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2005年05月31日 19時02分52秒

テレビ出演

テーマ:トホホ日記

前々から、素人物まね系のテレビ番組に出演しないかというオファーはあった。とりもなおさず『カンニング竹山』のそっくりさんとして。


自分でも似ていないとは思わないし、しかもこのブログ読者のちゃみちゃんさん から「僕は本物の竹山とは違ってバイオリンは弾けませんが、大学でバイオをやってます」というオチも頂いたことだし、冗談半分ではあるが少しだけ前向きに考えていた。


先般再びテレビ製作会社から電話があった。何とびっくり!「入院しているほうの相方」のそっくりサンが見つかったので、その二人で一芸しませんかねえ、と。にわかに現実味を帯びてきた。


そこで、子供に相談してみた。その反応は予想していた通りビンゴであった!


「えぇぇぇ!ただ似ている程度なら話題になっていいけどマジそんなテレビに出たら微妙に嫌だなあ。いじめられることは無いと思うが、自慢も出来ないし!」


だよな。まあいじめかは無いと思うが、「似ている」とはやし立てられる程度が身分相応。自分から『どうだ!似てるだろう!』ってテレビに出るのも、完璧にウリフタツで逆に紛らわしくて困るぐらいで無いとテレビを見てる視聴者に迷惑というもの。


そこで、もしパパがテレビに出るとしたらどんな番組なら良いのか、ということを子供たちに問うてみた。


親の予想:朝まで生テレビ
子の回答:トリビア


何?トリビア??

「何でこんなことを知っているの?」っていうような事を平然と(カンニングペーパーを見ながら棒読みで)答える「大学教授」として出演するのが、子供の望む私のテレビ出演ということ、だ。


あ゛、私は教授じゃないから無理か?

そうやって愚痴をこぼしているからますます、竹山に似てくるようだ。

ではそういうことで。

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2005年05月31日 13時14分30秒

あたりまえだが明日から6月

テーマ:トホホ日記

女房が衣替えの準備をはじめたことでまもなく6月になることを知った。職場の環境が変わり、厳密には完璧に体が慣れないうちにも衣替えだ。


職業柄放浪の民のような生活をしているため6月の衣替えは地域差があると感じている。南の地域では5月20日には夏服になっているし、北国では7月に入ってやっと衣替えとなるところもある。現在住んでいる地域では「5月の最終週から夏服」という感じか。通勤途上に見る学生さんの制服を見ると既に白い夏服だ。読者の皆さんの地域では大体いつから衣替えになるのだろうか。


さて私はといえば、昨年は間違いなく着ることができた夏のスーツが縮んでいた(身体のほうが横幅が増した、という噂もある・・・泣)ので大慌て。今から急に身体を小さくすることもスーツを大きくすることもできないから、「いっぱいいっぱい」の状態でお勤めをしなければならない。もっとも講義中とかは上着を脱がさせていただくので、会議と通勤中だけ少し「肩身を狭く」しておけばよいだろう。ま、新しいスーツを買うことも我が家の財政状態では無理なので、何とかダイエットしなければと思う今日この頃(苦笑)。


息子が生まれるときその予定日が6月1日、英語でJune 1 なので、ジュンイチにしようと思った。しかし予定が何週間も早くなって5月中旬に生まれた。メイ15とかという名前も変なので結局普通の名前にした。息子が中学になって英語を習い始めたら教えてあげようと思う。


余談だが、東海道新幹線のどこかの駅の前に「メイワン」というショッピングセンターを見かけたことがある。印象に残っていたので調べてみたら案の定、その創業が「5月1日」だったからそんな名前にしたのだそうだ。「ジュンイチ」とコンセプトが近くて私は愉快だ。


まもなく梅雨となる。じめじめしてくる。しかし私はなんとなく嬉しい。雨期だけに「ウキウキ」する。

ここ笑うところ。ではそういうことで。

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2005年05月30日 16時30分55秒

学園祭

テーマ:トホホ日記

先週末、自宅近所の高校で学園祭があった。チビ達と一緒に出かけてみた。


高校の学園祭というのは自分が高校にいた3年間しか経験がなく、その後「お客様」として行くこともなく、浦島太郎みたいな感覚だった。もっとも、大学の学園祭は、大学教員になって以降それはそれで経験しているが、大学のそれと高校のそれでは大人と子供、アメリカと日本、月とすっぽんほど違う。


自分が高校生のときは、学校祭を外部に公開していなかった。つまり学内だけのままごとのようなお祭り。もちろん彼女を招待したり、というわけにはいかない(あ、親兄弟はOKだったので「妹」が来たりすることはあったようだが…)。


私が大学に在学中は学園運動華やかなりし頃で、キャンパス内に半ば常設化していた「成田空港反対!」「学費値上げ反対!」のでかいアジ看板の前のステージで、私は苦学生の経済状態と救済を訴える演説をしたりしたものだ。当時からマイクパフォーマンスだけは優れていた私は、デモとか座り込みとか、そういう肉体系の活動よりも、「演説」という非暴力的な面で活躍の場があった。


私の母校の学園祭というとはっきり言って硬派一色。学生自治会(=学生運動家の集団、当時は)の独壇場であり、ちゃらちゃらした学生が出る幕ではないのだった。


脱線するが、私は自分の金で私立大学に通った。親に勘当されていて学費も生活費も援助がなく、長期休暇に土木作業員をやってこれらを稼いだ。詳しく言うと個人情報が出てしまうので言えないのだがが、某地方の新幹線の長大トンネルの工事を手がけながら大学に通ったのだ。本当に貧しい6年間だった(留年したら死ぬので気合で4年+2年で大学と修士課程を終えた)。


先日機会があって25年ぶりに自分の携わったトンネルを新幹線で通った。わずか数分で通過したトンネルの中で、大学生活6年間の思い出がよみがえった。


で、「学費値上げ反対」の演説が終わった瞬間に、最前列から掛け声がかかった。『よぉ!鈴木君よ。そんなに学費が払えなくて困っているなら国立大学にいけよ!』。もちろんそんな簡単な解決策ではだめだ。私の当時のIQでは国立大学に入れなかったし(だからせめてものリベンジで、今国立大学法人のセンセになっているのだ)。


そんなことを思い出しながら、今はしっかりそういう過激な活動から足を洗った私は愛する家族と近所の高校の「ままごと」学園祭に出かけていったのだ。


チビどもは高校生を見慣れていない(苦笑)ので最初は戸惑っていたが、だんだん雰囲気に溶け込んでいった。それをまたほほえましく見ている親馬鹿。


今朝の新聞を読んで驚いた。昨日の東京大学の学園祭において大学の将来展望について学長が講演をしたそうだ。私が大学生のときの感覚では、「大学自治の最大の敵は事務方。学長はその長。」であるからにして、自治会と学長はとても仲が悪い筈。切れ痔が裂けようが、目から鱗が落ちようが、絶対に両者が共同歩調をとることはなかったと思う。


時代は変わったのだな。安田講堂のあの抗争も、歴史教科書行きか…。
ではそういうことで、。

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2005年05月29日 22時25分10秒

矯正

テーマ:トホホ日記

教育実習生(教生)の事を数日前に書いたが、キョウセイ繋がりで矯正の事を書こう。


子ども達が「歯の矯正」をはじめた。若干歯の並び方がユニークだったが、別に一般の生活に困るわけでもない。それでも「歯を食いしばって頑張る」ときに歯並びが問題で力が出しきれないのもなあ、と思い、子ども達を矯正歯科に連れていった。


アメリカのホームドラマなんかを見ていると、そばかすだらけのお姉ちゃんがにっこりした歯にブリッジが光る、なんていうシーンがあるが、まあ、それと同じようなものが子どもの歯に装填されるわけだ。


診察の過程が終わって、過日、子どもの歯に器具が付く事になった。送り出したは良いが口の中に異物を入れることはなんか嫌だなあ、と思っていた。しかし歯科医から戻ってきた子どもは『夜寝るときだけやれば良いんだって。学校にやっていったら微妙に恥ずかしいけど、寝ているときだけだった別に問題無いしぃ。』と意外とあっけらかん。


その晩、お休み前に歯を磨いていよいよ装填。司会で練習してきたらしくカパッカパッとはめていく。お年寄りの入れ歯みたいな感じ。そしてニヤッとしながら子どもがつぶやいた。「これでパパと一緒だ!」


私は歯の矯正はしていない。残念ながら入れ歯もしていない。何で私と一緒かというと、私は重度の巻き爪で、「爪の矯正」をしているのだ。もともと巻き爪だったわけではない。足の手術をした後体の重心というかバランスが変化したらしくて、立ったり歩いたりする際に足の指にかかる力の具合が変わったので、なんかそれで巻いてきたみたいなのだ。爪を剥がして…と手術をするのも嫌なので、「無痛」でできる爪の矯正をやっている。


爪に細い穴をあけて、超弾性ワイアを通す。そのワイアが戻る力で徐々に爪をまっすぐにしていくという手法。だからある種「歯の矯正」と概念は同じだ。子どもは、私の足の指のワイアを指差して、自分の歯に装填した矯正器具と同じだ、といったわけだ。


治療法に関しては、装填器具の特許を持っている「多摩メディカル社」さんのホムペ を参照されたし。
ちょっとエグい(症例や治療例の)写真があるから、クリックする場合は注意。


子どもの歯の矯正と私の爪の矯正の違いは、私のは「付けっぱなし」、子どものは「夜だけ」。少しだけ羨ましい。


さあ今日から競争である。どっちが早く直るか。こればっかは子どもに負けても良いな、と、早くも戦線離脱の親バカであった。

ではそういうことで。



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2005年05月28日 00時45分15秒

シャボン玉2

テーマ:子どものネタ

数日前にジャンボシャボン玉の事を書いた。今回は少し違った観点からシャボン玉を考察してみる。


♪シャボン玉飛んだ
♪屋根まで飛んだ


おなじみの野口雨情作詞の歌である。どなたも一度や二度くちずさんだことがあると思う。


野口雨情の歌詞は一種独特である。少し暗い。赤い靴・青い目の人形・雨降りお月さん・黄金虫…。明るい調子の歌詞といえば 証城寺の狸囃子とか兎のダンスぐらいか。


さてそのシャボン玉。


1番の歌詞に出てくるシャボン玉は屋根まで飛ぶ。屋根まで飛んで壊れて消えたのである。


一方2番の歌詞は短調で歌いたくなる。すぐに消えるのである。シャボン玉は飛ばない、消える。産まれてすぐに壊れて消える。風が吹くと消える。シャボン玉を高く飛ばしたいから風よ吹くな、と願う。


科学的に考えると、1番のシャボン玉は粘土が高く比重の小さいシャボン。2番のシャボン玉は粘土が低いか比重が大きい。屋根まで飛ぶ前に吹き口のところで壊れてしまう。


この歌は中山晋平が曲をつけて大正11年に発表されている。だからタイミング的には特段因果関係は無いかもしれないが、実は雨情は明治41年に生後間もない(7日、という説から2年という話まである)の長女を亡くしている。この歌が亡くした子どもへの鎮魂歌であるという説は、80年以上経た今でもまことしやかに流れている。「シャボン玉」でブログをググっても結構あちこちでこの話を見かける。


私ども夫婦は二人の子供を亡くしている。流産と死産だ。まわりからは「ある程度大きくなってから亡くすよりも」と慰めの言葉をかけてもらったが、シャボン玉はシャボン玉だ。いつかは消えて無くなるのだが、それでも一分一秒でも長く生きてもらいたい。私がいくら身代わりなりたいと叫んでみても叶うことは無い。男の私でさえショックは大きかったのだからおなかを痛めた女房の気持ちは筆舌に尽きない。その分、今の二人のチビを、彼らの分までかわいがっているつもりである。


シャボン玉は、液を作るときの配合でその性質を変える事ができる。膨らまないようにすることもとてつもなく大きなモノも自由自在に。しかし生まれてくる子どもは、いつも「すぐ壊れないように」とあらかじめ調整されているわけではない。それを個性という。いろんなプロパティを持ったシャボン、いや子どもがいて当然なのだ、それが世の中なのだ。だから、せめて「風が吹かないように」と願うことしかできない。


ジャンボシャボン玉は、子どもたちの心をつかむ小道具として、自前の科学教室では必ず取り入れている。幼稚園や地域のイベントには呼ばれて実演することもある。そのとき私は必ず雨情のこの歌の話をしている。今年の夏祭りでは実家の親が私の「芸」を真似するらしいが雨情の話をするかは判らない。


雨情の悲しみ、私どもの悲しみ、同じ体験をされている方も多い。シャボン玉の歌を歌いながら、世界中の子どもたちの幸せを祈りたい。即ち今の子どもたちシャボン玉は屋根の上のずー--と上のほうまで壊れずに飛んでもらいたいものだ。少しの風なら良いけれど、強い風は勘弁してもらいたい。過保護かもしれないけれど。


ではそういうことで。


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2005年05月27日 10時25分17秒

教育実習

テーマ:キャンパス便り


私の研究室の学生が来週から教育実習に出る。私の現在の所属は理科系学部であって、教育学部では無いのであるが、うちの学部内にも履修者は少ないが教員養成課程があって、免許を得るためには必須の教育実習がある(その他私の時代には無かったが、福祉施設での実習が課せられていたりして今の子達は大変だと思う)。


しかも大学からは「教育実習先は自己開拓」と通告されているらしく一般的に出身校で実習するのが慣わしだが、彼は小中の母校が廃校になっている関係で就職活動と同時並行で教育実習先も探す羽目になっていた。そういう苦労している学生を見て、何もしてあげられない自分が情けなくなった。


私も20年以上前に、所属していた都内の私立大学で教職課程を履修、、その付属中高で教育実習をしたことがある。学部のときは中学、修士の時は高校で、である。特に印象に残っているのは中学課程の、即ち最初の実習のときのことだ。


「大学で学んだことを実践する」という意味では、今の大学で盛んな「インターンシップ」みたいなもの。座学と実学ではこんなに違うものか、と思い知らされた。特に「相手が生身の人間」であって、それぞれに個性がありみな違う。そんな子供たちが50人(当時は子供の数が多く50人学級なんてのはザラ)もいるのだから、とても「教科書」通りにはいかない。


特に痛切に感じたのは、「教壇の上から見た教室」が「学生側から見た教室」とまったく違うことだ。


私も高校では一クラス50人の世界にいた(中学までは小中併設の過疎学校)。大学の講義なんかでは階段状の部屋に百人規模で収容されることもあった。当然教師の目なんか行き届かないはずである。教科書で机の上にバリケードを築き授業中に弁当を食ったり、本を読んでいる格好をしながら居眠りをしたり。そんなことをしていても、部屋の隅のほうや後ろのほうならまず先生から見つからないと思っていた。


ところが、実習で教壇に立ってはじめて、全員が何をしているのか、一瞬にわかるということがわかった。カルチャーショックだった。


そのことを教育実習後のレポートに書いた。その後戻ってきたレポートの実習指導担当教官のコメントが冴えていた。


今まで教室で働いてきた悪さ全部が教壇の上から見抜かれていた、ということを教訓に、これからも勉強してください。教師になった暁には、「どんな行為を見逃し何を咎めるのか」についても瞬時に判断できるような教員になってください。


大学に戻ってからは、「教壇からはどう見える」を意識しながら、内職に励む(ぉぃぉぃ!)ことになったのだ。


以降20年強一応教育界にいるが、やはり、今日も教壇の上からは学生の一挙手一投足がミエミエである。一番多いのは寝てる奴と内職。ケータイのメール。イヤパッド(ヘッドフォン?)を耳に手足でヘビーにビートを打っている者。気になるのは帽子を取らない者(ファッションなんだろうが、教師の前では帽子を取るのが礼儀、という古い考えは通用しない?)、化粧を整える女子学生。良いか悪いか別にして私はこれらは全部見逃している。せっかく講義に出てきているのだからちゃんと聞いていなければ損だ、というような貧乏症的な考え方は今の子供たちには無いのだろう。


一方咎めるもの、これは迷惑行為だ。ケータイをマナーモードにしていない者、授業中にいきなり通話を始める者。いびきをかくもの(ただ単に寝ているだけなら見逃し)。小学生でもあるまいに必ずいるのが講義中に席を立つ者(急病とかは仕方ないが)。こういう学生は私の講義では「VIPカード」を発行される。Very Impedimental Person(とっても邪魔な奴)のVIPね。集めても何もならないが(苦笑)。っていうか、先週だったかゼミの途中で思い切り私のケータイが鳴動!面目丸つぶれ(泣)。


さてさて、そんな話を教育実習に出る学生に話をしてあげた。実習が終わったらどんな感想を言ってくるのか、楽しみだ。ま、私の弟子だから大きな期待はしていないが(苦笑)。


ではそういうことで。

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2005年05月26日 12時30分12秒

テーマ:環境科学

時節柄蛍(ほたる)の話題を良く聞くようになった。案外知られていないことだが蛍が何匹いるか、ということを示す単位は「頭(とう)」である。動物と同じく一頭二頭と数える。私は蛍にとって重要なのは頭ではなくその尻尾すなわち発光する部分であるから、発音が同じでも「一灯二灯」と数えたほうが良いような気がしているのだが、まったく発光をしない奴もいる(灯、を持っていない)し、まあ決まりだから仕方が無い。


化学をやっている人間としては、蛍のその光も「化学反応」として捕らえがちだ。というか、蛍の光は「化学発光」の教科書にも取り上げられるほどポピュラーな反応でもある。


詳しいメカニズムは教科書を参照していただきたいのだが、簡単に言うとこんな↓感じだ。


蛍は体内酵素として「ルシフェラーゼ」と「ヒオタルルシフェリン」という物質を分泌。体内のマグネシウムが触媒となって「アデノシン三燐酸」と「ルシフェリン・アデノシン一燐酸」に変化し、さらに酸素と反応して「ペルオキシドアニオン」を生成したあと基底状態の「ジオキセタン誘導体」になる。そして「二酸化炭素」が乖離して励起状態の「オキシルシフェリン」になる。これが分解して再び基底状態になるとき、光を放出する。


少しも簡単に説明していない(苦笑)。そんなわけでもっと複雑な仕掛けの「ほたるイカの発光の仕組み」はまた別の機会に・・・


蛍の光、の歌にもあるように、何頭もの蛍を集めれば照明器具になるかもしれない。ただ、発光強度が不安定非連続なので、勉強用とかにはつかえないだろう。ムードを盛り上げるための照明には私は採用したいが・・・昆虫虐待になるからできない。


蛍の光は発光量に対して発熱が少ないことが特徴である。もしほたるのお尻が「白熱電球」のような発光機能だとしたら、間違いなく火傷をするだろう。だから、「発熱量」が少ない、という特徴を持った照明器具に「蛍光灯」と名付けたと、私は推測している。


ちなみに蛍光灯の発光原理は蛍のそれとはまったく違う。アーク放電によりフィラメントから電子が飛び出し、管内部の水銀蒸気に衝突、その際に紫外線が発せられる。この紫外線が、管の内側に塗布された蛍光体に当たることでそこから管の外に向かって可視光が放たれるのだ。ちなみに古くなった蛍光管が黒ずんでくるのは、水銀が付着するからである。こうなると管内の水銀蒸気の量が減るので発光できなくなる、というわけだ。


蛍は発光することでその存在を知らしめている。小動物にとって暗闇の中でもその所在がわかってしまうことは自殺行為にも思える。しかしそう思うのは人間の勝手な解釈。文献によれば「食うと不味いぞとアピールするために発光している」らしい(って、本人から聞いた人はいないのだが)。本当に食うと不味いのだろうか。蛍狩りに行ったら一発試してみようかしら、あ、やっぱり昆虫虐待だなぁ(爆)・・・。

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2005年05月25日 16時40分21秒

シャボン玉

テーマ:自然科学教育

実家から電話があって何事かと思ったら、実家の所属する自治会が主催する夏祭りで「ジャンボシャボン玉」をやりたいから、とてつもなく大きなシャボン玉を作るレシピを教えてほしい、ということだった。

普通のシャボン玉は大きなものはそうそう作れない。何か化学的な仕掛けがあるはずだからそれを教えろ、というのが趣旨なわけで、「化学」のセンセをやっている私に白羽の矢が立ったというわけだろう。

アカデミックに考察するならば、大きなシャボン玉を作るには、シャボン液に仕掛けを施さなければいけない。まず粘度、それから比重。これを最適にしてあげると、割れにくい大きな物を作ることができる。

実は私は大きなシャボン玉を「研究」したことがある。学部の学生だった頃に学校祭で近所のちびっ子を楽しませようと、いろんな物質を混ぜて試してみたことがある。25年以上前の話だ。その時の実験ノートを引っ張り出してきて考えてみた。

シャボンの主成分は界面活性剤だ。化学合成のものが巷にはあふれているが、この際だから天然由来のもの、つまり「普通の石鹸」をベースにしてみようと思う。そして、粘度と比重の調整も「化学薬品」的なものをはなるべく避けて、極力「人畜無害」なものに挑戦してみたいと考えてみる。



レシピ1

 材    料

比 率 配合例1 配合例2

非合成台所用石鹸水

300cc  240~280cc

精製水

 3.3  1000cc  1000cc

ラム酒

少量  5g  5g

ガムシロップ

 0.033  10cc  10cc

グリセリン

少量 10cc  10cc

炭酸飲料

     20cc~40cc

このレシピは小学生用。若干粘度が低く、「中に人が入る」ほど大きなものは無理だ。ただ、使用するものは全て大きなスーパーで調達できる。


具体的には、石鹸水は非合成洗剤で、私はスーパーにあった『ミヨシ油脂』の「なの花台所用石鹸」を用いてみた。同じものでなくても可能だが「天然石鹸(脂肪酸カリウム)」が含まれているものを用いたい。ラム酒と炭酸飲料は「シャボン玉にうっすら色を付ける」ために必要で、私は「キリンレモン」を用いるが、「コーラ」だと黒っぽい不気味なシャボン玉になるものと思われる(苦笑)。

 

レシピ2
材       料 配合例1 配合例2

台所用洗剤「パワージェル」
または「チャーミー液ジェル」

合成洗濯のり (PVA)

沸騰後の水道水(ゆざまし)

蜂蜜

0.75

このレシピは、かなり強力。環境に少しばかりやさしくないが、粘度を確保するために「洗濯のり」を使ってみたみた。そのため、かなり大きなもの(子供だったら中に入ることができるぐらいの大きさ)が可能。洗濯のりにもいろんな種類があるが、PVA(ポリビニルアルコール)が含まれているもの(乳液タイプは駄目、具体的な商品名としては ”クラノール”株式会社永久糊 とか、"象印ノール洗濯のり”三和油脂工業株式会社)を用いたい。また色づけは蜂蜜を使う(苦笑)が、腐りやすいので、もちろんグリセリンでも良いし、アイスコーヒーに入れるガムシロップでも良い。


なおPVAは、「硼砂の飽和水」を混ぜるとゲル化してちょうど『スライム』のようになる。だから、余ったシャボン液はそのまま捨てずにスライムにすると面白い。つまりシャボン玉で遊んで、スライムでも遊べるという具合だ。

 

ジャンボシャボン玉液を作るときは、天候にも注意したい。同じレシピでも梅雨時と冬の乾燥時では出来ががりがかなり違う。また作ってすぐ使うとうまくいかないことが多く、私は必ず一晩以上寝かせてから使っている。読者の皆さんも、チャンスがあったらチャレンジしてもらいたい。


ではそういうことで。


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2005年05月24日 09時54分32秒

守衛

テーマ:キャンパス便り


勤務先は田舎の大学で、公共交通機関も発達していない場所にキャンパスがあるので、通勤通学は自家用車(二輪・徒歩も含む)を利用せざるを得ない。もちろん、JR駅からバスはあるが所要30分、本数も少ない。私は遠距離通勤なのでどちらかといえばJR+バスが肉体的にも楽なのだが、夜学の講義があったりするとバスはなくなるし、会議等もろもろで「退社時間」が不規則なため、基本的に車で通っている。


繰り返すが、今の大学は車がないとどうにもやっていけないような場所にある。学生さんも車で通ってくることが多い。そのためキャンパス内には広大な駐車場がある。がその駐車場の埋まり具合は「極端」に偏っている。我々が『講義棟』と呼んでいる、一般教養などの授業を行う大教室がある建物の近くの駐車場は、朝早くから「満車」だ。そりゃそうだ、朝の一分一秒は大変貴重だから、少しでも早く教室にたどり着きたい。教室から離れた場所に車を停めてチンタラチンタラ歩いていく気はおきないだろう。みんなそうだ。だから朝は競争だ。一方、正門脇の、教室棟から一番離れた駐車場は比較的すいており、教室棟近くの駐車スペース争奪戦に敗れた車から順次埋まっていく。


大学の正門には守衛さんがいるブースがある。一般の方はここで用務先などを記入し、駐車許可書をもらい車を乗り入れるのがルールだ。前に勤めた大学もそうだった。学生や教職員は大学側から駐車許可証の発行を受け、車内の見やすいところに掲示して守衛ブース前を通過すると、特段手続きをしなくてもそのまま駐車場にアクセスできる。


私は、駐車許可証の申請に出遅れた。この春着任した際、電車で通うつもりでいたので特段申請をしなかったのだ。しかし、冒頭に記したように、車でないとどうにもこうにも行かなくなり車で通うようになった。したがって、着任後しばらくは駐車許可証が無く、毎朝守衛ブースで一般の方と同じように「臨時許可証」の発行を受けなければならなかった。たまになら別に気にならないが、毎回毎回、ブースで車から降りて書類を書くのが本当に面倒になった。


車両ナンバー・入場時刻・氏名・用務先(面会先)・退出予定時刻、云々。


笑っちゃうのは、「用務先」だ。これは、たとえば「教務課なんとか係長」とか「理学部ちょめちょめ助教授」とか、と行き先を書くわけであるが、私の場合は「ドクター鈴木・本物研究室」と書くか、「講義棟B202教室他で講義」と一日のスケジュールを書くか、どちらかである。


そんな作業をしていると、必ず、数分、朝の貴重な時間を浪費する。そうこうするうちに「一番停めたい駐車場」が埋まっていくのだ。争奪戦に負ける。


守衛も最初は厳しく「ちゃんと書いてくださいよ、こっちも仕事なんですから」などといっていたが、だんだん気の毒に思ったらしく、「先週と同じように書いておきますからどうぞ」などと、ちょっとルールを曲げて対応してくれるようになった。が、いよいよ面倒になって、先週許可証の申請をした。そして昨日「教職員用駐車許可証」が発行された。今朝はこれを車に掲示して初めて守衛ブース前を通過した。


私の車が正門を通過するとブースの守衛がすぐさま臨時許可用の書類のバインダーを取り出してスタンバイしてくれるのだが、今日は正規の許可書を示すと笑いながら敬礼!。何もせずにブース前を通過できた。やっと大学の一員になれたような気分になった。


ではそういうことで。

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2005年05月23日 11時33分03秒

生物

テーマ:キャンパス便り

ここしばらくは『大都会』のキャンパスと無縁な生活をしている関係もあって、キャンパス内で野生の小動物を見かけることが多い。


某国立大学(当時)で修行中は、キャンパス内の森にリスがいた。講師をやらせていただいた某私立大学では、裏山にべらぼうな数の動物がいた(が、だんだんその数が減ってきているらしくキャンパス内に「環境保護運動NPO」ができたりしていた)。今の職場の某国立大学法人は小高い丘の上にあり名物は「強風」という場所ではあるが、これまた野生小動物の宝庫だ。


都内の大学でお世話になっていたのは20年以上前の話であるが、もはや周辺に自然は無く、「バイオ関係」の研究室に行かないとイキモノに会うことはできなかった。それでも、ミミズ・カエル・ねずみ・熱帯魚みたいな奴、が研究に供されるのを待っているような状態で、「野生」というわけにはいかなかった。


上記話に出てきた某私立大学では、理事長先生や学長先生がなかなか粋な方で、盆暮れになると、「お礼」等と書いた熨斗(のし)を付けて、いろいろなものを送ってくださった。出張した際見つけた各地の名品の中から選んで下さっていたようだ。


ある年の暮れ、副業先に女房から電話があり「大学から荷物が届いている。怖いのですぐに帰って来い」と。いつもなら「届いている」で終わる話が「怖いので」というおまけが付いている。大学の名をかたって爆弾でも届いたのか、我が家はテロの標的になるほどの家柄でもないのに、と思いながら急いで自宅に帰ると、庭先にみかん箱ぐらいの大きさのクール便扱いの小包がひとつ。そして少し離れたところにまるで「不審な荷物に対峙している爆発物処理班」みたいな形相の女房がいた。


何が怖いのかと女房に聞けば、「小包の中身は動物らしい」と。「振ってみたら中でガサガサいった」と。私も振ってみた。確かに何か重量のある塊が動くような感じがした。亀かな?臭いを確かめようと小包に顔を近づけた瞬間、こんなラベルが目に飛び込んできた。


生物注意


女房はこれを「イキモノ」あるいは「セイブツ」と読んだらしい。そういう先入観で荷物を見てみると何かそういうものが入っていそうな気がしてくる。


しかし私は人間ができているので純粋に「ナマモノ」と読んでみた。意を決して箱を開けてみるとやはり中身は九州特産の柑橘類だった。大鋸屑(おがくず)のクッションに包まれていたから、振るとそれなりに動いて音がする(笑)。


私は「バイオ関係」は専門ではないが、それでも図書館や書店で関連書籍を目にすることはある。「生物」と書いてあるといつも、この珍事件を思い出して一人ほくそえむ。


女房は庭いじりをほとんどしない。いろんな小動物(昆虫を含む)がいるからだ。ダンゴ虫、ムカデ、トカゲ。幼虫の類ならカブト虫や蝉、池にはボウフラやヤゴ・・・。昨夏は熊蜂で悩んだが、そのほか人畜に無害なものは殺生禁止としている。女房はそういったセイブツには最初から関わりあいたくないのだ。


なんでも、「我が家にはとてつもなく大きなアメーバーがいるのでその世話だけで精一杯」というのがその理由らしいが、これって恐らく私のことらしい。なにしろ「アメーバーブログ」ってとこで毎日遊んでいるのだから、しかたがない、のかもしれない。


ではそういうことで。


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