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2006年03月31日 18時57分10秒

災害救援品

テーマ:我が家が火事だ 復興日記

 突然ケータイの電話が鳴った。ディスプレーされたのが見たこともない番号だったので注意深く応答した(こういう場合、積極的に自分から鈴木だ、と名乗らないことにしている)のだが、先方が先に名乗り地元市役所の保健の担当だ、ということがわかった。用件は大至急私に会いたい、という、いわゆるアポ取りの電話だった。今日は大学に出勤する日ではなく、副業(いや、本当はこっちが本業)の会社で窓際にいる日であったので、ちょうど良い、今からすぐ会社にどうぞ、と返事をした。


 しばらく経って、会社前に市役所の車が停まり、トランクから大きな袋を二つ取り出し、市役所の制服を着たお兄さんが会社玄関にお越しになった。


 この度は火災に遭われたそうで、これらは日本赤十字社からのお見舞いの品物です。


赤十字の袋


 袋には大きく赤十字。中身は、左の袋が「(圧縮された)毛布」4枚。右の袋には圧縮されたタオル4枚、軍手2組・ゴム手1組・洗剤3回分・歯磨きと歯ブラシ(3人分)、箸(3客)、スプーン1個・包帯やはさみなどの入った救急箱セット等が入った小物で、透明の箱に入っていた。


赤十字小物


 あ、ありがとうございます。頂けるものは何でも頂いちゃいます。生活苦しいし。


 で、小物の袋の中にはメッセージが入っていた。


 被災者の皆様へ
 この度は思いがけない災難で、さぞお困りのことと、心からお見舞い申し上げます。
 ここにお届けした、この日用品セットは、お年玉つき年賀はがきに付けられた寄付金の配分を受けてお贈りするものです。
 心ばかりの品々がいくらかでも皆様のお役に立ち、また、お慰めになればと願っております。
 何かとご不自由ではございましょうが、どうぞお体に気に充分お気をつけになって、一日も早くお立ち直りくださるようお祈り申し上げます。
 なお、この日用品セットについてお気づきの点がございましたら、下記のところまでご連絡ください。
 東京都港区芝大門…日本赤十字社


 いやぁ、寄付金つき年賀はがき、のその数円分のお金というのはこういうところに使われるのかぁ。「涙ちょちょ切れの、まけられそ(静岡放送の国元アナウンサーが昭和50年代前半に静岡県内にだけ流行らせた名言)」だなあ。


 で、なぜに赤十字の品物を市役所のあなたが?


 赤十字社の事務局が市役所にあって私はその係りなのです。


 なるほどね。で、火事があったのは昨年の6月1日だから明日で10ヶ月になる訳だけど、こういった品物をいただけるのはうれしいが、なぜ今なの?確かに火事に遭った直後ってのは何もかも失ってパニックだったし、とりあえずその夜寝る場所もなく、顔を洗うことも歯を磨くこともできず、いやティッシュ一枚もなく、コンビに行けばすぐに買えたがそんな余裕もなく右往左往するばかりで、そんなときにこいつをいただけたらどんなに心強かったかと思うんだけど。生活も落ち着いて気持ちがやっと前向きになってきたこの時期に、昔の悪夢を抉り出すように思い出させるような品物を、なぜに今なの(後半はだんだん気持ちが昂ぶってきた訳だが)。


 あいやさご主人さん、落ち着いてください。その質問疑問にお答えする前にもう一つお渡しするものがあるのです。これをお納めください


市長からのお見舞い


 彼の胸ポケットからこんなものが飛び出してきた。「御見舞 ○○市長」と書いてある。中身を確認すると数万円が入っていた。


 げ。市長からお見舞い?これは公費、それとも市長のポケットマネー?もうすぐ市長選挙があるし、公職選挙法の規定もあるし受け取ってはいけないのかもしれないぞ…。パニくる私。


 だからご主人さん、落ち着いてください。説明しますから。当市では、災害給付の条例を制定していまして、天変地異、不慮の事故、火災などで罹災された市民に市がお見舞いを交付することになっているのです。実は鈴木さんのこのたびの罹災は当初「一部類焼」ということでこの制度の範囲外だったのですが、先般書類をチェックしておりましたら類焼面積が60坪ということで、これは一般住宅数件分が全焼したものと同じこと、ということが判ったのです。したがって、遅くなって申し訳なかったのですが、市としてはこの条例を適用して給付することにしたわけです。そして、これが給付される市民の皆様には、赤十字もお見舞いを差し上げることになっているわけです。恐れ入りますが、公費ですので領収書を書いてください。


 はぁ、そいつはご親切に。市長の口癖「思いやりの市政」はこういうところに現れているのか。で、何で私のケータイ番号がわかったの?


 実は被災地の近所に出向きまして、町内会の方から電話番号をゲットしたんですよ(喜々としながら)。普段は大学にお勤めと聞いていたので講義中に電話してはまずいとなかなか連絡が取れずにいたんですが、今日その町内会の方が役所に電話くれましてね「今日は大学じゃない日らしい、奥さんがそう言っていた」と。


 あちゃぁ!私の個人情報がプライバシーが…。私は公人なのですかぁ?職員さんのラップトップにwinnyが仕掛けられていたら流出するぞ!


 でもまあ、背に腹はかえられない「数万円」の臨時収入だ。そしていつもは「ダメ役人」とかと愚痴を言っている市役所職員の意外な気遣いに一生涯感謝しただろう。最後のこの一言を聞かなければ。


 あぁ、良かった。年度中に執行できて。


 なんだ、そうか。予算が余ったんだ。それで「次点」の私が繰り上がったのか。一気にがっかりした、年度末最終日だった。ではそういうことで。

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2006年03月30日 10時01分55秒

○○時間

テーマ:トホホ日記

 日本のように狭い国土に住んでいると「時差」という概念はあまり現実的ではない。しかし文化的な側面から「ご当地時間」というものは存在する。


 例えば九州地方某所。集中講義で始めてそこを訪れたときに、うれしい悲鳴を上げたものだ。午前0時を過ぎても飲み屋はがんがんに営業している。平日に26時とか27時まで酒を飲んでいても翌朝はきちっと朝から仕事をする風土もあって、非常に夜が長い。


 もっとも、東京から見ると九州は日の出も日の入りも時間が遅く、例えば東京ではもう暗くなるよな、という時間でもまだまだ西日が厳しかったりする。だから全体的に生活時間が後ろにシフトするような気持ちになってもまんざら間違いではないのかも(程度にもよるが)。


 別の地域では、「約束の時間に必ず何分か遅れる」という文化を持つところがある。例えば午前11時に約束をしていたとすると、11時15分を過ぎないとその面会が実現しなかったりする。具体的に地名を出すと問題が生じるが、例えば「東京」ということにすると、そういうのを「東京時間」と表現したりする。


 海外では、「10時3時のおやつタイムが一日で一番大事」とか「11時から2時半までは昼休み」とかという場所もある。文化としてそういうものを持っていると、世界標準時がどう、東経西経からくる時差がどう、という話の前に、「ご当地時間」を意識せざるを得ない。




 今何時?


 さて、この写真は昨年夏に英国に行ったときに、某大学のゼミ室で撮影したものである。何かにつけ几帳面な英国紳士なのに、大学関係ではずいぶん時間にルーズだ、と感じることがあるが、この写真を見て気づいた(っていうか、実は在英中には気づかなかったが)。


 時計がでたらめである。時差とかを考えて世界中の時間を表示するマルチな時計もあるが、その場合でもせいぜい、30分オーダーでの違いはあるが、この写真の時計は全くのでたらめ。


 こういう雰囲気の中で生活していると、「約束の時間」とかを気にすることもなくなるのかな、という気がする。


 私は腕時計をしない。どうしても時間が気になるときはケータイの時計を見る程度だ。講義だって時間が来ればチャイムが鳴るし。おなかが減れば何時でも食事するし。と、いうことで、私も「時間無視」の人種かもしれない。約束の時間、というのはあまり守れない、情けない人種だ。


 私と待ち合わせするときは時間に余裕を持ってね。ではそういうことで。


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2006年03月29日 13時13分38秒

豪華な昼餐

テーマ:キャンパス便り

 学会の帰路、あちこち寄り道した最後に、八王子の某私立大学に立ち寄った。5月に予定されている研究会の下打ち合わせのためだ。一応私と一緒に座長をやってくださる先生を訪ねた、というわけだ。別に電話でもメールでも打ち合わせはできるが、せっかく近くまで来ているし、ということで、通勤ラッシュとは逆方向の中央線快速に乗って、都心から八王子に向かった。


 今の時期どのキャンパスでも同じことだが、学内は閑散としている。キャンパス内の学生数は非常に少ない。天気もよく緑も映え桜もきれい。こういうのどかな風景は、「アカデミックな戦場」であることを忘れさせてくれる。


 打ち合わせも完璧に仕上がったところで、訪問先の先生に促されて、学食に出向いた。


 いやまあ、素晴らしい。さすが総合大学だ。メニューが違うぞ。いつもの勤務校のそれがお粗末なだけかもしれないが、やはり、女子学生も多いキャンパスの食堂は、見た目にもきれいで美味しそうで、何杯も食べてしまいそうな素敵なご馳走が用意されている。


 いつもの勤務校で「Bランチ(450円)」といえば、『千切りキャベツの大盛りに冷えたメンチカツ、味噌汁&どんぶり飯』といったノリだが、同じ「Bランチ(430円)」では、『マカロニが沢山が入った野菜サラダ・やわらかく煮込んだ肉がいっぱいのスープ、照り焼きチキン、それにてんこ盛りのチャーハン』といった感じだ。いやぁ、毎日がこんなメニューだったら給料安くても良いからこの大学に移りたい!と思わずため息が出る。


 同伴してくださった訪問先の先生に「うらやましい」と申し上げると、思わぬ反応が。


 うん、年に一度のことですよ。
今生協も必死だからさ。


 何か意味深長である。詳しく話を伺えば、なるほど、「今の時期だけメニューが豪華」というのが判った。


 食堂の隣のホールには生協売店の特設の売り場があって、「新入学生向け特別セール」をやっている。いかにもついこの前まで田舎の高校生だった、という若者がご父兄と一緒にこの春からの新生活に必要な電化製品とかを買っているのだ。確かに「東京の大学」といってもなにしろ八王子である(苦笑)。田舎である(自爆)。周りは下宿屋も多い。自宅から通える子は関係ないが、下宿生になるならばいろいろなグッズをそろえなければならない。そんな「お客様」がやってくる生協としては隣の食堂として粗食は出せない。勢い、「赤字覚悟」の大サービス、になるわけだ。そこに便乗して今日私たちは豪華な昼餐、となったわけだ。


 私の勤務校の生協はどうもガッツが無い。考えてみればそんなセールをやっているなんて事聞かないし。あぁ、年に一週間だけでも良いから、「贅沢な生協ランチ」をいただいてみたいなあ。ではそういうことで。


 追伸の業務連絡:学会無事終了。品川の下宿屋はマンションになっていた(涙)。お台場テレビについては後日改めて報告(うっしっし!)。


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2006年03月28日 12時13分17秒

事務室の窓際

テーマ:キャンパス便り

 同じ学会に所属する、某国立大学法人の助手のM先生と久しぶりに昨夜、ホテルの喫茶店で会った。相談事がある、という。M先生とは何年か前まで3年間共同研究でお世話になった経緯があり親しくさせていただいているが、あまりにもやつれ果てた姿に、ことが尋常でないことはすぐに分かった。


 師事している教授が定年で退官され所属研究室が廃止。M助手は行き場がなくなった、のだ。今後の身の振り方について相談を持ちかけられた、というわけだ。


 私はうっすらとその処遇について危機感を感じてはいて心配はしていた。いや、先日行われたはずの彼の勤務先の大学の卒業式に彼は出席しておらず、「すわ!クビになっちまったか!」とかなり早合点してガセを流してしまった。しかし、冷静に考えてみると、まさに今は首の皮が一枚だけくっついている状態、であって、全く根も葉もないことではなかった。


 こうなることは上司の教授の年齢を考えれば何年も前から分かっていたことで、私も共同研究でお世話になっている頃から「老婆心ながら」と『その日以降のこと』を考えておくように彼には忠告してきた。それをお座なりにしておいた彼が一番悪い。だからXデーになってから慌てているのだ。本来ならば「知るモンか、そんなこと」とばっさり切り捨てる問題かもしれない。しかしそうは言っても同じ釜の飯を食った仲間なんだし・・・。


 このブログで何度も書いているように、私は「常勤」の「助教授あるいは教授」の座を狙っている。オファーがあれば全国どこにでも行って話を聞いてくるが、同時に公募に応募したりもしている。その際に推薦状をゲットしてくる必要があるが、私の場合はM先生の上司たるU教授のそれをいただくケースが多かった。今まで、教授が推薦状を書き渋ることが何度かあった。実は私の志願先にM先生も志願していることがあったのだ。そんなときは、私には推薦状を書いていただけない。だから、M先生はライバルでもあるわけだった。先にM先生に片付いていただいてその後私が、と思っていた。


 で、M先生、失礼ながらあちこちの公募で落ちまくり、私が先に現在の職場を射止めている(ただし、私も本来の希望である常勤ではなく客員)。


 上司の教授が退官され、研究室は廃止。M先生も所属する研究室を失う。しかし、「助手としての雇用契約」は18年度も生きているのでどこかで「助手」の仕事をしなければいけない。そこで四月以降机を置いておくのが『学科事務室』なのだそうだ。パートタイマーで働きに来ている事務員のお姉さんの隣。研究者である助手の先生の仕事が、研究ではなくて「パートのお姉さんのお手伝い」とは何たることか。要は、一般の企業で言うところの「閑職への配置転換」「窓際族」であろう。


 M先生曰く、結局は今までと同程度の給料は出るので、窓際だろうがなんだろうが勤めるが、研究者としてのスタンスがなくなるのはとても嫌だ、と肩を落とす。私だったらそんな「税金泥棒」的なことは痛ましくてできないかもしれない。


 さらに、彼の大学では平成19年から助手制度を廃止し、代わって任期制の、「助教」とか「実験補佐員」という職域を新設するのだという。つまり、M先生としては18年度中に助手の身分から上(最低で講師、できれば助教授)に上がらないと、必然的に職を失う(か、降格人事となるこれらの新職域への配置転換)ことになる。


 現在でも彼に対するほかの先生からの風当たりは強いという。そりゃ言い方は失礼だが、上にあがる努力をろくにせずに20年間助手という地位に甘え続けていたのだから評判は悪いだろう。ある意味自業自得。これから一生懸命論文を書いたところで、18年度中の昇進は無理だ、と部外者の私でも感じる。しかも、彼に対する風当たりを一身にかばってきた上司の教授が退官されることで防風林がなくなり、その風は減衰することなくまともにM先生に降り注ぐことになるだろう。


 これから先、事務室に出勤しても研究活動はできないし、この際だから退転職したいと思う、というのが今夜のM先生の相談の骨子だ。


 難しい。非常に厳しい。大学院を修了後20余年間国立大学(最後の2年は国立大学法人)に奉職していて民間を知らない助手の先生が、果たして民間でどんな仕事ができるのだろうか。いわゆる定年後の天下りの方々とは違って、「働き盛り」時期でのそれである。企業が求めるスペックも、「定年後の天下り」と「中堅失職者」では違いすぎるだろう。言い方は失礼だが、「中年学者馬鹿」が民間で何ができるのか。


 私は2時間以上に及ぶ相談で明確な結論を出してあげることはできなかった。ただ、本件人事に関して学内の嫌がらせのようなハラスメントがあるとしたらそれは人権問題だから出るところに出ても戦うようにはアドバイスした(彼は組合に入っていないので、出るところというのはいきなり裁判所?)。大学に残るのも地獄、民間に出るのも地獄なんだろうな。


 そういった意味では、私は現在の立場で感謝しないといけないのかもしれない。大学では結構好きなことさせていただいているし。いずれにしろ、彼の今後の生き方が気がかりではある。ではそういうことで。

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2006年03月27日 18時50分25秒

学会とお台場テレビ

テーマ:キャンパス便り

 今週は所属している学会で講演会がある。開催地は東京工業大学大岡山キャンパス。学部生の頃は彼女が南千束(の北の端)にいた関係で(私は戸越公園駅の南、品川区二葉に住んでいた)大井町線の線路づたいに歩いて大岡山駅近くまで通ったものだ。だから久しぶりに訪れる大岡山はとても楽しみである。


 大岡山もそうだが、私が「青春時代のレクイエム」と位置づけている戸越公園駅周辺もずいぶん変わっただろう。時間があったら当事の下宿屋を訪ねてみたいと思っている。なにしろ20年近く近づいていなかったので、浦島太郎だと思う。果たして、迷路のような路地の先にあったその下宿屋を見つけることができるだろうか。まだ残っているのだろうか。その後のバブル時代の開発でマンションかなんかに変わっていたりするとショックだ。


 脱線ついで。鉄道マニア的な話で恐縮だが、私が学部生だった頃は、現在「総武・横須賀線」(いや「湘南新宿ライン」と呼ぶのが正解か)が走っている路線は貨物線だった。下宿を引き払う頃に、近くに「西大井駅」ができて横須賀線が東海道線と分かれて走ることが決定されたりしたが、この駅が開業したのは就職してしばらく経ってからのことであった。南武線の鹿島田駅の近くにもこの「総武・横須賀線」の新駅ができることになり、駅名の募集があって近くにあった動物園の名前を取って「夢見が崎動物公園前駅」として応募したが、残念ながら採用されずに「新川崎」という、当たり障りのない名前に落ち着いたことが残念だったりする。だから、上記で「戸越公園駅の近く」と書いたが、今だったら「西大井駅の近く」と表現するのが正確かもしれない。


 さて、学会講演会であるが、今となっては、「OHP」は副次的で、プライマリーにはパソコン直結プロジェクター方式。しかもパソコンそのものは会場に設置されていなくて、各自自分のパソを会場設置のプロジェクターに直結する方式だそうだ。だから、「パワーポイントのデータが入っているUSBストレージ」だけを持参したら大変なことになる。しかも、プロジェクターと持参パソの相性確認は、毎朝の限られた時間だけ許される。そのため、「発表当日は必ず相性確認のため朝から会場入りしていなければならない」ということになる。


 自分の発表のセッションが始まる直前に会場入りして、発表直後に脱兎のごとく逃げる、という「鈴木式学会対応」がやりにくい。逃げるほうはOKかもしれないが、朝は必ず全てのセッションが始まる前に会場に入らなければならない。


 というわけで、前泊の必要がある。現在東京駅から乗り換え無しで到達できる某駅近くのネットカフェにて更新。


 明日は発表が終わったら、「お台場テレビ局」に出かける予定だ。懸案になっている例の『鈴木のテレビ出演』に関することで仕込みがあるからだ。大崎から臨海線で向かおうかな、と考えている。


 何のために上京するのか良くわからんが、一度にいろんな用事を済ませないといかんから(苦笑)。ではそういうことで。

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2006年03月26日 21時30分00秒

網毛内鉄道只乗線

テーマ:トホホ日記

 30年ほど前、私は書店で立ち読みした雑誌に載っていたこの鉄道の記事に夢中になった。網毛内鉄道只乗線、読み方は「もうけないてつどう ただのりせん」つまり『儲け無い鉄道タダ乗り線』である。


 もちろん実在する鉄道ではなく、鉄道模型の世界。立ち読みした雑誌は略称TMS「鉄道模型趣味」という奴だった。何気なく手にしたその本に載っていたNゲージ(軌間9mm、縮尺約150分の1)のレイアウト(現代では「シーナリー」と呼ぶらしい)に一目ぼれして、いつかは自分の「鉄道会社」を作りたい、と思ったものだ。


 当時中学生。模型に凝るのは当たり前だった時代だが、鉄道模型というのは中学生にとっては少しお金が掛かる趣味だった。しかも、縮尺の関係で「自作」がほとんど不可能な世界で、線路1本車両1台からして既製品を求めてこなければならず、雑誌に載っているような「レイアウト」を作ることは至難の業であった。


 当時はまだ全国にSLが走っていた。現在は「みなとみらい」地区として未来型都市に変貌した横浜の高島地区には「高島操車場」があってそこにカメラを持ってSLの姿を撮影に行ったこともあった。SLの写真はその後も凝りに凝り、高校生のときはヒッチハイクで北海道一周SL撮影の旅を敢行。白老のアイヌコタンの脇で撮影したC62の勇姿は今でも脳裏を離れない。


 大学では鉄道研究会に所属。「東京駅から日帰りでどこまで行けるか」みたいな研究をして遊んだのが印象的だ(実際は超貧乏だったので時刻表の上だけで楽しんでいたが)。今でも「鉄腕DASH」で時折同じような企画があるが、いい歳こいて今でも見ているだけで胸が躍る。


 社会人になってからは「国鉄全線踏破」を達成、その後「日の出から日の入りまでの移動だけ(つまり夜は車窓を楽しめないので)」で、「JR全線窓の外の景色を楽しむ旅」を踏破を達成。今は各地の「廃線跡」をマウンテンバイクで旅するのがマイブームだったりする。


 そんな私の「鉄道オタク」のきっかけを作ってくれたのが、前述の「タダ乗り」線である。私のルーツに近い、そんな存在である。


 しかしこのごろの興味は飛行機に移っている。自宅に「縮尺1/500」の成田空港を「シーナリー」よろしく作ってみたりしている。滑走路の長さは6mである。本物にはないが、「横風滑走路」も用意している。いずれにしろ、「国土交通省」が喜びそうな趣味である(苦笑)。



 さて、中学で鉄道模型をやっていたとき入り浸っていた模型屋さんが、この3月末で店じまいをする、ことになった。主人の高齢化が主な原因らしい。今日は最後の日曜日ということで、当時を懐かしんで、実家近くのそのお店まで行ってきた。同じような世代の「元鉄道模型オタク」で店内は混雑していたが、その中に、同じ中学に通っていたN君の姿があった。彼は、私のようにあちこち浮気をしてきた「鉄道系オタク」と違って、30年間鉄道模型一筋に走り続けた「鉄道模型オタク」になっていた。自宅には、自室をホビールームに改装して見事なレイアウトが完成したのだそうだ。


 見てきた。またまた燃え上がりそうだ。一応念のため女房に話をしてみたのだが、「庭に作りかけの成田空港に成田エクスプレスでも走らせるのか。あんたはゲバゲバで成田空港の管制塔を壊したんだから、その贖罪で、まずは空港を完成させてから鉄道に走ってよね。最初は京成成田からピストン輸送で客を運んだんだからね」と手厳しい。自業自得だ。ではそういうことで。
 

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2006年03月25日 10時13分05秒

お花見ゴルフ

テーマ:キャンパス便り

 職員会議で私がゴルフの心得があることを漏らしたら、早速4月の「教職員親睦お花見ゴルフ大会」の招待状が届いた。桜満開が予想される休日に郊外のゴルフ場で行われる毎年恒例のコンペだそうだ。


 確かに私はゴルフをやる。10年以上前に、何かの弾みでゴルフ場の会員権を買ってしまったし、一時熱中してスクールに入ったこともある。だが、ここ数年はゴルフ場に行ったこともなければ練習場打ちっぱなしをしたこともない。だから、百戦錬磨の先生方のコンペに参加するほどの技量はない。


 実際問題として、自分が会員となっているゴルフ場でラウンドした際に、キャデーのお母さんから「お客さんはコースに出るのが20年早いわよ」と言われたのだ。スコアは80ぐらい(ただしハーフで)。実力のほどが分かろう、というものだ。


 普通の方が80回とか90回のスイングでホールアウトするのに対して私は約その倍振り回す。ティショットからカップに入れるまで「最短距離」程度しか歩かない方に比べて千鳥足ジグザグに約2倍の距離歩く。それで費用が同じならお得じゃないか!と慰めとも嫌味とも思えない言葉を掛けてくださる方もいるが、一人でラウンドするんじゃないし、場合によっては隣のコースに打ち込んだりする(ボールばかりかクラブまで)こともあって迷惑掛けっぱなし。「思いやりの鈴木」としては、そういうことがいたたまれなかったりするのだ。


 コンペに出るためには、やはり練習場で十分打ち込んで、人様の迷惑にならない程度まで腕を上げておかなければならない。来月のコンペに出るのは無理だなあ。


 案内を送ってくださった幹事の先生に「もっと腕を磨いてから参戦するから今年は勘弁してください」とお返事をした。速攻でその先生から返事が来た。


 迷惑とかはないから、「ダイエットの一環」ぐらいの楽な気持ちで参加してください。1ラウンドで2キロ痩せれば、参加した甲斐もあるでしょう。是非ご再考を!


 そうか、運動不足だし。ダイエットの代わりにラウンドするのも良いかも。私が置かれている状況は、こんな感じ↓だもんな。
 

 シェイプアップ




 昼休みには久しぶりに素振りをしてみるか。返事はその後で。ではそういうことで。

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2006年03月24日 13時10分00秒

感染を防ぐ究極の方法?

テーマ:キャンパス便り

 東京大学の助手が開発したとされるファイル交換のシステム「Winny」。著作権とか守秘義務とかに注意して使えばそれなりに良いシステムだと思うが、やはり、開発者の予期しなかった(開発者が確信犯だったら話は別だが)方向に流行してしまった。


 本学ではかねてより、この種のファイル交換ソフトを利用する場合は著作権などに留意するようにという注意喚起が出されていた。最近は、Winnyがインストールされているパソに感染して悪さをするウイルスも出回っているらしく、ネットワーク管理者も頭を痛めている。


 私の場合、赴任以来あちこち陳情してやっとの思いで研究室にLANが入ったが、なにしろ工学部系であるからして、ファイアウォールの内側にいても安心はできない。どんなブツがネットワークを経由して飛んでくるかわからなくて戦々恐々の状態だ。同じ棟の先生方の中には、おかしなウイルスに感染してしまって実験データを棒に振ってしまった方(って、ちゃんとバックアップを取っていないほうが悪い)がいたりする。いつわが身に降りかかるか、気が気ではない。


 だからせっかくLANが入ったのに、メールとかウエブ閲覧は、駐車場の車に戻って(研究室はケータイも使えないほど電波環境が悪いので)PHSカードの入ったラップトップでやり取りしなければならない状況だ。つまり、恐ろしくて学内のシステムが使えないのだ。


 鳥インフルエンザも怖いし、エイズも恐ろしい。しかし、ネットワーク上のそれは、これらと比較にならないほど危険度が高い。


 さっき、私の生息している棟のネットワーク管理者と連れション状態になった。こんなときに声を掛けるのもどうかと思ったが、「妙なシステムとか変なウイルスって最近どうよ」と話を振ってみた。


 その彼が、「対策はこれしかないかも」と喋ってくれた笑い話がこいつ↓だ。


感染防止


 マジ、こんな方法でしか防げないのか。ネットワークを使わないのと一緒じゃないか。今後も、PHSでちまちまやるしかないか…。ではそういうことで。

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2006年03月23日 20時27分41秒

殺人マシン雑感

テーマ:トホホ日記

 久しぶりに東海道新幹線に乗った。驚いた。なんと、「喫煙できる車両」が減っているのだ。「ひかり」の自由席5両のうち、タバコが吸えるのは「3号車」だけになっている。以前は4号車もそうだったが、車内放送では、3月18日のダイヤ改正からこのような措置をした、といっている。


 タバコに寛容なJRにしては大英断だな、と思った。


 何しろひかりに乗ったのですべての駅を見たわけではないが、4号車周辺にあった喫煙スペースが少なくともいくつかの駅から消えていた。かなりな前進である。自由席でタバコを吸う人は3号車車内にすし詰め状態となり、「殺人マシン」と化していた。なにしろ、両側の車両が禁煙席だからデッキでも喫煙ができず(以前は、3号車と4号車の間のデッキ、ここには洗面所もあって、喫煙席が満席でもここで立ってタバコが吸えたらしい)、席がない人も3号車通路での喫煙が強いられている。


 いっそのこと、3号車の換気装置を止めてみようと思ったが・・・(空調のスイッチはデッキのくずもの入れの近くにあるやつかな??)。


 いまさらながら私がこのブログでタバコの害、特に受動喫煙について書くことではないほど、皆さんご承知のことだと思う。


 20年前に書いた修士論文のテーマが「屋内浮遊粒子環境」関係、すなわちタバコの煙等を空調装置を駆使して撃退する方法について縷々研究したものである。ある意味、私はタバコの煙研究者の端くれなわけだ。だから、私も皆さんと同じぐらいの知識は持ち合わせてはいる。JR関係の方はこういったことは研究されていないのだろうか…。


 喫煙者が自身の体を壊していくことはある種自業自得なのだが、それでほかの人を巻き込んではいけない。駅のホームの喫煙所など「鉄道会社ぐるみの傷害行為」ではないだろうか。新幹線のホームにもこの喫煙スペースがあるが、その煙は風に乗って、停車中の「禁煙車両」にも流れ込んでくる。臭い!とても臭い。以前東京に出張した際に、中央線だったか(記憶不確か)で、「女性専用車両」が止まるホームの端に喫煙コーナーが設けられているのを発見し、JRに「お前は人殺しか」と苦情のメールを打ったことがある。先が知れている私はまあ我慢するが、妊婦さんも利用するであろう「女性専車両」に煙(や燃焼ガス)が流れ込むようなことがあれば、一度に二人を危めていることになる。


 以前JR九州である特急に乗ったとき、3両編成で、2両が指定席、1両が自由席。で、その1両しかない自由席の半分が禁煙席で半分が喫煙席だった。当然同じ車両だから、禁煙席にも煙が押し寄せてきた。車掌に苦情を言ったら、「指定席に移りますか?」と指定席券を売ろうとしていた。とんでもない対応で、これまた苦情のメールをした。


 話を新幹線に戻す。車内販売が回ってくるが、「喫煙できる車両」を通ってきたワゴンに乗っている品物は何か汚らしく感じる。どんなにおいしい駅弁を売っているにしろ子供には食べさせたくない。鞄からラップトップを取り出して仕事したいが、キーにヤニがつくような気がしてその気になれない。車内ではひたすら臭いにおいを我慢して、本でも読むことに没頭していなければならない。楽しく窓の外を眺めることもできますまい。だいたい、タバコが吸える車両で検札した車掌さんの制服がヤニ臭くて閉口したことがあるぐらいだから、「殺人マシン」の状況がいかばかりか、ということである。


 さて、ひかり号自由席の「タバコが吸える車両」。これが、自由席車両1~5号車の真ん中の3号車であることは何とかならないだろうか。たとえば、4・5号車が満席で1.2号車に空き席を探すときに、「殺人マシン」と化している3号車を通り抜けなければならない。大人はまだ良いが、子供やお年寄り、あるいは妊婦さんもそこを通らなければならない。


 愛煙家の方は「たばこ1本吸うと1円がJRに入る」現在のタバコ税の仕組みを逆手にとって、「新幹線車内での喫煙権」を持ち出すこともあるかもしれない。だったらそれはそれで良いから、「タバコを吸える席」は1号車と16号車、すなわち列車編成としての両端だけにしておいて、隔離してあげたらどうだろうか。車内販売も来ない。あるいは、あえて愛煙家の方の「権利」を尊重して、トイレの近くに「喫煙ブース」でもつくり、5分100円ぐらいの金とってタバコを吸わせてあげればどうだろうか。そこまでされても吸いたい人は吸うだろうし。


 「公共の場所では(屋内屋外とも)タバコを吸わない」ようにすることが一番じゃないかな。なかなか難しい問題ではある。ではそういうことで。

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2006年03月22日 15時24分24秒

尖閣諸島でトラトラトラ?

テーマ:トホホ日記

 大学時代の友人に自衛官がいる。学部のときは自衛官になるとは想像だにしていなかったが、人生何がどうなるのかさっぱり判らない典型の一つだ。もっとも、卒業して25年も経つと大企業なんかに勤めたはずなのが転職したりしていて、現在同級生にはいろんな職業の奴がいる。料亭の婿さんとして養子に入り悠々自適の「若旦那」、大型のトレーラーを引っ張り全国に品物を運ぶ運転手さん、最初の任地でアフリカが気に入り帰任命令を無視して居座っちまった元商社マン、ではまったくびっくりできないような状況ではあるから、自衛官という職業を選択する同級生がいてもなんら不思議ではない。


 自慢の語学力を武器に、在日米軍と自衛隊のチャンネルになってみたり、防衛庁の派遣事業で米国に留学したり、と同級生の自衛官氏は、それはそれでお国のために役立っているように思える。


 そんな彼が家族とともに沖縄方面に赴任していったのは昨年のことだった。英語力を買われて、沖縄の米軍と何か交渉ごとをすることになったのか。いや、仲間内では左遷かなという冗談も聞こえてくる。そのあたりどんないきさつなんかはきっと防衛上の機密で教えてくれないから聞くだけ野暮だが、いろいろ想像してみるだけでも面白い。


 そんな彼から、珍しいことにメールが来た。でっかいファイルが添付されていたので「いたずらメール」かなとも思ったが、ファイル名が.jpgなので良くて写真悪くてもウイルスなんかではない、と思ったのでとにかく開いてみることにした。


 魚釣


 メールのタイトルにはそう書いてあった。たった2文字だけ。


 沖縄にいる自衛官が「魚釣」という単語を使うとなったらこれは、尖閣諸島の中国名「魚釣島」に違いない。それではっきりした。彼のミッションは対米ではなく対中国だったのだぁ!


 生存証明を送る


 本文はこの文言で書き出されていた。なに?魚釣島に潜入したがまだ敵方に見つかっていないのか?。それはすごい。奴は普通の「英語ができる自衛官」ではなくて実は「辣腕スパイ」だったのか。同級生としての誉れだ。


 本文は長文で、沖縄に赴任してきてからの経緯が書き綴られていた。いやぁ、「男の半生」を読むような気がした。


 しかも、そんなおそらく極限的状況下から、私にメールを送ってくれるなんて。防衛機密上大丈夫なんだろうか。もし彼が殉職したらこのメールを国会に届けよう!ニセメールじゃないぞ、本物だ。私は涙を流さんばかりに感動しながら添付ファイルを開こうとマウスをクリックした。


 予想通りとてもでかい画像だった。青い地色に時々白い模様、おぉ、これは雲が混じる青空か。だんだん写真の下のほうが見えてきた。小高い山が見える。木が見える。なにやら建物の屋根が見える。やがて、にっこり笑う友人の姿が。おぉ。余裕じゃないか!この場に及んで笑っていられる。


 え゛?私服だ。迷彩服じゃないぞ。しかも、港と思われる場所で、右手に大きな魚を持って立っているではないか。


 漁港だ。しかもどう考えても日本の漁港、大漁旗なんかも写りこんでいるぞ・・・。


 あわてて本文の続きを読んだ。


 最近はのんびりやってます。今日は港でフィッシングに挑戦しました。釣果はご覧のとおり。


 はぁ、本当の魚釣りか。考えすぎだった。ではそういうことで。 

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