7月11日その4『あの人の歌』

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『あの人の歌』

あの街からジョン・レノンの看板が外された
『偏っているから』が理由だそうだ
『War is over』という言葉の、
どこが悪いんだろう
祈りを口にしては、いけないのかい?

思えばここのところ、何かが違う気がする
歌いことを歌えやしない
『あの夏』のことが、
頭っから離れてくれないんだ
何かが自分から消えちまった

憤りばかりが、悲しみばかりが、駆け巡るんだ

戦争が起きちまった  震災が起こっちまった
生命が、心が、削られてゆく
誰かが叫んでいる  それを誰かが嘲笑っている
そのたび、世界が冷えきってゆく

この曇り空の下、君の笑顔すら、
忘れちまいそうだ

それでも聴こえるんだ  まだ、『あの人』の歌
心を、叩くんだ
諦めそうで倒れそうな時、でも『あの人』は、
笑うんだ
『大丈夫、大丈夫、まだ折れちゃいないだろ』

昔、『あの人』の真似をして、
屋上でタバコを吸っていた
どこまでも空は青くて
どこまでも世界は広がっていた

何処かの駐車場に、車を停めて
スローバラードを聴いていたんだ、二人で
月の光が、眩しくて、美しくて
風が二人を  優しく撫でたんだ

切なくなって、全てのことが
いとおしくなったんだ

そうさ、あの夜と同じ  今も『あの人』の歌
心を、叩くんだ
今もまだ、あの日の風のように、
そう『あの人』は、笑うんだ
『大丈夫、大丈夫、そうさ、
楽しんで行こうぜ』って

そうだ、『あの人』は歌ってる

愛し合ってるかい?愛し合ってるかい?
愛し合ってるかい?Baby、愛し合ってるかい?

例え今日が苦しくっても、
君に『大丈夫さ』って伝えたい
あの日の空のように、風のように、
『あの人』のように
君に『大丈夫さ』って伝えたい

愛し合ってるかい?愛し合ってるかい?
愛し合ってるかい?愛し合ってるかい?

愛し合ってるかい?愛し合ってるかい?
愛し合ってるかい、Baby、愛し合ってるかい?

作詞・作曲/野楽亭

今日のことではなく、一昨年のこと。
あの『強行採決』に、心底がっかりした。
こんなくだらない政治で、
こんな腐った政治家たちで、
一体どこに民主主義があるのだろう?
こんな連中に、
ワタシらは生活を牛耳られちまうのか?と。

今も、繰り返されている。

まるで清志郎さんが言った通りじゃないか。

でも、だからこそ、
こんなところで潰されたくないな、と。

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7月11日その3『Stormy Days@2017』

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『Stormy Days@2017』

『酷い時代に生まれてしまった』
『この世界に愛なんて存在しない』
『このまま虐げられて生きてもいられない』
誰かが銃を手に入れ闇へと走り出す

懐に隠したナイフを取り出して
無造作に誰かを切り裂くだろう
流れ出す冷たい血に手を震わせて
『正義を為した』と得意気に騒ぎ出す

やがて真夜中へ閉ざされてゆく
砂漠の空へと投げ出されてゆく
そして誰もが  嵐の中
生まれた意味を探し始める

見えない神に祈りながら僕ら、歩いてゆく
悪魔の誘いに魘されて僕ら、歩いてゆく
砂嵐にもがきながら僕ら、歩いてゆく
月明かりだけを求めて僕ら、歩いてゆく

『誰もが心に病を持っている』
『誰もが心に飢えを感じている』
『誰かを救うのなら何かを棄ててゆけ』
誰かが屍に足をかけ、踏みにじる

シナリオ通りの愛情を手にして
見せかけだけの幸せを語るんだろう?
何かを隠すための悲劇も用意して
傷つける言葉に酔いしれているのでしょう?

気づけば心は、檻に入れられ
静かに闇へと沈みこんでゆく
そして誰もが  いずれ来る
『土に還る日』を迎えてゆく

見えない神に祈りながら僕ら、歩いてゆく
悪魔の誘いに魘されて僕ら、歩いてゆく
砂嵐にもがきながら僕ら、歩いてゆく
月明かりだけを求めて僕ら、歩いてゆく

作詞・作曲/野楽亭

実際には、湾岸戦争だったか?の頃に作った歌詞。
真夜中、何の気なしに、ドキュメンタリー観ていて、気がついたら『放送中止』の時間。
画面は砂嵐に。
世界のどっかで、こんなことが、ずうっと繰り返されていて、終らない。
なんなんだ?と。

共謀罪ではこんなことはなくならない。

誰かが誰かの正義のために殺されたり、
誰かが誰かの幸福のために踏みにじられたり、
誰かが誰かの都合で檻に入れられたり、
誰かが誰かの金のために、奪われたり。

共謀罪がこれらを本当に止めようとする為の
法律ならば、
今も世界で起きていることは、
一体、何だ?

と、そういう言葉を奪おうとするのが、
共謀罪の正体じゃないのか?

と、あの場所にはいなかったが、間違いなく『こんな人達』と呼ばれたひとりであろうワタシは、思う。


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7月11日その2/明日の話

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夕暮れ 歩道橋の上 すれ違った 
男のため息をきいた
通りがかった公園  ベンチに座る少女の
溢れる涙はなんだったろう
毎朝  決まった時間  ホームに佇む若者は
物憂げに空を見ている
こんなに曇った街の中で  それでも
子供たちは  ただ笑うんだ  元気に

寂れた毎日のなかで  ただ埋もれてゆくだけ
そんな風に思うのは  俺たちだけかも知れない

下らないニュースばかりが  日々流されている
つまらないことにばかり  揺り動かされる
悲しくて耳を塞いで  苛立って目を閉じる
それでも悪態が口から漏れちまう
こんな夜には  どうしても  どうしても  
どうしても
君と他愛もない話をしたい

こんなに弱くてちっぽけなのは  
俺だけかも知れない
こんなに寄り添ってくれるのは
君だけかも知れない

明日の話をしよう  悲しくても 
 明日の話をしよう
辛くても、どうしようもない今日でも
明日の話をしよう

『大して持ち合わせもないのに
何もかも奪われちまった』
今すぐ君に会いたい
君の柔らかな笑顔をみて、安心したい
君と愛し合いたい

こんなに暗く沈んでいるのは
俺たちだけかも知れない
この世界に残されたのは
俺たちだけかも知れない

明日の話をしたいんだ  君と
明日の話をしたいんだ  君と
明日の話をしよう
真っ暗でも  明日の話をしよう

こんなに哀しいのは、
俺たちだけかも知れない
こんなに辛くてどうしようもないのは
俺たちだけかも知れない

明日の話をしよう
明日の話をしよう
光が見えなくても、音が聴こえなくても
明日の話をしよう

明日の話をしよう
『いつか子供のように笑える』って
根拠なんかなくても、馬鹿みたいに
馬鹿みたいに、馬鹿みたいに、
明日の話をしよう
明日の話をしよう

作詞・作曲/野楽亭

現実感のない現実。
真実がどこにあるかわからない日常。
昨日のことを、よく思い出せなくなる、
日常。

明日がほんとに明日であるように。

ささやかに、願う。
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7月11日そのいち/咎人の歌

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『咎人の歌』

北の地を襲った悲劇に   全てを奪われても
故郷を想い続ける人々がいる
南の海を汚されて  森を蹂躙されて
尊厳をも潰されそうな人々がいる

夜の闇に今も、怯えて眠れない
朝陽を恨んでしまいそうだ

そんな人々の傍らを今も、
金の塊で出来た  怪物が  横たわっている

こんな現実に取り囲まれて、そんな中で
『美しい国』は  どこへ向かうんだろう
虚飾された  夢と希望を押し付けられ
銃を構えた『平和』が  行進してくる

耳を塞がれて  目を隠されて
言葉も失ってしまいそうだ

明日に見放されて  昨日に見棄てられて
僕らは  子供たちに  何を残せるんだろう?

いつか  心を溢れだす真実が
僕らを  咎人へと  変えてゆくだろう

叫び続ける心が  軋み続ける言葉が
僕らの罪を暴き出すだろう

心を見放すな  真実を見棄てるな
咎人と  呼ばれようと

作詞・作曲/野楽亭

おおよそ競馬とは関係なく。


7月11日。この日までに作ろう、と思った歌。

誰かに忖度して歌を作ろう、歌おう、なんて、
とてもじゃないが、考えられない。

愚国礼讚、なんて、絶対しない。
野楽亭『うしろ向き』公開リハ。: http://www.youtube.com/playlist?list=PLvUiJQz9ofx-AFNyb2StNvOImyzhg-feq
野楽亭『うしろ向き』公開リハ。

要するに、こんな歌ばっか歌ってる訳ですよ。
基本、一発撮りなので、
間違おうがつっかえそうになろうが、
無視して進んでおります。
ライヴでも平気で歌詞もコードも間違えております。

もう、世界発信してるから、ここにリンクしていいかな、と。
ちょいと思いました。
えと、なんでここに書くんだ?
てえと、『あえて名前を出さない』つう、
暗号的な文章になるからですね。

えと、競馬と対をなして、長年続いてる道楽が、
『ギター弾き』でして、
競馬もそうなんですけど、本業は手を抜いても道楽については全く手を抜かない、てのがワタシの信条でありまして、

ここ数年、『ギター弾き』から『弾き語り』にスタイルがシフトしてますけれども、基本、ギター弾き。
んで、現在住んでいる街や近辺やら、ちょっと遠いとこの、『ライヴバー』などで、主に『オープンマイク』形式の、『数曲分ステージ貸します』的な時に、オリジナル曲やらカバーやらを歌っているわけですけども。

主に住んでる街の、懇意にしてくれてる店。
ワタシが今のスタイルで音楽を続けてゆくきっかけとなった店ですんでね、とても思い入れは深い。ほぼ、ここ中心で音楽をやっております。

とはいえ、続けていきますとね、まあ、ひとつところだけだと、なんつうか、自分の中で『停滞してゆくもの』を感じるわけです。
それと、もうひとつ、『好きな場所が、続いてゆくこと』がいかに大事か、ということも感じます。

で、停滞しない、続けてゆくために、
他のとこでも歌うようにし始めた、昨年末あたり。

調べてみたりすると、案外近くで、いろんなとこで、
『オープンマイク』つうのは開催されております。
出る人にとっては、
『始めたばかりの人の度胸だめし』であったり、『続けている人の公開リハ』であったり、『ライヴ告知というか、営業活動』であったり、まあ、目的はいろいろですが、

開催する店の目的は、
『集客』であり、出演者の『発掘』でありますよ。

で、数軒で演ってみて、なぁんとなく、でも、わりとハッキリとわかってきた。

『良くも悪くも、いちげんさんや飛込みで入ってきた演奏者(=客)を放ったらかしにしてる店のオープンマイク、全体的に停滞している』
要するに、つまらないんです。

いや、自分が褒められたい、とかではなく、ね。
むしろ、アウェイ感たっぷりのとこでやりたい放題やって、『乗っ取るか爆死するか』みたいなやり方になってしまうワタシとしては、ある程度最初、放っておいて欲しい部分はあるんですけど、

なんつうか、空気がね。
常連のノリだけ、つうかですね、
『これか良い』『これが楽しい』みたい感じで固まっちゃってる。
ノリが約束されてて、そこ外せない、みたいな。

いやいやいや、10人演奏者がいれば10通りあっていいもんじゃないすか、音楽は。

で、真っ先にそこくずすのが、いちげんさんや、飛込み客。まあ、全く別のスタイルが入ってくるわけで。

で、そんとき、どういう反応か。
好みが合わなくて談笑するか、興味もって、でもこうしたらもっといいんじゃない、的なことを言い出すか、
ともかく、いじるか。
もう、気に入ってしまって、その場でsession始めるか、
まあ、いろいろですが、

一番『停滞』してるのが、
『聴いてるふりして静かにしてるけど、演奏終わった瞬間に、なかったことにしている』
無視、ってやつですね。
そういう空気感を、
店の人や常連が出してしまう。

意識的なのか、無意識なのか、そういう、空気感。

これね、広がらないんですよ。
妙な対抗心がある人なら、『変えてやる』って躍起になるかも知れませんが、
基本、演奏者とはいえ、『客』ですからね、
オープンマイクは。
つまらない。
つまらないから、もう、来ない。
これです。
これが普通の反応です。

で、こういう空気感持ってる店って、
大抵、、、、大抵ですよ、全部じゃないですけど、
他のお客さんの演奏も、つまんない。
何にも感じない。
上手い下手に関係なく。

言っちゃえば、飲み会のあと、勢いでカラオケボックス行ったけど、大して楽しくもなくグダグダな感じ。
あれです。

いかんよなあ、いかん。

反面教師的に思います。
自分はどうしてるかなあ、人の音楽に対して。
なるべく、良くも悪くも率直に反応しようと、
そうは思ってるけど。

いや、『店の人』じゃなくて演奏者ですけどね、ワタシは。

自分が楽しみたければ、
他人の楽しみにも敏感にならんといかんよな、と。
いや、必ずしも褒める必要もなく、
『なんだよ、もっとちゃんとやろうよ』でも
良いと思うのですよ。

そうしないと、次なんてない、と。



呆れる。

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あえて、こっちに書きますよ。
ほんと、こっちは競馬だけって、おもってるんですけどさ、
安倍政権になってから、
ほんと、そういうわけにいかなくなった。

それだけで迷惑なんだが(´д`|||)
いや、ワタシが勝手にやってることではあるけども。

国会が、ずうっとグダグダ。

『もっと大事なことがあるだろう、予算委員会だぞ』
なんて人もいるでしょうし、
『また北がミサイル撃っているような時に、なにやってんだ』
そういう人もいるでしょう。

気持ちはわからなくない。
でも、あなた方もいい加減、
ことの重大さとこの問題の本質を理解しろよ、と。
お花畑過ぎるだろ、ほんとに。


一人の『私人』が証人喚問されて、
公人なのか私人なのかわからない人は
参考人招致すら拒否。
官僚もようやく出てきたが、『やってません』のひと言。

だあれも具体的にどういう経緯でどうして、いや、なんで私の名前が出るようなことに、てな解明はしない。
疑惑の議員名も出てきましたが、この方々は呼ばれるのか。
大阪府知事は『行くぞ』ゆうてる。

グダグダ。

そもそもさ、国有地が破格の値下げ。
ただ同然。
それも、スピード決済。
即パットの契約かよ、くらいの。
学校の認可もそう。
私学審議会はけっこう揉めてたらしいですけど、まあ、それでも『認可適当』までいったわけですよ。
なんで?って話ですわ。

そういうこと、なあんも解明されない。

いや、ワタシがおかしいてのはね、
『便宜がなくて私人と官僚と地方でんなことできたらね、それこそ問題なんだけど、国会議員や大臣が関わってたら、ああ、だからできるのか、って話だよね。
でもそれって、もっとデカイ問題だよ。

それ、公費も国有地も国策も、政府関係者が私物化してるってことでしょ?』
そういうの、ファシズムといいますよ。

そこに至る話ですわ。

額の問題じゃない。
土地再利用の問題でもない。
いや、狭義ではそういうとこもありますけど、
『考え方がおかしいやつらが国政や自治政やってると、こんなこと普通に起きる』
って、そういう具体例が、

この森友問題ですわ。

まだ加計問題とかもあるようです。

この調子じゃまだまだ出てくる。

そんな状態なのに、
真っ先に関係が疑われた内閣総理大臣は、
自らの弁明も後だしで
『私はやってない。関係ない』
の一点張り。

そして、なぜか官房長官はまいどの総括解答。
『全く問題ない』。

馬鹿かおまえら、って話ですわ。


ええ、
そして、どいつもこいつも適当にお茶濁して『さっさと終わらせたいなあ』みたいな対応。

お前らが生き残ったら、
またそんな調子で国政私物化して、
強行採決繰り返して、
適当に適当に国食い潰してくんだろ?

あり得ねえ。

つうか、そんな連中に、
『それより大事なコト』
がちゃんと出来ると思えねえ。
いや、出来るわけがねえよ、

てのが、この森友問題の重大さを感じている人達の考え方ですよ、と。

まあ、平たく言ったら、
『政治に対する不信感』ですわ。

それほうっといて、
『先進め』
『いや中国が、北が、トランプショックが、プーチンが』
アホか。
そんなん、泥舟だっつうの、
そんなん、この政権出来てから
ずっと言ってるわ、ワタシは。

ということです。

FBでは、『もうわからん輩の心配もやめた。勝手に沈め』と申し上げました。

ほんとに、そういう気持ちで生きていこうと。
ワタシも日々、生きていかなきゃならんので。


さあ、GIだ、
気持ち切り替えよう。

ライヴってのは、

テーマ:
ええ、素人ながら、音楽活動もしてますからね、
つくづく思います。
自分でやってもそう。
人の聴いてもそう。

『今日のライヴは今日しかできまへん。』

10年後だろうが、
明日だろうが、
おんなじライヴなんてできまへん。

そんな当たり前のことに、
気付かされたのは、
島崎智子さん。
この方のライヴを観て、ですわ。

かれこれ一年半、
定期的にこの方のライヴ行ってますけど、

一度たりとも同じだったこと、
ない。

なにが?
て聞かれるとね、

『全て』

としか言いようがない。

でもね、
改めて考えたら、自分等だって、少なからず、そうなんです。

だから、ライヴってのは楽しい。
音源で約束されたものを聴くのとは、
全く違う。

それが、重要。