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2005年06月30日 09時52分55秒

土砂降り

テーマ:トホホ日記

異常気象だ。太平洋側は総じて空梅雨、他方日本海側は豪雨である。昨年夏の新潟福井の大雨被害を思い出すが、今年はそのような悲しいことの起きないことを祈る。


さて、激しい雨が降ることを日本語では「土砂降り」という。つまり「土と砂」が降ってくる、ということだ。しかし「土と砂」が降ってくるところを見たことのある人は少ない。


大雨が続くと地盤が緩み、「土砂崩れ」が起きることがある。毎年この自然災害で被害を受ける方もいらっしゃる、お気の毒である。これは物理的に「土と砂(岩や石も)」が崩れるのだからイメージどおりの言葉であろう。


土砂崩れには前兆現象がある。地下水位の異常な変化・湧き水の急激な濁り、これは発生の直前に観測される。また土砂崩れ、いわゆる「土石流」が発生すると、その下流では土石が流れてくる前に異常な「風」が流れる。地盤の形状が変化することにより、局所的に気圧のバランスが崩れる。そのためそのアンバランスを解消するために気圧の平衡化現象が発生し、気圧の低いところへ気圧の高いところの空気が動く。今まさに土石流が発生した部分は土砂によって大気が圧縮され気圧が上がる、それをリリースするために風は下流(これから土石流が進んでいく方向)へ押しやられていく。土砂が動く速度よりも風が動く速度のほうが早いため、下流ではその発生をわずかではあるが事前に察知できる。この「風が来てから土石が来る」までの数秒の間に逃げられるかどうか、で、人生が大きく変わる場合もある。


さて、その土砂降り。英語ではなんと言うか。


It rains cats and dogs.


猫と犬(しかも複数!)が雨といっしょに降ってくる、そういう意味だ。日本のように「土と石」では無い。


猫や犬をペットとしてかわいがっている方は多い。そのような方には申し訳ないが、英語で「猫」「犬」は良い意味ばかりではない。お手元の辞書を調べてほしい。


When the cat is away, the mice will play.
(鬼の居ぬ間に命の洗濯)
turn the cat in the pan
(裏切る)
cat walk
(狭い通路)
cat call
(野次)
look like something the cat brought in
(ひどくだらしが無い)
enough to make a cat laugh
(滑稽な)
Let sleeping dogs lie.
(触らぬ神に祟りなし)
go to the dogs
(落ちぶれる)
a dog's life
(惨めな生活)
cat-and-dog life
(けんかの絶えない生活)


「猫や犬」も「土や砂」が降ってくる雨は、歓迎できない。モノには程度というものがある。日照りと大雨、この中間、が長期安定して実現できれば良いのだが・・・。

ではそういうことで。

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2005年06月29日 10時51分29秒

田舎の国立大学vs都会の私立大学

テーマ:キャンパス便り

先日の教室会議は話が大脱線。もともとは就職活動の話をしていたのだがいつの間にか「田舎の国立大学(現国立大学法人)の学生は社会慣れしていない(ので就職が不利なのか)」「国立大学はまだ、私立大学ほどのスクールカラーを打ち出せていないので、学生も没個性していないか」「同じレベルなら都会の私立大学のほうが良いなあ」という話題になり、「うちの学生にはもっと社会勉強をさせなければ」という結論になってしまった。


民間企業で人事も担当をしたことがある私は、大学に勤めるようになってからもこういったリクルート系の話題において「刺身のツマ」になることが多い。いやな予感がしていたが不幸にも的中し、「鈴木助教授に【社会】について特別講義をやってもらおうか」などと冷やかされる始末。困ったことに、今回は「リクルート対策として、学生を受け入れる側の立場で」という話ではなく、もっとどろどろした話を所望されるようだ。


・学生運動でゲバゲバやりまくり成田闘争では三里塚で千葉県警機動隊と肉弾戦を繰り広げた。
・そのため親に勘当され仕送りゼロとなった
・学費・生活費を稼ぐため、新幹線の某トンネル工事に従事し、出稼ぎのお父さんたちと泥まみれになった。


なんて話は、もう何度もあちこちで話をしていてストーリーが頭に焼き付いている。ピアノマンじゃないが突然記憶喪失になったとしても、この話題は条件反射的に口から出るかもしれない。でも、マジで本学の学生に受けるかなあ…。うちの学生「超純正培養」が多いし、刺激強すぎるし。ただ単に真似されても困るし。


このごろ多いのは、「社会人大学院生」だったころの話のオファーだ。「社長業と理系博士後期課程の両立の苦労話」は本として某新聞社から出版された(あまり売れなかったらしいが)から、その関係での引き合いはある。しかしそれを、純粋培養の学生諸君の前で話をしても実感が沸かないだろう。この手の話は、「勉強をしたいと考えている社会人」に対して、「こんな苦労をするけどこんなに楽しいよ」という論調になってしまう。


私が返事に困っていると、関西方面の「都会の私立大学」から着任してきた助教授の先生が助け舟を出してくれた。


都会の大学はそれはそれで、学生が社会慣れしすぎていて困りますよ。少しは田舎の大学生を見習うべきだ、という議論は良く出ていました。


無いものねだり、なのかも知れない。

結局私の「特別講義」の話は消えた。


しかし、私見であるが、田舎の大学生より都会の大学生のほうが、就職してから即戦力になるような気がしてならない。社会勉強をしている分有利なのではないか。だから、教室会議で「インターンシップ(社会実習)」の拡充をお願いした。学生を学生の身分のまま社会に放り出してみて勉強させようという荒技だ。別に新幹線のトンネル工事に出す必要は無いとは思うが…。


読者の皆さん、純粋培養の学生に社会勉強をさせるにはどんな手段がよろしい?何かあればお知恵拝借。


#なお、「ネットでエロサイトを見せて勉強」とかとTBが入ることが予測されるため、このエントリーはTBできないように設定してみた。乞うご容赦。


ではそういうことで。


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2005年06月28日 13時55分05秒

私の講義はモニターされている?

テーマ:キャンパス便り

学位を頂いて最初の勤務先は市内の専門学校だった。前任の先生が突然退職され困っていた専門学校の理事長先生と「夜の街(?)」で偶然出会ってしまったのが運の尽き。専門が同じでもあり講義内容に問題が無かったので即採用が決まり、あっという間にその学校の教壇に立った。5年前のことである。


前任の先生がどのような講義をされていたのかはわからなかったが、教材を残して退職されていたのである程度の手がかりはあった。学生のノートや資料を少し借りて、前任者と差が無いように気をつけて授業実施計画を練った。


割り当てられた講義の枠が昼食後の1コマ目であったことも手伝って、学生は睡魔との戦いを余儀なくされているようだった。そのため、教室中が凍りつくような駄洒落とか女子学生の前では口が裂けない限り言えないようなヤバイねた話なんかを織り交ぜながら、寝かさないように工夫もしてみたつもりだった。


ところが、あるとき私は理事長室に呼ばれた。

講義中の駄洒落は許すがセクハラ的な発言は問題になるから慎め


「女子学生の前では言えないような話」は確かに口が裂けたため言ってしまったことはあったしそれに対しては反省はしているが、どうして理事長先生の耳にまで達してしまったのか。誰かがチクったのだろうか・・・。

そういうことで、発言には気をつけ、駄洒落のグレードアップを図りながらそれでも面白おかしく講義を続けた。


お世話になっていたその学校では、講義終了後講師は生徒から採点されるシステムを採っていたのだが、私はダントツの一位。そのため翌年もお願いされてしまった。


1年目は年度途中からの採用だったし前任者の続きという足かせがあったが2年目はフルに自分なりの教育ができる。半期13回、通年26回分の講義実施計画を立て、毎回どんな駄洒落を言うかまで折込み、準備万端2年目講義に突入、やはりその年度末の「人気投票」でも2位以下を大きく引き離して連覇。


さて3年目の準備に取り掛かった頃、事務室から呼び出された。用件は「3年目の契約を更新しない」という通告であった。セクハラ発言はしていないし、なぜなんだろうと理由を尋ねたら、こちらの予想をはるかに上回る物凄いその答えに私は耳を疑った。


鈴木先生の講義、通年26回分録画録音させていただいた。このテープはDVDに焼き、学生の自習用に図書室のライブラリに収蔵させてもらう。このDVDがあれば講義は不要だからもう講義に来なくてもよろしい。


はぁあ?←魔邪風


つまり私の講義はモニターされていた、というわけだ。


その専門学校の教室には教壇のほうを向いた「カメラ」が設置されており、事務方が別室で講義内容を録画していたのだ。私はそんなこと露知らず、のんきに講義をしていたというわけだ。調べたら私の前任者のテープもあった。1年目途中採用で苦労して講義を組み立ててきたが、そういうテープの存在がわかっていればそんなことしなくても良かったし。


今思い起こしてみて、結局「毎日が参観会」だったわけ。ビデオが回っている、と考えると萎縮して自分なりの講義ができなかったと思うから知らなくて良かったと思う。


その後別の大学に移った。そこで前任校での話をすると、先方の学科主任の助教授が「ということは先生はカメラに狙われていないと調子が出ないでしょう」と、私の講義中ずっと席の一番後ろにビデオカメラをセットしてくれた。(怖くて)テープが入っていたかどうかは確認しなかったが、確かに調子が出たことは事実だ(涙)。


幸いなことに、今の大学では、そのようなことは無い。たぶん、おそらく、きっと・・・。


立場が変わって子供の学校の参観会に行くと、先生が気の毒になることがある。親の目に監視されているのだ。しかも一人二人ではない。そのプレッシャーたるや相当なものだろう。無人のカメラにさえおびえる(?)私にとっては、生身の人間が参観しているような場所では到底講義はできない。だから、子供の学校の先生方を心から尊敬する。

ではそういうことで。

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2005年06月27日 14時19分12秒

論文作成グッズ

テーマ:キャンパス便り

学部・修士の時代は今から20年以上前だ。懐かしく思い出すのは、当時満足なワープロが無く、論文を仕上げるというのには一大決心が必要だった、ということだ。


当時の論文は手書き。超重要で長さがそんなに長くないもの、は和文タイプ打ちをした。今でも有るとは思うが、数千もの活字が入っているタイプライターで、一文字ずつ探し出して打ち出す形式のもの。私は当時のバイト先に「電動和文タイプライター」があったので時々使わせていただいていた。ただし、活字を見つけ出すのが至難の業だし、打ち間違えると修正が大変で、A4用紙1枚打つのに何日もかかるようなこともあった。

参考:和文タイプ→http://www.geocities.jp/kyo_oomiya/jpntype.html


実験装置図や結果グラフ、表などは製図版に向かいT定規と烏口(からすぐち)で書くのが普通だった。私の場合これまたバイト先に「ドラフター」とステッドラーの製図ペン(烏口と違っていつも同じ太さの線が引けてすごく便利だったが長高嶺の花だった)があったのでこれまた拝借して書いたものだ。

参考:ステッドラーの製図ペン→http://www.staedtler.co.jp/products/07_technical/01-mars-professional/index.html


本文は手書きだ。論文ともなると他人様にも見ていただくことになるので、なるべくきれいに書くことを心がける。そうすると注意が散漫になってしまい文章がすごく変になっていくことが多かった。すなわち一度下書きをして、十分に推敲し、そして清書することが要求されたのだ。


コピーもそんなに普及していなかった。乾式コピーもあることはあったが、主流は「青焼き」「青写真」とも呼ばれた湿式コピーだった。もちろん「両面コピー」などは出来ない。


プレゼンテーションはスライド。和文タイプや製図ペンで書き上げた原稿をスライドフィルムを入れたカメラで写真撮影。現像してカートリッジに入れ、映写機にかける。修士の研究室は実験の性格上暗室を持っていたので、実験が終了した後その部屋に篭って自分で現像した。学会発表のときはそのスライドをケースに入れて会場に持参するのだが、発表前に映写機に装填する際に、天地とか左右とかを逆にしてセットしてしまい、発表の時間になってそれに気づいて大慌て、なんて失敗も日常茶飯事だった。


それが当たり前の世界だと思っていた。


そんなわけで修士を修了して社会人になり10余年。再び大学院後期に社会人枠で入学して私は腰を抜かすほど驚いた。


論文はワープロ。学生一人に一台づつパソコンが割り当てられており、好きな時間に論文を作ることが出来る。作表もパソコンソフトであっという間だ。装置図なんかも、簡易お絵かきソフト程度のものでサクサク書けちゃう。


極めつけはプレゼンだ。私が大学院生だったころはそれでもまだ、「パソコンで作った原稿をOHPフィルムにプリントアウト」して発表する感じだったが、今では、プレゼン系ソフトで作成してそのままパソコンをプロジェクターに接続して投影。理論上、発表の直前まで原稿の修正が可能である。実際私の博士論文の公聴会のとき(2000年1月だった…もう5年半も経つのね)は教室にパソコンとプロジェクター持ち込んで、発表の直前まで何度もファイルの修正とプレビューを繰り返したっけ。


学会発表もそうだ。今では発表会場にパソコンが備え付けられるようになったので、発表者はポケットにメモリーデバイスを忍ばせていくだけでOKだ。重いOHPフィルムを抱えて旅することも無くなった。それでも一応不安なのでラップトップは抱えていくことになると思うので重さにすればOHPフィルム持参と変わらないかもしれないが、やはり「いつでも直せる」のは安心だ。実は1999年に香港科技大學で学会があった際、発表前夜にOHPフィルムに間違いを発見。修正をどうやるかで一騒動したことがあるのだ。結局修正が出来ず恥をかいただけだったが、パソコン式ならこんな思いをしなくてもすむもんな。


同業(研究者・教員・大学生)の読者の方にお伺いしたいのだが、皆さんが論文を作成するときに使用する「作表ソフト」って何?今の学生はエクセルでデータ整理してそのまま表を作るようだけれど、私はSMA4(スマフォー、と発音。アイドルグループではない)を愛用しているだけどマイナーかな?。
ではそういうことで。


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2005年06月26日 21時53分15秒

におい

テーマ:トホホ日記

地方ローカル線に乗って数時間の移動をした。車窓の眺めは目に優しかったが、鼻からも色んな「風景」を感じた、風に運ばれてくる景色を、だ。


地方に住んでいると、移動は新幹線や飛行機に頼ることが多い。こういった交通機関だとビールを飲んでいたり弁当を食べていたりしても当たり前のことのように私の鼻は何も感じない。しかし長閑な田園風景では、わずかな風の匂いも気になる。


田園風景に似合うにおいとしては「田舎の香水」「農薬」がある。あるいは上品系なものとしては菜の花のにおい、柑橘類のにおい。においのバックグラウンド、あるいはにおいのキャリアである空気がきれいだから余計良くわかる。専門の化学分析でいうと「測定閾値」が低下したような、あるいは「分析精度」が向上したような、そんな気分になる。


今日はそんな外のにおいだけではなく、車内から漂ってくるにおいに着目してみた。


ローカル線が出発してまもなく、隣のボックスでせんべいをかじる音がし始めた。おばさんたちの楽しそうなグループだ。聞き耳を立てるまでも無く、話の内容は嫌というほど耳に飛び込んでくる。せんべいの米・味付けの醤油のにおいと、のどに一緒に流し込むお茶のにおいがした。


昼食時になり、車内のあちこちで弁当のにおいがし始めた。海苔・梅干・きんぴらごぼう、肉じゃがのにおいもする。「駅弁」というよりも、自宅で用意した弁当なのだろうか「オフクロ」のにおいだ。


突如鼻を突く嫌なにおいがした。においのするほうを見ると、体操服姿の女子学生がなにやら必死な形相で口に運んでいた。納豆だ。パック入りの納豆を、ご飯にかけるでもなくそのまま、しかも2パック、一気に完食。


目的の駅に着いた。ホームで都会を感じた。フライドチキンのにおいだ。ローカル線には似つかわしくないようにも感じた。


鼻で感じる旅も、たまには良いかもしれない(私にとっての天敵の「納豆」さえなければ…)。ではそういうことで。


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2005年06月25日 10時56分36秒

ノート

テーマ:キャンパス便り

普通「大学ノート」というと、B5かA4の大きさで、紙が40~50枚が綴じられているもの、という連想をする。


小学生の頃、ほかの友達がチャラチャラした「学習帳」を使っていたのがとてもうらやましかったが、私は親が買い与えてくれる無味乾燥な「大学ノート」を使っていた。


小学生が大学ノートを使ってよいかどうかわからなくて、当時親は担任にそのことを質問した。担任は、「大学ノートは、東京大学の正門前の文具店がその名前で発売した商品名であるから一種の縁起物だ。ノートの機能とかに差は無いから、罫線の間隔とか紙質が自分にあっていると思えば使ってよろしい」とおっしゃっていたと思う。「縁起物」というキーワードが一人歩きして、当時(田舎の小中併設校)一大ブームになってしまった(苦笑)。


小学生には40ページしかないようなノートがとても厚く感じた。1年で1冊使いきれなかった記憶がある。

そしてついに自分がその大学生になった時、時代はルーズリーフ。ほかの友達が「白紙のルーズリーフ」だけを持って登校、講義中に書き込んだその用紙は自宅に帰ってバインダーに綴じるのだ、という。私は大学ノート使用を貫いた。


というか、当方大学生(学部と修士・都内某大学)時代は親に勘当され仕送り無しのキャンパスライフを送っていたため、高価なルーズリーフの紙(とそれを綴じるバインダー)を買えなかった、というのが実際のところではある。


そんな中で大学の講義中にある先生が「ノートのとり方」を教えてくださった。まさにわが意を得たりの感覚だったので以降それを実践し続けている。


その方法とはこうだ。


大学には、厚いノート一冊だけを持って来る。このノートは「講義別」に使い分けるのではなく、すべての講義で共通に使用する。一日の最初に新しいページに移り日付を書く。そしてその日の講義の内容を速記よろしく片っ端からそのノートに書き写していく。とはいえあまり神経質になる必要も無く、キーワードだけを列記しても良いし先生のおっしゃるくだらない駄洒落なんかもメモするのも面白い。つまり、何でも書くノート、を大学に持っていうのである。


そして講義終了後、自宅で科目別に用意した別のノートに書き写す。後で見返しても理解できるようにきれいな字で書く。講義中不明だったことなどはさらに図書館で調べたりして整理しておく。そのためこのノートは「差し替え」が便利なようにルーズリーフでも良い。私はこの科目別ノートも大学ノートだった(理由は前述)が、差し替えとか挟み込みはもっぱら広告の裏なんかを切ってノートに貼り付ける作業となった。


つまり、講義中に使用するもの(ほとんど書き殴り)と自身の財産となる講義記録(清書してきれいにまとめてある)のもの、の2種類のノートを維持していく方法である。


この方法、確かに復習効果があって講義内容を忘れにくいし、しかも、講義中にまとめながら書くという作業が不要な分だけ先生の話に集中できる。


このときの記録ノート(先の火事でも焼失を免れている)は今読み返してみても教科書以上の値打ちがある、と自画自賛している。一方の殴り書きノートは、確かに日記帳みたいな性格として別の意味の価値はあるが、何が書いてあるのかほとんど判別不能だ。



立場が変わって教える身分になった。当時の自分と同じく、ノートの書き方がわかっていない人が多い。こちらが板書しなければノートを書かない。別のエントリーで書いたことがあるが当方の肉筆はとても日本語として解読できるような代物ではないので、板所を書き写すことだって彼らからすると困難かもしれない。だから、差し出がましいようだが、こんな方法もあるぜ、と私が習って実践しているノートのとり方を教えたりすることもある。


いや、学生だけじゃない、教室会議なんかで他の先生方と一緒になる会議に参加することがあるが、先生方の中にもノートの取り方が変な方がいらっしゃる。会議なんだから「板所」は無い。あらかじめわかっているような議題については添付資料があることがあるが、その裏側を使ってメモをする人もいれば、ラップトップ持ち込んでその場でワープロで会議メモを作ろうとがんばっちゃっている方もいる。私は、分厚い「なんでもノート」を持参し速記録、後からワープロで整理して添付資料と一緒にファイル、だ。確かに時間とか手間はかかるが、内容はかなり覚えておくことができる。


私はずっと理科系の人間だから、文科系の事情は良くわからない。果たして人文科学や社会科学で同じようなノート法で良いのかどうかもわからない。文系の方はどういうノート法を採用しているのか、教えていただけると幸い。


さて、その「分厚いノート」。このごろはなかなか入手できなくなった。以前は東京銀座の大きな文具店で買うことができたが、今は在庫が無いようだ。手持ちあと1冊、このままの勢いだとあと数ヶ月で使い果たす。どこかでこのノートを見かけたら情報頂戴。


サイズ:A4
罫線:なし
紙質:わら半紙
枚数:500枚(大学ノート10冊分?)
ちなみにメーカー不問(現用品もメーカー不明、海外製品かも)。


ではそういうことで。

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2005年06月24日 12時03分23秒

水槽

テーマ:キャンパス便り

ゼミの時間。話が脱線して、「なにか画期的な発明をしてそれで左団扇になれれば、大学でみみっちい研究なんかしなくてもよいのに」ということになった。


もちろん基礎科学の知識はあるが、市場性があり収益性が有ってみんなに喜ばれるような画期的なもの、へと繋がるような知識となるといささか心もとない。私の専攻は化学である、厳密に言うと環境科学。「世のため人のため」になるような研究を心がけているつもりではある。が、「じゃあそれで一生遊んで過ごせるほど儲かるのか?」といわれると否定的な答えしか出てこない。


そこで、今やっている研究の発展形として、「バブリーに儲かるような研究のネタ」は無いかどうかについて学生諸君とディスカッションに入った。


そういうときに参考になるのが、話題の「青色発光ダイオード」だ。特許を得た際の発明の対価として数億円の価値がついているという。しかしそんなホームランはいきなりは無理だ。野選で出塁できるようなちっぽけなものでも良いから無いのだろうか。そんな中で出てきたのは研究室に設置の水槽に着目した案だ。


実は私どもではバイオ関係の研究のため実験動物(蛙)を飼う必要がある。そこから卵を取り出してDNAとか細胞分裂の様子を確認するなどして環境科学的情報を集めるのが仕事なわけだが、ただ単に殺してしまう蛙を飼うだけでは設備の無駄だから、そこで何か金になるものを飼いましょうか、ということになる。


水の中で養殖させるもので一番高価なもの、として「真珠」があがった。研究室の水槽で真珠が養殖できるわけが無いが、最初から「出来るわけが無い」と切り捨ててしまっては科学の進歩はない。で、学部4年生に「卒論はともかくとして修論は真珠だ。今からせっせと養殖に励んでくれ」と命令。


4年生君、最初は「よっしゃ、これで儲けるぞ!」と張り切っていたが、真珠の養殖プロセスを知るにつれて顔色が青くなってきた。だって貝の中で真珠が成長していくのには数年スパンの時間が必要なのだ。2年で論文が書けるわけ無いじゃない。で、彼いわく「2年で結論でなかったらどうなるのでしょうか」、と。


そんなもん、卒業(=大学院の場合は「修了」という)させるわけにはいかないわな!


その一言で彼は意気消沈。思わず出た一言が「しんじゅられない・・・」。


ということで、楽しい雰囲気のうちにゼミ終了。学食でのランチは洋食(ようしょく)にしようか・・・。
ではそういうことで。


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2005年06月23日 11時39分06秒

サマータイム

テーマ:キャンパス便り

札幌の某大学の先生から久し振りに頂いたメールに『北海道で現在試験導入しているサマータイム』についての記述があった。昨年に続いて2回目の実験で、今週から7月いっぱいまで続く、とあった。


案外知られていないことであるが、日本でも過去にサマータイムを導入したことがある。太平洋戦争後の一時期、1948年から数年間のことである。私は生まれてはいなかったが、勤務先の教授方の中には経験者もいらっしゃり、さっき事務室で振ってみたら、今朝はこの話で持ちきりである。


当時の日本では、「早く仕事を始めて、夕方明るいうちに終業。その後の時間(=余暇)を有効に使おう」という趣旨があったらしい。もちろん現在海外で導入しているサマータイムも同じ趣旨だし、今回の北海道での試験導入もその点の狙いを持っているように思える。


私も海外で何度もサマータイムを経験している。来月欧州に出かけるが、かの地でも当然サマータイムを実施している場所がある。時計を一時間進めて、夕方早い時間からパブに直行!なんていうライフスタイルは一種憧れでもある。もっとも、私が良く行く英国では、朝から営業しているパブも多く、お父さんたちが一日中真っ赤な顔している光景を見るから、あまり関係ないのかもしれない。


さてそんな中で思うのは、「全部が全部時計を一時間進めたら、世の中がその早まった時計にシンクロしてしまっているので余暇時間は増えない」のではないか、ということだ。たとえば仕事が明るいうちに終わっても、その後買い物したりする商店がやはり一時間早く閉店してしまっては何の意味も無い。現状と変化が無い。だから、もし経済効果まで狙うのであれば、「サラリーマンと学生はサマータイム」「サービス産業は従来の時間」という「一国複数体制」が必要なのかもしれない。だとすれば「サマータイム」ではなくそれぞれ就業時間を変更すれば良い。「サラリーマンの就業時間は午前7時から午後4時(昼休み1時間)までの8時間」「学生(とその教職員)は午前6時に始業して午後の3時には終わる」「サービス業は昼に始業する」。無謀かなあ・・・「サービス業でパートをするお母さんは昼出勤、会社勤めのお父さんは7時出勤。学生は3時には学校が終わる」家庭が崩壊してしまうだろうか。


ただ、現在日本で導入されているサマータイム導入は、「余暇時間の拡大」だけでなく「涼しいうちから仕事を始めて全体として省エネを!」という魂胆が見えている。いや現在導入が検討されている背景は省エネのことが第一義であろう(エネルギー関連以外の経済効果のことを絡めて考えるから話が複雑になっているだけだ)。そうだとしたらある意味賛成。試してみるのは結構なことだと思う。
ではそういうことで。


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2005年06月22日 08時51分02秒

オフ会#1告知

テーマ:欧州遠征2005夏

夏の学会出張の準備が進んできた。下記告知なので「ですます調」モードに変換して記述。




出張先で当ブログのオフ会第1回を開催することにしました。


日時:2005年7月10日 19時開始
場所:英国大倫敦市暇日飯店


The 1st offline meeting of this blog will be held in July 10 1900 GMT at HolidayInn London UK.


当日に限り英国ヴォーダフォンのチップを携帯に装填しております。英国内から 078 84 42 11 43 (このチップでは国際電話着信の部分拒否設定をしています。日本からはこの番号に着信出来ません、日本国外からおかけください)。


Please contact me (via Vodafone UK +44 78 84 82 11 43, it is not available call from Japan).


<すんません、英語デタラメだから突っ込まないように(泣)。>ではそういうことで。



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2005年06月21日 18時47分01秒

「一日教授」に就任!?

テーマ:キャンパス便り

大学の近くにある大手企業の研究所の方々がご挨拶にみえる、ということで、「産学連携」を担当している私の部屋にもそのお客さんがいらっしゃることになった。ここ数日は講義のほかその対応にも頭を悩ませていた。


自分自身の研究内容の事は聞かれればいくらでも答えられるが、大学の過去の「産学連携」の流れとかを聞かれるといささか心もとない。なぜかといえば私はこの春に着任した新人だからだ。しかも思い切りヘッドハント(表向き教員公募に応募したことになっているが結果的に出来レース!?)されての就任だから、予備知識もないし、先入観もなかった。


それよりももっと心配だったのは私は着任以来まともな名刺を持っていない、ということだ。研究者仲間とか出入りの業者に渡すための、「パソコンで急ごしらえした」名刺ならあるが、大学のロゴは入っていないし、インクジェットで作ったかなりインチキくさいやつに仕上がっているのだ。遊びで配る名刺ならインチキでも勘弁してもらえるかも知れないが、大学にいらっしゃる外部のお客(ある意味、大学にとっては学生と並ぶ「資金源」になりうる)にそんな名刺を差し出すわけにもいかない。しかも、副業(厳密にはこっちが本業)の家業の名刺(「社長」などという肩書きが書かれている)を出すのもはばかられる。


そこで先週末、事務方に、「ほかの先生と同じように大学のロゴの入った名刺がないと困るのだが、100枚で数千円ぐらいだったら自己負担でも良いので印刷屋でちゃんとしたのを作ってくれ。」と直訴した。


今日大学に出勤したら一箱出来ていた。午前中は時間がなかったので箱に入れたまま机の上においておき、午後、講義と昼食が終わったあと研究室でふたをあけてしみじみと眺めてみた。


良いなあ。ロゴ入りでしかも2色刷り。早速数枚を名刺入れに入れてスタンバイ。


まもなくお客様がやってきた。早速名刺交換だ。先方は大手企業の研究所長で、本社の役員も兼任しているお偉いさんだった。そのような雲の上の方が「鈴木センセ」と私を呼んでくれる、ウレし恥ずかし光栄なり。初対面の方とは話の取っ掛かりをつかむために名刺って本当に有用なツールなのだ、これは社会人生活をしていると嫌というほど感じることである。


当初の危惧が杞憂に終わってお客を次の訪問先(隣の棟)に送り届けた。


で、改めて出来たばかりの名刺を見てみた。


国立大学法人 ○○○大学工学部

客員教授・博士(工学) 鈴木 某 
 


なぬ!?


客員教授」と。私の職名は「客員助教授」であるぞ。「」が有ると無しでは待遇が雲泥の差。


事務方に伝えると顔を引きつらせながら『すみませ~ん』と消え入るような声。速攻で作り直すらしい。私の「客員教授」

の肩書きは今日一日だけ、さっきいらっしゃったお客様にだけ与えられたものだ。消防署なんかの「一日署長」と同じかそれ以下だわ。


私の「客員教授」の名刺、絶対にプレミアがつく。残り99枚、一応家宝にしておこうと思う。 ではそういうことで。

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