ピュアブログトップへ
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

第一回リアル熟議、開催します!

テーマ:なにげないブログ
2011年05月30日(月) 23時02分12秒
みなさん、こんばんは!
今日はイベントの告知です!


残席わずか40‼‼
学生、企業、大学、行政
が混じり合って考える
スペシャルイベント!


僕が企画で関わっているイベントです。
社会人・学生問わず、参加者を募集しています!
ぜひぜひご参加ください!


------------------------------------
【第1回 リアル熟議@岐大】

6月17日(金)
13:30~18:30(13:00~受付)
@岐阜大学全学共通教育棟1C・1D
------------------------------------
☆参加費無料‼
☆服装自由‼

申込→http://my.formman.com/form/pc/Ovto4FkmIDkxc7eY/


☆授業がある方は先生に相談‼公欠になるかも‼

【イベント概要】
テーマは
『よりよい就職のために』

現在の就職活動で起きている問題点をグループで話し合い、
解決するにはどうすべきか、自分自身ができることは何かを考え、
今後の行動に繋げるイベントです‼

だから、
まだまだ就職は先のこと…
と考えている
そこのアナタにもオススメ☆

そして
当日はなんと‼‼‼

文部科学副大臣である
鈴木寛氏も参加決定‼‼‼

副大臣の前で
「こういう支援が必要だ!」
と提案もできちゃう‼

また、
行政として必要と思われる政策を、
企業としてのあるべき姿勢を、
大学に求められる支援を、
それぞれ考え、提案することができる、またとないチャンスです!

さらに‼
このイベントに参加することで、
みなさん自身の成長につながることが期待できます。

面白そうだな!と思ってくださった方、是非ご参加ください^^


☆申込→http://my.formman.com/form/pc/Ovto4FkmIDkxc7eY/


質問、疑問などがありましたらお気軽にどうぞ!→
岐大発!熟議推進委員会
jyukugi.gifu@gmail.com

芸術という視点

テーマ:未来への糧
2011年05月06日(金) 18時11分54秒
3日前、ダンスを見に行ってきました。


高校時代の同級生が活躍しているというので、友達に誘われてフラっと。

その時の感想を書こうと思います。








ダンスは、いや、芸術は、
人に何かを伝える。

伝えるものは想いだったり、感情だったり、人の関係だったり、
世界の綺麗さだったり、そこにある現象だったり、様々ではあるが、

とても美しいと思った。
とても感動した。

目に見えない「人間関係の空気」、
例えば友情だったり、愛情だったり、哀愁だったり、
それを持つ人の言動は見えても、愛情そのものは目に見えない。

その目に見えないものを表現する。
目に見えないものが目に見えるかのような世界を創り上げる。

まるでエーテルのよう。
この世界がx,y,z,tの四次元時空だとしたら、
そこに『想像軸』という名の軸が追加され、

その軸は相対性理論の光のように、
決して真っすぐではなく、
かといって曲がっているというのも違って、

軸そのものが面であり空間であるかのように。
または直接流れ込み、満たしてくれるエーテルのようで、
気体分子運動論の分子が拡散するような、

そんな感動で満たされた会場だった。


自分にとって、
今回見たダンスと、時々見る絵画との大きな違いは、
「今、ここにある」こと。

絵画は、その描ききった瞬間の空気が保存される。
その時に表現者が感じたこと、伝えたいこと、それがそのまま絵として残る。

しかしダンスは、残らない。
きっと動画で見ても伝わらない、
リアルタイムだからこその感動がある。

今を生きて、過去から感じたことをメッセージとして未来に発信する、
その瞬間を、創り上げて表現する瞬間を見ることが、大きな違いだ。

リアルだからこその感動がある。
今をもっと力強く生きようという気持ちが湧いてきて、
目の前のことに精いっぱい生きようという意識が強くなる。

そこに表現されたエーテルのような空間は、名をつけるならそれは「美」で、
その美がそこにいる人にとって心地よいから、それが受け入れられる。

単に「造り手側と観衆の利害が一致している」という言葉では表現できない、
自明の前提条件のような「美」の感覚がそこにあって、
とても感動した。



それに、芸術もビジネスも、何かを伝える、影響を与えるという点では同じで、視点が異なるだけ。
アプローチの仕方を変えるだけでこんなにも受け取り方が変わるのかと、強く感じた。
同時に共通項を多く見出し、自分の活動に役立てる部分も多かった。


これからは、もっとアートを見に行きます!
論理ではなく感覚に訴えてくるあの感じが、
たまらなく心地よかった。

もっと欲しい。もっと感動の波を受け取りたい。
とても元気とやる気をもらいました。

そんな感覚を味わいに、またふらりとどこかへ出かけようと思います。芸術という

What can I do?

テーマ:未来への糧
2011年05月02日(月) 15時18分57秒
$フルスロットルライブラリー

Patrons eat at a taco stand, as the body of a man lies on the pavement, in Ciudad Obregon, Mexico, August 10, 2010. According to local media, the man died after suffering a fatal heart attack.

REUTERS/Francisco Gonzalez Bolon/Expreso


(ロイターhttp://jp.reuters.com/news/pictures/rpSlideshows?articleId=JPRTXVJJH#a=77より)


心臓発作を起こし亡くなった人を目の前に、みんなが平然とタコスを食べている。

この光景、どうだろうか。

僕だったら平然とは食べれない。
しかし、「じゃあお前に何ができる?」と言われたら、何もできない。




日本では有り難いことだけど、世界にはこれよりもっと酷い事がたくさんあるだろう。

そういう地域があることは、何となく知ってる。
そういう事が今も世界のどこかで起こっていることも、理解できる。


ただ、僕は目を向けていない。
目を背けたい訳じゃない。
ただ単に、そこまでの興味がないんだろう。


知りたいか?と言われれば、知りたい。
見に行く機会があると言われれば、行きたい。
自分の価値観に影響を与えてくれそうだし、社会性のある視点を得るきっかけになりそうな気がするからだ。

しかし、自分から多大なお金と時間を使って見に行こうとは思わない。
「行きたい」とは言っても、実際に行動に移すことは、今まではなかった。
図書館で紛争や飢餓について徹底的に調べようとも思わない。

ただ、問題なのはわかる。
解決して欲しいとも思う。解決されればとても良いことだということもわかる。
ただ、自分が解決しようとは思わない。




これが、「当事者意識のなさ」ということだと思う。他国の人権や社会のあり方に対して。

ある分野に対して当事者意識を持つことはできても、全ての分野に対し持つことはできない。

当事者意識が強い弱いというのは、測り方によって大分変ってくる。

何に対する当事者意識なのかが、その人の器を表すような気もして、
僕は「日本」に対する意識を持つ人でありたい。
まだ「世界」ではないし、世界に対する方が良いのかもわからないけど、
その意識が目指す結果を出す人間になりたい。


冒頭のメキシコの光景、
僕にできることはと言えば、せいぜい祈るぐらいだ。
日本人なら皆そうするのではないだろうか。


「日本人は心が貧しい」らしいが、
決してそればっかりではないと思う。

日本で夢を描けること自体が幸せだと、ふと感じました。

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>