割り箸事件から福島大野病院事件と、医師の刑事訴追が厳しくなってきた時期にあったもう一つの医療裁判、

それが東京女子医大病院心臓手術で女児が亡くなるという事故で、執刀医だけでなく、

人工心肺の操作を担当されていたS医師が訴えられた事件です。


亡くなられた女児のご冥福をお祈り申し上げます。


この事件に関しましては、被告であるS医師のブログ

紫色の顔の友達を助けたい http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/

で報告されています。



この事件では、執刀医だけでなく人工心肺装置の操作を担当されていたS医師にも重大な責任が問われた

裁判でしたが、1審判決同様に無罪と判断されました。


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手術死、2審も医師無罪…東京女子医大事件

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20090328-OYT8T00389.htm

別の医師ミス示唆

東京女子医大病院(東京都新宿区)で2001年、心臓手術中に人工心肺装置の操作を誤り、平柳明香さん(当時12歳)を死亡させたとして、業務上過失致死罪に問われた同病院元循環器小児外科助手・佐藤一樹被告(45)の控訴審判決が27日、東京高裁であった。


中山隆夫裁判長は、1審・東京地裁判決と同様に無罪を言い渡したが、死亡の原因については、佐藤被告とは別の執刀医のミスを示唆するなど、1審と は異なる判断を示した。検察、地裁、高裁がばらばらの原因を指摘したことになり、医療事故を刑事司法の世界で裁くことの難しさを改めて印象づける結果と なった。


佐藤被告は01年3月、明香さんの手術の際、同装置の吸引ポンプを高回転にした過失により回路のフィルターを水滴で詰まらせ、血液がうまく抜き取れない「脱血不良」状態を招き、脳障害で明香さんを死亡させたとして、起訴された。


05年11月の1審判決は、フィルターの目詰まりという装置の不具合が原因で脱血不良となったとした上で、目詰まりについて「当時の医療水準では危険性を予測できなかった」として無罪を言い渡したため、検察側が控訴していた。


この日の判決は、「佐藤被告とは別の執刀医が血管に挿入した管の位置が悪かったことで、脱血不良が続き、致命的な脳障害を招いた」と1審とは異なる原因を認定。「人工心肺装置の問題が原因になったとは言えない」と佐藤被告の責任を否定した。


判決は、1審判決の認定通りフィルターの目詰まりが原因だった場合に、佐藤被告の責任が問えるかについても検討。当時、目詰まりの危険性について指摘した論文がないことから、「被告に予見可能性があったとは言えない」と述べた。


この事故では、カルテを改ざんした同病院元循環器小児外科講師(53)が証拠隠滅罪に問われ、04年3月に懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受け、確定している。



渡辺恵一・東京高検次席検事の話「検察側の主張が認められず、遺憾である。判決内容を精査して、今後の対応を決めたい」

「医療チームの過誤は事実」

判決後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見した佐藤一樹被告は、無罪の結論にも笑顔はなく、「私の主張をすべて認めていただいた。裁判所としては、どういう原因で亡くなったのかを、必ず知らせなければならないと考えたのだと思う」と、静かに話した。

この日の法廷で、中山隆夫裁判長は、「手術チームによる過誤で明香さんが亡くなったことは事実で、正面から受け止めてほしい」と述べた。この点に ついて、佐藤被告は「自分も子どものころ(明香さんと)同じ病気だったので、ご家族の気持ちはよく分かる。私もチーム医療の一員であったということを重く 受け止め、今後は学会などで、再発防止に向けた発言をしていきたい」と話した。


一方、明香さんの両親も会見し、父の平柳利明さん(58)は「今日まで非常に長かった。1審と2審で結果が違い、改めて医療過誤を刑事で立件する のは難しいと思いました」と沈んだ声で話した。ただ、中山裁判長の言葉については、「私たちが本当に言いたかったこと。あの言葉で十分だったとも思う」と 話した。

2009年3月28日 読売新聞)

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S先生、無罪判決おめでとうございます。


・・・しかし、判決まで8年の月日が流れています。

永きにわたる日々の中、いかなる心痛を抱え過ごされていたか、心中察するに余りあるものです。

まとめとしてこのエントリーで心情を吐露されています。

「目に見える権力」への怒りと「目に見えない権力」の恐怖の8年間と正義感のある方々への感謝


申し訳無い事に、私も事件の存在自体は知っていたのですが、詳細までは把握しきれて居なかった為、

これまで記事に取り上げていませんでしたm(_ _)m


しかし、先のエントリーを読んでS医師の気持ちを考えると、同じ医師として本当に理不尽を感じ自分なりにまとめたいと思いました。


S医師が被った理不尽、それは単にS医師が被告人扱いされた、と言う事に留まりません。


逮捕され拘置所生活を強いられ、8年もの歳月を過ごされた事も然りですが、

それよりもっと酷い理不尽がS先生に襲い掛かっていたようなのです。


それは、

東京女子医大からの「トカゲの尻尾きり」という裏切り、

社会問題にまでなった事件では、被告は必ず有罪に持ち込まなくてはならない、と

厳しく取り調べを行った警察や、裁判での検察小ざかしい訴訟テクニック、

そして、言わずもがなマスコミによるバッシングです。




事件後、東京女子医大では事故調査委員会を設置して内部調査報告書を纏めますが、その結果

「事故の原因は人工心肺の操作ミス」

とS医師の責任であると結論した事です。


そのあたりのいきさつは、リンク先でS医師が語られています。


特集/刑事訴追 その時医師は・・・

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/files/200807.pdf


S医師によると事故当日には、


>手術当日、人工心肺終了後にほかの医師や臨床工学技士と原因を話し合ったのですが、

>その結果、血液の逆流の原因はフィルターの閉塞ということで全員の認識が一致しました。


にもかかわらず、内部調査報告書では、


>「人工心肺を高回転に操作したのが原因


と、操作していたS医師の責任であると結論していたと言うのです。


実は内部調査にかかわった事故調査委員会とは、

心臓血管外科の専門家を含まない、院長や学内の教授3人で行われたと言うのです。


その後、この委員会の責任者である教授は、自らの調査報告に対して、


>内部調査報告書 責任者 東間紘先生のコメント

>「報告書の結論に根拠はない。」

>「『科学的ではない』と言われれば、その通りだ。
>いま思えば、外部の心臓外科医を調査委員会にいれておけばよかったかもしれない。」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-fe25.html

と自分で否定している訳です。


当然、心臓血管外科の専門家の意見としては、


専門家の意見

>E 教授 「科学的常識では考えられない」

>K教授 「操作担当者のミスとするためのこじつけではないか」

「医療事故調査に心臓外科医が1人も入らなかったのは常識では考えられない。」

と、調査報告書を否定しています。


つまり、書いた本人も専門家も否定した出鱈目の調査報告書を根拠に、

遺族はS医師を警察に訴え、警察が逮捕に踏み切ったと言う訳です。

どうしてこんなウソを押し通そうとしたのかというと、

当時の心臓血管外科教授が特定機能病院の認可を取り消されるのを恐れたから

という事のようです。


そして、ウソの報告書に対して異議を訴えるS医師に対しては、

「国内で心臓外科医を続けたいなら、報告書を批判しないように」

と脅したとの事です。


まさに、トカゲの尻尾きり、です。

S医師は病院と言う組織のエゴに、理不尽にも翻弄されたのです。


それから大学の行動とは、

>報告書を遺族に提出して謝罪してしまいました。

>その後、大学幹部は私と瀬尾氏を、お墓参りに同行させました。

>大学は、遺族の処罰感情を和らげようと考えたのでしょう。

>民事でも、遺族の要求通りの賠償金額で示談したと聞きました。

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/files/200807.pdf



つまり、報告書としてはS医師の個人的責任に仕立て上げて、あとは謝罪と賠償で組織としての責任を回避しようとしたと言えるでしょう。

ところが、子供を亡くした遺族感情にとって、謝罪は火に油だったとしか言いようがありません。


『内部調査で原因も明らかで、謝罪しお墓参りまで来て居る訳だから、罪を認めたという事。

だったら、刑事罰も受けて当然だ、と。

そんな医者が大手を振って診療を続ける事自体が罪だ、と。

社会のために、医療のために、そしてわが子の無念の為には、ミスを犯した医師には厳罰を!』


・・・ご遺族がこういう感情を担当医師に燃やしたとしても仕方の無い対応を、病院はしてしまったと思います。


その感情を焚きつけたであろう本がコレ。

『医療事故が止まらない』 http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0223-b/index.html


>医療ミスによる悲劇が続いている。
>医療事故を告げる報道は、毎週のように流れているが、それはごく一部にすぎないといわれる。
(中略)
>継続的な医療事故事件取材をもとに、医療事故のおそるべき現状を伝え、
>悲劇を決してくり返さないために何が必要かを問う、必読の書。

当然、この本も出鱈目の内部調査報告を鵜呑みにしてS医師を犯罪者扱いしていますから、

S医師は毎日新聞記者を名誉毀損で訴え、一審で勝訴されています。


しかし、こういった激烈な医療バッシングがマスコミ主導で行われた事により、

遺族感情を煽り、それに呼応する形で世論を意識した警察、検察の行動が惹起された訳ですから、

単に名誉毀損だけに留まらない影響をもたらしたことも事実だと思われます。



果たしてS医師には事故の責任を負う根拠が無かった訳ですが、S医師は不当にも逮捕され、

その様子はNHKに隠し撮りによって放送 されました。

そして拘置所 に入れられ連日のように取調べ が続けられますが、

元々が出鱈目の内部報告書を元に取調べを行う訳でから、うまく調書が取れる訳も無く、

拘置期間は3ヶ月に及んだとの事です。

その間のご苦労は、如何に詳しく書かれています。



「リヴァイアサンとの闘争―正当な治療行為で冤罪にならないために」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/jamic-journal-2.html




読み勧めると、身震いしるしかない警察取調べの現実が記されています。

その対処法が書かれていますが、そんな目にあわないように祈りたいだけです。


そんな中でも、S医師は気丈に振舞われたようで、取調べ担当者もうすうすS医師の言い分に気づき始めるようですが、

事此処に至っては彼らの仕事は如何にしてS医師を起訴→有罪に仕立て上げるか、という点に尽きるのだ

という、そら恐ろしい現実に直面します。


>しかし、取り調べが進み、11回目の聴取になったとき印象的な出来事が起こりました。

>取り調べをしていた刑事が突然、号泣し始めたのです。そして、こう叫びました。

>「これだけ社会問題になると、誰かが悪者にならなきゃいけない。

>賠償金も遺族の言い値で払われているのに、なぜこんな難しい事件を俺たちが担当しなきゃいけないんだ」。

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/files/200807.pdf



・・・はたして、一体誰が社会問題に仕立て上げたのでしょう?


こんな稚拙なロジックで警察で冤罪が作られるのだと知り、本当にショックです。


マスコミが騒いで社会問題にすれば、警察が冤罪を作り上げて個人を貶める事が、

日本にシステムとして存在している事を、改めて認識させられました。


これは何も医師、医療事故に限った事ではありません。


例えば、電車での痴漢冤罪問題では「それでも僕はやっていない」と映画でも訴えられましたし、

交通事故でも、冤罪問題 が上がっています。


電車に乗っていても、普通に車を運転していても、いつ誰でもがなにかの拍子にこういった理不尽な目にあう

のかもしれません。


・・・話は逸れましたが、S医師は起訴され裁判へと進みます。


本当ならば、この時点で検察がしっかりと最初の内部調査報告書のウソを見破って不起訴とする事が妥当

なのですが、検察も大きな波に従うように起訴したのでしょうか?

それは、遺族感情とか、マスコミによる世論とか言うものだったかもしれません・・・。


当然、検察の証人になるような専門家など居ません。


>証人に学会の理事レベルを呼ぼうとしたが内容が誤っていたため断られた「検察」

>まともな心臓外科医全てに拒否され、陰圧吸引法を一回も使用したことがなく、

>胸骨部分(第二肋間)縦切開で手術をしたことがない学会員でもない、

>関東50人の心臓外科で死亡率がベスト3に入るような人間を選んだ「検察」

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-e422.html



こういった医師の証言だけでは、S医師を有罪にすることは出来ません。

検察は、S医師側から提出される心臓血管手術と人工心肺に関する教科書的な資料

証拠として「不同意」として退けるという、我々には理解も出来ない裁判手法で抵抗しましたが、

敢え無く一審で無罪となりました。


此処まで来ると、もう後戻りは出来ません。検察は控訴です。

ここにも、激烈な遺族感情やマスコミの世論扇動が影響したのではないでしょうか?


・・・で、2審も当然無罪となり、S先生への責任追求は冤罪であった事が明らかとなった訳です。←イマココ


>執刀医が血管に挿入した管の位置が悪かったことで、脱血不良が続いた

>人工心肺装置の問題が原因になったとは言えない


これで、完全にS医師の過失はなかったことが明らかになりました。


さて、事件の経過の中で、マスコミはS医師に対する非情なバッシングを行いました。


逮捕をセンセーショナルに取り上げた後は、


ひたすら遺族感情を煽り、S医師を犯罪者扱いし続けた 訳です。


この件では、S医師はフジテレビを名誉毀損で訴え、勝訴されています。


当然です。


いくら崩壊した日本の司法だとはいえ、最低限判決が出るまでは被告人はあくまでも被告人であり、

特にこういった医療事故で医師を犯罪者扱いすると言うのは、あまりにも拙速にすぎる事じゃないでしょうか?


ちょっとした出来事でも書類送検だのとすぐに報道し犯罪者扱いする事は、

人権を重んじる法治国家として如何なものかと。


確かに、日本の警察は優秀で逮捕起訴された事件は99%が有罪であるという結果があるようです。


しかしあくまでも99%の有罪は結果であり、だからといって

起訴されたものは有罪だ→逮捕されたものは有罪だと先走って報道することは、

報道被害がそれだけに留まることなく、社会不信を煽る結果をも、もたらしており、

現在のマスコミが行っている拙速な報道は亡国行為だと言わせて頂きたい。



私が思うに、この事件でS医師は本当に大きな組織の力と時代の波に翻弄されたのだと思います。


大学病院という組織に裏切られ、

医師である自分が慈愛をもって接するべき患者の家族から恨まれ、

軽薄な衝動から医療バッシングに走るマスコミに傷つけられ、

それに煽られた「世論」に蔑まれ、

「社会問題になった事件では、誰かが悪者にならなきゃいけない」と警察に尋問され、

まともな証拠を「不同意」にしてまでも被告を有罪にする事に執着した検察に控訴までされ、

・・・と、本当に大きな力と波に立ち向かわれ、生還されたのだと。


しかし、検察のコメントはコレですか・・・。



>検察側の主張が認められず、遺憾である


違うんじゃないでしょうか?

冷静に考えて、コレだけ社会問題になって判決が無罪になったんですから結果論としても、


「今回、間違った観点から逮捕、起訴を行った事をS医師に謝罪します。」


と社会問題になった責任を取るべきじゃないでしょうか?


もちろんマスコミも犯人扱いした事を全面謝罪すべきです。


・・・できないんでしょうね・・・。


大きな社会、大きな組織となればなるほど、自らの間違いを正す事などできやしない、という事なんでしょう・・・。


最後に、このエントリーの元となったS先生のブログを引用させていただきます。


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「目に見える権力」への怒りと「目に見えない権力」の恐怖の8年間と正義感のある方々への感謝


http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-e422.html

控訴審判決を迎えるに当たり

「この8年間はどのような8年間でしたか。」と取材を受けました。

「目に見える権力」への怒りと「目に見えない権力」の恐怖が、常に心の中から離れることがなかった8年間。

「目に見える権力」とは以下二人の人間をはじめとした女子医大幹部です。

一人目。東間 紘女子医大元病院長 現牛久総合病院院長(泌尿器科医)。「科学的でない、根拠のない結論を書いた内部調査報告書の責任者です。

今回、「否定された内部報告書ー『ルポ 医療事故』朝日新書

http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-fe25.html

において、実地検分と内部報告書の作成がいかにでたらめなものであったかが、私の口以外からはじめて活字となって、暴露されました。

二人目。黒澤博身 女子医大現心臓血管外科教授(3月31日退官、あと4日)。

特定機能病院の認可を取り消されないために、「はじめから内部報告書は誤っている」と分かっていたのにこれがマスメディアにバレないように、パワーハラスメントを使ってまで私を陥れました。

「白い巨塔」の財前五郎など相手にならないほどの、悪業を平然と行う人間が存在することに私自身が驚愕するとともに、憎悪しました。

詳細は、「公開質問状」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/cat6216890/index.html 「日経メディカル 2008年7月号」http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/files/200807.pdfにあります。


この二人の悪をさらに絶対に許せないことは、NHK のテレビ番組を利用して門間和夫前循環器小児科教授を落としいれ、自分達が英雄気取りになっていたことです。

門間先生は、現在でも鎌倉のご実家から心研の実験室に通われている物静かな学者肌で、これら二人の権力志向の医師とは無縁の生涯学徒です。

外国の学会で業者にゴルフ接待強要したり診療をサボって、小金井カントリー倶楽部でゴルフして連絡がつかない」ような診療姿勢とは正反対で、私達が徹夜でICU管理した重症の赤ちゃんや子供達全員を毎朝の6時前に一人で回診にやってきて、我々の労をねぎらいながら子供を診る名医が門間先生でした。


NHK のテレビ放送では、その門間先生を医師からみると言いがかりとしか思えない「術後重症になったのに渡航移植を勧めなかった」ということが、さも、旧体制が恥部で、それを摘発して謝罪させた新体制の旗頭が我々だといわんばかりの内容でした。全国の循環器小児科医、循環器小児外科医が、憤慨しています。

見えない権力とは「警察」「検察」といった国家権力です。

「内部報告書はうそが多い」ということは、私を逮捕した時点で、メディアに語っていいた警察。同僚に真夜中に私が打ったメール「私と弁護士さんと一緒に会えないか。」の数時間後の手術室に入る前の朝8時にその同僚に「佐藤の弁護士には会わないように」と電話してきた警察。

「これだけ社会問題になると、誰かが悪者にならなきゃいけないんだー。」と泣き叫んだ警察。これらの意志決定が誰によっておこなわれたのかわからないのが権力組織。


さらに、警察なりには勉強して、「内部報告書はうそ」という結論に達したのに対し、自分達では、資料を集めて勉強しなかった「検察」。起訴した時点では、「内部報告書」のうそを見抜けず起訴してしまった「検察」。その誤りに気づいて「訴因変更」までしたのに、まだ根本的には全然わかってないため女子医大手術室の「検証実験」で思い通りの結果をだせなかった「検察」。「DC」を「DC ビート」と書いてしまい、女子医大の「圧の不等式」をひっそり捨てて「量の不等式」に書き換えたけれどまだ間違っている「検察」。

証人に学会の理事レベルを呼ぼうとしたが内容が誤っていたため断られた「検察」まともな心臓外科医全てに拒否され、陰圧吸引法を一回も使用したことがなく、胸骨部分(第二肋間)縦切開で手術をしたことがない学会員でもない、関東50人の心臓外科で死亡率がベスト3に入るような人間を選んだ「検察」ビデオ撮影のために手術した糸を故意に切って吻合をやりなおした患者が死亡したことを法廷で尋問されるのを避けようと必死になっていた「検察」


これらの検察官は、毎年変わっていき、責任者が誰かまったくわからない。立証のためならニュートン力学なんのその、大学病院の薬事法違反さておき、患者さんの真の死因など興味はないという姿勢は、誰ではなく「検察」権力そのものの体制。

感謝

妻。

わけのわからない理由で犯人として責任を押し付けた大学、夫を目の前で逮捕して連行し家宅捜索という名のもとに家庭内に入り込んで、所持品をめちゃくちゃにかき回して物をもっていった上、面会できない日曜日に面会させると嘘をついて千葉の奥から東京に呼びだし事情聴取しようとした警察やしつこく追い回すメディアや隠し撮りしたテレビ局に対してもしっかり立ち回ってくれました。

逮捕直後3週間は証拠隠滅の可能性という具体性の欠けた理由で面会謝絶されましたが、毎日手紙をファクシミリで弁護士さんに送ってくれたので、毎日接見にきてくれた弁護士さんが、透明のアクリル板越しに読むことができました。その後は、40度の発熱があろうが、暴力団関係者といっしょの待合室が息苦しい留置所や拘置所に毎日面会にきてくれました。手紙を毎日くれました。


なんとか借金や両親の遺産をくずして用意した現金1500万円の保釈金を検察の準抗告でひっくりかえされ泣く泣くタクシーで持ち帰って、さらに2000万円になったので、借金に奔走してくれました。裁判所で、患者さんの家族から理不尽な行為をされても耐えてくれました。公判は息子の出産の時以外は全て傍聴に来てくれました。・・まだまだ書ききれないことがいっぱいです。

喜田村洋一先生 (主任弁護人)

感謝。尊敬。凄すぎる。沢山の医師とその後沢山の法曹界の人間を知るようになりましたがその中でも頭のよさと人間としての素晴らしさは圧倒的で、主任弁護人でありながら、感謝、尊敬を超えて大ファンになってしまいました。お仕事が終わった午前5時に電話をいただき、弱気になった私を激励してくださいました。

後に、場所をあらため、再度感謝申しあげます。

二関辰郎先生 (弁護人)

高校で席を隣にしたクラスメートにして、酔っ払って星を眺めて将来を語りあった友人。

事件報道直後に電話したときから何もかも助けてもらいました。今晩中に語りつくせません。西高だからこそ、妻をも直接ケアしてもらうこともできました。

瀬尾先生のその後の惨劇と私を比較して、二関先生が同級生だったことが、いかに幸せだったかということを実感します。また、あらためて。

国立循環器病センター研究部 人工臓器室(体外循環) 室長 西中知博先生

榊原記念秒医原記念病院小児心臓外科医長 安藤 誠先生。

心研同期の友人として、逮捕直後に妻を探し出して励ましてくれました。そして、二人とも女子医大からの干渉の危険性にもかかわらず、専門証人として法廷に立ってくれました。その正義感の強さと人間性は、医療者としての優秀さ以上に尊敬できるものです。

無職になった私のために同僚の他の医師とともに、心研外科同門会やOB に「カンパ」を呼びかけてくれましたが、黒澤教授に阻止されてしまいました。それにもかかわらず、遠いところ複数回にわたり留置所、拘置所に面会にきてくれて、差し入れしてくれました。ドイツの出張の帰りに成田から小菅拘置所に直行してくれた西中先生、夏休みを削って、沢山本を買い込んで差し入れしてくれた安藤先生を面会で遮断された板を壊して手を握りたいと思ったものです。

西中先生は、オックスフォード大学留学中にもかかわらず、黒澤教授の存在も無視して法廷で証言するためだけにイギリスから1週間帰国してくれました。体外循環の専門家として、ヨーロッパや北米を行ったりきたりする仕事の真っ最中でもありました。人間性のすばらしさでは西中安藤両先生と全く同じレベルかそれ以上に献身的な京都大学医学博士工学博士の築谷朋典先生を紹介していただき、4人が一度に会して実験にも付き合ってもらいました。弁護士さんとの会議にも何回も出席してもらい、メールのやりとりも1000以上だったはずです。

安藤先生は、日本で有数の小児心臓外科医で、学会のフロアーで世界のトップサージャンとまともに渡り合える数少ない優秀な医師ですが、スケジュールもいっぱいのところ、8年間絶え間なく助けてくれました。弁護士さんとの会議出席も手術を終えた直後に駆けつけてくれること30回以上はあったと思います。

全ての警察調書、検察調書、証拠、公判調書、尋問予定事項、弁論に目を通し、コメントをくれました。読んでいただいたものは、メールも含めると5000枚以上だったと思います。莫大な時間と労力だったはずです。京都大学医学部のサッカー部ではなく、本ちゃんの体育会のサッカー部でならした体力と根性といっても、榊原記念病院での診療と学会活動に加えての会議参加、コメント作成は物凄いものがありました。控訴審は、段取りの悪い検察や、若い判事の素人以下の尋問が遷延したため、3回もの公判に出廷いただきました。実験にも最後までおつき合いただきました。


故常本實先生

私を手術していただいた上、小児心臓外科に導いてくれました。結婚式でもスピーチをいただき、学会でもお世話になった上、励ましをいただきました。

一審無罪判決に亡くなりを直接ご報告できず残念です。

他、時間の関係で、簡単にお名前

拘置所、留置所に面会にきたくださった方々、磯松幸尚現横浜市立大学准教授、新岡俊治現エール大学教授、押富 隆長崎大学助手、都立西高バレー部の仲間達、山梨医科大学の仲間達、担当弁護士ではないのにボランティアで面会にきてくださった横山哲夫先生、希代先生そして、弟、妻の姉弟、母方の姉妹。

警察、検察取調べ調書で、最後まで、「悪いのは術野」だと最後まで言い続けてくれた心研循環器小児外科諸兄、教授。法廷で専門家としての医師、工学博士、技士として証言された方々、看護婦さん。無職になった私にカンパしようとしてくれた心研同期。

3学会委員関連

古瀬彰先生、高本眞一先生、許俊鋭先生、四津良平先生、坂本 徹先生、先生方の勇気と正義感に。又吉 徹先生、見目恭一先生、

患者さんのご家族の情報までも流してくれた裁判所書記官

横暴な刑事から守ってくれた行政警察員、拘置所で、「こりゃ無罪の可能性高いな」と励ましてくれた所長や看守さん、留置されてくさい飯をたべながらいろいろ教えてくれた被拘留者達

小菅拘置所にいるときから就職の話をもってきてくれた、現綾瀬循環器病院丁 栄市理事長、すこしでも給料を増やしてといろいろ工夫してくれた上、診療に穴を開けることに目をつぶってくれた丁 毅文院長、他の医師、技士、看護師、補助看護師、事務員、クラーク、清掃員ほかスタッフ。

私の事件を知りながら、応援してくれた患者さんとそのご家族、私の手術を受けて大きくなっていく子供達

訴訟や大野病院事件を契機に新しく知り合った多くの医師、法曹界、学者、マスメディアの記者さん。

そして、最後に故父佐藤和夫

心配をかけました。年金生活の中から貯金を崩して、弁護費用や保釈金をいただき、迷惑ばかりかけました。留置所や拘置所に面会、裁判所での傍聴は、70 後半の弱った足にはつらかったと思います。おまけに、控訴審が長引く中病に倒れ、自分が主治医となりましたが、心肺停止から365日で亡くなりました。助けることができず、残念です。亡くなるまで、妊娠出産で傍聴に来られなかった妻がいないときも全ての裁判を傍聴され、根底での精神の支えになっていただきました。判決確定までなんとか診療を続けたかったのですが、かないませんでした。

無罪だったら明日、お墓参りにいきます。30年ぶりにいっしょになれた母と伴に安らかにお眠りください。


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大きな間違いが一つ、正されました。


間違いを犯すのも人間なら、正すのも人間だという事ですが、

間違いに気づいた時、どういう対処をするべきかということについて、

組織や世間といった大きな波に脅かされる事なく、間違いを正せるような社会に

なって欲しいと思います。
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