やすらぎ養生

味わう生き方

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ある時期、厳格な菜食をしていた。

思いつきではなく、勉強もした。

自分の体はもちろん、精神にも良い影響があると考えていたし、地球環境や他の生命にもやさしいと信じていた。

今はどうか。

どちらでもよし、どうでもよし、の境涯に入ってしまった。

食材に気を配るに疲れたというのもある。

情熱は失われ、よく言えば、とらわれがなくなり、頑なさがなくなった。

ゆるんだ決定的な原因として、よそ様に気を遣わせる自分の不遜さ、尊大さに嫌気がさしたことがある。

これは食べられるんだっけ?
これは食べられないよね。
別のを用意するね。

食事の度に、煩わせている。

てめえは何様なんだと。

自分かわいさに、身勝手を通し、人を巻き込んでいる。

そこまでして、得てどうする?

良心の呵責というのだろうか。

ただ信念を貫き通す強さがなかっただけかもしれない。

でも過去の自分より、今のいい加減な自分の方が好きだ。

人にもやさしくなれたし。
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食べることは生命をいただくこと。

だから感謝していただきましょう。

このように言葉にすると、わかったような気がするのですが、勝手に生命をいただいておいて、一方的に感謝されても、奪われた生命は納得するだろうかと思うのです。

人間とは宿命的に罪深く、徹底的に自分勝手なのですから、多少の感謝で善人ぶるよりも、とことん自分勝手を貫いた方が潔いと思い始めました。

つまり、無念にも食用となった生命を、この身を通して往生させていくという、自分勝手の極致です。

増永静人は東洋的な生命観を語る場面で、こんな逸話を披露しました。

『このあいだも鯉の活造りを食べましてね、食べてる間もピクピク動いてますよ、「殺生やなあ」と食べてる人が言った。それで私は言ったんです。「あなた、殺生という言葉をつかったら、この鯉が泣くよ。この鯉を往生させるんですよ。往生ということは、この鯉の命が私に生きて、私のなかで新しい生命を保っているんだ。私のなかで、もっと大きな働きをするためにこの鯉は死んでくれたのだ。そういう見方をしなきゃ、鯉に悪いよ」と。お互い殺して行かなきゃならんことがあるけど、すべて往生ですよ。そしてまた私も、どっかの生命のところへ行って、新しい大きな働きのために往生する、と。これが生命の連帯感でしょうね。』

どうせ食べるなら、この口に入る縁というものを、徹底的に肯定し生かし切っていく。

死んだものは何も語らないけれど、この生命は引き受けたぞと背負いこむことで、うすっぺらな感謝よりもずっと重厚な人生観を醸成すると思います。
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ブッダの食事は托鉢で施されるものだった。

自分に選択肢はない。

スジャータの乳がゆに始まり、菜食に限らなかった。

いつしか精神性と菜食は分かちがたく結びついた。

食は人生をつくる、とか運命を開くとか、この場合の食とは、食材の厳選を意味しただろうか。

生鮮食品を買わない、あるいは経済的な事情で買えない人々は、一生抜け出せないということだろうか。

食をとりまく、こうした妄想に過ぎない概念が、知らずに人間にもあらゆる生命にも優劣をつけている。

精神はもっと自由でいい。

そしてやさしくていい。
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