先人から教えていただける機会を

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地元蒲郡が大好きな加藤です。

2017年の8月15日
この日に、父と母は、武道館に行っておりました。全国戦没者追悼式に参列させていただきました。
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父は、昭和9年2月15日生まれです。
学年で言えば、天皇陛下と同学年です。
7人兄弟の末っ子(私の知っているのは)。
男4人。女3人。
戦争で兵隊として亡くなったのは2人です。父のすぐ上のお兄さんのことは、大好きだったようで、私の幼い頃に、何回も何回も話してくれました。
昭和19年11月5日に書かれたと思われる手紙を見せていただいたのは、昨年でした。
その手紙は、年が明けてから届いたそうです。遺髪となるかもしれないからと、同封されてたそうです。
「南へ行きます」と。
昭和20年3月6日の満18歳のお誕生日の前に逝かれたそうです。
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達筆な字と、しっかりとした文章。初めて読ませていただいた時も涙が止まりませんでしたが、久々の本日も、胸がいっぱいです。どこか、父の字にも似てます。いや、父が大好きな勇ちゃんに似せてるんですね。
幼き頃、私たち姉妹は、「行ってまいります」って出かけてたのですが、勇治おじさんは、兵隊へ行く時なんて言ったか?
「いきます」
だったんですって。
もどらない覚悟だと!
16の少年がです。

昨年、娘の家族と一緒に広島へ旅しました。原爆ドームや資料館は、子供達には、ちょっと早い!との主人の言葉で訪れませんでしたが、こんな悲惨な事実もあったんだと、受け止めることも大事なことだと思います。
父が、原爆資料館さまのお許しを得て、自分の撮った写真と、資料館の画像での展示会を、地元蒲郡で開催させていただいて、たくさんの方々が足を運んでくださいました。新聞の開催記事をみて、市外からも中学生が来てくれました。その後、お寺でも展示依頼があり、数回させていただきました。
「どんなことがあっても、戦争はあかん!」

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