2008-08-13 00:27:23 テーマ:裁判、マスコミ、ニュース

毎日新聞 「病院には遺体に対して『不浄』という意識がある」・・・って?

洛書き帳:「病院には遺体に対して『不浄』という意識がある」… /京都

 「病院には遺体に対して『不浄』という意識がある」。先日ある取材で医療関係者がそう打ち明けた。かつて彼がいた病院では、患者が亡くなれば地下 の安置室に移し、裏口のドアから外に出していたという▼「死」を人目に触れない場所に隠す意識が働くのだろうか。どこか死者を冒とくしている気がして薄ら 寒くなった。こうした対応に理不尽さを感じる医師も少なくないらしい▼彼が現在勤務する診療所では、患者が亡くなれば病室でお別れ会をし、顔にハンカチを のせることなく玄関から送り出す。遺族からは必ずお礼の手紙が届くという。私が患者なら死んだ後も人間としての尊厳を守ってほしい。【木下武】


毎日新聞 2008年8月10日 地方版


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この記事をネットで知る人も多いでしょうけれど、


この記事は私を含め、都市部でネットを操る人間向けではありませんので、



「なんだって~~?


亡くなった患者のご遺体を人目に晒せって、この記者は何考えてるんだ?」



と憤慨成される事の無きようにご注意を。




最近ネットで取りざたされている毎日新聞の変態報道問題を調べていると、


毎日新聞の購読層は、地方の高齢者に限られてきているとも言われているようです。



記事の内容から察するに、「彼が現在勤務する診療所」とは、


玄関ホールが外来患者でごった返しているような都会の医療機関ではないのでしょう。





そういった一部の地域の、一部の層に対する記事なのかな、と思います。





しかし、



>「死」を人目に触れない場所に隠す意識が働くのだろうか。


>どこか死者を冒とくしている気がして薄ら 寒くなった。



ご遺体の顔も隠さずに、人が多く出入りする玄関からお見送りする事の方が、


死者を冒涜する行為じゃないかと、私は思います。



確かに現代は死が一般の生活から隔絶され、


「人がどのように死ぬか」


という人間の死生観を育む機会が損なわれてきた事を問題視する考えを私も書いた事がありますが、


あくまでも身近な人間の死など不可避な状況であって、


不特定多数の病院で亡くなる人をすべからく公開された状況に置くなんて事は、考えた事もありませんから、


実際に病院で何人もの患者を見送ってきた者として、私はこの記事を読んで「薄ら寒く」なりました。

 



まあ、いずれにせよ、

>洛書き帳

という題名は


「洛=京都での書き物」というしゃれた題名にのつもりなんでしょうけれど、もちろん


落書き帳


の意味である事は間違いないでしょうから、


「自分勝手な解釈を書いていますよ
。万人受けする事は考えてませんよ。」


という事を暗に示してい訳だとすると要するに確信犯であるのでしょう。



しかし数万の人間の目に実名でこんな内容を晒すとは、あきれるばかりです。


コメント

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1 ■なるほど

確かに死者の尊厳まるで無視。
私は、国立医療センターに勤務していましたが、玄関から退院は考えませんでした。
少し話はずれますが、葬儀の時の清め塩、あれは不要です。うちの宗旨は使いません。
冷蔵庫がない時代の、食品の保存の為の塩であり、死者を忌み嫌う事自体がおかしいです。
地方により、死者の使っていた茶碗を割るとか家の垣根を壊すとか…。迷信ばかりで嫌になります。
自分が死者になった時、遺された家族にそんな事されたらかなわないでしょうにね。
生と死は紙一重。死を忌み嫌うことなく生かされていることに感謝する事が大事だと思います。
いつも勉強になる記事を有難うございます。

2 ■不浄

病院での扱いで死者が不浄とされてるって思うなんて、物事の捉え方が偏ったおかしい人が書いたんでしょうね。
一般の人が他人のご遺体を見てどう感じるかって思わないのか。また、遺族感情も全く無視された内容で、呆れてしまいました。

私は老人介護施設に勤務していますが、居室で他界された方の搬送は他の入所者に見えないようにします。
明日は我が身と思うのが先でしょう。不安になると思います。

やはり新聞社自身の思考がおかしいと、記者も同様の思考の持ち主が集まるんですね。

3 ■死を忌むのは神道

別のところでもこの記事を目にしましたが、死を忌み嫌うのは日本の伝統文化であり日本固有の宗教である神道の考えです。

神道では神々が死を嫌うとして、家に死者が出たときには、自宅の神棚に白布を貼る「神棚封じ」をして死を神の目にふれないようにする風習があります。

これも決して死んだ「人」を忌み嫌うのではなく、人にとりついた「死」を穢れとして忌み嫌い、祓い清めるのであり、神道においては死んだ人は神になるということなので、この新聞記者のいう死者の冒涜云々は全く見当はずれです。

ちなみにこの場合の「穢れ」とは不浄とか汚れているという意味ではなく、死の悲しみが生命力を減退させる「気枯れ」の状態をいい、儀式で気を回復するため清める(気良める)のだとも言われています。

主語を病院とすることで、読み手に「病院が死者を冒涜している」と受け取らせる文章であり、確信犯なら非常に悪質な印象操作であり、意図的に書かれたのでないのなら、死生観の知識をなにも持たず、調べもせず、死に言及する無学無知をさらけだした記事だと思います。

4 ■コメントありがとうございます

>ダヤンさん、りんさん、しろふくろうさん

ご賛同意見ありがとうございます。
しろふくろうさんにお教え頂いたように、「穢れ」の考えを理解していない記者がこじつけで病院叩き記事を書いただけという事になりそうですね。

これも、いまマスコミでは医療が「旬」なせいなんでしょうね。しかし同時にブログでも、マスコミが「旬」なんですけどねw

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