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2005年04月30日 10時14分39秒

連休中も休まず営業(希望的観測)

テーマ:キャンパス便り

職場が変わった関係もあって、この連休も「休み」なし。やることが山のようにある。連休中は研究室に自主軟禁。


・職場の引越し作業が終わっていない
・5月15日締め切りの論文を書かなきゃならん
・論文の査読を2本引き受けてしまった
・7月の英国での学会発表の準備もまだ
 ↑っていうか、飛行機も宿もまだ手配していない
 ↑しかも旅券(パスポート)が切れているのが判明(泣)
・連載物をやっている出版社とは別に単行(ムック)を1冊受けてしまった
 ↑しかも6月末には出版したいらしい(無理だな・・・)


こんな状態では休んでなんかいられない。ブログはOKっす。これが活力源だから。元気に連休を乗り切ろう。頑張りすぎて怪我したりしないように・・・。読者の皆さんも。


ゴールデン Week を ゴールデン Weak  にしないためにも。


学生がいなくて良いだろうと思ったら結構賑やかなキャンパス内。暇なのか、みんな!だったら一緒に遊ぶか!!(←ってな調子だから仕事が捗らないのだな…)


ではそういうことで。

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2005年04月29日 12時18分56秒

速い頭・強い頭

テーマ:トホホ日記

「頭の良し悪し」という言葉があるが、良いか悪いかをどう決めるのだろうか。仮に「頭の良し悪し」を判断する必要があったとすると、私は、二種類の判断対象が存在するのではないか、と思う。


一つは『速い頭』、即ち「記憶力・暗記力」に対するもの。今一つは『強い頭』、即ち「応用力・実践力」に対するもの。


最近は前者ばかりが評価されているような気がしてならない。「ゆとり教育」の有無成否に関わらず、である。


入試制度も問題があるだろう。


センター試験の「数学・物理」の既往の問題パターンを丸暗記して「数学物理は暗記科目だ!」と豪語する子供がいた。確かに「高得点」はいける、かもしれない。今の仕組みは「高得点」のみが勝ち組みなのだから、思考の道筋よりもその結果が重要、ということになるのだろう。マークシート式がその傾向に拍車をかけている可能性もある。しかし、入った後泣きを見るのは本人たちだ。記憶力だけではこの科目は太刀打ちできない。


他の教科でも、似たような傾向はあるのではないだろうか。


もちろん、暗記詰め込み教育そのものを完全否定する考えは無い。基礎学力の側面としてその必要性はある。ある意味『速い頭』は必要だ。しかし速い頭だけを持つ「天才」よりも、強い頭を駆使する「努力家」のほうが人間性があるように思えてならない。


少なくとも私は、「強い頭」の人間でありたい、それが無理でも両者のバランスが取れた人間になりたい。道は険しいが・・・。


読者の皆さんはどうお考え?ご意見歓迎。ではそういうことで。


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2005年04月28日 11時22分26秒

人間の判断 vs 計算機の判断

テーマ:キャンパス便り

自家用機を乗りこなす先輩が過日こんなことを言っていた。


「飛行機を操縦する時人間の判断と計算機の判断が分かれることがある。ボーイングは人間優先・エアバスは計算機優先だ。」


例えば、飛行機を自動操縦していたとする。普通は計算機が種々計測/計算しながら飛行機を安全に目的地に運んでくれる。そのとき、予定に無い操作(例えば少し旋回、とか)をしたくなったとする。普通は自動操縦を解除する。自動操縦の解除には仮に3個のスイッチを操作しなければならない時に機長が1個のスイッチを操作し忘れたとする。そのとき飛行機の自動操縦はどうなるのだろうか。


ボーイングの飛行機の計算機はここで「機長が何かしようとしている」と判断するそうだ。基本的に自動操縦のまま。そして、機長が強い力で操縦桿を操作すると、計算機は機長の判断を尊重して自動操縦を自動的に解除するらしい。突発の事態が発生して急に(解除スイッチを押さずに)操縦桿を操作したとしても、通常以上の強い力で操作する場合において計算機は機長の意向を尊重して自動操縦を自動に解除するそうだ。


一方エアバスの飛行機の計算機はここで「スイッチ2個の操作」をエラーとするそうだ。つまり定められた手順に従わない限り自動操縦は解除されない。そして機長がどんなに操縦桿を操作しても飛行機は自動操縦されたままだ。突発の事態が発生し、機長が大パニックに陥って解除スイッチの操作をすることなく操縦桿を急に操作した場合でも、自動操縦は解除されることは無い、そうだ。


人間の判断はミスがありえる。計算機の判断だって万全ではない。私はどちらの飛行機が安全で、どちらが危険だということを論じようとしているわけではない。人間と計算機が共存していかなければいけない社会だが、その判断が別れたときにどちらを優先すべきなのだろうか・・・ということを論じたいのだ。


私は、「最終的な判断は人間がすべき。人間と計算機で判断が分かれたならば人間のほうを優先に考えたい」と思う。先輩はニヤっと笑いながら「それはアメリカ(ボーイング)的な考え方だ」とおっしゃった。計算機優先の考え方は「ヨーロッパ(エアバス)的」ということらしい。皆さんはいかがだろうか。


研究室のモスリムに聞いてみたら「最終判断は神がする」と。文化が変われば考え方も変わるという、良い事例である。


ではそういうことで。

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2005年04月27日 16時59分00秒

リセットボタン

テーマ:トホホ日記

ゲーム時代である。我が家のチビも暇さえあれば小型のゲーム機でピコピコやっている。時々お目玉を進呈している。大人だってそうだ。最近はゲームができるケータイもあるそうで、バスや電車の中、あるいは自動車運転中(こら!)まで、ピコピコの嵐、と表現しても過言ではない、そういう世界を垣間見ることがある。


この風潮は、人生観すら変えてしまっている。何かに躓けばリセットボタンを押せば良い、最初から簡単にやり直せる。そう考える人が増えた。現実からの逃避先に、安易なゲームのバーチャルな世界に身を投じてしまう人も多い。


ある高名な先生はこの風景を「リセット現象」と称した。人生はそんなに簡単にリセットできない、ゲームじゃないんだ、と怒りを込めながら警鐘を鳴らしていた。


電車の運転手気分が味わえるゲームがあるという。「なんとかでGO!」とかという奴らしい。電車を運転するというのは非常に高等な技術が必要だろう、自動車や自転車のように少しの訓練で誰でも操れる、というものではないと思う。そういう意味で、滅多に体験できない運転席からの世界を擬似的に体験できるこういうゲームが人気なのはわかる。


ホームをオーバーランしようが、制限速度を越えようが、置石を踏もうが、カーブの途中で緊急ブレーキをかけようが、脱線してマンションに激突しようが、ゲームの中なら許される。いやぁ、参ったなぁ、と頭を掻きながら「リセットボタン」を押せば済む。振り出しに戻れる。


しかし現実はそうではないのだ。私も何度か利用したことがあるJR宝塚線(正式名は『福知山線』)の昨日の事故、これが現実なのだ。


もし、現実の世界にリセットボタンがあるなら、私は何度でも押してあげたい。始発からやり直させてあげたい。


事故に巻き込まれた方がお気の毒でならない。心よりお見舞いを申し上げる。この事故を教訓として「何かを変える」ことに繋がって欲しい、事故処理が「リセットボタン」で一発解決、では駄目だ。


昨夜アメブロの「ニュースTBステーション 」 で、この事故を「ネタ」として取り上げTBを募集していた。私は事故の重大さと「ネタ」扱いとのギャップを自分自身で受け止めきれず怒り狂いながら床に就いたが、朝になると「リセット」同然に記事が消え、代わりにお詫びが掲載されていた。「ネタ」にするのは流石に拙いだろう。気付いたのは立派だが遅すぎだ。タイミングを逸したが抗議の意思だけは表明。


ではそういうことで。

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2005年04月26日 09時56分51秒

研究室を飾る「書」いただきました

テーマ:トホホ日記

書


masamuneさん に、当研究室を飾る書を書いていただいた。

お題は「毒多ぁ鈴木」、なるべく毒々しく、と注文をつけた(人に指図するとは失礼な私ではある)。昨夕、見事なまでの作品が完成した。



学生からは「黒板の字が読めない」「なんて書いてあるのか皆目見当がつかない」「日本語なのか英語なのかの判別すらつかない」、等と罵倒される私である。よく「ミミズが這っているような字」という表現を耳にするが、私の字は「のたうちまわって死にそうなミミズが、腰を抜かすほどのショックを受けて蘇生する」というような強烈な表現でもまだ形容不足となる。だから、達筆な方が羨ましい。いや尊敬に値する。


DoctorSuzukiを「ドクトル鈴木」と読む方がいらっしゃるが、「ドクター鈴木」という発音が正しい。環境関係の研究をしているのに環境に猛烈に負荷を与えている(かも知れない)、毒が一杯の、毒多ぁ、である。そこんとこよろしく!


ではそういうことで。

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2005年04月25日 12時35分36秒

理数離れ=自然離れ

テーマ:自然科学教育

若い人たちの意識から「理数科学」が薄らいでいるそうだ。いわゆる「理科離れ」「数学離れ」というやつである。理科も数学もいわゆる「自然科学」ということばで括られており、「理数離れ」は「自然科学離れ」ということも出来ると思う。

 

理科数学のルーツは「自然現象」であり、学問化は、「なぜこれがこういうことになるのか」ということを考えていった結果ということになる。したがって、自然が身近にあることが我々に「なぜ?」という疑問を導いてくれる。

 

自然を扱う領域であるのだが、我々の身の回りに本当に自然は少なくなった。このような環境下で、「なぜ?」と思う発想は涌いてくるだろうか。

 

私は「自然科学離れ」の背景には「自然離れ」があるのではないのか、と思う。学問の形に力を入れるのも良いが、自然の回復・自然とのふれあいも考えていかなきゃ、と思ったりする。

 

義務教育の1年間ぐらい、子供たちを自然豊な場所に強制的に留学させる、というのはどうか。極端すぎる考えかな?

 

ではそういうことで。

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2005年04月24日 13時03分29秒

雨上がりの決死隊

テーマ:トホホ日記

 

たけのこ


家族でたけのこ狩りに出かけた。


今年は裏年といわれ生育はいまいちだそうだが、雨上がりの今日は、それでも竹やぶの中にはいっぱい「たけのこ」が顔を出していて足の踏み場も無い状態。靴を履いているのだから足の裏に突き刺さることは無いが、バランスを崩して尻餅でもついたらそれはどんな状況になるのか目に見えている。

 

たけのこ専用の鍬で「収穫」だ。小一時間で家族と遊びながらで60キロ。

 

ケータイからの投稿試験、ではそういうことで。

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2005年04月23日 23時10分03秒

わん・つー・すりー!

テーマ:トホホ日記

おかしなつながりで、某県警某警察署勤務の交通指導員と合コン(私は付き添いで、主役は研究室の若い奴ら)。髪はパツキン、バブルの頃を彷彿とさせる派手な衣装の彼女たち、日々市民の安全と無駄な取締りご苦労様です!

 

で、その中の一人、小学校で学童の安全指導を専門にやっているお姉さんがふと漏らしたのが印象に残った。

 

「横断歩道の渡り方を指導するのだが、最近とてもやりにくい。一昔前はこんなふうだった…」

 

1・・・右見て
2・・・左見て
3・・・もう一度右を見て
渡ろうね!

 

最後にもう一度、横断歩道の渡り方として「わん・つー・すりーでゴー!」って教えるらしい。

 

昨今の子供には3パターンあるという。

 

教えたとおりに復唱する子はいることはいるが、
「わん・つー・すりーでダー!」(猪木かおまえは)
「わん・つー・すりーでフォー!(英語の英才教育を受けている?)

 

「ダー」も「ファオー」も良いが、やっぱり、小学生がこういうセルフ吐いてもなあ…素直さってどこいったんだろう、と、そのお姉さんがつぶやいていた。

 

なるほど、最近の子供の気質がわかる発言だった。ではそういうことで。

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2005年04月22日 09時42分46秒

就活・模擬面接

テーマ:キャンパス便り

社会人経験(というか零細ながらも企業経営経験)のある私を、学生は上手に利用する。講義のあと、生協で食事中、帰り際駐車場で、時々呼び止められる。ちょっと前までは「鈴木センセ!」ってな感じだったが、こっちの大学に移ってからというもの「しゃちょー!」って呼ばれる。まあまだ社長は辞めていないので間違いではない。

 

彼らの目的は「就職活動のアドバイス」、特に「模擬面接のオファー」が多い。

 

確かに企業経営の経験があるから人事のこともある程度把握している。大学生リクルーターの面接をしたこともある。そこで、時々やってあげるのだ・・・模擬面接を。

 

で、楽しくないのだ、これが。マニュアル本に模範解答が書いてあるのか、同じ答が返って来ることがある。っていうか、殆ど同じ。これでは面白くないし教育上好ましくない。そこで、マニュアル本には無いような質問を織り交ぜる。

 

青色ダイオードの裁判についてどう考えるか
ケータイメールの普及とスパムの増加について考えるところは?
サダムフセインとオサマビンラディン、どっちが好き?」
超満員の通勤電車の中で突然おなかが痛くなったらどうする?」
前後の脈略に関係なく突然こういう質問をしてみるのだ。大体性格が出る。意地悪だなあ。

 

セクハラが今みたいにいわれていない頃はもっと凄い質問があった。私の今いる会社の事務員の子(子、じゃないな。中学生の子供いるし・・・)は別の会社を受けたときに「処女か?」って聞かれて困ったそうだ。今これをやったら企業生命が終わるな、間違いなく。

 

私も25年近く前にリクルーターとしてあちこちの企業を訪問したことがある。当時は売り手市場。学生側が企業を選ぶことが出来た時代だ。私は都内の大学にいたが、「札幌」「沖縄」など、下宿からも実家からも遠い会社に敢えて応募したのだ。なぜかというと「交通費宿泊費(+宴会費?)」会社負担。そういう時代だった。つまり、就職活動と称して、先方の企業で費用丸抱えの「卒業旅行」が出来たのだ。しかも複数掛け持ちしているのも先方は承知しているので、そのグレードはどんどん増す。そんなだからバブルが崩壊したのかしら・・・?

 

あ、私リクルート活動していた時既に大学院受かっていたのよ。殆ど犯罪者です(懺悔)。

 

リクルーターの環境は依然厳しい。皆さんの目的が成就する事を祈る。

 

ではそういうことで。

 


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2005年04月21日 15時45分28秒

環境破壊の「お茶」

テーマ:環境科学

最近お茶の効用が注目されている。
お茶といえば静岡、静岡県庁のホムペでもその効用について説明している。

抗がん成分などが含まれているらしいので、どんどんお茶を飲んで健康になりたい、という気持ちになる。

 

さて、その静岡に、「不気味なほど生気のない緑色(艶消しコバルトブルー?)」の水をたたえた農業用水のため池があるのをご存知だろうか。実は2002年のワールドカップサッカーの際に、日本代表がキャンプをしていた静岡県内の施設に行った時にたまたま見つけた丹野池は、周りを茶畑に囲まれたくぼ地に位置している。茶畑からの廃水(余剰表層水や地下水等)がこの池に流入している。私は出かける際にいつも簡単な水環境計測キットを持参しているので測定してみた。自然のため池とは思えない異常な数値だった。インスタントな測定だけでも水素イオン濃度と窒素イオン濃度の値が環境基準値を大きく突出していた。

 

早速この水を持ち帰り大学の測定器で計測したところ、硫酸イオン硝酸イオンの他にアルミニウムイオン等も高濃度で検出された。池の色が緑色なのは、このアルミニウムが原因なのであった。

地元の方のお話ではこの池には魚などの生物は全くいない、ということだった。自然に囲まれた(この場所は静岡県立の自然公園の一部)場所で、生物のいない環境が何ヘクタールも存在しているのは全くの異常である。池のほとりには東屋が建っていて市民の憩いの場になっている。家族連れの姿もあった。しかし子供がこの池に落ちたらどうなってしまうのか、考えただけで恐ろしい。この原因は、周囲の茶畑に施される各種の肥料が溶け出して池に注いでいるからに他ならない。

 

地元の農協に問い合わせても「企業秘密」とやらで畑に撒く飼料肥料の種類や量は教えていただくことが出来なかった。ただし、「最近はお茶の風味を変えない程度に肥料の使用を総量規制している。丹野池は徐々に綺麗になっている筈」というコメントをいただいている。近くの園芸店で調べてもらったらお茶には「硫酸アンモニウム(硫安)」系の肥料が必要不可欠らしい。これがお茶の風味をつけているということだ。

 

静岡のこの池の周辺だけが特異なのではないと思う。全世界の茶畑の周りの水質を測定したわけではないので確率論的にはナンセンスな話ではあるが、程度の大小はあれ、どこの茶畑でも同じような「行為」が行なわれているのではないだろうか。一般の企業が企業活動をしていく上で環境基準値を大幅に越えるような汚染物質を環境に排出すれば、その企業の生命は終わる。茶農業はどんな環境破壊をしても許されるのか。

 

私は思う。お茶の飲用(あるいは食用?)は体に良いのは認める。しかし、そのお茶を栽培するために地球環境が粉々にされている。お茶を飲むということはその分地球を壊していることになる。茶畑の人工的な緑はもう不要である。地球に優しい農作物を栽培していただきたい。

 

以来私はお茶を口にしない。わずかばかりの抵抗である。ではそういうことで。

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