キャリア支援団体を立ち上げました。「自分軸」「対話力(関わり力)」「自己表現力」などの総合力を向上し、小中学生から、退職後の第2の人生を歩んでいる方まで「自己表現としてのキャリア」ということを探究する場をつくっていきたいと思います。
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2017-04-28 00:00:00

30分でできることを三日間かける。。。

テーマ:ワークショップ

ふたつの矛盾した見方:

実質的に作業時間的には30分だが、だらだら、いいわけをして、30分でできることの他のことをやって(なぜかそういうときに限って電話がなり、メールで問い合わせが来る!笑)、30分の作業を「きがおもいなー」とかんじながら、三日間ひきずる。実際には三日どころか、できるものなら3週間とか下手すると三ヶ月かける。そういう「先延ばし」ってありますよね。

→こういう現象に対する「解決策」としては、「すぐやる習慣を身につけよう」というようなそういう本が結構売れてたりするのですが、でも、「すぐやれる」のならとっくにやってるでしょって思う自分もいる。実際にコーチングしているとかだと具体的にどこにアプローチしたら良いかというある程度の「仮説」はあるが、本当のところの本人の意志に関わってくることになることもあることもあるので、そこにアプローチしていいのかどうかってのはよく迷いますよね。「それをやると違う次元の次元になってしまうけれども、なりたいですか?」っていわれたら大抵のひとは「YES」と答えるのだが、言った直後から反故にするような行動をする、ひともいる(だから「だめな自分」を受け入れるところから始まる気もする)

 

ところで、そういう「本質」もあるのだが、「だらだら」が必要なきもあると思う。ただの「書類提出」とかは「さっさとやれよ」と、事務手続きを使って言い訳を使う人に警告を出すのはできるが、でも、そのだらだらした結果いちばんいいタイミングでできる、こともあるなーと思うのですよね。ばあいによってはだらだらして先延ばしした結果「やらない」って選択もありえる。何でも早くやればいいってのは「事務」のモードの時であって何かを生み出すときは時間がかかることもあるし、時が熟していないと起きない。

 

この最初のやつと、後のやつでは段階が違うので単純比較もできないし、言い訳につかうとややこしいけど、モードが変わることもあると思うと楽になることもある。

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2017-04-19 14:55:48

アーティストっぽさ

テーマ:ワークショップ

先日ふとTVをみていたら、松岡正剛さんとアーチストの対談(?)(水曜日のなんちゃらってのボーカルの人)が行われていて、話自体はとてもおもしろく拝見した。が、多分、こういうのって若い頃はとても「のめりこむ」対象だったのだが、何となく、年とってきたからか「原理的なこと」を言語敵に語ることの限界を感じている自分としては、なんというか、世界の切り取り方に関して、自分のスタイルが変わってきたな-とおもう。

 

職業が「名前」になるのはとてもすてきだと思うのですが、自分としては、なんというか、年とってきたからの「これが初体験」みたいなのが、とてもいいなーともおもう。

とはいえ松岡さんとかはおもしろいなーとおもう。

なんでこんなに面白いのに絶頂期の時が自分の大学の時だったのに

出会えていないかが不思議ではある。

水曜日のなんちゃらさんももっとおもしろくなってほしいと思うけれども、でも、いまは「自分」というところで処理していることで完結しているような気もする。時代のうねりみたいなのにはいっていくと自分の意見を超えた何かと出会えるのではないかなーともおもいます。

 

「言葉」で考えられることを超える、みたいなテーマがあるとおもしろい。

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2017-04-19 14:45:15

何かを生み出すときの何もしない

テーマ:ワークショップ

いろんな意味であたふたしているが、忙しいなら忙しいなりに時間に適応するし、暇なら暇なりに時間に適応してしまう自分がいる。

「忙しいと仕事している」とおもう人がいる中、ある人が「いつも暇だといっている」といっていたのを思い出す。

 

忙しいと、考える時間がなく、「作業」はとてもよく進むし、仕事のリズムはよくなるが何かを生み出すことは難しいと思う。時間効率がいいわりには、「創造」する力は減っている気がする。

 

とはいえ、「ひま」なときは時間を無駄に使うことも多く、結果的に、いいものをつくれる場合もあるが、体をつかわないので、頭も悪くなっているときもある。w

 

「何もしない」というのは、一見創造性につながるように見えるが、本当に情報を遮断しないと「何もしない」にならないような気もする。

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2017-03-26 11:31:35

自分の言葉で語ること

テーマ:ワークショップ

電車に、着物の人とかみると、「卒業」だなーと思うのと同時に、

次の進路が決まった「教え子」の姿がなんかうれしくもおもいます。

 

ところで、その「教え子」から、メールがきて、進路が具体的に決まった報告と、

勉強だけでなく、いろいろ教えてもらったというようなことをいわれて(その子にとっては

数年間と感じられる1.5年間でしたが)むしろ勉強ができることの背景をやっていた

気もするのですが、やっていたことは、自分なりに「これが大事だと思うこと」を

伝えていたと思うのですよね。

 

ビジョンがない目標は、ただの「ノルマ化」して人は能力が発揮できないとの思いから

(目標がないビジョンはただの空想ですが)、ビジョン的なこととかを重視はしているの

ですが(コーチングでも同じ)、「自分なりにこれが大事だと思ったこと」は伝わったんだなーと

思ったりしています。

 

昨今自分の「やっていること」の棚卸しをする中で、主にfacebookで「○○に行ってきた」という

投稿をみるにつけ、なんというか、それって高校とかでいろいろ丸暗記させられてきたお勉強でしょ?とかって思うのですよね。丸暗記が悪いわけではないし、基礎知識がなければその先の応用もなにもないとは思うのですが、○○っていうイベントに参加してきた・・・のはいいんだが、結局のところ、外タレのいいようにされている・・・という想いが自分の中にはあります。

 

自分としては「宣伝上手」の有名人からよりも、無名だけれども何かを貫いている人から学べるとかいっぱいあるし、「教え子」からも学べることはいっぱいあります。(現に「経済」でいえば、下手な社会人よりも「稼いでいる」高校生なんてのもいるし・・・でも、その人は「稼ぎたい」という動機でやっているのではなくて、なんか「これ楽しい」とか、「これを広めたい」という純粋な動機でやっていて、結果的に、お金が儲かっているだけ・・な気もします。その智恵の働くところの一部を「勉強」に回せばいいじゃんとかもおもうけれども、でも、その人なりの勘が働くところはあるんだなーとはほんとに思います。好きこそものの上手なれとはよくいったものでありますが)

ただ「学ぼう」と思いすぎて純粋に楽しむという心が消えてしまうと何か、打算的な感じに

なるとは思いますが・・・・

 

自分の言葉で語ること以上に価値があることはないのではないかと最近本当に感じます。

 

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2017-03-09 22:07:33

言葉、言葉、言葉。

テーマ:ワークショップ

コーチングの「くせ」で、「出来事」とその人のメンタルがつながっている可能性ということを

考える癖があったのだが、でも、なんというか、その人が「何」を考えようと、また、それに

対して「何を言おう」とも、関係ないような気もしていたが、でもおもうのは、結果ださない

人はどこかで「逃げ」を用意しているなーと感じる。

別に「おれはやります!」といえばいいってもんじゃないし(本来コーチはそのコミットの

裏側の状態を聞き分けられるかどうかが大事だと思う)、気合いはいってる場合は

実は「実現しない」という確率の方に私は賭けてもいいなーと思うのですが、なんか、

「この人は結果ださない」というようなニュアンスがきこえてくることがある。

 

まあ、でも、その感覚をうまく言語化できないので、セミナーとかで実際に試してもらって

そうだとかそうじゃないとか、区分してみるのですが、でも、まあ、なんか、マイナスの方に

予測があたったらなんか悲しい気もする。

 

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2017-03-04 00:09:00

フィードバックは大事だけれども、フィードバックの中身は大事だな・・・とおもいます。

テーマ:ワークショップ

先日講師アンケートのフィードバックを見たところ、いろいろなフィードバックをいただいて、

いい点も悪い点も「そうだなー」と思うところと、「ん?」と思えるところもあって、評価者は

どういうところをポイントに見ているのか?というのを考慮にいれないといかんなとおもう。

 

徒に落ち込んだり、うれしがったりする前に、本来なら「アンケート」も実施の仕方によっては、

単なる「感想」になる。感想と評価は違う。下手すると単に「好き」か「嫌い」かという軸で見ている

場合もあり内容は関係ない場合もある。

 

今回とは直接関係ないけれども、以前某公的なところでやったときに、評価がだいたい

2つにわかれたことがあり「すごくいい」という人と、批判的に書く人といて、「すごくいい」と

いう人はリピートしてくれたりするので、多分、スタイルがあってるのかなーと思う。

 

ただ自分の場合「わかりやすさ」をあまり重視ししていないので、「自分事でとらえる」という

ことに慣れていないひとからすると辛口な評価になるのはしょうがないかもしれないと思う。

「わかりやすさ」を重視していないと書くと、「わかりやすさ」こそ全ての人にとっては、なんとなく「わかりやすくない=悪」みたいに思ったり「講師失格」とかいう評価になるんでしょうが、別に「わかりやすく」やることがだめだとも思ってはいなくて(重視していない=全部否定しているととってしまうのも「あれかこれか」的な二分的な思考をしている人の特徴かも)「これって何だろう」っていう考えさせるようなことやもっというと、「自分なりに使える」ということに落とし込むことを重視しているのであって、その過程に於いて、「わかりやすさ」が必要なら丹念な説明もするが、わかりやすさが第一に来ていないということではあります。自分の経験則からいって、「わかった!」という時ほど停滞している。そういう「わかりやすい」ときはだいたいそれ以上前進しないような気がします。

 

 

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2017-01-29 13:39:32

時間が離れてもなつかしいこと

テーマ:コミュニケーション手段
先日、ワークショップでご一緒したことのあるご夫妻が上京するというので一緒に4人で
飲む機会にめぐまれた。
飲み会は別件でご連絡をした人で、「今日の夕方飲み会あるけど・・・」ということで、急遽
突然前日に決まったりしたのですが、そこで話をしているととても長い時間を話をしていた
感じがするが、まだ二,三時間しか経っていない。何か濃い濃密な時間だった。
飲み会なのに9時前には家についている。

何かそういった懐かしい人、親戚のような感覚というのは、誰にでも抱くわけでもないが
とても貴重な時間だと思う。多分波長が合うのだと思う。

相手に何かを求めるわけでもなく、ただ「会いたい」という気持ちだけで会える関係がある
というのも大事な事だと思う。

そうそう、「真理は(自己)宣伝しない」という言葉を思い出しました。
 
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2017-01-19 10:00:00

目標は大事って言われるけど・・・気功やってておもうこと。

テーマ:成功力向上

よく目標は大事って言われます。

 

確かに、計画を立ててその通りに実施するということは大事だと思います。

たとえば、英語を勉強する時に英単語を順番通りに習うために計画をたてて

毎日こつこつ暗記しようとする努力は効率がいいです。

 

そういう計画性とか目標を設定してその目標を実現するために行動する、ということを

否定するつもりはありません。

 

しかし、分野が異なることとか「出会い」によって新しいことが展開するときは、

予測はできないが故に目標も立てられないってこともあります。

 

自分が気功に出会ったのは9年ぐらい前ですかね(もはやそれも、過去のメールとかを

検索しないと覚えてないレベルw。。。ちゃんと調べればわかりますが、○○年の○○月とか

は覚えてはおりませんです)で、その「出会い」も、別に気功をやろう!と思っていたこと

でもなくて別のことに興味があってそのことに気功が役に立ちそうだからとりあえず

教室に顔をだしてみようとかそういう程度のことでした。

しかも一回目でて次に教室にいったのはその10ヶ月後です。笑

で、毎週はなかなか出られなかったものの、「来たいときに来ればいいのです」と

言ってくれたインストラクターの人の言葉に触発されて「できるだけ時間を作ろう」

と思って参加するようになりました。やりながらなんとなくはまっていって、結果的に

昇級、昇段して、インストラクターになってしまうようになったということですが、最初気功の教室に参加したときに「インストラクターになりたい」とか「○○級になりたい」なんて希望は

全くありませんでした。むしろ昇級とかめんどくさいからいやだったし、突然試験が実施されて

勝手に8級になっていた、みたいな感じでした。w

いま思えばやっている中いろいろ「救われる」体験があったり、葛藤があったり、がんばったり

手を抜いたりといろいろあったりはしましたが、やり続けているうちにいろいろな変化があり

感じられるレベルも上がってきて続けているだけであって、ずっと同じ気持ちで続けている

わけでもなくて、また、振り返ってみると何年もの間やってきたなーと思っているだけであります。

いまでも、別に2段とか3段になりたいという気持ちもそんなになくいまやれていないことを

一つ一つやっていけばいい、ぐらいにしかおもっていません。

 

よくよく考えると「いきあたりばったり」にみえることであっても、なんというか「あらかじめ決められて」いるみたいに、自分の進む道が決まっているようなことってないでしょうか?

運命は決まっているのか?自由意志か?というと人生はほとんど自由意志ですがいくつかの選択肢に関しては、自分がどう選ぼうとも、なんらかの強制力が働いてある結果になるように進むってことはよくあるような気もします。

 

行動のレベルは予定をたてたりできるけど「何をしたいか」には自分が「これをしたい」と

いう自分なりの価値観で決めるしかないです。

また「気功」に関していえば、多分自分の場合は自分がいま通っている教室以外の「気功」に出会っていたら、続けていたかどうかははなはだ疑問です。いい意味での緩さと、創始者の「深み」とでも、それを継承している他のインストラクターの価値観とかいろいろな要素がうまく自分にはフィットしている。カリスマだけでは行き詰まるけれども、それと全く異なった価値観を持った人も共存できるいい意味での器の広さは必要だなと思います。

それらを実践していく中で「ああ、これ」っていうことをつかめることが大事だと思います。

ですから、自分もインストラクターの資格を取得するプロセスでこと細かく見てきたことは、いままで自分が無意識的に自然と「できるようになったこと」の背景をしれる上ですごい参考になったものの、それを他人に伝えるとなると、自分の通ったプロセスと異なるその人なりの全体性を見ていくので、また違った「観察」が必要になります。ある事象に対して師匠に尋ねて一定の答えを得ても実際にやってみないとわからないし、「これはどうしてこうなるのか?」ということを自分なりに一つの仮説を立ててとらい&エラーが続く。でも、それを繰り返していく中で一つの成果が見えてくると楽しくなります。

 

目標や結果は行動や意識的に何かをするということはとても大事なのですが、「そもそも自分にあっている」ことをやらないととても苦労するし、ある意味何をするにしても、人生を「学び」のプロセスとおいてみると、「目標が勝手にでてくる」ようになるようなそういうある時突然大きな流れにアクセスする、というのはとても大事だと思います。

 

めんどくさいこととしては、「障害」があったときに「これは自分の進む道じゃない」と判断することは早急ではあるとは思いますが、しかし、本当に向いているときは障害どころか「自分が望んだように起きる」ような現象が多発する、というのがよく起きやすくなる、というのは一つの真実のような気がします。そうなってみれば、目標をたてようが計画をたてようが損なこと関係なく「勝手に自分の魂に刻まれている」ぐらい明確な何かが発動するようなそういう要素があるような気がします。ただ、そういう「勝手に発動」がめんどくさいのは、そういう出来事が発動するにはそれなりに自分がトライ&エラーしているときじゃないと発動しないような気がします。頭の中で念じたからといって実現するというわけではないと思うのです。(もしそういうふうに純粋に想念が実現していたらそもそもいろいろなことで悩んだりしないはずですんで、そういう純粋な「実現化」とそれを妨げる何かの関係を学ぶのが「現世」ってことだというふうに考えることは可能だと思います)

 

そんなわけで、じたばたするのは大事ですが、時には「大きな流れ」にアクセス出来ているかどうか」を自覚してみるのはもっと大事だと思います。人のがんばりはとてもだいじなのですが、それだけでは実現しない何か大きな力を意識するのはとても大事だと思います。それを神と呼ぼうが、「大いなる意志」と表現しようが、ハイアーセルフとよぼうが、何でもいいのですが「自分だけで何とかなる」と考えるのは・・・・傲慢すぎる気もします。

 

行動は大事ですが、自分を「活かしてくれる力」に感謝することはセットのような気もします。

 

 

 

 

「これ」っていうものが決まるまではいつまでに

 

 

 

気功を指導することになったのも、

 

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2017-01-15 10:00:00

成長する人、成績の良い人。

テーマ:ワークショップ

コーチングをしていておもうことがある。

技術的なことや特性はあるものの成長するのに短期間でできる人、

平たくいうと時間がかからない人とそうでない特徴は

シンプルにいうと、「自己認識」と「聴く(聞く)力」の差ではある。

「聴く(聞く)」ことはコーチングのトレーニングでよくやったりしているが、実は結構
難しい。だいたい「自分の聞きたい」ように聴いている。
これだと自分の既存の知識に照らし合わせて聴くことしかできない。
そういうモードで聴いている時には「成長」はない。

自己認識は「自分が出来ている」ことと、「出来ていない事」の違いわかっていないという
ことですが、出来ていない人ほど「まあまあいけてる」などとおもっている。
よくよく考えると出来ていないのに出来ていると思う人は自分よりも「上」がどのぐらい
あるかがわからないから「まあまあ」とか「ちょっと努力すればできる」と思い込んでいる
のではないかと思う。
 しかし、出来ている人ほど「何がどのぐらい難しくて、何が簡単か」というのが
ある程度経験上わかっているので、自分の位置を把握するすることが可能になる。

以前とある経営者と話をしていて、何が一番難しいか大変かということを質問したら
「自己認識すること」というようなことを言われた。ある程度成功している人はそういう認識が
あるのだが、できていない人ほど自己認識能力が低いのである。そして、自分の物差しで
物事を測るからますます成長するための道筋が甘くなる。

これをどうしたらうまくいくか、ということは一概に言えないが、一つには、いい失敗を
出来るかが大事だと思う。失敗も「出来事」としての失敗よりも、「失敗した」と素直に
認められる人だけが成長できるのだと思うのです。失敗から目を背けて「努力していない
わりにはよくできた」(ノーベンでもこれぐらいだからまあまあ、も同じ)とかいう人は
そもそも、努力しないことが一番だめだめだということに気づけていないのが問題であります。
やってないからまあまあできた、ではなくて、才能+努力(努力という言い方が嫌いな人には
「行動」でもOK)によって結果が生まれるということを再認識したい。

・・・・まあ、そもそも、「できない」人ほど「これがどういう意味を持っているのか?」という
ことを考える力が他人より少ないというのも問題だとは思うのだが、多分それは好奇心とか
興味の範囲の広さにも関係してくるのだと思う。未知のものに出会ったときに、「これって
なんだろう?」って好奇心が働かないということは、成長しにくい体質を持っている、とも
言えるのかもしれない。
某有名作家を以前店頭で見たことがあるが、好奇心の塊みたいな人だった。(ある意味、
多動症っていうべき人かもしれませんが)だいたい作家とか大学教授は、とんでもない常識が
欠落している人も多いが、どちらかというと、好奇心旺盛のいい意味での「子供」のような人が
多い気がする。だからこそ他人が興味をもてないことにでも、興味を持つのではないかと思う。

正確に「聴く」ことや、自己認識能力の土台となっているのは、究極的には、
外界(もしくは内面)への好奇心なのではないかとも思う。それがないことの方が、
「この程度でいいや」という変にできあがった(でも洞察力とか探究心がない)小さくまとまった
つまらない人になるのではないか、とも思うのです。

 

 

 

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2017-01-08 18:12:12

質問力。

テーマ:成功力向上

先日、新年明けましておめでとうございます、というメールをやりとりしていたら、とある人から

相談を受けた。

相談を受けるとちょっと困るのは、結構質問の内容的に「コーチング」が入ってくるので

どこまでつきあった方がいいのか?と思える事ではある。

 個人的にとても親しい人なら、別に相談するのはかまわないのだが、微妙な人間関係で

全部請け負っていたら、お金を頂いてコーチングしている人に悪いな-と思う。

また、個人的には相談してくる人。。かつ、質問内容が曖昧な人って、こちらがかなり真摯に

相談にのっても(時にはわざわざ時間をとって、忙しい中、仕事を途中で切り上げて優先的に

話をしに出向くこともある)、そういう人に限って、あまりありがとうとって言わないなーという

気がします。こういうのも難しくて、「いやーわからないっすね」とか、てきとーなことを言ってれば

まあいいんだろうけど、時には調べたりふつうにコーチングするぐらい準備して相談しても、

あんまり感謝しない人が多いと感じる事もあるのです。

まあ、失礼な言い方をすれば「うまくいっていない」人のメンタリティーとして他人に感謝しないとかありそうな気はします。やってもらって当然。。。みたいな感じあるかも。

 

「うまくいっていない」人の質問の場合めんどくさいのは、「何を相談しているか」が不明確

だということである。たとえば「転職したいんだけどどうすればいいんですか?」的なごく

おおざっぱな質問であります。まだ「今している○○という職種が自分の能力的にあって

ない気がしますが、全く異業種には転職したくないので、○○というスキルを活かせる仕事ってどういう仕事があるかご存じですか?」ぐらいならまだ、「こういうところはどうでですか?」

などと言えたりしなくもないのですが、「転職したい」と一言にいっても、今いる会社がつぶれ

そうで、早く別の会社を見つけたい、のか、単に仕事がつまんないから、もしあればよりいい

会社に移りたい、なのか(長期的に考えることが可能)とかでも助言する内容は変わるし、

「どうしたい」と「どういう状況」かをいわないで、おおざっぱな質問をしてくる人が結構多くて、

それが「コーチング」としてお受けしているのならあれこれきいて明確にしつつ、さらに、

もう一段階深いことを探ることは可能ですが、軽い相談の場合どこまでこちらも関わって

いいかとかはおもうのですが、おおざっぱにいえば、「質問力」というか、問いを立てる能力が

低いという人が多いです。ついでにいうと、コーチングとか○○○を活かして仕事をしたいとかの「願望」はある人は多いのですが、「じゃあ、やったことありますか?」ときくと、スクールで

習ってちょこちょこ身内にコーチングもどきをやったことがあるとかそういうレベルで「やりたい」と思ってしまうのがなんか、あまりにも、無謀やろって思うのです。意志は大事ですが、少なくとも「お試し」でやってみて、どれだけのものかを自分なりに感触を得ればいいと思うのですが、全くやったことのない人ほど、何もしない、考えない、「あわよくば」という人が多い気もします。(コーチングならまだよい方で、サラリーマンが「漫画を出版したい」とかの無謀なことを言っている人がいました。。。しかも、絵を誰かに頼むという・・・ある意味なんで漫画家かよくわからないといいますか。。。とりあえず自分なりに作品をつくってみて他の人が読んで「これはおもしろい」とかいう人が多くて、プロとして漫画家を志すのならともかく・・・でも、そういう現象もコーチングとか自己啓発で「気が大きくなって」何でもできるという思い込み--それ自体は別に悪いことじゃないけど、「現実」を感じるというプロセスをあまりにも無視しすぎている--まあ、そういう妄想レベルで「現実にする」というプロセスを無視している人が多いようなきもします)

論理思考とかロジカルシンキングとか計画の立て方とか、コーチングに限らずビジネススキルについて書かれた本は良く目にしますが、実際にそれを試してみてもがいた人しか「現実化」というプロセスはよくわからないと思うのです。やりながら変化していくことを自分の世界に起きていることだと認識しつつ、「現実」と「目標」の行き来をする中で自分なりに想いが形になったり、目標がより明確になったり、また、周りから援助が得られたり、運が良くなったりということがあると思うのですが、とりあえず「こういうことを質問したらどういう答えが来るだろう?」などと想像してみたらいいのかなーなどと思ったりする新年なのであります。

未知の世界に一歩踏み出すにはわからないながらも進む勇気が大事だと思うのですが、ただ、それは「こうしたい」というのが明確になる前はある程度試行錯誤は大事ですが、全く何も考えないのはどうかなーとちょっと思ったりします。

やりながら壁にぶつかってみて、それで考える、そして、自分は「誰か」ということを問うそういうプロセスの中に、自分にとって大切な質問が出てくると思うのです。やる前から考えすぎても、あまり意味があるとは思えないような段階もあるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

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