いじめと一言でくくると

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http://ameblo.jp/disclo/entry-10019378518.html

http://ameblo.jp/disclo/entry-10019345933.html


いじめと一言でいってもいろんないじめがあります。

人間三人いればいじめがおこるっていうのは人間の本質の一部の表面化で

どんなコミュニティーでもありうるわけです。


いじめといってもいろんないじめがあって

苛め・虐め・イジメ・・・

どちらにしろ自殺まで追い込むのは教師・生徒・学校・家庭・・・どこにもセーフティーネットが

存在しなかったと言う悲劇です。


私が日教組・同和問題の関連性を云々言うのはなにも「いじめ」自体の根拠が

そこに起因するってことではありません。


今日、テレビを見ておりましたら、福岡の事件に関連して何人かの芸能人が

「わたしもいじめにあって苦しんだ」と経験談を話していましたが

本当に自らの命を絶ってしまう段階のいじめの次元がその先にあるんだと思います。


いじめというのはどこにでもあります。

でもその「次元」に追い込む背景は特殊な背景・・・

いうなれば本来自然発生的なコミュニティーでは発生しえなかった「次元」が

人工的に生まれたという問題です。


今問題になっている「隠蔽」はほとんど日教組・日教組的現場に起因しています。

そもそも報道でも何でも「いじめ」というソフトな用語で覆い隠していますが

実態は自殺にまで追い込む犯罪的行為が存在します。


シカトされたとか無視されるとか罵倒されるとか小突かれるとか

そんなものは本質ではありません。


例えば性的な虐待行為が常態化しているとか、肉体的苦痛を習慣的に与えるまで

悪質化していくとか次の段階がその先にあるのです。


そこまで破壊的な犯罪行為まで加害者を押しやる背景にはほとんど

「教師の免罪」が存在します。


いじめによる自殺事件で現場が隠蔽するのは

その教師の免罪と加害児童の犯罪的行為。

教師の免罪は時には教師自身の加担という形で存在します。


教師の免罪は異常なまでに児童の攻撃性を加速させます。

おそらく福岡の事件にしてもマスコミが活字に出来ないような事実があるでしょう。


いじめなんていう言葉でいうならそこいら中に「いじめ経験者」がいるでしょう。

「死ぬほど苦しんだ」って言う人もいるでしょう。


しかし実際に自らの命を絶つ次元はもはや「いじめ」じゃなくて傷害暴行です。

遺書に書き残すのも躊躇われるような事実があります。

親に家族にも相談できない子供は遺書にさえ凄惨な事実を残せないことが

多いのです。


「隠蔽」しようとしているのは

・いじめがあることを以前から知っていたこと

・それを放置していたのは「放置してもかまわない」と現場が考えていたこと

・「まさか」というような凄惨な実態が存在すること

です。


「放置してもかまわない」というのは全生研的集団指導マニュアルの手法です。

その集団指導統率のシステムによれば

いじめ加害児童はあくまで編成集団の内にいる正常な存在であって

いじめられている生徒は編成から漏れた異常な存在として扱われます。

その異常な存在には出来るだけかかわらず

しかしながら他の編成の統制のための材料とする・・・・・


こんな現場マニュアルが水面下で存在すると言うのは普通の人は信じられないでしょう。

しかし現実に存在するのです。

http://ameblo.jp/disclo/entry-10019378518.html

学級集団づくり入門

手元にこの刊行物を所持していなくてもこの全生研的マニュアルは活用されているのです。


福岡の事件でも日教組組織率が問題とされています。

担当者は朝倉該当3校での組織率を61.1%と報告しました。

私の情報では70%以上。

三輪中に関しては実はもっと高いのではないかと思っています。


いじめの原因は自然発生的な人間の本質です。

そこには日教組も同和問題も関係ないでしょう。


しかし自殺まで追い込む

人工的な現場手法と指導統率思想はまさに現実の問題として存在します。








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