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2006年08月31日 18時05分58秒

夏休みをとれ

テーマ:キャンパス便り

 子供たちの夏休みが終了、明日から二学期である。子供たちは40日も休めて幸せだよな、とちょっとうらやましく思っているが、自分が子供のころを思い出してみると、「長期休暇の最終日」はとても気持ちがブルーだったりしていた。うちの子供たちは今ブルーなのかもしれない。


 新しい職場も勤め始めて一週間。また別の機会に私の執務室の写真を公開しようと思っているが、私の机の上がだんだん汚くなってきた。


 どうも整理整頓は苦手である。


 そんな私の机の上にお達しが届いていた。着任早々懲戒解雇通知か?そんなやばいものではなかったが、びっくりする内容であったことには違いない。



 夏季休暇取得のお願い

 8月第4週に着任した場合でも、9月末までに(日割り計算で)3.5日の夏季休暇を取得しなければなりません。連続で取得しても良いし、半日単位で分散して取得してもかまいません。また規定の有給休暇(いわゆる年休)とは別カウントになります。


 なんだかうれしいような寂しいような。せっかく仕事をがんばろうと思って着任したのに早々に「休め」と。今までが「毎日休み」みたいな生活だっただけに、いまさら休めといわれてもなぁ。


 そんなわけで、一ヶ月の間に半日休暇を7回取ることにした。4回はきっと通院(女房の診察に付き合うんだもん)で消化できるだろう。あと3回は映画だな。ここしばらく「ポケモン」以外見てないし・・・。


 そのあと、3月末までに12日間の有給休暇も計画的に取らなきゃ。どうするんだ、こんなに休みばかりで・・・。


 ま、勤務表上は休暇でも平日だったら職場に出てきてしまいそうな気がするなあ。迷惑かけるだろうな、同僚に。ではそういうことで。

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2006年08月30日 23時03分14秒

退院

テーマ:トホホ日記

 定期的に訪問していただく読者の方には申し訳ないが、今夜はまともに更新ができない。理由は、入院してきた女房が今日退院したからである。実家に疎開させていた子供たちも、仮の住まいの借家に戻り水いらずの今宵。


 内視鏡による手術とはいえ、鼻周辺の骨を削ったこともあるし術後ずっと花に絆創膏をしていることもあって、女房は少し人相が変わっている。それでも「ポリープによって妙な力が加わっていた」であろう顔の皮膚の裏側の世界には大きな変化をもたらしたと思う。実際ポリープによる影響で視神経が麻痺していたものが今夜は正常になっているという。それだけ術前はいろんな悪影響があったのだと思う。少しは身軽になってよかったのではないのかな。


 鼻の骨を削ったこと、目の裏(鼻の奥)にあった問題の部位を摘出したことで女房の人相は術前と若干異なる。メスの傷は残っていないが、やはり良い意味悪い意味いろんな側面で、流石に「顔に手を入れた」影響はある。彼女にとって心理的な影響にならないよう発言に気をつけなければならない。


 一週間の入院で費用は100万円(個人負担は3割の三十万円)。復興住宅建設中の今はとても大きな金額であるが、それはそれで、家のことよりも家族である。病院の会計に「耳を揃え」て万札30枚とそのほか小銭を収めた。背に腹はかえられない。これで女房が健康で明るい生活ができるなら惜しくはないぞ。


 痛い。現在の我が家の状況では確かにいたいものがある。しかし、他にかけがえのない家族の医療費であるから、よろこんでお支払いである。

 というわけで、ひょっとするとしばらく更新が厳しいかも。休んだら、そういう家庭の事情と理解して頂戴。ではそういうことで。

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2006年08月29日 15時51分19秒

足場が取れた

テーマ:我が家が火事だ 復興日記

 復興住宅の完成予定まであと一ヶ月。長いこと現場を取り囲んでいた現場の足場が、取れた。やっと新しい我が家の全体像が見えてきた。近所の人にもお披露目ができた。家の前の道を歩く人、今までは気にも留めていなかったが多くの方が足を止めて見てくださる。


 もちろん、外壁関係が終わったから足場が不要になっただけであって、工事はまだ一ヶ月続く。


 家の周囲は、大工さんが使っている資材置き場用のテントが建っているし、工事用のトイレも庭に転がっている。空調の室外機の設置がまだなので、配管が無造作に壁から出ていたりして笑える。


 表通りからでも裏通りからでもないアングルから写真を撮った。右側が「旧鈴木の森」、左側一帯が復興活動でも損傷しなかった庭である。松基調の日本庭園ではあるが、いずれは芝生を植えて「根っ転がることができる」ゾーンにしたいと考えている(ま、これを言うと怒られるかもしれないが、隣家との火災予防線として空間を空けておきたかった)。


足場が取れた



 入院中の女房が壁の色を非常に気にしていたので、お勤め先から1/3日休みを貰って、写真を撮りに現場に行った。現在家の中には大工さんの道具とかが置いてある関係で、夜間は「大工さんが鍵をかけて帰る」という状態なので、我が家の人間がなかなか中を見ることはできない。こういう「早い時間」に帰ったときは絶好のチャンスなのでついでに家の中を見せていただいた。中の様子は、壁や天井の下地ができただけである。床は張り終わっているようである。風呂場は完成しているが台所はまだシステムキッチンが入っていない。キッチンには家庭用スプリンクラーを導入したが「放水試験」はまだだ。だってまだ、水は使えないしトイレも流せない。電気も仮設のが来ているだけだから夜は真っ暗である。つまり、冗談抜き外側だけが出来上がっている状態、である。まだ住むには程遠い。


 不便な借家生活も、残りわずか。新しい家で新しい歴史を作っていくぞ!と決意も新たにした一日であった。ではそういうことで。

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2006年08月28日 18時31分07秒

片山さつき先生

テーマ:トホホ日記

 文部科学省・経済産業省などの主催する「知的・産業クラスターフォーラム2006」に参加してきた。今の、ではなくて前の勤務先大学でこの事業にかかわってきたため、最初からこの会議には「新職場から休暇をとってでも」参加するつもりでいたが、新職場に赴任早々上司(教授)からぜひともこいつに参加してくるように、と指示されて、なんだか訳わからないうちに参加。申し込みが前職名だったため、いろいろと手続き上ドタバタしたが、なんとか変更もOK。このごろこの手の会合に出席することが多いが、先月もこういった会議が浜松で行われていたからやたら「浜松」づいている。たまには名古屋でやって欲しいなあ(あくまでも個人的な願望で)。


 開会式では、あの「静岡7区(?)」の『落下傘候補』であったところの片山さつき先生が「経済産業大臣政務官」として主催者挨拶筆頭。主催者挨拶の二番手が「文科省某局次長」なので、やはり政務官閣下とは格が違いすぎる(苦笑)。


 私など身分の低いものは会場の一番端でかろうじて先生のお姿を拝見。家宝になるかもとケータイ取り出して写真を撮ったが、例によって手振れ、しかも遠すぎて写真では良くわからないぞ。肉眼ではあの「聖子ちゃんカット」をなびかせていたのはわかった。イメージでは力強さを感じていたが、たしかにその雰囲気はあったが案外小柄なので驚いた。


片山さつき先生


 さて、彼女が落下傘して割を食った、郵政改革に反対して元職になってしまった某先生。今は選挙区内の某私立高校の講師をなさっているそうだ。やはり中央省庁出身で一期でも国会議員を経験すれば講師で食っていけるんだなあ、というのは率直な思い。私なんかはやはり身分が違いすぎるので、講師で食っていこうにもいつも非常勤だったし…。落選してお気の毒だったが、某先生は別の意味で先生になれてよかったのだろう。あ、話が脱線した。


 さて、片山さつき先生。登壇して数分間お話をされてあっという間に姿を消した。噂では別の予定のため東京にお帰りになった由。忙しいのは結構なことだが、せっかく地元(片山さつき先生の選挙区は浜松なのね)に戻られたのだからもう少しこの土地の経済とか産業を見ていってもらいたかった気もする。もっとも、中央から挨拶でこられるお偉いさんはどなたもこういったパターンなのかな。暇そうに地方の事情を見て回っていたら「あの人は暇なのか」と噂立てられるかもしれないもんな。


 いずれにしろ、ご苦労なことです。ではそういうことで。

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2006年08月27日 18時32分18秒

リアカー無きK村

テーマ:子どものネタ

 なんだかんだ言っているうちに子供たちにとっては夏休み最後の日曜日。私のところの地区では新学期開始は9月1日であるがこの日は金曜日ですぐ土日と続くので実質3日ほどは得をした気分でいる子供たちだが、夏休みの宿題を9月1日に提出しなければならなくて、そろそろ尻に火が付いた状態。


 既に書いているように、子供たちの夏休み後半は、天国のような生活。実家のじいちゃんばあちゃんに甘えっぱなし。ま、年寄りにしてはそれがうれしいのだから仕方がないが。勢い、持参しているはずの「宿題」が全く進行していない。


 特に自由研究。今から系統立ててこつこつやるのは無理なんだしどうするんだろうと息子の様子を見ていたら、自由研究までおじいちゃんに泣きついている。


 家内工業的ミニ建設業の実家は、子供にとってはアドベンチャーランド。重機が転がっていたり砂利の山が築かれていたり。確かに私も子供の頃職人さんたちにからかわれながらそういった「お宝地帯」で遊んだものだからDNA的に文句は言えないが、息子はそんな中に自由研究のネタを見つけていた。


 実家脇の作業所の中にグラインダー(砥石が回転して金属等を削る工具)があるのだが、いろいろなものをそいつで削ってどんな火花が出るのか、ということをやったらしい。子供が回転工具を扱うのは危険が危ない状態だから、「ガリガリ作業」はおじいちゃんの独壇場。


 炎色反応、いわゆる「リアカー無きK村」って奴である。


 私は色覚に若干問題があって、子供の頃から色に関するものは苦手であった。リトマス試験紙の赤青程度は大丈夫だったが、中学や高校のとき理科の先生に「君は化学は無理だね」といわれたものだった(でもなぜか現在は化学系を専攻していたりするが)。あ、美術系は最初からダメだった。色云々の前にセンスの問題で(泣)。


 うちの子供たちが色に対してどういう反応を示すのかはずっと興味があった。ま、違いはわかるみたいだ。


 鉄・銅・アルミ・ステンレス、それから砲金・鋳物・木の棒


 いろんなものをガリガリやって火花の色を確認したらしい(って木の棒からは火花は出なかったと思うが・・・)。グラインダーでは発生する温度が低いから「炎色反応」のように明快な色変化はわからなかったかもしれないなあ。さらに化学の実験みたいに、ナトリウムやリチウム、マグネシウムなんかに火をつけて試してみるのも良いと思ったが、実家にはそんな金属は無いだろうし。それに小四でそこまでやってもなあ・・・。


 で、彼はこれをどうやってまとめるんだろうか。本人は「金賞取ったらどうしよう」って取らぬ狸を数えているようだが・・・。期待しないほうが良いだろうな(苦笑)。ではそういうことで。

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2006年08月26日 19時33分34秒

お見舞い

テーマ:トホホ日記

 入院中の女房を訪ねて、子供たちを「疎開先」の実家から受け取って病院に向かった。火曜日に入院して以来久しぶりなので、娘は会う前から目がウルウルしていた。気持ちは良くわかる。


 女房の病名や詳しいことは良くわかっていないが、目の裏(鼻の奥)にポリープができていた。それを切除するという手術を受けた。


 目の奥、と聞いたときには驚いたが、鼻の穴から内視鏡のようなものを使ってやる手術で、手術としてはそんなに大変なものでは無いらしい。「蓄膿症の手術と同じような感じと理解してください・全身麻酔でやるので寝ている間に終わります」と主治医はおっしゃっていたが、私は子供の頃知り合いのお兄さんが蓄膿症の手術を受けて(当時は上唇の裏側から顔を切り開いて行う大掛かりな手術だった)いたので、蓄膿症の手術というと結構大変なもの、というイメージがあった。だからいくら「内視鏡で寝ている間」でも私だったらイヤだといったかもしれない。しかも「顔」をいじられるわけだから女性としては大変な決心が必要だったに違いない。手術を受ける決心をした女房は凄いなあ、と感心している。


 昨夜から彼女のケータイからのメールが届くようになり順調に回復しているのは把握していたが、なかなか病院の指定の面会時間にはいくことができなくて、ついつい今日にずれ込んでしまった。昨夜彼女からのメールが強烈だったので、今日は面会時間開始と同時に病院に駆け込むような時間配分で向かったのだ。昨夜のメールにはこう書いてあった。


 他のベッドの方はだんなさんとかお見舞いに来てくれているのに私のところにはあんたは来てくれない。もう、私は独身です、って病室のみんなに言おうかしら!


 ということなので、結婚はしているし実は中学生になる娘もいるのだ、ということを相部屋の人に知らせる意味もあって、今日こそは見舞いに行かなければならなかったのだ(泣)。


 病室では彼女は鼻に大きなガーゼをあてて寝ていた。私たちの姿を見るや否や「手術後、麻酔から醒めたときには痛かったがその後痛みは少ない。点滴も終了。ただし、ポリープを除去した部分と思うが鼻血が止まらなくてとても息苦しい。」と訴えた。その後子供たちと話しているとだんだん気持ちが落ち着いてきたのか、冷静に話ができるようになってきた。


 何をおいても、女房にとっては子供たちが最良の薬だったのかもしれない。もっと早く連れて行ってやればもっと早く治ったのかもしれなくて申し訳なく思ったりした。


 一般的にこの手術は、術後一週間から10日ぐらいで退院できるのだという。彼女は、「8月いっぱいに退院して2学期からは自宅で」ということをもくろんでいたようだが、少し回復が遅いようで(って何しろ若くないんで・・・ぼか!←殴られる音)、退院は9月にずれ込むかもしれない。


 娘が、「大丈夫だよ、新学期始まってもちゃんと自分で学校行けるし。ちゃんと治ってから戻ってきて」と。お姉ちゃんだなあ、よく言った。こういう経験も重要だったのかもしれない。女房の病気をダシにして恐縮だが。


 明日の日曜日も弁当持参で朝から病院に詰めていようと思う。他の患者さんに迷惑にならない範囲で。ではそういうことで。 

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2006年08月25日 20時29分16秒

お昼

テーマ:キャンパス便り

 キャンパスに住み着いて生活をしていると興味の中心は「食事」、いわゆる「学食」である。私のブログでも過去に何度も生協食堂のことについて書いた。


 新しい職場に移ったがここも当然キャンパス内にあるわけで環境は少しも変わっていないはずだったのが、なんと、教職員はあまり学食を利用せず、外部の仕出し屋の「給食」を取っている。一食あたりの料金も比較的安く、生協食堂の脂ぎったそれとは違ってヘルシーメニューもあり、私は初日からそれをいただくことにした。


 が、いくら安いとはいえ、一食340円である。ちょっと面白くないので今日はいたずらをしてみた。


 電話帳で市内の仕出し屋をチェック。現在の職場に入っている会社とライバル関係にあるところをリサーチしてから電話を入れた。


 「今○○給食さんのを取っているんですけど、今度別のところに変えようと思っているので、一度メニューを持って来てください」


 すぐ来た、営業氏が。ひとしきり自社のPRをさせた後こんな提案をしてみた。


 「試供品ということで、来週一週間、サンプルを持ってきてよ。」


 あっさり営業氏OKを出す。つまり来週一週間はお昼タダだ。私だけじゃなくて今○○給食さんのを取っているうちの学科の職員全員の分(8食)が一週間タダ。○○給食さんには来週月曜日の朝「他社から一週間取るから、今週は注文なしね。」と電話しなければならないが、そんなのは手間でもなんでもないぞ。


 こういうのを食券乱用?(それをいうなら職権乱用)。賄賂を貰って汚職事件?(お食事券)。


 来週の○○給食さんの出方も楽しみである。ではそういうことで。

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2006年08月24日 20時37分26秒

追加レポート

テーマ:キャンパス便り

 今月頭に各地で集中講義を行ったがその際の「単位認定試験」の成績が今一歩だった学生からのレポートが届いた。


 メルアドがとんでもないところに売り飛ばされて痛い思いをして以来、電子メールとかの媒体でのレポートは原則受け取らないようにしているので、郵送である。もちろんブログにだって公表していない私の住所は学生にも開示しないので、レポートは教務課経由となる。確か、学生たちにはこんな指示をした。


 追加レポートの提出について
 提出は8月21日必着で教務課宛。期日を過ぎたものについては受け付けない。


 で、教務課は22日に小包にして当方に送り出したのだ。その束が今日、届いた。今から採点である。


 基本的に私は全部のレポートを読む。左上から右下まで斜めに一直線に。所要数秒。だいたい書いてあることはわかる。即座に点数がつく。一人当たり10秒もあれば充分である。時々精読したくなるレポートがある。こういうのはじっくり読むから10分ぐらいかかるか・・・。そんなこんなで、ま、今夜一晩で一通り読み終えるだろう。


 これからの問題は期日を過ぎた分である。実は23日に教務課で3人分のレポートを受け取ってしまったらしい。ひょっとしたら明日も受け付けるかもしれない。

 そういうのは読見たくないし点を付けたくない。


 教務課も学生に泣きつかれると甘いから受け付けちゃうんだよね。ということで、こっちも採点票(修正願)を凄く早く出しちゃう。間違っても五月雨式に修正版を送ったりできない。追試・追レポートによる点数の修正は一回しかできないのだ。だから明日には投函してしまおう、24日締め切り、と明記して。


 しかし必修科目だしなあ・・・4年生の再履修分だけはなんとかしてあげたい(そうしないとこの瞬間に卒業できないことになるし)。揺れる、優しい先生であった。


 読者の皆さんのご経験はどうだろうか。締め切りを過ぎて追レポートを出してきた最終学年必修科目の成績、温情で合格になるのだろうか・・・。落とされた経験のある方、是非体験談を語ってください。ではそういうことで。

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2006年08月23日 20時05分54秒

新職場初日

テーマ:キャンパス便り

 新しい職場の採用が決まったとき、「キリのよいところで9月1日に着任しますから」と申し上げて「ふざけたことを言うな、今すぐ赴任しろ」と怒られたものだが、その理由が今日わかった。


 今日はその新職場初日。いきなり所属の長たる教授から辞令を拝受して気持ちも新たに窓際の机で執務開始。いやこっちの大学では私の仕事的には大学院の講義もないからバリバリに夏休みなのであって、執務といってもあまり大きな仕事は見当たらない、はずなので結構気持ちが緩んでいたわけだが、今日は結構タイトであった。


 午前中は組織全体の会議、いわゆる「教室会議」である。そこで正式に他の先生方に紹介されて、晴れて仲間入りとなった。終了後所属の長が「午後3時から、ほかの先生には公開していない会議があるからあまり外部に知られないように出席すること」と案内をくれた。今日は朝も午後も会議なのである。あまり生産性の感じられない会議は好きではないのだ、まあ初日だから文句言わずに参加。


 さてその「午後の会議」なのであるが、これがまたとんでもない会議だった。


 9月から採用する助手の面接なのだ。私から見て微妙に直属にはならないのだが組織的には私の部下になる人材である。新スタッフたる私にどうしても23日までに着任してもらいたかった理由はこの会議に出てほしかったからなのだそうだ。っていうか面接始める前に「鈴木先生のご意見を取り入れて選考をいたしたい」と所属長教授のツルの一声!!


 いや、最高に面白い!今までは大学に採用される側として面接に参加してきたがこれからは面接する側じゃないか!


 もちろん企業経営していた時代には社員の面接をした経験があるし、面接対策のゼミナール講師もしたことはあるが、あくまでもそれは民間レベルでの話。今まで何度もトライして玉砕し続けたアカデミックベースの面接はもちろん「する側」としては初体験なのである。


 それでも選ぶのは助手ですよ。私は教授を狙っていたわけだけど、助手の公募に応じる人たちのレベルが高いこと高いこと。私の業績なんか及ばないんじゃないかというような方が面接に来ている。当然その中の一人しか採用しないわけだから、ほかの何人かの方は涙を飲むことになるわけだ。いや気の毒だ。いやよく私が合格したなあ・・・やはり何かの間違いだったのか・・・。


 あぁ、間違いが判明する前に着任してしまってよかった。ほっとした一日だった。ではそういうことで。

 

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2006年08月22日 19時14分40秒

国際会議

テーマ:知財・産官学連携

 今朝出勤すると「お昼に会議。外国からお客さん。昼食出ます」とメッセージがあった。本学は本当にこういったことを急に設定する。でも暇なので(?)参加することにした。


 昼前の講義(何しろ最終講義である)が少し伸びてしまった関係で会議開始には遅刻したが、会議室に出向くと参加者がちょうど昼食に手をつけていた。室内を見渡すと皆さん上手に箸を使って食べている。すみません、遅れて、と挨拶をするとお客さんがた一斉に手を止めて立ち上がり名刺を持ってやってきた。


 おぉ、本学の名刺も今日が最後だ!


 そう感激しながらも、「客員助教授」の名刺と皆さんの名刺を交換することになった。


 読めない。いただいたのはハングルの名刺である。でも、「チョイといいます」「アンですよろしく」などと先方は日本語が上手。こちらも知っている限りの韓国語で応戦するが、余り通じない。


 会議の趣旨を良く把握していなかったが(ってそんな状態で会議に出るなよな!)、先方は韓国の国立順天大学のご一行様で、学内にいわゆる知的財産本部(韓国式には産学協働団というらしい)を作ろうとしていて日本の先進例を視察に来ている由。


 いや間違っても本学は先進では無いぞ!


 しかし会議に出て日韓のこの問題に関する考え方の違いが良くわかった。


 日本では「外部資金係」とか「研究協力係」とか産学連携の窓口がいっぱいあっておまけに知財本部などというインターフェースが存在している。韓国ではこういった業務は全て「協働団」が一元管理している。また、韓国の大学の先生方の特許は原則先生の管理(日本の国立大学法人では大学に権利が自動的に委譲される)ではあるがそれを民間に売った場合の税金は40%も取られるので、先生方が自発的に権利を「協働団」に譲渡し実施料の20%を団から受ける形(税金が安い)を取るのだそうだ。面白い仕組みである。私の知的財産本部での仕事は大学帰属の特許を民間移転することをやっているのだがなかなか移転先が見つからない。韓国ではまず先に先生が譲渡先を見つけてきて団に譲渡、という。つまりスキームも違う。


 なんだか本末転倒な話だが、韓国の先進例を聞いたら見習うことがいっぱいあるじゃないか!


 で、会議の後半はお決まりの愚痴の言い合い。韓国側では、「若者の首都依存が強すぎ、進学も就職もみんなソウルを目指す。順天大学は地方にあるので人材も集まらないし卒業後地元に人が残らないと」。日本でもちょっと前まで東京や大阪に人が集まったが今の学生は比較的地元志向だからという話をしたらうらやましがってくれた。


 それにしても韓国の先生方日本語がお上手である。帰り際、一番日本語が堪能先生にどちらで日本語を、と伺った。


 東京工業大学で化学を専攻し学位を得ました。


 なんだ、TITなら技術移転の先進であるぞ。本学に来なくても母校で全部わかるんじゃないの?と心の中で思った。で、「化学を専攻」が気になってさらに化学はマテリアルですかプロセスですかと細かいジャンルを伺った。


 バイオ系触媒です。


 あっちゃー!私と同じバックボーンじゃないか!驚いた。そのあとはお互いの専門に花が咲いてしまったのは言うまでもない。どこにどんな縁が転がっているかわからんなあと思った会議であった。


 技術移転関係の会議だから、と参加者に私を入れてくれた大学関係者にも感謝。本学のお勤め最終日(とはいえ、引き続き兼業で大学の籍は残るが)の良い経験だった。ではそういうことで。

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