no one。

本日一番楽しかったこと。 @LA






スニーカーを買った店のブラックの女の子の店員さんと



ちょうど店内に流れたいた


Alicia Keysの新曲を2人で大声で頭をふりふり熱唱。







のぉーわん のぉーわん

can get in the way of what i feel for you♪


えぶりしんぐずごなびーおぉぉぉーらい








やっぱこっちの方が性にあってる気がする。






スーツを脱ぎすてたかった瞬間。

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ロス日記。



今日は、昼からずっと商談でした。

商談の後、必然的に食事をするから、
アメリカにきてから毎日を飲んでいる気がする・・。

ううう汗



昼間はお客さんの会社にて商談。
もろもろの懸案事項などをお互い潰しあえて大変良かった。


今までメールだけでやり取りしていた

韓国系アメリカ人

(=メールの印象よりもずいぶん若く、

ビジネスライクにさくっと仕事をこなすタイプの若者だった、

目ェ見ないし)、

品質部門

(=アメリカの品質管理部門は法律も厳しいから

社内でも独立していて、とっても厳格なの!)の

いかにもキリリとした感じのロシア系おばさまとか、

あとアメリカ人の営業担当の方々

(=おじさんだけど、みんなとっても人あたりが良い感じ!

売ってもらうためにこれからプッシュしなくっちゃ。)、

たくさんの人とお会いできて、

普段めったに出来ない人間関係を構築する良い機会でありました。



このお客さんは日系の会社で社長さんも日本人なんだけど、
ロスの一般的な日系企業と違って、

アメリカ人の白人相手に長年商売をしている会社なので

昨日も思ったけど、やはり、駐在の方々とは違うご苦労がありますなぁ。

日本でどんなに大手で名が通っても、
そのままアメリカ行ってビジネスになるかっつーとそうじゃないものね、

・・・つまり早い話が、相手にされないって言うか。




社長さんは、ハングリー精神とジョークのセンス抜群のすばらしい方でした。
日本の本社から来られている方なんだけど、
なんとなく気質が、ご苦労されてる感じというか、
もともとが平々凡々と育ってきたんじゃないんだろうなぁ、
向上心と好奇心の旺盛な、フトコロの広めな方でした。



ってか!!
次回までに免許取れるかなぁ。


・・・絶対に運転したいでしょ、コレ。

今回は、同行する上司の知り合いの運転手さんを頼んだけど。

こんな街の真ん中なホテルで足がなくて缶詰なんて気が狂うぞ?




しかし、今、学生が春休みだから、

教習所めちゃめちゃ混んでるんだよね・・・(涙)




もう寝よ。



明日は、中華だって・・・。


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ちょっと休憩。





・・・ロス到着。


ロスは、実に10年ぶりくらいだけど
観光で来るのと、仕事で来るのとでは
自分の目線も違います。



・・・って、当たり前か。




あんまりロスに来たって感じがしないなぁ。




そもそも、ステイツの西の人にはあんまり興味がないんだ。
やはりみんな、ちょっと気取った感じがするから。
南部なんかはどんなに気取ってても
やはり土臭さというか、田舎の感じがにじみ出てます。
田舎である分、差別や偏見、人の目線は強いけど
私は西の人の無機質な感じよりも、人間くさい方が好きだなぁ。


そういえば私の生まれて初めての海外は、
ここCAで
その時は英語もあんまり喋れなくて
サブウェイでろくに注文出来なかったなー。
高校生らしきバイトの女の子に
お手上げみたいな肩をひょいってあげたポーズをされたんだっけ(笑)





それにしてもここ、日本人がビックリするほど多い。
日本食レストランも多い。



今日訪問した会社の社長さんに
日本食レストラン連れてってもらいました。


この社長さんは実に固定相場制の頃から
ロスで頑張って仕事をしてきて
アメリカに視線を向けてビジネスをしていた人は
やっぱり駐在の方々とは違う苦労があるなぁと思った。




今日から広いホテルの部屋で
一人で寝ます。


・・・妻ランナー。




フォンカード買うの忘れた。
電話したい人がいっぱいいるのに。



次回来る時は、国際免許取って
レンタカーでバンバン自由行動するぞ!
ビーチも見ないで帰るなんて。



明日は昼からずっと商談です。
夜は会食。



備忘録日記でした。
つまらん。





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神無月のはじまり。~転職できんの、これ?!↓

http://ameblo.jp/diavola/entry-10065386637.html


神無月のはじまり。~ついに社長とサシ向かい・・・↓

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会社を辞めなきゃいけないのに、
辞められなくて
どんどん日数ばかりが過ぎてゆく日々。

社長以外の人は、私の退職をまだ知らないから
少しでも私が会社に馴染むように
気を使って話しかけてくれる人もいた。

それが、負担でしょうがない毎日。

ある日、
「ディアボラさん、コレ、できましたよー。」
と言って総務部の年配の女性がニコニコして
持ってきたものは・・・







・・・新しい保険証・・・。



小さなクリアケースに入ったソレを見下ろしながら、
私の保健の手続きで一手間取らせたことすらも申し訳なく思って、
私は「スミマセン、アリガトウゴザイマス」と小さく言った。



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そして、
別れは突然やってきた。



その日、私は、連絡のない彼に会いにいこうとしていた。



けれど、もう正直言ってどうしていいか分からなくなっていたので
私は、行く前にジャマール・ママに電話した。
自分から電話することなんて初めてだったけど
そのときは、ママに電話したい気がした。




「もしもし、ディアボラですけど・・・」

「まぁ、ディアボラ!」

「・・・えっと、もしかして、もう寝てました?」

「ん、いや、ただベッドで横たわっていただけよ。」

「あー・・・、すみません。」

「いいのよ、どうしたの?」



どうしたの、と優しいトーンで彼女が聞いてきて、
いったい自分はどうしたのか、と説明しようとしたその瞬間、
次の言葉が一切出てこなくて、
そのままボロボロ泣いてしまったのを覚えている。


驚いて彼女は口調を強めた。

「ディアボラ!どうしたの!」



・・・どうしたのか。
私。
私たち。


あんなに固く将来を誓った人が
今はとても遠く感じる。


あんなにいつも私のそばにいてくれた人が
背中を向けて立ち去ろうとしている。


私は、もう駄目かもしれない、ことを彼女に告げ
それでも今から彼に会いに行ってくる、と言った。


彼女は、励ましてくれた。

彼は仕事でちょっと疲れているだけよ、
私にさえもあの子は最近は電話してもいつも忙しいと言っているもの、
今日は、花束でも持っていって彼を甘やかしてあげなさい、
大丈夫、彼のストレスを取り除いてあげればいいのよ。



それは、彼のことを本当に愛している母親らしいセリフで、
自分に代わって私に、彼をケアして欲しいと言う親の本音だった。


ああ、そうか、
私のすべきことは、彼を傷つけることじゃなくて
癒してあげることなんだなって、
傷ついたり、理解してもらえないからと言って怒ったり、
そういうことじゃないんだなって、
彼女のためにも、私は彼を大事にしなきゃな・・・・
少し恥ずかしい気持ちになって、落ち着いた気持ちで電話を切った。






それで、私はお花屋さんで
ハロウィン仕様にアレンジされた大きな花束とキャンディーを買って、
彼の家へ向かった。

まるごとかぼちゃがついたその花束は可愛くて
オレンジ色と茶色のコントラストが明るい気分にさせてくれて、
これならきっと彼も気に入ると思う、と
横須賀に向かった。






けれど、そこで私を待っていたものは、
取り付くしまのない冷たい彼の態度だけであり、
何も話も出来ないまま、
私は顔をぐちゃぐちゃにしながら帰ってきた。




あの時のことは、思い出すことすら今はちょっとキツイ。






とにかく私の3年の恋が終った瞬間であり、
婚約破棄、
今生の別れの日であった。




どこをどう帰ってきたのか覚えていないけれど、
唯一覚えているのは、帰りの電車に地元の女子高生が
5~6人がやがやと乗ってきて、
誰々と誰々が付き合っている、とか
女子高生らしい恋愛話に花を咲かせはじめた。

すると、それまで噂話に身を乗り出していた一人の女の子が
急に無口になったかとおもうと、突然ボロリと泣き出した。
きっと片思いの好きな男の子のことを思い出したんだろう。
回りの子たちが「ちょっと、この子マジに泣いてるよ!」と
慌てふためきながら慰めていたが、
その子はうつむいてもっとポロポロないていた。



その子の涙を私はサングラスの奥から
ぼーっと見ていた。



多感な年頃の10代の彼女たちにとっては
好きな男の子のことを思って涙することが
愛情が本気である証である。
たとえ片思いで話したこともない相手であっても
きっと彼女は泣きたいほど、彼を毎日目で追っているんだろう。


だけど、1メートル隔てたその車内で、もっと悲惨な状態の女が
人前で泣くことも出来ないで、
腫れた目をサングラスで隠している。


彼女の涙と自分の涙を比較して
私は、滑稽な気持ちになった。







・・・つづく。





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神無月のはじまり。~転職できんの、これ?!

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採用になったばかりの食品系会社・ユー社を、
転職3日目で退職することを決心したのにも関わらず
社長にそのことを言うチャンスがないまま
刻々と時間だけ過ぎて行く毎日汗


ユー社の社長は出張中ではあったが、
私の退職の要望は、前職の上司から既に耳に

はいっているはずである。



私は、将来のことを考えていた。


食品ユー社での企画部での仕事は
いままでやっていた営業の仕事に比べて
ぐっとラクではあった。


真面目な会社だったから、
やったことは必ず評価してくれるし
業界的にもきちんと手堅くやっていることで有名で
これから伸びる企業であることは間違いなかった。


あえて感想を述べるとすると、
今まで営業畑で働いてきた私にとって、
“外回りに出ない”ということが
居心地悪く思ったことであろうか。


一日中オフィスに座っているだけで給料が入ってくるなんて
ちょっと悪い気さえした。

だから体力的には、比較にならないほどラクだった。

女性営業の辛いことの一つは、
ヒールを履いて重い荷物を持って歩くので、
足のトラブルあしが絶えないことでもある。



オファーがあったメーカー・エス社での仕事は
また営業に逆戻りだったけれど、
アメリカのお客さん飛行機へ出向いていって商談ができることや
給料面でのアップ右上矢印や待遇は
やはり、聞かなかったことにはできない魅力的な条件。


だから、このメーカー・エス社
国内&海外営業をやるということは
将来的にも自分の実績にかなり影響するはずだ。


・・・チャンスである。
だから、迷いはない。



しかしその反面、
食品ユー社を退職しなければならないことが
胃が痛くなるほどの試練であった。


食品ユー社とは前職時代からの長年のお付き合いもある。
つまり、
求人情報で飛び込んで、ぽっと採用になっただけの関係ではないし、
食品ユー社メーカー・エス社は直接取引がないとは言え
間に共通して知る人物サラリーマンがいたりして
まったく無関係の会社ではないのだ。


退職した後も何かと関係してゆくかもしれない。
そう思うと、下手な辞め方はできない。


「ディアボラさん、お住まいはどこなんですか?」
と、親切そうに聞いてくる若い女性社員。


「ディアボラさん、食べ物の好き嫌いはありますかぁ?
だってディアボラさんの歓迎会ですもんねー」

ニコニコと、聞いてくれるしっかり者の女性。


「ディアボラさんって、お酒好きなんですか?」
と打ち解けたような会話をふってくれた他部署の男性。


普通なら転職先に馴染むための何気ない会話になるはずだが
私は、彼らの無邪気な問いかけに
脇の下に汗をにじませた汗


そして失礼にならない程度の最小限の会話と

微妙な笑顔を残して
いつも早々と口をつぐんだ。




自分で決めたこととは言え、
そんな気の重い毎日を過ごしていた。



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その頃、ジャマールとの関係もきちんと修復できないままでいた。


今思えば、お互い意地をはっていたけれど
何よりも相手のことを思いやる余裕が

私たち2人ともなかったのだと思う。


それに、彼の仕事も急に忙しくなり、
週末も呼び出されたり、

遅くまで基地から出られない日が続いていた。


仕事のことがなければ
私ももっと集中して彼との仲を考えられたのかも知れない。
それは分からない。
今となっては言い訳にしかならない。


転職騒動のことは彼には報告はしていたけれど、
一緒になって考える、と言うスタンスではなかったことは確かだ。
きっと私はもともと、
仕事と恋愛を切り離して考えるタイプなんだろう。



あの時、彼は私が大変そうなのを知っていたと思う。


けれど、それよりももっと彼の頭の中を占めていたのは
「彼女はこんなに仕事のことを真剣に考えられるのに
俺たちの結婚のことは真剣にならない。」

という事だと思う。

確かめたわけではない、
だけど、きっとそうだと思う。


私は、結婚しようとは思っていた。


だけどその前に、今私たち2人が抱えている問題を
クリアにしたいと思っていた。

意地を張った時、
喧嘩になった時、
建設的に物事を考えられなくなっている時、
まさに今みたいに、冷静に居られない時、
私たちは、私たちなりの解決方法を見出して
結婚生活をうまくやっていく術を探し続けることを
お互いに努力を惜しまないようにしようね、と
少なくとも話し合っておきたかった。



だけど、彼はそれを突っぱね続けた。

「俺はやるべきことを全てやった。」
その一点張りだった。


きっと私が何も考えないようにして
何もかも一旦保留にして
具体的に結婚の日取りを決めるとか場所を探すとか
そういう行動をしていたら、
彼は満足したんだと思う。


だけど、式場を決めることは
私にとっては優先順位が低かったんだ。


それよりも、今2人の関係をしっかりと地固めして、
何があっても一緒に乗り越えようね、と
いう気持ちの確認をしたかった。



あの時、私がそう強く思うほど、
私たちはぐらついていた。



何とかしなきゃいけない、
仲直りと喧嘩を繰り返しながらも
私は、ストレスばかりが溜まっていく自分を感じていた。



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社長が出張から帰ってくる日になった。


緊張に身を固くしながら私はその時を待った。


夕方、固い表情の社長に呼ばれ、別室へ入った。


社長は、出張の疲れや色んな気遣いなんかで
文字通り心底疲れきった、と言う顔をしていた。


私は、うつむいて頭を下げた。


アクマ「この度は、不義理をしまして、

本当に申し訳ございません。
でも、どうしてもやりたい仕事であって
申し訳ないんですが、辞めさせて頂きたいんです・・・。」


無言のままの社長。
言うべき言葉を探しているという様子だった。

私は続けた。


アクマ「こちらの仕事がイヤとかそういうことではないんです。
ただ、海外出張が出来るという点や
・・・それと正直申し上げて、
待遇の面でもあちらの会社の方が良くて・・・」


社長はため息をついて、静かに言った。

「そうですか・・・、
いつ決めたんですか。
もうね、人間関係めちゃめちゃですよ・・・。」


きっと、食品ユー社メーカー・エス社

共通に知る人物サラリーマンことを
言っているんだと、ピンときたが

「・・・はぁ。」と私はまたうつむいた。


「まぁ、ディアボラさんに言っても仕方がないですけどね。」


アクマ「はい・・・。すみません。」


「とりあえず、ちょっと考えさせて下さい。」


アクマ「・・・・。」


決意の辞職願いを「考えさせて下さい」、と言われて
私の身はまた宙ぶらりんに浮いた。

席に戻って、私は仕事に取り掛かった。


私の直属の上司も、社内の人も誰も何も知らない様子で、
背後では私の歓迎会の段取りが

ちゃくちゃくと進められているのがビシビシ感じられた・・・。


・・・つづく。




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コメント、メッセたくさんくれてありがとうございます。

返事したい気持ちは大いにあるんですが、なかなか思うように書けません。

気持ちだけ本当に感謝しつつ、真摯に受け取ってます。

返事ないとイヤ!って方は読み逃げて下さい。

ほんと、甲斐性ナシで すみませんあせる

                                 アクマディアボラ

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さて。

書いてなかった日から、順を追って時系列で書こうと思う。



10月1日から、二度の面接を経てユー社に採用され
企画部に配属されて一生懸命仕事を覚えていた私。

偶然にもその会社は、10月1日が“期初め”で、
社内にも「心機一転、今期も頑張ろうビックリマークという空気が

ビンッビンッ流れていた。


そんな空気の中、私と言う新入社員も入り

英語も話せるということで、社長なんかに至っては

「ディアボラさんならではの仕事も・・・」と考えていたようだった。



このユー社はそれまで4年努めていた会社と同じ食品系だったので
勝手は違えども、今までの知識もムダにならないという所が

私にとっても多少なりともメリットではあった。






しかし。


転職をしてわずか3日目に
別のメーカー・エス社からオファー があり、

給料アップアップ

    や、

アメリカ出張飛行機


ができるメリットに惹かれ、
一大決心をして、ユー社を後にすることを決めた不義理な私・・・。







そして・・・。




決心をして、週があけた月曜日・・・。




覚悟を決めてユー社の社長に謝ろうと、
いつもよりぐっと早目に出社した。

胃が痛くなりそうな程、緊張した。



だって、だって

まだ4日しか働いてないのに

他の会社に移ります、だなんて。

どんな事情があるにせよ、大人として、社会人として、

決して褒められる行為じゃない汗





けど。


今の引継ぎ業務がどんどん私におおい被さって

私もそれを覚えて「実」になってしまうよりも
早くすっぱり謝ってしまって、

一日でも早く辞めた方が良いという気持ちでいた。

ユー社はせっかく私を採用してくれたし、
社長さんも私に期待をしてくれていたのは肌で感じてはいたのだが、
やはり、自分のやりたい仕事をとるしかない。


「だって、会社が私の人生を歩いてくれるわけでなし!」

と私は嫌なことを忘れるかのように頭をふった。





ところが!


謝罪のために覚悟を決めて、早朝出社した日、

恐る恐る社長室を覗いたら、社長の姿がない。


ちょうど出勤してきた総務の女性に
「おはようございます、あの、今日、社長は・・・?」と尋ねると
穏やかな優しい笑顔をして彼女は答えた。



「あ、社長ね、

木曜日まで

出張ですよ。」





・・・も、木曜!?




どーん・・・汗

社長と話をしたら、

「ではもう今日限りで・・・」と言おうと思っていたから、
気持ちのもって行き場をなくして凹んだ。




その日、

私は、猛烈な勢いで仕事をこなした。



翌日から来なくなるという不義理を想定して
なるべく仕事を翌日に溜めないように、
一個一個の仕事をメラメラ超ウルトラマッハメラメラにこなしたんだ。

言われたことは、即効手をつけて、

片っ端から終わらせ、
「これ急いではないけど・・・」と頼まれた仕事も、
その日の午前中に済ましちゃう勢い。

おかげで、

大変困ったことに、
「ディアボラさん、仕事できる!」

自分で自分の首をしめるような誤解をされた。

笑い事じゃなく、本当に参ったんだ。
一旦「仕事が出来る」と思われると、

どんどん仕事がやってくるではないか。


・・・こりゃマズイ汗

私がいろんな仕事に手をかければかけるほど、
辞めづらくなってしまうではないか。

私に引継ぎをしてくれてた前任者は
まるで大船に乗ったような安心顔をして
元いた部署に帰って行ったし、
部署内の上司は私のことをいろんな取引先にどんどん紹介する。


関わる取引先が増えるにつれて

彼らとのやりとりの量も日に日に増えてゆくし、
クレームの処理なんかも、最初こそ一挙一動監視されていたが
そのうち任せられるようになってきた。




「どどどど、どうちよう・・・叫び




私のプレッシャーは重くなるばかり。





極めつけは、




「ディアボラさんの歓迎会を

○日に行います」


という社内メール手紙が一斉に周ってきてしまったのだ。






それを見たときは、まじでパソコンの前で一人、

血の気が引く思いがした汗





して、

胃がキリキリするような数日間を過ごした後、
やっと社長が出張から戻る日になった・・・



つづく。



神戸のばーちゃんちで
暇だからさ。

TV観てたらさ。


レコード大賞で懐かしい90年代特集やってたのよ。



そんでもって
あれは…LUNA SEA?
ラルクアンシエル?
分かんないけど(←どっちも一緒に見える)、




♪アイ ウォントゥー フラーイ♪
って歌う曲あるじゃない?






それの字幕歌詞がさ、



なんと












I want to "fry".



だったんだよ。




いや、本当だってば。

ネタじゃないって。

何度も確認したもん。





それともアレはそう言う曲だったっけ?
ビジュアルバンドが切なげに歌う「♪揚げ物したぁ~い」って曲…?



…今年も終わります。

メリークリスマス。

ご無沙汰してました。


皆様、いかがお過ごしでしょうか?



私は、元気です。


最後に日記を書いてから、

3ヶ月近くも経ってしまいました。

中途半端に終わったまんま放置してしまってすみません。



イロイロイロイロイロイロイロイロ・・・ありましたが、

仕事は短期間の間に2度コロコロとし、

たくさんの人に迷惑をかけた結果、

現在は某S社で営業職をスタートしました。

ちなみに、外資ではないです(笑)。

普段は国内営業を、地下鉄駆使して地道にやってます。



そんでもって。


アメリカ出張の際に必要だと言われた

車の免許!(=アメリカでとったのはもう切れた。)

とるために、今、教習所に通っています。

31際にして、今から教習所(笑)

免許とれたら、国際免許もとって

出張の際、 少しでも自由に行動できるように備えたいと思います。


そんでもって・・・・。











ジャマールと別れてしまいました。



人生何が起きるか分からないんですね。

こんなに辛いと思ったのは、

もしかしたらだけど、生まれて初めてかも知れないです。


けど、それでも人は前を向いて生きていかなきゃいかんのです。

ジャマールとのことで、

応援とかだけじゃなく、心配もしてくれていた多くの方々。

こういう結末になってしまってごめんなさいね。


いままでジャマールのことばかりを書いてきたこのブログだったので、

怖くてずっとログインすらも出来ない心境だったのでですが、

最近やっと落ち着いてきたので、

開けるように様になりました。

優しいメッセをくれていたたくさんの方々、

放置してた形になって本当にすみません。




別れに到った経緯などについては

まだ今すぐには書けないけれど、

そのうち、おいおいに書いていこうと思ってます。

辛いけど、書いていこうと思ってます。


自分の生活の中で、たとえ一時間でも一段落つかせて

文章を書く時間を持つということは

自分が思う以上に心の整理に役立つと思うので

ポチポチ書いていこうと思います。



きっと随分グダグダで感情的な日記になっちゃうかも知れないけど。



よろしくです。


みなさま、良いクリスマスをお過ごし下さい。

アメリカ旅日記の途中なんですが、
大変なことが起きてしまったのでちょっと中断・・・汗


ワタクシゴトで大変恐縮ですが・・・・あせる




今月1日から新会社「U社」に転職チョキして
企画部担当として一生懸命仕事を

覚えていた真っ最中の私。


引継ぎをする男性が元いた部署に戻るというので
彼の、説明を聞きながら
会社の空気や、仕事の流れや、業務のスピード感なんかを
一生懸命掴もうとしていました。


毎日8時出社時計という苦行(?)も無事クリアし
なんとか朝型生活にも慣れてきたところ。








ところが、です。


そんな会社で私は自分の怠けた精神を叩きなおそう!と
気合十分で取り組んでおりましたら・・・。


なんと、ディアボラ、

















転職3日目にして、
某S社から引き抜きのオファーが!!!

叫び 叫び 叫び 叫び 叫び 叫び 叫び 叫び 叫び






しかも、海外貿易&営業!



しかも

しかもっ!!




年に2回のアメリカ出張飛行機付きの美味しい物件!!!!!




なんですとーーーーー叫び!!!!!





S社は前にいた会社でお付き合いがあった会社なんですが、
そこの社長さん、
今年の夏ぐらいから私を狙っていたと言うのです。



つーか、

はよ言えよむかっ!!





せめてあと1週間、いや3日早かったら、
入社する前だったのに!!!



仲介をしてくれた前職の社長、
「俺が頭を下げるから、
あなたは自分のやりたいことを優先させなさい」

言ってくれ、
とにかくそのS社社長と話を、と背中を押され・・・



青天の霹靂とはまさにこのこと。





ちょっとちょっとちょっと!
どうなんの、私の人生?!


・・・と慌てる気持ちを押さえて
とりあえず、話を聞こうと

すぐにそのS社に行きました。




そして約1時間に渡り、

社長さんと会長さんとお話をさせてもらい・・・





めちゃめちゃ迷いましたが、



結論・・・・















S社のお話を

お受けすることに決めました・・・



せっかく雇って下さったU社ですが、
ごめんなさいをしますしょぼん



社長をはじめ、企画部長なんかとともに
商品作りなんかの話をしていた矢先だけれど・・・。


期待されていたのは分かっていたけれど・・・。


2回の面接も受けて入った会社だけど・・・。


力を試すチャンスでもあったし、
自分自身が勉強するチャンスでもあったけれど・・・。




やっぱり、海外営業の仕事は美味しい・・・!




U社の社長をはじめ、皆様には
申し訳ない気持ちで一杯です。


週明け、謝罪します・・・。




あーあ、
なんだコレ。





胃がいたーい!と叫ぶ私に
母が言いました。


「不義理をするからやろ。」


「うん。」


「誠意をみせるしかないわね。」


「・・・・・。」




つーことで、急展開。
波乱人生。


まじで、胃が痛いっす・・・・。






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しかし、どうでもいいけど、
乗り継ぎで5時間も客を待たせるわけね、
DE*TAさんよむかっ


アトランタ空港で私は、本気で時間を持て余した。

ってか、私の便の前にもう一機テネシー行き、
出とるや~ん!!

乗せろ~!
どうせ、テネシーのあの空港に行く飛行機なんて
満席のわけがないでしょー。(笑)



5時間も待つとですね、
フライトインフォメーションのボードにも
情報が出てこないわけですよ。
だから何番に行けばいいのかも分からないし
飛行機がon timeなのかどうかも分からないし、
んもぅ、ひたすら、待つ、マツ、松・・・。



コーヒー飲んで、同じ店を何度も見て回って
地元の小学生の絵が飾ってあるのを
ゆっくり見たりして時間をつぶした。

それから、フォンカードを買って、
テネシーで向かえに来てもらうことになっている
ホストファミリーに電話携帯した。



「今、アトランタ着いたー。
今からまだ5時間待ち・・・。」


おじいちゃんが
「ほぅ、歩いてきた方が早いんじゃないのか。」
と冗談を言う。



おじいちゃんはとっても頭の良い博学家で
真面目だけど、人の言葉にジョークで返すのも大好き。



私が彼らの家にお邪魔してた頃、
一番朝が遅く、
いっときなど、昼2時まで起きてこなかったことを
まだからかってきて、
この電話をした時も、
「君はまだ、寝ぼすけさんなのか?」
と、笑う。


ちょっと夜遅いけど、お迎え宜しくお願いします、
と言って電話を切った。




まだ時間があったので、
そだ、ジャマールのママにも電話しとこう、と
教えてもらった番号にかけた。


「Hello?」


「はろー。」


「yes?」


「ディアボラですー。」


「んまぁ!!!ディアボラ!!!
びっくりしたわ!!!今ドコ?」


「今、アトランタで、
乗り継ぎの飛行機を待ってるところですー」


「まぁ、アトランタ?」


ジャマールママは前にアトランタに住んでいたので
ぐっと親近感沸いた感じ。


ジャマールとのことをかいつまんで話して
もう大丈夫だと思う、と私も言って
ママはこれからジャマールのおにいちゃんと
食事に行くんだって言っていた。


ママがふと言った。

「今、日本のテレビ番組を見ているのよ。
Ninja warriors。知ってる?」


「?。えー、知りません、
なんですか?」


「日本人が水に落ちないように
綱渡りしたり、壁によじ登ったりする番組。
すごく面白いのよ。」


前に、『風雲たけし城!』がアメリカで放映されているのを
見て爆笑したことがあるので、
(東国原知事が、「殿!」なんつって、ビートたけしに
おでこをぴしゃりとセンスで叩かれていた(笑))


「ああ、城のまわりでやるやつのこと・・・?」

と聞いたら

「いいえ、そうじゃないわね。城はないわよ。」


「えー、なんでしょうねー。分かりません。」


「とにかく日本の番組よ。
全部日本語だもの。」

なんて言う会話をした。



その後、テネシーのおばあちゃんが
「Ninja Warriesって番組がとっても面白いのよ。
私たち、お気に入りでいつも見てるの。」

と言って、チャンネルを回してくれたので
これかー、ジャマ・ママが言ってたやつは!!
とひそかに爆笑。




まったりとした時間をつぶした後、
やっとテネシー行きのフライトの時間になり、
小さな小さな国内線に乗り込む私。

ほんと、小さくてガタガタ言ってて
「大丈夫か?」と思ってしまいます。(笑)


ところで、テネシーに行く人なんて、
ほとんど白人ばっかりです。
アジア人、私一人。


つーか、知ってる人いたりして・・・と
何気にキョロキョロしてしまったのは
あの地を知っている人ならわかると思う。(笑)

そんくらい狭い土地ですから。



私の両隣にも、白人のおっちゃんがそれぞれ座ってた。

ってか、テネシーの人は
みんな200%良い人ばかりですから(爆)、
すぐににこっと笑って、世間話をします。


窓際に座っていたおっちゃんも
機内のフリーペーパーについてる「SUDOKU(数独)」
必死でやってたのに、
私が席に着くと、にこっと笑っていい感じだった。



空調がガンガン顔に来たので、エアコンの穴を閉めると
反対側に座っていたおっちゃんが
すかさず「あれ、寒い?」と言って、
さっと自分のエアコンもとめてくれた。



「あっ、だだだ大丈夫です、
自分で毛布貰ってきますからー。」
と恐縮した私は
FAさんに「すみません、毛布一枚下さい。」と言いに行った。



ところがしばらくしても、毛布が運ばれて来なかった。
すると、そのおっちゃん、
自分でビジネスシートまでスっと行って
上の棚から毛布を持ってきてくれて
「彼ら、忘れちゃってるだろうから。」
だって!!


ぎゃーーー!!!
ありがとう!!
なんていい人!!!



私は
「コレコレ!この感覚だよね、
やっぱテネシーはこうじゃなくっちゃ!」
と一人ニコニコして毛布に身を包んだ。


しばらくすると、さっきのSUDOKUのおじさんが
難しいのか、ため息をついて私の方を見た。

だから
「SUDOKUですね、それ。
日本のものなんですよ。」

と話しかけてみた。


おじさん、
「Oh,そうなの?」


「ハイ、そうです。
私、子供の時にやってましたもん。
頭の体操だって、親にやらされてました(笑)」


「へぇ、君が子供の時からあったんだ?!」
今、これ、アメリカで大ブレイクだよ、
俺もハマッちゃって・・・
(←照れくさそう)」


「SUはnumbers、

DOKUは・・・aloneとかindependentとか
そういう意味なんです。」


「なるほどね。」
君、日本からなんだね?」


「ハイ。」

「どうして・・・どうしてテネシーに行くんだい?」


「あそこが私が英語を学んだ場所だからです。
それで、ホストファミリーに会いに。」


「それは良いね。」



なんていう、小さな会話をして
最後は良い週末を!とお互い笑って飛行機を降りた。



そして、久々に足を踏んだ
あの、小さな小さな空港の、
あまりの変化のなさにちょっと驚愕を覚えながら
私はおじいちゃんとおばあちゃんの姿を
人ごみ・・・なんてあるわけなく(笑)、
ガランとした出口のところで、探した・・・。


つづく。




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