行政の癒着」
が疑われます
この問題は国会議員が国政調査権を行使して
きっちりと調査したほうが良いと思います。

今回の大飯原発民事訴訟の要点は
1、この訴訟の争点は
根源的な人格権VS経済活動の自由(原発の稼動)
2、人格権こそあらゆる法分野にて最高の価値を持つ
 経済活動は人格権よりも劣位に置かれるべき
3、よって被告は原発を動かしてはならない

なのであれば

今後、原発民事訴訟が成立した時点で
電力会社は自動的に負けることになり
まともな議論が成り立ちません

原発民事訴訟の歴史において、
初めて電力会社に敗訴の判決を下した
原発の稼動は
電気という公共財を生むものと捕えられ

人格権VS公共財
 

という図式で争われました
人格権が最高の価値を持つ
とする議論は見当たりません。

原発の稼動によって生み出される電気を公共財として認め
人格権との争いを可能にしなければ
そもそも裁判が成り立ちません。
声を上げれば必ず勝てる
それは裁判とは呼べないはずです。

警察予備隊違憲訴訟にて確認された事
司法権の行使には具体的な訴訟が必要
つまり、具体的な被害者が現れて訴訟を起こさない限り
司法権は発動されない。

実際に原発事故が起こるまでの原発訴訟は
国民全敗であったので
この司法の消極性については検討の余地があります

そしてそれよりももっと大事な事
警察予備隊とは国民主権の憲法が施行された後に
ポツダム政令というGHQの命令
によって出来た組織であり
法の支配が踏みにじられた結果である

なぜ法を司る裁判所がこんな事を見過ごすのか
最高裁の判決が出た時、
日本は主権を回復した後なのであって
おかしいと声を上げる事は可能であるはずです

GHQに遠慮し、原発行政に寄り添い、
事故後は反原発に共鳴する

もし法の支配よりも権力や社会通念に
振り回されるのであれば
それは司法権のあるべき姿なのであろうか?

原発訴訟において、勝った負けただけでなく
そこから浮かび上がるこの国の問題については
きちんと注意が払われた方が良いと思います


  吉田調書の公開について
吉田所長本人の上申書によれば
吉田所長本人が吉田調書の非公開を
強く望んでいました

調書の内容は私個人の記憶に基いて
率直に事実を述べましたが
事実を誤認している可能性もあり
私のお話があたかも事実であるかのように
一人歩きする危惧がある

従って、本資料が第三者に漏洩する事がないように
国会事故調において厳格に管理していただくよう希望します
吉田所長の上申書
5月23日菅官房長官記者会見

ついでに
事故直後に吉田所長が
次に同じ津波に襲われたら本当におしまい
よって、防潮堤をしっかり作ろうと提案した際

原発構内に構造物を作る際は
書類審査だけで大体1年掛かるので
ダメだ

と政府に却下されて、当然吉田さんは大激怒

そこで東電が提案した案が

土嚢を積み上げる


土嚢であれば構造物ではないから
役所の審査はいらない

結局
「性根を入れた土嚢」
を積み上げて防潮堤を作らざるを得なかった

未だに防潮堤は仮設のままである

きちんとした防潮堤をつくろう
という提案が出ていない事
これが恐るべき現実でしょう


  先の大飯原発訴訟について
関西電力に対して原告である付近住民が勝訴したからと言って
司法は生きているって言えるのか
それは冷静に検証されるべきでしょう

そもそもこの大飯原発訴訟とは民事訴訟である。

つまり、関西電力という私人(被告)と
日本国民有志という私人(原告)
お互いの生活関係に関する紛争を
私人間の関係を規律する法律(私法)を用いて解決を目指す

これが今回の裁判の原則なのであって
この原則がきちんと守られているのかが
司法は生きているのかの判断基準となるでしょう

判決文 前半 (P40まで)

後半 (P41 から)

今回の大飯原発民事訴訟において何と何が争われたのか

判決文によれば
(人格権という生命を守り生活を維持する)根源的な権利と
原子力発電所の運転の利益
この調整が問題となっている
原発の稼動は憲法上経済活動の自由に属する(P40)

つまり

「人格権という根源的な権利VS経済活動の自由」

これが今回の裁判の争点であると

この争点が「あくまで法に沿って」解決されたのか??
判決文を読む限りでは、僕は疑わしいと判断しています

まず
・生存を基礎とする人格権が、すべての法分野において、
最高の価値を持つ(P38)
・今回の裁判の争点は
「人格権という根源的な権利VS経済活動の自由」
である

この二つが決まった時点で 勝敗は決定したようなものでしょう

生存を基礎とする人格権が最高の価値を持つ

事に臨んでは危険を顧みず
(生存の危険よりも任務遂行を優先させます)
って宣誓する自衛官はどうなるのですか?


その辺の問題はとりあえず置いておくとしても

問題は、勝敗とは別に
あくまで法に基いたまともな議論が成り立っているのか

例えば 福島原発事故を経た以上、
大飯原発が同じ事態を招く可能性があるのか
本件訴訟において判断の対象とすることが
裁判所の重要な責務だ
と判決文(P40、P41)に述べられていますが

これは裁判所の越権行為であり
根本的に間違っていると思う

福島原発事故に対応する法律を作成することは
そもそも立法府たる国会の仕事であって
その法律に基いて判決を下すのが裁判所の責務である

もし法律に不備がある、必要な法律が無い場合は
憲法という法に沿って違憲立法審査権を行使して
立法府に意義申し立てを行うのが裁判所の責務である

あくまで「法」に基いて判決を下す
これが裁判所の本来の責務なのであって
原発事故という「出来事」に基いて判断を変えることは
裁判所の本来の責務ではないはずです。

原発稼動が属する経済活動の自由(憲法22条)は
根源的な人格権(憲法13、25条)よりも劣位に置かれるべき
その理由は人格権の地位や条理などで導かれる
行政法規は関係無い(P40,41)

のであれば

今回の判決の法的根拠は
「原発事故以前に既に存在していた」
のであって

どうして、事故以前に同じ判決が出せなかったのですか?

という質問に
裁判所は答えなければならないでしょう

その他判決文を読んでゆけば

多額の貿易赤字は国富の流出や喪失と言うべきではない
豊かな国土とそれに根ざして国民が生活している事が国富である
と当裁判所は考えている。(P66)

環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは
甚だしい筋違いである。
(P66)

など、裁判所の判断が述べられていますが
その判断の根拠となるべき法とは一体何か
が全く述べられていない。

色々な意見があるにしても
あくまで法に基いて判決を下す
これが法を司る司法の生命線ではないでしょうか?

であれば
今回の判決をもって司法は生きていたと判断することは
無理があるでしょう

改めて法の支配とは何かが問われると思います。

法の支配における法とは何なのか
大きく分けて二つの捕え方があると思う

一つには 
日本という土地で真剣に生きた私達の祖先が
長い年月をかけて育んできた習慣、文化を含む教え
これを法と呼ぶ

その国にとって、
常に立ち返られるべきそもそもの原点
これが法の支配における法であり
法に沿ってその時代に応じて明文化されたものが
憲法であり法律である

イギリスにおける革命やアメリカ革命の基本とは

よって、祖国の伝統を大切にする
これが「立憲主義」

日本建国の詔によれば
民に利有らば何んぞ聖造に妨わん。
政策の良し悪しの判断基準は
国民に利益があるかないかである

これが古来から伝わる日本の法である
だからこそ

豊かな国土と
それに根ざして国民が生活している事が国富である

この意見が正しいとなります。

(「多額の貿易赤字は国富の流出や喪失と言うべきではない」
は言い過ぎです)

裁判官のバッチは三種の神器の一つである八咫鏡をかたどったもの
その意味を裁判官は忘れてはいけないはずでしょう。

もう一つの法の捕え方としては

理性によって啓蒙された主権者国民が制定する憲法
これこそが法である

理性によって発見された世界平和の方程式が共産主義
よって共産党は人民を指導する立場にあるのだ

こちらの場合、
理性の光によって新しく発見された共産主義こそ法の源
したがって
フランス革命やそこから派生した共産主義革命の基本とは

こちらの場合の立憲主義とは
憲法によって国家権力を制限する
となります。

主権者国民が選挙で選んだ代表者が決定した原子力政策に
選挙で選ばれたわけではない3人の裁判官が反対できるのか?
そこが事故以前の原発訴訟の問題点の一つなのであって

原発事故という事実を持って原発訴訟のあり方が変化する事は
司法の問題点の隠蔽にしか過ぎない

例えば大日本帝国憲法においては
司法権は天皇の名において裁判を行っていました

主権者国民に選挙で選ばれた議員が集う立法府や
国会で指名される総理大臣が率いる行政府と
対抗しうる権威を司法が獲得するために
天皇という日本の伝統の力をお借りするというやり方も
検討しても良いと思います。

2006年志賀原発における民事訴訟において
電力会社に敗訴の判決を下した主任裁判官である井戸謙一さんは
電力会社を負かす判決の重さから
真冬であるのに寝汗をびっしょりかいていたそうです

裁判官個人に降りかかるプレッシャーに対して
それを支援する仕組みについても、
きちんと考えられたほうが良いでしょう

この場合、日本の伝統がほとんど触れられていない
芦部憲法というテキストだけでは全く不十分だと思います。

原発訴訟の歴史を調べていると
行政に有利な判決に誘導するためでは無いかと疑われる
裁判官の勉強会の存在や
自衛隊は憲法違反という判決を下した裁判官が
周囲があきれるほどのいじめを受けるなど

どうも裁判所内部にも問題がありそうな話が
もれ聞こえてきます

電力会社を負かした
ってだけで喜ぶのではなくて

原発訴訟を通じて裁判所や司法権のあり方に問題がないのか
きちんと見つめる努力が必要だと思います。

日本建国の詔

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 紀元前660年2月11日(皇紀元年)
初代神武天皇が畝傍山の東南、
現在の橿原市に都を開かれるにあたり、
詔を発せられた。

この「即位建都の詔」に、
以来連綿として継承される
日本国の理念と天皇の御心が
はっきりと述べられています

即位建都の詔

夫(それ)大人(ひじり)の制(のり)を立て、
義(ことわり)必ず時に従う。

苟(いや)しくも民(おおみたから)に利(くぼさ)有らば
何んぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)わん。

且た当(まさ)に山林を披(ひ)き払い
宮室(おおみさ)を経営(おさめつく)りて
恭みて宝位(たかみくら)にのぞみ、
以って元元(おおみたから)を慎むべし。

上(かみ)は則(すなわ)ち乾霊(あまつかみ)の国を
授けたまいし徳(うつくしび)に答え、

下(しも)は即ち皇孫(す めみま)の正(ただしき)を養い
たまいし心を弘(ひろ)めん。

然して後に六合(りくごう)を兼ねて、
以って都を開き、
八紘(あめがした)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為すこと
亦可(し)からずや

大意(僕なりの考えが思いっきり混じっています)

人間は 自然の真理を全て感じることはできないから
人間社会の掟は、決して固定することなく
その時々に応じて判断するべきである

(宇宙の真理、人類普遍の原理を得たりと
「教義」を説く人間を戒めている)

その際の判断基準とは
全ての民に利益がある事であれば
聖の行うわざとしては正しい事である

(天皇の御存在とは
「人々の声を分け隔てなく聞き届ける」存在である)

まさに山林を開き払い、宮屋を造って
謹んで尊い位に付き、国民を安んずべきである

天皇は 
先祖たる神々の神聖なる徳を受け継ぎ
規範を示し

臣下・民は、
その規範を見習い、
同じように先祖を大切にする心を社会に広める

このような理想を掲げつつ
一つの家のような国を創る事を目指しましょう

(日本における民主主義とは
天皇が民を敬い、民が天皇を敬うという
敬い合いの関係を基にしており

物事を決める際には
いま生きている者たちの利益だけではなく、
先祖の経験と知恵に尋ね
将来の子々孫々の幸福をも考えるべき
としています

従って
権力者が私利私欲にまみれる
それを奪い返すために人民が立ち上がる
といった奪い合いの関係を良しとせず

特定の世代の幸せの為に
自然の資源を食いつぶすことが無いように
戒めています

また

誰かを排除する事を目標とせず
相手を、包容、同化する事を目標と掲げ

真理は我らにあり
と他を排除する人間に対して
断固として立ち上がる
それが日本人の戦いなのである

参考資料
「戦う者たちへ」荒谷卓

天皇制によって一般国民が受ける恩恵とは何ですか?
という質問に青山繁晴さんが答えています


 「八紘一宇」という日本建国の理念
「海隔てつ我等 腕(かいな)結び行く」
肩を組んで歌った連合赤軍

全ての人々を分け隔てなく家族のような社会をつくる

「日本」という国と連合赤軍
目指す理想は共通点がある。
では 何が決定的に違うのか

一つには武力の用い方ではないかと

自らを守るために武器を持つ
それは共通している

連合赤軍の武力の場合
銃による革命とかテロで用いられた爆弾などは
「敵に損害を与える事」
これを目的としている

日本の武道の特徴とは
相手を殺すだけでなくて
相手を一切傷つけないで
「参った」と言わせる事
そこまでを狙っている

もちろん日本人が用いてきた武力が
常に美しかったはずはありませんが
この技が代々受け継がれて
研ぎ澄まされてきた伝統がある
これも事実でしょう

連合赤軍の武力の用い方には
国家権力を傷つけずに「参った」と言わせる
そういう発想自体がまったくなかったんじゃないかと

一つには 他者に対する包容力

日本神道のそもそもの発想
同じ場所に色んな神様がいても
全然問題ないんだ

だからこそ武道においても
殺伐とした技とは全く別に
相手を包容、同化するという発想が出てくるのだ

自分が信ずる神以外は排除する
そのような精神では武道は学べないのだ

他を排除して自分だけが正しいのだ
こういう奴には断固戦うべきなのです

日本人の戦いとはそういうものだと思います

つまり

「○○は「総括」が分かっていない」
「その理由は○○が少ししか
 殴られていないからだ」
「おもいっきり○○を殴って 
 総括を要求する必要がある。」

「腹を集中的に殴って気絶させよう!!」
「○○の死は総括できなかった者の敗北死だ。」
「本気で革命戦士になろうとすれば 
 死ぬはずが無い。」

こうして何もかもを一方的に決め付ける人間に対して
断固として立ち上がり

その人間を一切傷つけずに
「参った」と言わせる事

これが日本人が究極的に目指す戦いである
と言えるのでしょう。

世界の紛争の相当部分は宗教でありまして
人間が触れてはいけない価値において
排他性があれば
戦いは避けられない

日本の神道の考えで行くと
そうじゃないんですね

相手が何を信じていようとも
どこかで人間として共生出来る領域がある
という前提で一緒に酒を飲むわけですよ

荒谷卓講師「日本の大義と武士道(その6)」



  国民に託された任務を果たすために
自分という生き物がこの世から消滅しても構いません
と宣言した人が集う「自衛隊」という組織が
日本と呼ばれる国家に現実に存在しています

自衛官は入隊する際に
「事に臨んでは危険を顧みず
身をもって責務の完遂に努め
もって、国民の負託に応える」
と宣言して「自ら志願して」入隊します。

この出来事をごまかすことなく
最悪の事態を逃げずに想定すれば

国民が自衛官に対して
「自らの命よりも私達の負託を優先させよ」
と要求している
その要求を自ら志願して受け入れる人
それが本来の自衛官である

例えば 地下鉄サリン事件において
自衛隊によるサリンの除去が終わった後
本当に安全が確保されたのか確認すべき人
つまり
除染された場所に最初に立ち入るべき人間は
誰なのか?

この時の為に、そもそも自衛官という人は
存在しているはずなのであって

地下鉄サリン事件の際
陸上自衛隊化学機動中隊を指揮した福山隆陸将

指揮官自らが防毒マスクを外し、
自らの身体で安全を確認した上で
「もう、大丈夫です。駅の使用は可能です」
と駅職員の方々に告げました。


元海上自衛隊の特殊部隊の創設に関わった
伊藤祐靖さんが自らの体験を下に書いた小説
「1人の元自衛隊民間人が時の総理に
拉致被害者の奪還を命じられたら」

拉致被害者4人を奪還せよと命じられたら
25人でゆく
最悪の状況になれば5人は20人の人体を盾に
作戦を継続し任務を遂行する

人知れず北朝鮮に8割死亡する作戦に参加する
こんな頭のぶち壊れている絶滅危惧種みたいな奴に
もうすでに出会っている

そんな頭のおかしい集団のトップが時の総理に要求した事

作戦の目的を明記してくれ

我々は、国家の意思に命をささげるんです
祖国がいかなる犠牲を払ってでも
実施しなければいけないと信じた事
許してはいけないと決めた事
それを貫こうとする国家の意思に
自分の命をささげるんです

それを受けて時の総理が示した作戦の目的とは

「八紘一宇」
建国の理念を貫くために、拉致被害者を奪還せよ。

そんな内容の小説でした。

命の危険がある作業に対しては
最終的には自衛隊に出動命令が出される

てことは
現在の日本に存在する「自衛隊」という出来事
ゴマカすことなく逃げることなく
最悪の事態を真面目に想定すれば

国民が自衛官に対して
「自らの命よりも私達の負託を優先させよ」
と要求している

これは意見の違いとは関係ない
今まさに発生している現実の事実であるはずである

であれば
自衛官が国民に対して何を望んでいるのか
それも受け止められたほうが良いでしょう

小説の中での時の総理の発言

国民とは
国家が目指す理想像に賛同し、
そうなるために自らも努力し、
その恩恵に授かろうとする人の事を言う。

では、国家が目指す理想像とは?
それは建国の詔に書かれている。

これは伊藤さんなりの「国民観」なのでしょう

地球市民を名乗るのであれば
市民運動が大切なのであれば
宇宙意識が大切なのであれば
興味も関心も無いのは仕方が無いかもしれませんが

日本国民を名乗るのであれば
日本という営みに少しでも関わる気があるのなら
地球禁止で勝新のマイウェイがカッコイイと思うのであれば
せめて

八紘一宇の理想を掲げて
日本という国家が始まった

この歴史的事実は受け止められた方が
良いのではないか
外国の方に
日本ってどんな国?
と聞かれたときどう答えるのか?

日本という国はどのように建国されたのか
好き、嫌い、意見の違いはあれども
その原点は確認されたほうが良いと思う

初代天皇である神武天皇の「建国の詔」
八紘を掩いて宇と為さん事
全ての人々を分け隔てなく家族のような社会をつくる
いわゆる「八紘一宇」
これが日本という国の建国の理念

この理念があったからこそ明治時代に
白人の植民地支配に反対して
独立運動を展開する
金 玉均(朝鮮)孫文、蒋介石(中国)などを支援する
頭山満、犬養毅、福沢諭吉のような人が現れた

だとすれば

朝鮮人は死ね、帰れってデモとか
暴支膺懲(暴虐な支那(中国)を懲らしめよ)の掛け声は
日本という国の
そもそもの建国の理念に反する行為だと思う

そして
建国の理念を完全に無視する現在の日本国憲法は
まるで
みたいな代物です


自民党の憲法改正草案も
良き伝統とか和を尊ぶとか
あいまいな表現をするのではなくて

「八紘一宇」という理念を掲げて
日本は建国されました

という歴史的事実をはっきり書くべきでしょう

もちろん
悪用された反省も忘れてはなりません