どもー。


昨日は広島・因島にて「第71回本因坊秀策囲碁まつり」に初参加しました。

プロアマオープン戦(アマがコミなし定先)で優勝賞金100万円ということでそれなりに気合を入れていたのですが、1回戦で関西棋院の新垣朱武九段に2目負け・・・。40分切れ負けというアマチュア寄りのルールなのですが、私が時間に追われてヨセで損をしてしまいました。いかんち。


というわけで、一力遼七段のインタビュー2回目でございます。

前回の記事はこちら


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AlphaGoとMaster(※1)の影響
 

村上:2016年3月の李世ドル九段戦後の囲碁界の動きで何か感じたことはありましたか。

 

一力:囲碁界全体としては、布石の流行が少し変化したように思います。中国流が増えたり、第5局の布石もしばらく打たれていましたね。私自身はそれほど打ち方が変わったということはありませんでした。また、棋士の存在意義についてこれまで以上に考える機会になったことは間違いありません。私自身はそれほど切迫した想いはなく、日々の棋士の務めを果たしていましたが、人によってはかなり悩まれているように見える人もいました。

 

村上:なるほど、局数自体は5局だけですから、大きな影響を与えるまでには至らなかったのかもしれませんね。それでは、少し時系列上は飛びますが、2016年末~17年始に現れた「Master」が打った60局についてはいかがでしたか。

 

一力:「Master」の碁はかぶりつきでずっと見ていました。国際戦で活躍している世界のトッププレイヤー達が軒並み負かされていて、しかも内容で圧倒していました。囲碁のテクニックという狭い意味合いで言えば、「Master」こそが衝撃だったと言えるかもしれません。他の棋士も、「Master」に影響を受けている人は多いと思います。

 

※1 ネットの囲碁対戦サイトに「Master」を名乗る打ち手が出現、世界のトップ棋士を相手に60戦60勝という驚異的な戦績を挙げて話題を集めた。その後、開発者のデミス・ハサビ氏はツイッターで、「Master」は「AlphaGo」の新バージョンであることを明かした。

第2回囲碁電王戦

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 (画像は第2回囲碁電王戦の公式サイトより)

 

村上:AlphaGoは2016年3月からしばらく表舞台から姿を消しました。一方で日本製囲碁プログラムである「ZEN」が「AlphaGo」に対抗すべく、株式会社ドワンゴと提携して「Deep ZEN Go」プロジェクトを同時期に立ち上げました。このプロジェクトが進み、相応の力量を備えたということで第2回囲碁電王戦が開催され、趙治勲名誉名人に挑みましたが、これはどのように見ていましたか。

一力:ニコニコ生放送で、第1局の解説をしました。序盤は「ZEN」が積極的な打ち回しを見せ、序盤の感覚は非常に参考になりました。立ち合いの張栩九段も、中盤の入り口あたりの時点では「僕より強いかも・・・」なんて言っていましたね(笑)。しかし、中盤以降で特に攻め合いに関する部分の折衝で大小いくつかのミスがあり、「AlphaGo」と比べるとそのあたりがまだ粗い部分があるのかなと感じました。それでも、日本囲碁界のレジェンドである趙治勲先生に1勝をあげることができたのは、大きな進歩と言えます。現在の「ZEN」は2016年3月時点の「AlphaGo」レベルになっている言って良いかもしれません。昨日行われた第3回夢百合杯で韓国の申旻埈五段との碁(※2)は見事な内容でした。

 

※2 本インタビュー(6月20日)の前日に「ZEN」と申旻埈五段の対局が行われ、中盤の折衝で優勢を築いた「ZEN」が韓国若手精鋭棋士の追撃を振り切り勝利した。

「Master」には勝てないと感じてしまった

村上:それでは、改めて「Master」の衝撃について話をお伺いさせてください。

 

一力:先ほどの繰り返しになりますが、まさに圧倒されました。特に序盤の打ち方で印象的な打ち方が多く、李世ドル九段戦の「AlphaGo」よりも内容的な密度ははるかに濃かったです。全60局の碁の内、最後の方で打たれた碁を見ていると、人間側から「ちょっと勝てない」というような雰囲気が立ちのぼってきたような気さえしました。

 

村上:碁を見ているだけで、揺れ動く感情のようなものを感じたのですね。序盤の印象的な打ち方ということで私が思ったのは、今までの常識からは考える候補にすら上がらなかったような手を「Master」は平然と打っていたように思え、今までの常識を捨ててもいいという免罪符にすら感じました。

 

一力:そういう意味はありますね。特に顕著なのは、序盤から星に直接三々に入る手法で、他の囲碁AIには見られず、「AlphaGo」のみが多用しています。「囲碁の未来サミット」では柯潔九段が「AlphaGo」のお株を奪う形で打たれていました。今までは図1のような進行が部分的な基本定石とされており、三々に侵入した白は実利を得る一方で黒は外勢を得る、という考え方でした。しかし、「Master」の打つ三々は、まず図1で言う所の白9、11のハネツギを打ちません。なぜかと言うと、黒10、12と受けられて黒の外勢を強化してしまうので、これを嫌っています。逆に、図2のように、状況によってはまだ外の黒石を攻めたてるような狙いを残して打ち進めます。

図1
                 

星の基本定石の1つ。白の実利、黒の外勢という単純な構図。

 

図2

全局的な視点での進行一例。右下の黒の外勢と思われていた勢力を、白11、13、15と周囲から攻めたてる展開を視野に入れている。

 

一力:同じ形を見ても、これまで人間が捉えていた認識と違う解釈を見せられたようで、そういう考え方もあるのかとハッとさせられました。そういう意味では自由度が増したと言えますが、やはり今までの常識や考え方というものも確かにあるので、囲碁AIの打つ手をすぐに理解するのはなかなか難しいです。三々入りはあくまでも一例で、60局の碁にこのような知見がいろいろとありました。李世ドル九段の時の「AlphaGo」はそこまでの知見はなかったですし、第4局を負けたりもしていたのでまだ人間にもチャンスはあると思っていましたが、私自身、「Master」にはちょっと勝てないかな・・・と感じてしまいました。

 

村上:改めて一力七段の口からそう聞くと、一ファンとしては少し寂しいですね(笑)。

 

一力:棋士としては、こうなったら囲碁AIのいいところを吸収していこうという感じですね。中韓の棋士はこのあたりは適応力が高いというのか、非常に割り切っている印象です。私はまだ三々入りは打ったことがないのですが・・・日本の棋士としては河野臨九段(※3)がやはり昨日の夢百合杯で良いタイミングで三々入りを打たれていました。

 

村上:一力七段は、AIが多用する手法はあまり打たれないのですか?

 

一力:三々入りに限った話ではないですが、自分で納得する前にただ真似をするというのはちょっと・・・。ただ、先ほど言ったとおり、今までにない概念が現れたので、可能性が広がったとは言えますね。

※3  1981年生まれ。日本棋院の囲碁棋士。2005年に七大タイトルの1つである「天元」を獲得し、以降は国内賞金ランキング10位以内を維持し続ける日本を代表する棋士の1人。

「AlphaGo」対「AlphaGo」の異様な応酬

村上:またまた話が飛ぶのですが、2017年5月に行われた「囲碁の未来サミット」の後に「AlphaGo」同士の自己対戦の棋譜50局が公開されました。これらの棋譜からはやはり知見を得られたのでしょうか。

 

一力:率直に言って、「AlphaGo」同士の棋譜は必然性が分からず、理解や解釈が追いついていません。実は、1局気になる碁がありまして、その碁を見た時に「AlphaGo」はどれだけ手を読めているのかわからなくなってしまったのです。36局目の棋譜で図3-1と白が逃げだした場面がありました。実戦は図3-2と進行し、白は相当な戦果をあげたのですがここに疑問があります。


図3-1

           

シチョウのような形を逃げだした。白は助かるのだろうか?


図3-2

実戦の進行。白は上辺の黒3子を取り、無事脱出に成功した。


一力:図4のように実戦とは逆に黒2の方からアテて追いかければ、白をユルミシチョウの形で取ることができています。捨て石にできるような形でもなく、変化の余地もないので、白が困っているようにしか見えません。棋士にとってはそれほど難しい変化ではないので、このような例を見ると不可解に思えてしまいます。

図4

 読めていなかったのか、別の理由があるのか、謎は深まるばかり。

一力:他の自己対戦の碁でも、戦いの途中で遠く離れたところの利かしを打ったりしていて、手順に必然性が感じられないシーンがたびたびあります。一方が人間である「Master」の60局や「囲碁の未来サミット」で打たれた碁の方がずっと理解しやすいことは間違いありません。いずれにしても、自己対戦の碁を見た時に、強すぎてわからないと決めつけるのはちょっと危ないのかなと思います。

 

次回は「囲碁の未来サミット」の振り返りと、棋士:一力遼の今後の姿について取り上げます。

(次回:7月19日更新予定)