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by neji

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2010/10/11

2010-10-11 22:30:54 テーマ:ブログ
老来を待って始めて道を学ぶこと莫れ
古墳多くは是れ少年の人

「仕事と私、どっちが大切なの?」について

2010-08-25 19:11:44 テーマ:ブログ
(個人的な)試しに、英文を和訳したかのような日本語で書いてみる。

今日は、「仕事と私、どっちが大切なの?」といういかにも有名なこの台詞について考えてみたい。

この台詞の話者は女性であるイメージが強いと思うが、私も口にしたことはないものの、心の中で思うことはある。逆に、今まで付き合った何人かの男性から、そのようなことを言われたこともある。

ちなみに、男性に「仕事と僕、どっちが大切なの?」と言われたとき、私の最初の回答はこうだった。

「仕事に決まってんじゃん」

本気でそう思ってたので、そう答えていた。この二人がその後どうなるのかは、推して知るべし。

数年後、別の人に同じことを聞かれたとき、過去の経験からの学びを活かしてこう答えた。

「どっちも大切だよ。でもそもそもその2つは同じ土俵で語られるべきじゃないと思う」

自分で言うのもなんだが、この言い回しは相手を余計傷つけるのでおすすめしない。
ただ皆さんの中にも、この趣旨で回答している人はけっこういるのではないか。
君も仕事も、どちらも大切なんだよ、でも仕事はどうしようもないから、理解してくれ。

私はしかし、少ない恋愛経験から、この回答は所詮「仕事に決まってんじゃん」に毛が生えたレベルで、まったく二人の問題を解決することにはならないことを学んだ。
仕事だから仕方がないことくらい、どんなカバでもわかる。というか、たいていの人は世間の常識として知っている。うまく説明さえすれば、子供だって理解できるだろう。
世の中に不可抗力はつきものなのだ。その問題は時代年齢地域のすべてを越えて、ただ事実として、歴然と常に、存在する。

「仕事なんだから」という言葉は、言い換えると、「君さえ我慢してくれれば解決するんだから、我慢しろ」という押し付けに過ぎない。相手が余計傷つくのは当然だ。

今の私は、なぜ「仕事と私、どっちが大切なの?」という「そもそも同じ土俵で語られるべきでない2択」を迫られるはめになるのか、理解できるようになった。
これは人間的に、ものすごく大きな進歩だと思っている。えっへん。

まずあなたは、「仕事と私/僕、どっちが大切なの?」という2択を迫られたときは、問題解決のために何か回答しようとする前に、そんな悲しいことを言わせてしまったことを反省すべきだ。
そう、その2つは、どちらも人生においては欠かすことのできないものであり、決して究極の選択として語られるべきでない。言った本人もそれくらいよくわかっている。
しかし、よくわかっているはずのことを今一度あなたに尋ねなければならなかったのは、自分が大切にされていないと不安に感じた、もしくは傷ついたからである。

ここで2つポイントがある。

 1.相手はあなたのしたことに怒っているのではない。この不可避な状況に傷ついているのだ。
 2.相手はあなたに謝罪を求めているわけではない。あなたの共感を求めているのだ。

そうは言っても、相手はぷんぷんしてるよ~と思うだろうが、傷ついたことをストレートに表現できずにぷんぷんアピールしているに過ぎない。
だから「仕事と私/僕、どっちが大切なの?」という2択を迫られたとき、もしくは、迫られそうな気配を察知したとき、もしくは相手が何やら怒っているときは、

 1.相手が傷ついているのだと解釈してあげる
 2.君が傷ついていることを理解しているよ、君が傷つくのは自分も不本意だし、自分も悲しいよ、と伝えてあげる

これで相手の怒りは収まる。
相手は、自分が傷ついたことを理解してもらえた、と安堵する。さっきまで感じていた「自分が大切にされているか」という不安は消え去り、あなたの言い分を聞くゆとりが生まれ、きっと、二人で解決策を考えることができるだろう。
良かった、自分は今までと変わらず大切にされている。
今回のことは自分が残念に思っているのと同様に、相手も残念に思ってくれている。
自分たちは気持ちが通じ合っている。安心だ。フゥ。解決。

仕事でクライアントとモメたときも同じことが言えると思う。
怒っているクライアントに対して、あなたはいきなり「そういう仕様なんで仕方ないんです」と説明するだろうか?火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている。
または、クライアントの怒りを鎮めようとひたすら陳謝しているのに、いっこうに先方のテンションが下がらない経験をしたことはないだろうか。
怒っているから謝っているのに、「君は我々の立場を理解しているのかね?!」と言われてしまう。

クライアントは、あなたへの期待(それが一方的だったとしても)を裏切られたことで、傷ついている。あなたが最初にすべきなのは、あなた側の事情の説明ではなく、クライアントが傷ついたことを理解してあげることだ。
さぞ困らせてしまったことと思います。あなたの期待に添えず、申し訳なく思っています。自分も残念です・・・。
クライアントはきっと、自分の気持ちを受け止めてくれたあなたに、再度心を開いてくれるだろう。
あなた側の事情を説明するのはその次だ。

仕事でも私生活でも、不可避な事態は起こる。誰しも人生で、そういう経験を積んできている。
だから気持ちが通じ合っているという確信が持てれば、あなたの目の前の人はきちんと事情を理解をしてくれるだろう。

人は、信頼している相手にほど期待をしてしまい、知らず知らずのうちに強く共感を求めてしまう。だからこそ、意に沿わない結果になったときに傷つく可能性も高い。
その代わり、すれ違いをきっかけに再度お互いの気持ちを確かめ合えば、より強固な関係を築ける。


とはいえ、大前提として、相手に「こうあって欲しい」という勝手な願望を押し付けるのはNGですが。

2010/08/24

2010-08-24 23:06:33 テーマ:ブログ
仕事で誰かに何かを引き継がれることがある。

その時の、相手が自分に伝授しようとする内容で、相手がどれくらいその業務の本質を理解しているかがわかる。

そもそものドキュメント作成や伝え方の得手不得手も関係しているとは思うけど、本質を理解せずに作業していた人の引き継ぎはわかりにくい。

肝心なことが教えてもらえず、余計なこと、細かい作業手順ばかりとうとうと説明される。

もちろん細かい作業内容を教えてもらえるのも有難いけれど、まずは本質的なところ、要点をおさえて説明してくれる人との差を感じてしまう。

自分が誰かに引き継ぐときは、気をつけなくちゃなぁ。

2010/08/16

2010-08-16 12:29:03 テーマ:ブログ
偏向や考え方において、自分は母親のようにはなりたくないと思う部分がある。

でもそういうところに限って似ていたりもする。

脳は、具体的にイメージしたものに近付こうとするらしい。

こうなりたいと思ってイメージしても、こうなりたくないと思ってイメージしても、脳はそのイメージに向かって進化しようとする。

なりたい自分をイメージすることが大切ってのは、そういうことか。



将来子供ができたら、自分のようには育って欲しくないと思ってた。

だからそうならないように気をつけたいし、母親が余計なことをしないように気をつけたいとも思ってた。

ずっとそう考えてきて、最近気付いたのは、母親もそうだったんだろうと。

母親が経験した苦さや悔しさを、自分の子供には味わわせたくなかったんだろうな。



自分に誇りを持って生きることをモットーにしている一方で、極めて卑屈な自分も存在する。

なりたい自分をイメージすることを心がけなくては。

親は、子育てを通じて自分の半生をやり直し、後悔にケリをつけようとしてしまいがち。

ちゃんと自分の人生に責任を持とうと思う。

仕事で大切にしていること

2010-08-13 20:22:27 テーマ:ブログ
とにかく、メンバーを全面的に信頼する。
「そうはいっても不安なところがある」と言う人もいるかもしれませんが、その「不安なところ」は他のメンバーがカバーすべきで、むしろ信頼できないはずない。
信頼に足りうるようにカバーするのが、周囲の人間の役目なんだろうと。

その人を信頼できない、というのは裏を返すと、フォローする気がないということ。
1人でできること・考えられることなんてたかが知れてるし、月並みだけど、やっぱチーム1つになって相乗効果をだして突き抜けていきたいよね。
チームを1つにするには、全員が率先して得意なところを出し、各自の不得手な部分をカバーする必要があると思う。それを可能にするのが、信頼関係。
信頼関係を築くのは時間がかかるけれど、壊すのは簡単なんだよなぁ。


特にリーダーシップをとるべき人が、率先して無条件にメンバーを信じる=ケツをもつことが必要なのではと思う。
そしてさらに大事なのは、メッセージを共有しながら伴走し続けること。
「君に任せる」と言って見送ったままではなく、同じゴールを見続け、一緒に走り続けること。

だってさ、モチベーションの高さに関わらず、我々は走るでしょう。仕事なので。
でも、伴走者がいて、一緒に励ましあってゴールに向かう場合と、場外からもっと真剣に走れと野次を飛ばされるのでは、見える風景も成長の仕方も違う。
たどりつくゴールすら変わってしまうかも。

理系女子の習性

2010-08-12 23:38:03 テーマ:ブログ
「理系女子」とタイトルに書いたけど、私の主観に基づいているので鵜呑みにはしないよう…。



1.話す前にまずは言葉の定義をしたがる

あいまいな表現では共通理解ができないでしょ!と言う女性はたいてい理系女子。すみません私です(笑)

2.暗算に失敗すると落ち込んで一瞬口数が減る

暗算に理系文系は関係ないけど、なぜか計算が必要になったときに自分の見せ場だと勘違いするのが理系女子。そこでプレッシャーに負けて他の人に回答を先に越されたり、計算を誤ると、凹む。

3.モテないのは理系だからだと勘違いする

確かに理屈っぽい女性はかわいくない場合があるけど、要は性格の問題だ。

4.理系か文系かを気にする

理系男子にも理系女子にも、一定数は必ずこういう人がいる。理系は頭脳明晰だという勘違いをしている理系ってほんと愚か。

5.理系女子の中でイケてる風に装う

自分は理系女子だけどちゃんとイケてるのよというアピールする人が、1割くらいいる。珍しさも相まって、一応ちやほやされることもあるんだろうけど。

6.とことんキテレツな理系女子を突っ走る

こういう子も、1割くらいいる。恋愛のような不確定要素やファッションのように普遍性のないものには興味がない。人と違う、でも正しさを追求した人生が私のアイデンティティーよ!みたいな。大学生の頃の私はこの部類だった…。最近は、それがいわゆる「イタイ人」なんだということを学んで少し成長したけど。




思い出したらまた続き書く。

2010/08/07

2010-08-07 00:25:42 テーマ:ブログ
歴史に興味を持ち始めたのは、ごく最近だと思う。

生きることにリアリティを持つにはどうしたらいいんだろうなんて、ガキみたいなことを真剣に考えてたら、自然と歴史に思いを馳せるようになった。

万物には物語が宿っている。

生まれてから滅びゆく過程、他の事象とのつながり、関わり合い。

絡み合う物語の上に、今の自分は成り立っている。

と同時に、様々な物語を紡ぎながら、生きている。

あるところでは軸となりながら、別のところではほころびの一部として。

何も考えずに、ただ成り行きの物語を演じながら生きることはできる。

でもどうせなら、自分の意思をもって、誇りある物語を遺したい。

私の先祖は明治の初期に、ある会社を創った。

その会社は高い技術力を持ち、高品質な耐火煉瓦を作っている。

その煉瓦でできている代表的な建造物が、東京駅だ。

今ではほとんど誰もその会社を知らないと思うし、うちの親族も、たぶんもう誰も経営には関わっていないと思う。

でも私は、東京駅に足を踏み入れるたびに、誇らしい気持ちになる。

日本の首都東京の名を持つこの駅には、私の先祖の物語が宿っているのだと。

世の中はめまぐるしく変化し、私たちの人生なんて地球の歩みから見たら本当に微かな震えでしかない。

でも、その微かな震えの集合が、今を創っている。

今を創り続けたいと思う。

自分の意思で物語を紡ぎ、誇りを遺したいと思う。

風鈴

2010-08-05 23:16:07 テーマ:ブログ
今年は風鈴市で、南部鉄器の風鈴を手に入れた。

今もベランダで涼しげに、かすかな音色を放っている。

会場を2巡しながらいろんな風鈴を聴き比べて、最終的に選んだのがこれだった。

やはり全国的に人気が高く、一層の人だかりができていた。

他の風鈴は、ガラスがチリンチリンしてややもすると耳障りだったり、落ち着いた美しい音なのに飽きがきたり。

南部風鈴の良さは、その複雑な音色に隠されているのではないかと思う。

音が単一ではないのだ。

なんていうか、滲む。

滲んだ音が、右脳を優しく、でも複雑に刺激する。

遠い記憶に心地よい柔らかな風がそよぐような。(あ、記憶は左脳か?)

和音が複雑だから、自然と耳が次の音を期待するのかな。

2010/08/05

2010-08-05 21:02:54 テーマ:ブログ
とは言っても、社会に貢献したいとか、自分の生きた証を何か世に残したい(墓碑と子孫以外で)とか、そういう小志はある。

それらを具体化するのが目下の課題なんだが。

小志と今は思っていても、具体的になった瞬間にそれは大志になるのかも。

2010/08/05

2010-08-05 00:16:57 テーマ:ブログ
人生で成し遂げたいことを、人はみな明確に持っているのだろうか。

私はすぐには思いつかない。思いついても、小さなことばかりだな。

大志を抱かない人間もここにいる。

むしろ、現世に執着しない生き方に憧れる瞬間もあったり。



私がこの半生で大切にしてきたのは、自分に誇りを持って生きること。自分の頭で考え、自分の言葉で語り、自分に責任を持つ。

それから、今を楽しむこと。人生は今の積み重ねだから。

また、楽しんでいる瞬間に、学びと成長がある。だから常に今を楽しんでいれば、常に学びと成長がある。

そんな風に生きることが自分らしく在ることで、自分らしく在る私はきっとイキイキしてるはず!

仕事も勉強も遊びもみんな、イキイキと在るための手段。自己実現のための手段なんだと思ってる。

敢えて言うなら、自分らしさをまっとうすることが、大志なのかなぁ。

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