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2007-05-31 21:44:00

で、見たの? 見てないんだろ?

テーマ:俺はこう思う
「~~~~」(映画担当記者)

こればっかりだな・・・・・・。

で、結局この記事書いているあんた・・・。



見たの? 


見てないんだろ?



見てない映画の評論はすごく大変な仕事だと思う。



大丈夫か? は、あんただろ。




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松本人志監督「大日本人」はチグハグな映画
(ゲンダイネット - 05月31日 10:00)

 ダウンタウン松本人志(43)の初監督作品「大日本人」が公開まであと5日に迫った。映画は公開前に試写会を行うのが通例だが、この作品は松本の意向で、マスコミ、一般含めて試写を一切行っていない。ベールに包まれているため、ますます注目を浴びているのだが、映画関係者の評判はイマイチだ。

「ストーリーは分かりにくいといわれていますが、意外に単純です。時代設定は現代。松本が演じる“大佐藤”は家業を継ぎ、6代目大日本人として暮らしています。大日本人は防衛庁の任務で電流を浴びて大きく変身し、怪獣と戦うヒーローになる。だが、時代の変化で大日本人に批判が集中。そんな中、4代目の祖父の介護もあり、忙しい日々を暮らす大佐藤の前に強敵が登場。絶体絶命の大佐藤に意外な援軍がやってくる……というもの。松本が『ごっつええ感じ』でやっていた“ゴレンジャイ”の延長というか、ウルトラマンのようなヒーローもののコメディーです」(映画担当記者)

 怪獣役は神木隆之介などが演じ、大佐藤のマネジャー役としてUAが出演する。映画の終盤で大佐藤のピンチを救う米国のヒーロー4人組を、千原ジュニア、宮迫博之、宮川大助などが演じている。

 19日(日本時間20日)にカンヌ国際映画祭で初公開された際、席を立つ人もいたというが。

「上映後には“何が面白いのか分からない”“編集がちょっと”と厳しい意見もあった。映画の冒頭で松本は“アメリカはどちらかというと嫌いやねん”と言っているのに、チグハグな結末になるしね」(前出・映画担当記者)

 松本は徹底的に情報の流出をシャットアウトした。映画のデキに自信がなかったためという声も出るほどだが、公開後の評価は果たしてどうなるか。松本、大丈夫か。

【2007年5月28日掲載】

2007-05-31 21:26:12

■新撰組一番隊組長 沖田総司 命日

テーマ:聖地巡礼

慶応4年5月30日[1868年7月19日]
新撰組一番隊組長 沖田総司 命日

本来ならば沖田の命日は7月なのだが、新撰組隊士の命日は旧暦のまま弔う事が多いので、5月末に。


いまだに人気が衰えない新撰組の中でも、一・二を争う人気者、悲運の天才剣士沖田総司。

しかしながら彼の生涯は出自から終焉まで確かな記録が残っていない。

ベールに包まれた謎の人物なのである。

今回の墓地の旅では「沖田総司終焉の地」の謎を解きつつ
浅草~千駄ヶ谷~麻布へと歩を進める。


沖田総司の終焉の地には、浅草今戸説と千駄ヶ谷説の二説がある。まずは、浅草今戸説から。



この説を裏付ける文献は、永倉新八が記した『同志連名記』。文中の「浅草今戸の松本良順先生宿にて病死」が根拠となっている。

幕府御典医であった松本良順は、称福寺、浅草今戸八幡(現在の今戸神社)で鳥羽・伏見の戦いや戊辰上野戦争の戦傷者病院を診ていた。その中に新撰組局長近藤勇や沖田総司がいた。

観光客で賑わう浅草雷門の喧騒を離れ、隅田公園沿いを歩くと今戸神社がある。入り口の鳥居両脇には、青地に白のダンダラが描かれた「沖田総司終焉の地」の看板が目を引く。

広い境内の本殿正面に沖田の碑がある。高さは1mほどか。




思ったよりも小さい。
橘右近書による立派な寄席文字で「沖田総司終焉之地」と彫ってあるところが浅草っぽい。

終焉の地には諸説があって特定するには至っていない(最近の研究ではむしろ今戸説は押され気味)ので、ここ今戸神社の碑は口の悪い新撰組マニアから「見切り発車の疑惑の碑」とも言われているのだが、この地で近藤や沖田が治療を受け戦況巻き返しを練っていたのは確か。そう思うと感慨深い。



続いて千駄ヶ谷説へ。


これを裏付ける資料として、子母澤寛の『新選組始末記』中央公論社版の記事「千駄ヶ谷池尻橋の際にあった植木屋の平五郎と言う納屋に隠れていたが、慶応4年5月30日、年25で、この納屋で死んだ」がある。

始末記の文中にある有名なくだり「黒猫を斬ろうとしたが斬れない」は子母澤の創作とも言われているが……。

ワタシの見解として、伝染病の労咳(結核)を患っていた沖田が、戦傷者病院に居続ける事は不自然であるとして千駄ヶ谷平五郎宅離れ説支持である。

この平五郎宅、研究家の尽力で現在の「新宿区大京町29番地」と分かっているのだが、渋谷川の水は枯れ、千駄ヶ谷池尻橋は欄干に名残を残すのみである。その欄干跡から階段を下りるとある「大京町遊び場」あたりに沖田が隠れていた納屋があったそうだ。



残念ながらこの地には沖田総司に関する史跡碑は無い。

東京都もしくは新宿区の仕事で、案内看板くらいは出してもらいたいと切に願う次第である。

それとも、研究の末に「ここではない」という判断が下されたのか。

終焉の地は未だ闇の中である。

さて、沖田の墓参りに港区元麻布にある専称寺へ。

このお寺には以前、礼を逸した墓参者が殺到したため現在は墓所立ち入りが制限されている(問い合わせも不可)。



そこで、寺の右横小道から塀越しでの墓参となった。



沖田総司の墓は小さな屋根の下にある。ワタシは持参した双眼鏡をのぞき、墓石を近くに感じつつ手を合わせた。




一年で一度だけ墓参が許される総司忌。


今年は6月17日午前11時より専称寺で催される。




2007-05-31 09:53:44

「靖国参拝したい」李登輝氏

テーマ:俺はこう思う

日本精神や文化に深い造詣を持つ、元台湾総統の李登輝氏。

今までは中国からの圧力などで、来日ビザが発行されなかったりした。

しかし今回は、日台観光ビザ不要となったから来日拒否をすることは出来ない。親中派議員などは中国に良い顔できないぞ。

靖国神社参拝の予定もあるそうだ。

旧日本軍人として戦死した実兄の魂は、靖国に眠っている。

「60何年間会っていない兄貴がそこに祭られているのに、行かないというのは弟としても人情としても忍びないことだ」

靖国の本質をちゃんとわかっていらっしゃる。
ありがたい。



時事通信社の「中国の反発必至」は、あんたらが火をつけたいんだろうが。いつもそうだ。


実兄が祀られている社に行きたいと思うのは自然な事である。




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「靖国参拝したい」李登輝氏

 30日から訪日する台湾の李登輝前総統は、成田空港に向かう機中で、同行した日本人記者団の質問に答え、靖国神社参拝について、「六十何年間会っていない兄貴がそこに祭られているのに、行かないというのは弟としても人情としても忍びないことだ」と述べ、初参拝したいとの希望を明らかにした。明確な時期については示さなかったが、「そのことは行ってから決めましょう」と語った。

 仮に実現した場合、中国が政治活動とみなして反発するのは必至だ。李氏の2歳年上の兄は1945年2月、旧日本軍人として、フィリピン戦線で戦死した。 

(時事通信社 - 05月30日 13:10)

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