キャリア支援団体を立ち上げました。「自分軸」「対話力(関わり力)」「自己表現力」などの総合力を向上し、小中学生から、退職後の第2の人生を歩んでいる方まで「自己表現としてのキャリア」ということを探究する場をつくっていきたいと思います。
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2016-07-27 10:20:03

ほめるというか、良さを見つけてあげること

テーマ:ワークショップ
最近ちょっと凹むことがあってその時に、「あのときのあれはよかった」と具体的にほめられたときにちょっと持ち直したりした。その時、別の時に「師匠」に自分のあまり見ていない「良さ」を見つけてもらったことを思い出したりした。

自分も弟子であり、師でもあるが、別に、ひとより人格的に優れているとかそういうのとは関係なくて、
自分が一番楽しんでいるとか、その人のためを思って行動しているとかが、徐々に影響としてあるな-と思う。

かつて「師」と仰いだ人でも、ある時から他人のマイナスのことしかいわなくなった人がいた。それはなぜかはわからないけど、「完璧主義」というのは一つの窮屈さでしかない。理想は大事だけど「今」を見失うとおかしな事になる、ともおもえる。それはそれで自分も20代だったりすると「若さ」ゆえの「原理主義」だったのかもしれないと反省したりする。

厳しくするのも大事だけど、本質的には、贈り物のように言葉をかけてあげられるかどうかは「師」としての仕事なんだろうなーと時々思う。
 
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2016-07-20 15:01:26

「考えること」と「創り出すこと」の違い

テーマ:ワークショップ
最近、いろいろな出来事を考えてみるにつれて、思うことがある。

たとえば、「説明」がしっかりしている、わかりやすい、理解しやすい、ことと
「できること」の違いです。

たとえば、「説明がわかりやすい」ことは「すっきりする」ということにつながる。

しかし、教えていて思うのは「わかる」ということは、必ずしも「会得した」とは
ならないということはあるなーとほんとに思う。

わかりやすさというのは納得感やすっきり感にはいいが、しかし、「わからなさ」
つまりもやもや感を保持しようという気にはならない。

また、すごくがんばっていろいろお膳立てをして、行動計画からチェックから
あれこれをしても、結果的に「うまくいく」時はその自分の準備とは関係ない
引きよせ的なことで起きることはある。

努力を怠っていいとは思わないがしかし、最終的には何かをやろうという意図を
超えた「何か」に触れない限り、本質には近づけない、と思う。

自分が「コーチング」という時には、ほとんど「人知を越えた」というところが
発動しないと本来的には違うなとおもうことがある。
たとえば、目標設定をする、行動計画を明確にする、あれこれの思考の
ごちゃごちゃを横に置いておいてとにかく行動する、というような「目に見える事」を
まずは最初に設定する。しかし、実はここはそんなに問題ではなくて、ある種、
自分(の行動と思考)をコントロールしていると、その先に、「自分の限界」を超える
ポイントがある。
その限界を超えるときは「超えよう」として超える場合と、とにかくがむしゃらに
やっていたら超えた場合といろいろある。しかし、100の無駄な作業をいとわない
という姿勢がいいらしく、失敗しないとその先に本質は見えない、気はします。

何かを超える、ということをするには経験的なことだけではだめで、何かのとらわれ
の中にずっと居続けることも時には必要である。マニュアルは最終的には捨てないと
だめな気がする。しかし、捨てるには、マニュアルを徹底的に模倣するのも効果的
な事も多く、マニュアル自体が全く「だめ」ってわけでもないとは思います。
(ただ確率的に失敗しにくい、という以上の物ではないというだけ)

そんなことを思うと「試すこと」はとても大事だと思う。経験が先か思考が先か?
という問いには簡単には答えられないがどちらかだけではバランスが悪くなると思う。

わかりやすさを超えた先の何かに到達しない限り「自分のモノ」にはなっていないのだと本当に思う。

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2016-07-15 10:54:52

類は友を。。。。

テーマ:ワークショップ
成長とかにかかわる仕事柄、人の「深いところ」に関わることがある。
時々それで「自分とすごい似ている」というか、まるで精神のDNAがあるとしたら、それが同じ素材でできているのではないか?とすら思える人と出会うこともある。実際には同一でないので、アドバイスできることとできないことあるけれど、類は友を呼ぶということなのかと思ってしまうのであります。
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2016-07-10 13:07:04

方法論依存症。

テーマ:ワークショップ
最近・・・というよりもここ数年思っていることがある。

facebookとかで「イベント」の案内をみると、「○○メソッド」というのが多いなと思うことがある。
ま、人材開発とか脳力開発で「○○メソッド」というのを開発して、それが有効だから・・・というので、
どっかでイベントをしたりしてるのはわかるのだが、なんか、宗教っぽいにおいが時々してしまう。

・・・とはいえ、自分も以前はコーチングのコミュニティを運営していたときは、「コーチング」がメソッドとして再考だと思っていたかもしれません。
とはいえ、平たく言うと、依存型の人の会話はだいたいこういう感じになる。

Aさん 近藤さん。○○で結果でました。やりました!
近藤 よかったですね。
Aさん コーチングってすばらしいですね。

・・・こう書くと「別にふつーじゃん」とかおもうかもしれませんが、そもそも、「コーチング」が結果を出したわけではなくて、コーチングを使って何らかの結果を使った、というのが正しい。(もう少し厳密に言うと「コーチング」固有の結果かどうかというのは検証の必要があることはあるが)
本来なら「人がすばらしい」のであって、それで、何らかの原因で結果出せなくなったりしているときに、コーチングをつかったら、その人が伸びたって、ただ、それだけであります。
しかし、万能の手法はない。

手法とかメソッドの良いところは、何をするべきかが明確になるということです。
たとえでいうと、野球かサッカーかラグビーかよくわからなかったら「どこを鍛えたらいいかわからない」が、しかし、野球で「結果を出すために」、筋トレやるとかなら意味がある。この場合「筋トレ」がすごいのではなくて、その人が筋トレをすることで、ホームラン打てるようになった、とか、早いボールを投げられる、という結果がでたら、筋トレが「効果があった」とはいえる。
ちなみに、イチロー選手は、どっかの動画ででてたけど筋トレには意味がない、という考え方らしいです。筋トレすると身体の柔軟性がなくなるので、4月とかは結果があまりでないが、だんだんシーズンが進むと筋肉がおちていって、それで、6月とか7月とかになると結果が出る、ということらしいです。
たとえばパワー系のバッターだったら筋トレやると意味があるかもしれないが、イチロー選手は自分のプレースタイルとマッチしてないということがわかっている。

その○○メソッドがいいといっているのは「どういう時には効果があって、どういうときにはあまり意味がない」というのをあまりいってなくて、とにかく宣伝マンのように「いい」ばっかりいっている感じが自分にはきもちわるいなーと思える要因だったりもする。

まあ、それも、それをやっている人をみればいいような気もしてきた。
その人が自分にとって「理想」を体現しているのなら、何か、○○メソッドに関わってもいいかなーとか思うこともあります。しかし、多くの場合、あまり魅力的だと感じないのはその人の魅力もあるけど、どちらかというと「盲目的に信じている」感じが自分には違和感として伝わるのだと思うのであります。



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2016-07-05 12:34:49

「教える」ことをしていて考えること。

テーマ:ワークショップ
「教える」ことをしていて考えなくてはいけないのは、「ほしい」ことだけをしていたら、成長にはつながらない、ということを念頭に置いていなければならない、ということだ。

たとえば学校の「宿題」は、生徒が「できる」ようになるために宿題を出す。それが「めんどくさいから」とか「これぐらいしからやりたくないから」という理由で宿題の量を減らしたり、難易度を下げたら宿題の意味がない。

最近なんとなく自分の周りなのか、「相手がほしがることをする」というマーケティング的な発想に立っている発言を見る気がするのではあるが、しかし、マーケティング的な発想だと、「現状維持」になる。

ほしいものをすぐに「与える」というのはそれはそれでいいのだが、しかし、それは「いますぐ必要」なことに関してしかいえない。しかし、今すぐ必要なことを提供する「業者」は、やがて低価格化競争に負ける。平たくいえば、「大手企業」に負けてしまう。早くて安くて(期間が)短いのは、「課題解決」としてはいいかもしれない。

しかし、私たちが「教育」ってことでしたいことは、安近短を作り続けるか?というと、もっと違う次元で考えた方がいいと思うことがある。

相手がいやがっても「これは必要だ」ということを説明したり、「めんどくせー」とか、「やりたくない」とかいう反射的な「今までとは違う事やらされることをさせられる」という「現状維持」の勢力(その人の中には「成長したい」という気持ちと「現状維持」という気持ちがある)と対話しなくてはいけない。

そんなことを考えると、相手の「ほしいこと」に応えるというのも大事だけど、本当に大事なことは何か?ということを一緒に考える必要性はあるのではないでしょうか?そのプロセスはとてもめんどくさいこともあるし、時には失敗もする。しかし、その直線的な最短距離ではないところから学べることはいっぱいあると思うのですよね。

ほんとうにそれがいいのかどうか?ということを考える癖は養おうと思うのですよね。
今すぐに必要なことは、もしかしたら、自分がやらなくてもいいかもと思えるのですよね。

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2016-06-30 15:56:25

本音をきくというか。。。

テーマ:ワークショップ
仕事柄というべきか職業病というべきか、その人の「ほんとうのこと」をきこうとする癖がついている。

最近の話でいえば、前都知事の「説明」が、うそっぽいと感じられたのは、みなさん、疑っていたからではなくて、都合のいい「事実」だけを出していることから明らかだとおもうのですが、そこまで、疑ってかかったりとか、おもい問題ではなくても、自分が真実を語っていないときは、何か、違和感が伝わる。
某政党の党首が話す「物語」は、なんか「本当にそう」ときこえない。整合性もない。(ま、整合性なんかもとめてないといえばそれまでだが)

はなされた言葉ではなくても、何か「違和感」というのは伝わるものだ。
理解出来るできない以前に何か心に響かない。その原因はよくわからないけど、そういう感覚って、放置するとあとで、自分にとって問題になったりする。

そういう「違和感」に素直になりたいものだと常々思う。


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2016-06-13 11:54:43

イベントの企画。

テーマ:ワークショップ
NPOでイベントの企画を立てている。
何をするにせよ、イベントは、いろいろ決めなければいけないことがあると面倒と思わなくもないが、しかし、
それよりも、形になっていく楽しさがある。

伝える内容について文言を考えていると、とある人の影響で、「本当に伝えたい事は何か?」ということを
考えると、なんというか、「できそうなこと」という制限はなくなってしまう。

制限を外すという気持ちよさを現場でどうやって展開できるかが自分なりのテーマになった。


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2016-06-07 11:37:46

成長が早い人とそうじゃないひとの違いについて(再考?)

テーマ:ワークショップ
先日とある飲み会でとても深い話になった。

最近飲み会は敬遠しているのであるが、なぜかというと、愚痴とか誰かの悪口とかになりがちで、
あるいは無意味な「楽しければいい」的なノリになってしまうのに辟易していたのであるが、しかしながら、
先日の飲み会は、かなり深い、その人それぞれの存在理由に触れるような、そういうただの楽しい会ではなかったのが何か意外な場になった。

本当に人が「強くなる」のは、苦しいこととかつらいことを乗り越えて、そのあとそれが普通になってくると、
単に昔見た映画を見るようにつらいことを語れるようになる。
そういう触発が生まれる場であった。(他の人はどう感じていたかはともかく。。。)

ところで、その飲み会に来ていた人も同じ話を聴いていたのであるが、自分は感動的ではあるが、
「あの話は・・・」と限定してみたり、自分の苦しみを「保持する」のに全力をつくしているように見えた。

思えば、自分が成長したとかしないという基準は人によって違うが、「当たり前になっている」とある意味
その次元をクリアしたという意味ではないのか?とも思えるのであります。

最初はがんばってある仕事をしている。しかしある時から当たり前になってむしろ飽きてくる。そのぐらいがマスターしたと言えるのではないか?と思う。

マスターしたことを成長というのならば、マスターしない人の特徴は、とりあえずまずはアドバイスに従って行動するということをしないで「自分のできそうなこと」だけをやろうとする。
できそうなことだけをやっていて、今まで出来なかったことをなぜできるのか自分にはとても疑問ではあるが、しかし、自分にとって負荷が大きいことをやれ!といわれると、そのアドバイスをしてくれた人の真意をさぐらないまでも、とりあえずは、「まずはやってみる」という姿勢はまったくなく。「だって」「でも」「めんどくさい」「できないと思う」などのネガティブなワードを連発して結局やらない。まだ、文句をいいながらでもやる人であれば、出発点はどうであれ成長する可能性がある。

しかしできない人は概して頑固であり、自分が助言をもとめておきながら、「自分の考えられる範囲内」でしか行動しない。
時期的にこう書くと不謹慎かもしれないが、舛添さんの問題で、一番の問題は「公私混同」が問題なのにもかかわらず「法的に問題ない」と議論をずらし、別荘を売却するというあんまり関係ない「おわび」をしているようなもので、本質的なことはスルーして、あんまり関係ないところで「努力」をする。
あえて簡単なことをしないで、難しいことをしている。
いいたとえが思いつかないが、たとえば、野球で「ホームランをうちたい」とおもって、ホームランが打てるように筋トレを始めたとする。それがいつの間にか、「筋肉」についての理論がくわしくなって、いつの間にか「ホームランが打てているかどうか」という当初の目標がぶれはじめてたりしたら、本末転倒である。(もちろん、その「脱線」により、野球選手という道ではなくて、プロの研究者になって大成する人もいるので、どのぐらいの視野でみていくのか?というのは常に問題になりますが)

結果ださない人は往々にして自分のつくり出した妄想というか、信念にはまっていて、その中で勝負しようとしているから、時には、むちゃくちゃなことをいう人の助言にしたがってみる、というのも、はまった状態を脱するにはいい方法論かもしれない、と思ったりしているのであります。



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2016-05-29 15:23:20

自分が人生を創造しているとはよくいったもので・・・

テーマ:ワークショップ
仕事上、「めんどくさい」案件がスムーズに進むにつれて、「人生を自分が創造している」という言葉を思い出す。

なんか、気合い入れて「やってやる」とかそういうのとはまた違う次元で、「結果」をみて「ああ、そういえば、こういうことをつくろうとおもった」ということを思い出す感じ。

なんというか、ちょっとした「おそれ」というフィルターを通して「言葉通り」に受け取ってしまっていたことを「背景」をきくようにすると楽になってくる。

そう、世界は自分にとってもっとやさしいのである。
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2016-05-22 12:02:25

邪悪な意見というか。。。

テーマ:misc.
先日、橋下さんと羽鳥さんの番組をちらっと見ていたときのこと。
とある評論家が発言をしていたがその人の発言が情けなさ過ぎて何にも批判になってないなーと思った。
ただの「意見」というか、憶測を「押しつけ」ても、全く動じない。

「権力が・・・」と判を押したようなつっこみ。つっこみすらでしかないのだが、相手を批判するのにはまずは相手の土俵というか、相手のしていることを「受け入れる」ぐらいの気持ちがないと批判ってことはできないなーと思った次第であります。

気分が悪くなってチャンネルをすぐにかえたが、勉強になったといえば、唯一、その人の表情がいつものとちがって、なんか、いかにも「悪いこというぞ」っていう表情をしていたこと。顔に出ていた。もちろん、顔にでていた時点では批判するかどうかはわからなかったが、なんか、よどんだ雰囲気だな-と思っていたらそんなくだらないことを言っていた。

ただ、橋下さんもそんなに攻撃的な発言していなかったので、軽くあしらっていたか(一般論や正論のみ言っている)、番組からの依頼で、評論家は「仕事」として、批判する振りをしていただけで、実は本意ではないのかもしれない。



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