2006-05-12 00:17:29 posted by digikumacha

DEATH NOTE 11巻

テーマ:書評
 ぼちぼち書評を上げないと…と思っていたのですが、まちばりあかねさん に同様の内容の記事を書かれてしまった…(笑)。
 というわけで後追いでエントリ。

 相変わらず緻密なストーリー展開ながら、今回は論理の中に不確定要素を放り込んだときの先の読めなさを効果的に使ってきました。以前、弥美砂を最初に登場させた時も、11巻のラストの展開もそうなのですが、「物語が予想の方向へ収束しない」、「予想の斜め上を行く」ストーリー仕立てが絶品であります。

 というわけで、論理・非論理についてちょいと考察。


 管理人は、普段から「人の考え方のクセ」を概ね二つの軸に分けて分類しています。

・systematizeする脳: 全体を理論的に統括・制御しようとする思考

・empathyする脳:    感情移入、情緒的な判断を行動基盤にする思考

 個人によって、どちらの特性が強いか、で意外と単純ながら分類することが出来ます。
 誤解を承知で言ってしまえば、前者が「男性脳」、後者は「女性脳」となります。例えば「週間新潮」や「週間文春」等でよく記事にされる政治・経済など、文字通り社会構造やシステムに関する分野は「男性脳」の方が得意。逆に「週間女性」や「女性自身」で取り上げられるような芸能人関係やゴシップネタなどは「女性脳」が好みとするところ。
 もちろん、生物学的な女性でも「男性脳」優位な方もいるし、その逆もしかり。


 「DEATH NOTE」の登場人物で言えば、キラ・L(新旧共に)・ニア、などは前者の人ですし、それに対して美砂や高田・メロは後者の人。
 今回は、「キラ=新L」 VS 「ニア」の論理の詰め合いの様相を一見呈しつつも、その裏でsystematize VS empathyがスパイスになる構成にもなっておりました。
 色々と多面的な楽しみ方が出来るのも、作品の構成に骨があるからで、ますます楽しみな作品です。

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