アンジェラ・アキのアルバム「WHITE」のジャケットに、短い小説があった。
何も描けなくて悶々とした日々を送る、スランプまっ只中の絵描きの話。
夢の中で何も生み出せない自分に生きる意義があるのかを自問自答するところで、最後に出た夢の中の助言が「ありのままの体験を表現するのが芸術」というものだった。
この一節に、胸が締め付けられた。
人間なんだから、良い経験だって嫌な思い出だってトラウマだって墓場に持って行きたい事の一つ二つあるわけで、何も無理に押し込めることはないのだと。
有難い言葉ばっかり意識して言ってたって、自分の意に反すんだったら違和感を感じるし、人間らしくない。
いい歳して泣くなって言われた事もあったけど、泣く=弱い、ってわけじゃない。
感動の涙だって、悔しさの涙だってある。
嫌な気持ちだって、コミュニケーションの一つなんだから、表現したらいい。
それを、善という言葉でもって一方的に振りかざされるのが、最も偽善な気がする。
いつも笑顔で良い事しか言わない人を見ると「本当はこれっぽっちも思ってないくせに」って内心思ってしまう。
昨日「月光ノ仮面」観に行ってゾッとしたけど、どれだけ善と優しさと愛の仮面を纏ったところで、誰にだって良からぬことが頭をよぎる恐ろしい瞬間があるんだから。
世の中には必ず、プラスとマイナス、長所と短所、陰と陽が必ず存在する。
そこを抜きには、人生論や哲学なんて語れない気がする。
明けない夜はない、なんて言葉も、明けて初めてわかるものであって、何の出口も見えない人にとっては何の気休めの言葉にもならない。
夜が明けずに生涯閉じるのもまた人生、どんなに文明が進化してもその恩恵にあずかれない人だっていて、どんなに犯罪をなくそうとして今の凶悪犯罪者を厳しく罰しても新しい世代はどんどん生まれてきてそこから犯罪者が生まれていき、いくら言って聞かせたところでどうしようもない。
いくら愛を叫んだとて、自分の範疇を超えた所に対してはどうしようもないのが世の常。
それを前提にしないで良い事や希望ばかり口にしても、単なる理想論でしかないのではないかと。
特に、情勢の良くない今のこのご時世。
類は友を呼ぶ、って言葉があるけど、群れられるあるいは集まれるもしくは居場所のある集団を持つ人は幸せ。