2011-05-21 13:28:56
2011年の話
テーマ:ブログ
このブログは僕が独立したての2007年ごろから始め、2009年まで書いていました。
当時発行していたメルマガ「ハックルベリー新聞」の内容をそのまま掲載しています。
「インターネットを使って、どんな人も自分の才能で食えるようになろう!」
が合言葉でした。
今読み返してみると、いろいろ実験の跡が見えたり、詭弁があったり、
どうも恥ずかしいので削除しようかと思ったのですが。。
当時の燃えている雰囲気、そして葛藤などが見えてきて、
これはこれで面白いと思ったので残しておくことにしました。
...
当時の僕はお金をどのように捉えるべきかで
大変に悩んでいました。
大成功したいけど、お金だけの人生はどうもおかしいような。。
それに、お金を稼いでいない人も尊いのに、
なぜそういった人はさげすまれるのだろう?
そういった悩みをもっていました。
そこでその悩みを解決すべく、
成功法則の本と哲学書を同時に読み漁るという
荒行(?)を続けていました。
ですのでそれ系の記事も多いです。
...
今の心境はといえば、
2011年の大震災を境に、
何かがかわった氣がします。
結局、貨幣システムは大変便利なのですが、
お金は数値化されるだけに、
ゲームに近いような側面が出てしまいます。
そうすると、
ゲームに近いから
やりすぎてしまうんですね。
いろいろ。
江戸時代は常(け)とハレといって、
常は自然と寄り添ったような暮らしをし、
たまの祭り(ハレ)でみんなで楽しむ。
そんなバランスをとった暮らしをしていたそうです。
ちょっと今の経済は
ハレをつくりすぎたかなぁと思っています。
-----------------------
※5/26追記
本日たまたま読んだ歴史の本によると、
さらに古くはハレとは神事を指し、
それにより普段の自分をリセットするという神聖的なものを指していたようです。
ちなみにケの生活ばかりして気が弱くなることを気枯れ(ケガレ)といって、
そういった時に非日常のハレで気を取り戻したのだとか。
深いですね。。
-----------------------
だから東京の明かりがふと消えると
「あれ、こんな光でも意外と落ち着くぞ。。」
といった側面が出てきます。
それは祭りが終わった感覚に近いような氣がします。
...
人間は祭りが大好きで、
今の消費経済を回すには、
その祭りを起こし続けるしかないわけですが、
その方向性はちょっとだけ変えることができて。。
原点回帰をしたいわけではないですが、
現代版のけとハレを手に入れることが、
何かより暮らしやすい世の中をつくることに通じる気がしています。
まぁ、興奮と安定のバランスですね。
あ、こんな話は今はあまりしていないから、
ある意味ハックルベリー新聞らしいですね(笑)
今後また変わるかも知れませんが、
2011年時点の心境として、書き綴っておきます。
丸山
当時発行していたメルマガ「ハックルベリー新聞」の内容をそのまま掲載しています。
「インターネットを使って、どんな人も自分の才能で食えるようになろう!」
が合言葉でした。
今読み返してみると、いろいろ実験の跡が見えたり、詭弁があったり、
どうも恥ずかしいので削除しようかと思ったのですが。。
当時の燃えている雰囲気、そして葛藤などが見えてきて、
これはこれで面白いと思ったので残しておくことにしました。
...
当時の僕はお金をどのように捉えるべきかで
大変に悩んでいました。
大成功したいけど、お金だけの人生はどうもおかしいような。。
それに、お金を稼いでいない人も尊いのに、
なぜそういった人はさげすまれるのだろう?
そういった悩みをもっていました。
そこでその悩みを解決すべく、
成功法則の本と哲学書を同時に読み漁るという
荒行(?)を続けていました。
ですのでそれ系の記事も多いです。
...
今の心境はといえば、
2011年の大震災を境に、
何かがかわった氣がします。
結局、貨幣システムは大変便利なのですが、
お金は数値化されるだけに、
ゲームに近いような側面が出てしまいます。
そうすると、
ゲームに近いから
やりすぎてしまうんですね。
いろいろ。
江戸時代は常(け)とハレといって、
常は自然と寄り添ったような暮らしをし、
たまの祭り(ハレ)でみんなで楽しむ。
そんなバランスをとった暮らしをしていたそうです。
ちょっと今の経済は
ハレをつくりすぎたかなぁと思っています。
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※5/26追記
本日たまたま読んだ歴史の本によると、
さらに古くはハレとは神事を指し、
それにより普段の自分をリセットするという神聖的なものを指していたようです。
ちなみにケの生活ばかりして気が弱くなることを気枯れ(ケガレ)といって、
そういった時に非日常のハレで気を取り戻したのだとか。
深いですね。。
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だから東京の明かりがふと消えると
「あれ、こんな光でも意外と落ち着くぞ。。」
といった側面が出てきます。
それは祭りが終わった感覚に近いような氣がします。
...
人間は祭りが大好きで、
今の消費経済を回すには、
その祭りを起こし続けるしかないわけですが、
その方向性はちょっとだけ変えることができて。。
原点回帰をしたいわけではないですが、
現代版のけとハレを手に入れることが、
何かより暮らしやすい世の中をつくることに通じる気がしています。
まぁ、興奮と安定のバランスですね。
あ、こんな話は今はあまりしていないから、
ある意味ハックルベリー新聞らしいですね(笑)
今後また変わるかも知れませんが、
2011年時点の心境として、書き綴っておきます。
丸山






