梨元さん、 お疲れ様でした。 安らかにお休み下さい。
テーマ:ブログ8月20日(金) 私が青山劇場で、 藤澤ノリマサさんのコンサートを見ていた、
19時20分頃、 オフィス に一本の電話が入りました。
それは、 入院していた 大変弱々しいお声の 梨元勝さんからの、
お電話でした。
お亡くなりになる前に、 何かおっしゃりたかったのかと思い、
お話できなかったのが、 大変残念に思います。
マネージャーのTが、 その後すぐに何度もお電話したのですが、
ご家族にもご 連絡が出来ずじまいでした。
何を話されたかったのか、 大変心残りです。
思えば、 私と梨元さんとは、 何十年というお付き合いでした。
最初は うるさいレポーターだと思ったこともありましたが、
そのうちに、 人と人とのふれあいのような感じになりました。
それは、 梨元さんが、 私の苦労を理解しての取材だとわかり、
この人には本当のことを話しても大丈夫なのではないかという気がした
からです。
彼が 「芸能レポーター」 のはしりと言われている梨元さん。
確かにその頃は まだ雑誌が主で、 レポーターの地位は低く、 決して
喜ばれる存在では無かったのですが、 それを彼はあの熱心さを持って
花形の存在にまで 向上させた功労者です。 彼の凄いところは
知っている芸能人にレポートが出来るという強みだったと思います。
彼は誰よりも先に 取材の当事者に連絡をつけ、 誰よりも早く取材し、
誰よりも先に報道しなければならないという、 情熱と使命感に燃えて
いたのではないかと思います。
川﨑麻世の愛人(?)問題では、 私と梨元さんは、 カイヤの真っ赤な大嘘
に翻弄され、 愛人と噂された女性から刑事・民事訴訟をを受け、 2人で
戦わなければならないというハメになりました。 私が40年間の外国生活を
終え、 日本に戻ってきた後のことです。
私たちは、 よく、 白金の 「都ホテル」 の日本レストランでお食事をしながら、
どうやってこの事件を克服しようかと、 相談したものでした。 身勝手なカイヤ
の話を信じ、 日本で一生懸命生活をしようとしている外国人のカイヤを守って
あげようと、 発言した私たちに対し、 裁判が起きたとき、 カイヤは協力どころ
か、 「そんなことを言った覚えがない」とふてぶてしく言い放ったものでした。
私たちは、 あきれてしまいました。 カイヤのあの2時間にもわたる 大粒の涙
は、 一体何であったのか・・・・
カイヤに煮え湯をのまされた私たちは、 ファミリィのようでした。
そして彼女には もう 日本に居て欲しくないとまで、 思いました。
最後に 梨元さんと一緒にお仕事をさせていただいたのが 今年の5月31日。
福岡放送の「めんたいTV」での、 1時間の番組でした。 お会いした時は、
髪がフサフサと真っ黒で お元気そうにお見受けしましたが、 私より先に
東京に戻り、その足で、 入院。
私は抗がん剤治療をなさることに、大反対でした。 何故なら、 抗がん剤治療
は、 猛毒で健康な良い細胞までも殺してしまう。 そんな治療はやめて
いただきたかった。 ご年齢からいっても、 癌はそんなに早くは進まないはず。
ゆっくりと活動を続けながら余生を過ごし、 天命に任せて長生きをして
いただきたかった。 私は絶対 抗がん治療には、 大反対。
抗がん剤治療で癌が治った人はいない。 死期を早めるだけではないでしょうか。
晩年の彼は、 あとから続々と彼をしのぐレポーターが現れ、 焦ったことも
あったのではないかと思います。
私も彼と大喧嘩をし、 彼を告訴すると息巻いたこともありました。
それは手柄をあせるあまりに、 人を犠牲にしてまで「事件」のないところに
事件をつくって報道したからです。
カイヤの事件で、 お互いに戦った 私という朋友を 裏切ってまで。
彼を信用して話したことをTBSに売り、 TBSがそれを利用して とんでもない
事件に発展させたからです。 彼のために、 私はまた新たな告訴事件を
つくられてしまったのです。 実にくだらないことで刑事・民事で争わなければ
ならなくなり、 酷い目に合いました。
その後は 心にいちもつを持ちながらも、 大人のお付き合いをして、
もちつもたれつ 仲良くして参りました。 今年2月、 私の古稀を祝うパーティ
にもお越しいただいたりしておりましたし、 お仕事も楽しくご一緒させて
いただいておりましたが、 私は彼を 完全に許した訳ではございませんでした。
20日、 金曜日のお電話は、 死期を予期した彼が、 申し訳なかったと
ひとこと言いたくて、 お電話されたのではと思ってしまいます。
彼ほどレポーター根性をもち、 いつで取材に飛び立てるようパスポートを
持ち、 成田のエアポートに何日間も張り付くこともあったり、 寝食を
忘れて仕事に没頭し、 レポーターを天職として 命をすり減らし働き続けた
梨元さん、 本当にお疲れ様でした。
病床からも最後の最後まで 発信し続けた彼。
梨元さん、 どうか安らかにお休み下さいませ。
合掌





















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どうか、デヴィさんもお身体には十分気をつけてくださいませ。