2017-01-19 10:00:00

目標は大事って言われるけど・・・気功やってておもうこと。

テーマ:成功力向上

よく目標は大事って言われます。

 

確かに、計画を立ててその通りに実施するということは大事だと思います。

たとえば、英語を勉強する時に英単語を順番通りに習うために計画をたてて

毎日こつこつ暗記しようとする努力は効率がいいです。

 

そういう計画性とか目標を設定してその目標を実現するために行動する、ということを

否定するつもりはありません。

 

しかし、分野が異なることとか「出会い」によって新しいことが展開するときは、

予測はできないが故に目標も立てられないってこともあります。

 

自分が気功に出会ったのは9年ぐらい前ですかね(もはやそれも、過去のメールとかを

検索しないと覚えてないレベルw。。。ちゃんと調べればわかりますが、○○年の○○月とか

は覚えてはおりませんです)で、その「出会い」も、別に気功をやろう!と思っていたこと

でもなくて別のことに興味があってそのことに気功が役に立ちそうだからとりあえず

教室に顔をだしてみようとかそういう程度のことでした。

しかも一回目でて次に教室にいったのはその10ヶ月後です。笑

で、毎週はなかなか出られなかったものの、「来たいときに来ればいいのです」と

言ってくれたインストラクターの人の言葉に触発されて「できるだけ時間を作ろう」

と思って参加するようになりました。やりながらなんとなくはまっていって、結果的に

昇級、昇段して、インストラクターになってしまうようになったということですが、最初気功の教室に参加したときに「インストラクターになりたい」とか「○○級になりたい」なんて希望は

全くありませんでした。むしろ昇級とかめんどくさいからいやだったし、突然試験が実施されて

勝手に8級になっていた、みたいな感じでした。w

いま思えばやっている中いろいろ「救われる」体験があったり、葛藤があったり、がんばったり

手を抜いたりといろいろあったりはしましたが、やり続けているうちにいろいろな変化があり

感じられるレベルも上がってきて続けているだけであって、ずっと同じ気持ちで続けている

わけでもなくて、また、振り返ってみると何年もの間やってきたなーと思っているだけであります。

いまでも、別に2段とか3段になりたいという気持ちもそんなになくいまやれていないことを

一つ一つやっていけばいい、ぐらいにしかおもっていません。

 

よくよく考えると「いきあたりばったり」にみえることであっても、なんというか「あらかじめ決められて」いるみたいに、自分の進む道が決まっているようなことってないでしょうか?

運命は決まっているのか?自由意志か?というと人生はほとんど自由意志ですがいくつかの選択肢に関しては、自分がどう選ぼうとも、なんらかの強制力が働いてある結果になるように進むってことはよくあるような気もします。

 

行動のレベルは予定をたてたりできるけど「何をしたいか」には自分が「これをしたい」と

いう自分なりの価値観で決めるしかないです。

また「気功」に関していえば、多分自分の場合は自分がいま通っている教室以外の「気功」に出会っていたら、続けていたかどうかははなはだ疑問です。いい意味での緩さと、創始者の「深み」とでも、それを継承している他のインストラクターの価値観とかいろいろな要素がうまく自分にはフィットしている。カリスマだけでは行き詰まるけれども、それと全く異なった価値観を持った人も共存できるいい意味での器の広さは必要だなと思います。

それらを実践していく中で「ああ、これ」っていうことをつかめることが大事だと思います。

ですから、自分もインストラクターの資格を取得するプロセスでこと細かく見てきたことは、いままで自分が無意識的に自然と「できるようになったこと」の背景をしれる上ですごい参考になったものの、それを他人に伝えるとなると、自分の通ったプロセスと異なるその人なりの全体性を見ていくので、また違った「観察」が必要になります。ある事象に対して師匠に尋ねて一定の答えを得ても実際にやってみないとわからないし、「これはどうしてこうなるのか?」ということを自分なりに一つの仮説を立ててとらい&エラーが続く。でも、それを繰り返していく中で一つの成果が見えてくると楽しくなります。

 

目標や結果は行動や意識的に何かをするということはとても大事なのですが、「そもそも自分にあっている」ことをやらないととても苦労するし、ある意味何をするにしても、人生を「学び」のプロセスとおいてみると、「目標が勝手にでてくる」ようになるようなそういうある時突然大きな流れにアクセスする、というのはとても大事だと思います。

 

めんどくさいこととしては、「障害」があったときに「これは自分の進む道じゃない」と判断することは早急ではあるとは思いますが、しかし、本当に向いているときは障害どころか「自分が望んだように起きる」ような現象が多発する、というのがよく起きやすくなる、というのは一つの真実のような気がします。そうなってみれば、目標をたてようが計画をたてようが損なこと関係なく「勝手に自分の魂に刻まれている」ぐらい明確な何かが発動するようなそういう要素があるような気がします。ただ、そういう「勝手に発動」がめんどくさいのは、そういう出来事が発動するにはそれなりに自分がトライ&エラーしているときじゃないと発動しないような気がします。頭の中で念じたからといって実現するというわけではないと思うのです。(もしそういうふうに純粋に想念が実現していたらそもそもいろいろなことで悩んだりしないはずですんで、そういう純粋な「実現化」とそれを妨げる何かの関係を学ぶのが「現世」ってことだというふうに考えることは可能だと思います)

 

そんなわけで、じたばたするのは大事ですが、時には「大きな流れ」にアクセス出来ているかどうか」を自覚してみるのはもっと大事だと思います。人のがんばりはとてもだいじなのですが、それだけでは実現しない何か大きな力を意識するのはとても大事だと思います。それを神と呼ぼうが、「大いなる意志」と表現しようが、ハイアーセルフとよぼうが、何でもいいのですが「自分だけで何とかなる」と考えるのは・・・・傲慢すぎる気もします。

 

行動は大事ですが、自分を「活かしてくれる力」に感謝することはセットのような気もします。

 

 

 

 

「これ」っていうものが決まるまではいつまでに

 

 

 

気功を指導することになったのも、

 

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