皆さま ごきげんよう

10月2日号の〝週刊新潮〟に

〝死の床の 結婚が招いた 遺族の泥仕合

「宇津井健」未亡人と 長男が揉める相続〟という

 記事が 出ました。

宇津井健さんと 〝内縁関係〟の 名古屋の高級クラブ

「なつめ」のママ 文恵さんは 亡くなる 5時間前に

入籍を 実現したのです。



「週刊新潮」によると ・・・、

〝あの入籍も 奇妙なタイミングです。

死の前日、 彼女から 事務所スタッフに

電話があり、 興奮状態で 「戸籍謄本や

住民票を持ってきて!」と要請されたと言います。

翌日、 スタッフが名古屋のビルに持参すると

「これから婚姻届を出す」と聞かされ、

驚いていたそうです。  その後 自宅に通され、

そして またびっくり! 看護師が見守る中、

宇津井さんが 酸素マスクをつけ、

虫の息で ベッドに横たわっていた。

意識はかすかにあるが、 スタッフには

全く反応しない。 すぐに  もうすぐ死んでしまうと

感じたそうです。〟

そして 5時間妻、  喪主としてお葬式を出し

「遺産相続は 放棄」と 潔いことをいって

美談となっていたのですが、

それが、 結局 いまだに 遺産相続放棄の 手続きもせず

東京の宇津井健さんの家を  相続しようとしているのです。

その家というのは 宇津井さんと 45年間 連れ添った

亡くなった愛妻 友里恵さんと

暮らしていた家。



実は 私、  友里恵さんとご一緒に 赤坂の某クラブで

アルバイトしていたことが あるのです。

彼女は 西洋人形のような とても 美しい女性でした。

眉は三日月のごとく 大きな目は パッチリとしていました。

友里恵さんは まだ 俳優として 仕事がない 宇津井さんを

ずうっと 何年も サポートしていました。  彼女は他の

ホステスと違い、 いつも 凛としていて 品がありました。

相思相愛 とてもお似合いの カップルでした。

友里恵さんは 美人で 聡明で そして 糟糠の妻でした。

すべての面で ずっと 彼の面倒をみていた女性です。

宇津井さんも 時々 一人で クラブに来ていました。

宇津井さんも またとても紳士で 、 友里恵さん一筋でした。

友里恵さんは 宇津井さんが 俳優として 自由に大好きな仕事が

できるよう、 家の事から、 お子様の教育、 お金のことなど

運転まで あらゆることに 頑張ってこられてきた方で

2006年3月に亡くなるまで 宇津井さんに 尽くしてこられたのでした。

ある時、 彼女が 不幸な交通事故を起こし 相手の方が亡くなって

しまった時に、 宇津井さんが 「彼女に 甘えて全てのことを

させていた自分のせいで 疲れ切っていたのだ。 (事故は)

自分が いけなかったのだ」と 友里恵さんをかばっており

私は そこに 美しい 夫婦愛を 感じたものです。

友里恵さんは 事故のショックの為 外出さえ出来なくなって

しまったそうです。



一方、 宇津井さんが 亡くなる 5時間前に入籍した

なつめのママ(文恵さん)のことも 私は知っています。

「なつめ」には 過去 3度ほど 行ったことがありましたが、 

お店で働いている女性も 決して若くなく お店はいつも 

お客様は 一人もいませんでした。  過言かもしれませんが。

日本料理店「加瀬」も 同様に 淋しく ガランとしていました。

私と ご一緒に行った 背が高く お金持ちで ハンサムな男性のことを

たいそう お気に召して下ったことも 覚えています。

その時 文恵さんは 宇津井さんと 〝少年・少女のような 恋愛〟を

していたのですか?

宇津井さんとの 死の床の 結婚が、 話題になった時

〝相続放棄〟すると 明言したことを知り 私は

 「さすが なつめのママ」と 感心していたのでした。

その昔は 夜毎 政治家や 高級官僚、 財界人などが集い、

〝夜の 商工会議所〟の異名をとった

ママならではの 潔い発言だと思ったからです。



しかし、 ここにきて 遺産相続として 友里恵さんとの

愛の巣であった 東京の家を 要求しているというのです。  

〝週刊新潮〟には 文恵さんによると 友里恵さんが

亡くなった2006年の 11月から 交際し、 〝内縁の妻〟と

いうことですが、 事務所関係者の話では、
 
「7年も同棲していたと 言っていますが 宇津井さんは

体調崩す昨年5月まで 忙しく 仕事をこなしていました。

その大半が 東京ですので 本当に同棲状態に

なったのは 名古屋で治療に専念した 最後の半年だけです。

この間、 本人も 何度も 帰京しようとしていましたが

体調の問題で 叶わなかったのです」 と。

〝7年も同棲〟していて 一度も スッパ抜かれなかったなんて

日本の週刊誌は 何をしていたのでしょう。

死の たった5時間前に 瀕死の方が入籍するなど

その判断など 本当に出来たのかと 〝新潮〟を読むと

心配してしまいます。

意識がかすかにあったが、 反応さえしなかった 宇津井健さん、

息子さんに 相談することも 伝えることもなく

婚姻届を 出したのでしょうか?

全ては 「なつめ」のママの 証言のみです。

文恵さんは 宇津井未亡人としての 名誉が

欲しかったのでしょうか?

もし そうだとしたら お葬式は 彼女の晴れ舞台でしたね。

名古屋での告別式の喪主は 一人息子のご長男ではなく

5時間妻の 文恵さんが喪主となりました。  



しかし、  東京での 「お別れ会」には ご長男と 事務所が仕切り、

ご自分の名前がなかったことを とても 不満に思っていたようで

これが もめごとの発端となったとか。

 「渡鬼」の脚本家 橋田壽賀子さんが

〝聞きましたよ。 相手の女性が 借金苦で

遺産を放棄せず、 息子さんが住む目黒の家を

売ろうとしてるって。 あらっ、借金ないの?

さっきも(泉)ピン子と話していたら

 〝あの人は すごく悪い女! 借金だらけ〟と

一生懸命、悪口を言っていましたよ。

でも、 案内状に名前を出さないから 怒るなんて

おかしいわ。 「お別れ会」は 彼女と宇津井さんの

結婚の報告会じゃないんだから。〟と。

( 確かにそうでしょう。  

芸能界に 50年以上もいた方なのですから

大変な数の友人が 宇津井さんを 偲ぶ筈)



〝新潮〟には、

〝資産家だと思われていた 文恵さんは

実は スッカラカンで、 借金漬けの状態とか。

遺産が入って来るので それを当てにして 借金したり

返済を待ってもらっていると 噂が 流れてきているのだとか。

文恵さん保有の 名古屋 栄の二つのビルも すでに

売却していた〟 とのこと。  

せっかく 一度は 「なつめ」のママとして 成功した 文恵さんは、

水商売の女性達の 「憧れ」のイメージのあった方。

〝貧すれば鈍する〟などと 陰口を言われるような

晩年であって 欲しくないと 思います。

潔く 「遺産など何もいらない!」 「心の中に

健さんがいるから」 とでもいうなら

純粋な愛を 感じますが、 宇津井さん、友里恵さん 2人で築いた

愛の巣を 臨終 5時間前に 妻になったからとはいえ、
 
遺児であるご長男から 横取りするような 文恵さんは

厚顔無恥だと思われても 仕方ないでしょう。

名店「なつめ」の名ママは どこへ行ってしまったのでしょう。

淋しいですね。
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