DAYDELIC 3

DELIC RECORDS主宰「EC」忘備録 www.delicrecords.net/

 

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僕には意外な経歴を持つ人は面白いっていう持論がある。

なぜか?こちらがその人をカテゴライズしてタグ付けする
ことを許さないから。というか、カテゴライズもタグ付けも
できないって言ったほうが正しいのかもしれない。
そういう人はこちらの予想を軽く越えてくる。

だから、面白い。


This week in 1985/Billboard Dance club chart No.1




Rick Jamesは、アメリカ海軍に入るも平行して音楽活動を
やっていた為に早々とドロップアウトしカナダのトロント
に逃げた。そこで知り合ったNeil YoungやSteppenwolfの
Nick St. Nicholasと一緒にガレージ・ロック・バンド、
The Mynah Birdsでそのキャリアをスタート。

66年には、モータウンと契約しシングル盤を2枚リリース。
アルバムも制作されたがマネージャーが契約金を横領し
契約破棄になった。その後、メンバーを変えながら
The Mynah Birdsを継続するも解散。Rick JamesはMotown
のプロデューサー、ソングライターとして活動。

その後、Salt, Pepper, 'N' Cocaine、Heaven and Earth、
Great White Cane、Stone City Band など数々のバンドを
結成しメジャー・レコードからシングルをリリースも
泣かず飛ばずだった。

その後、77年にMotown傘下のGordy Recordsと
ソロ・アーティストとして契約。前述のStone City Bandを
メインにすえレコーディングし、78年にリリースされた
デヴュー・シングル「You And 」、「Marly Jane」、
アルバム『Come Get It!』共に大ヒット。以降、
次々とヒットを連発した。また、79年に行われた
の大規模ツアーではPrinceを前座に起用している
(Rick Jamesは、プロデュースから楽器の演奏も
全てこなすマルチプレイヤーだった。だから、
同時期にデヴューするも大ヒットがまだ出てなかった
Princeに白羽の矢を立てたのもうなずける)。

80年代以降もその人気は衰えず、パンクやニューウェイヴ
にインスパイアされた自身のサウンドを“Punk Funk”と
名付けアルバムをリリースし続けた。

そして、85年にリリースされた9枚目(ベスト盤含む)の
アルバム『Glow』からシングル・カットされたのがこの
「Glow~Reprise」。軽快なアーバン・ディスコ・ブギー。

米Rolling Stone雑誌で”Rick James: 10 Essential Tracks”
にも選出されている。Larry Levarnのお気に入りでもあり、
Rick James作品で唯一Garageでプレイされた。



そのMVは、Princeの映画『Parple Rain』にインスパイされた
ストーリー仕立ての大作。


余談ですが、Rick Jamesは自他ともに認めるコカイン中毒の
ドラッグ王で「週7000ドル(56万円)をドラッグに
使っていた時期が5年ほどあった」と後に告白した。









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2013年5月30日にスモール出版より発売した本

「ザ・エクステンデッド
〜80'sポップス・12インチ・シングル・コレクション 」


80年代に隆盛をほこった12インチ・シングルを
まとめて紹介した(ありそうでなかった)ディスク・ガイド。

extendedの意味は、拡張。

レゲエにおけるVersion(俗にいうカラオケ?)がその起源。
その後、70年代にディスコのDJとスタジオ・エンジニアの
手によって、お客さんを長く踊らせる為にオリジナル楽曲を
磁気テープでeditし拡張した。

ポップ・ミュージック史はじまって以来、はじめてオリジナル
楽曲を加工するという二次使用が表立って行われた瞬間だった
(スタジオ内でのedit作業はそれ以前にもあったが)。





それはオープンリールレコーダーを軸にブロックと
スプライシング・テープ、カミソリを使った極めてアナログな
作業だった。そのextended versionを使って様々なDJミックス
が試され実践されてきた。そういうDJミックスはディスコや
クラブに行かないと聴けない時代だった。

誰かは知らないが、そのDJミックスのレアさに気付き、
DJミックスを一部抜粋し録音しオープンリールで販売した。
もちろんブートレグだった。

その後、オープンリールがカセット・テープになり
パーティー・ミックス〜ミックス・テープという名で街角で
販売されるようになった。それと同時にDJが自分でプレイ
する為に制作したextended versionをアセテート12インチ
にするようになり、一部街角でも販売されるようになった。

今でいうRe-edit盤の起源である。

その手法はレコード会社がアーティストのプロモーションの
為にDJに配布するプロモ盤に応用された(もしかしたらレコード
会社の方が先かもしれません)。

その後、76年に、名門ディスコ・レーベル「Salsoul Records」
からWalter Gibbonsの手による世界初の
公式12インチ・シングル、Double Exposure「Ten Per Cent」
がリリースされた。Special 12 Inch Disco Mixと題され、
クレジットではDisco blendingと表記されている。
この12インチ・シングルは特大ヒットとなり、以降レコード会社
各社が12インチ・シングル・マーケットに気づき
12インチ・シングルをリリースしていくきっかけとなった。


DJミックス・スキルの向上と共に、バンドにおけるメドレーと同じ、
様々な楽曲を矢継ぎ早にミックスするMegamixという手法が
いつからか誕生する。楽曲のピークを連続でプレイするという
盛り上がり必至のミックス技で、前述のDJ用のDisco mixや
extended versionと同じように12インチ・シングルとして街角
で販売された。76年にリリースされた「Deadly Medley mix」が
初のメドレー(この頃はMegamixという言葉はなかった)
12インチ・シングル。

Deadly Medley mix by John Morales




Hollywood Volume 1
- (1978 SPECIAL DISCO MIXER- SHORT VERSION)



こうしたDJ用extended version=Re-edit12インチや
DJ Mix12インチ・シングルは街角で続々とリリースされ売れまくった。
DJ達によるレコード・プールなる団体や会員制のDJによるDJの為の
12インチ・シングルをリリースする団体(DMCなど)まであらわれた。
なかには、オリジナル楽曲よりDJによるRe-editの方が音もいいし
プレイしやすいという理由でブートレグ盤が人気になることもあった。
ヒップホップの聖典といわれる『Ultimate Breaks & Beats』の
収録楽曲もほぼRe-editされている(80年代中後期に
ここからDrum Breakをサンプリングした数々のヒップホップ
クラシックが生まれた)。




前述の「Hollywood Volume 1(このタイトルは、
Frankie “Hollywood” Crockerのことじゃないかと?)」
12インチに書いてある78年は、NYCのFMラジオ局、
WKTUのホストにTed Currierが招かれ、それまでの
ソフト・ロック路線からディスコ路線へ舵を切った年でもある。
Ted Currierはキャピタル・レコードのA&RでNYCのディスコ、
Funhouseのレジデントでもあった。





その後、前述のFrankie “Hollywood” CrockerのWBLSへ
移籍し本格的にDJによるMastermix showをはじめた。
80年にそこで最初にオンエアされたのは御大Shep Pettibone
によるMFSBの「Love is the Message」Mastermixだったそうだ。
その後、FMにおけるMastermix showはJellybean Benitez、
Tony Humphriesなど様々なDJやLatin Rascalsらのeditorが
mixやeditの技を競い合う主戦場となっていく。

また、82年には、前述のFrankie Crockerが、
NYのローカルFM局、WHBIで「Rap Attack」なるヒップホップ
番組をやっていたクィーンズ・ブリッジ出身のMr.Magic(Host)
とMarly Marl(DJ)を番組ごと買い取りWBLSでオンエアをはじめた。
また、WRKSでは、ブロンクス出身でAfrica Bambaataaの
Zulu Nationの一員でもあり、NYの有名クラブ、
Negril, the Roxy, the Ritz,DanceteriaでDJをしていた
Kool DJ Red AlertをMastermix showに抜擢し
当時人気となりつつあったヒップホップを紹介した。
このふたつの番組はヒップホップ史に残るディス合戦の主戦場
となった。




こうしたMastermix showは、当時のビルボード・ヒットは
もちろん、ディスコやエレクトロ、ヒップホップ、ポップスなど
あらゆる音楽がDJによりミックスされた。
当時、アンダーグラウンドだったヒップホップやハウス、テクノ
にもフォーカスしラジオを通じて一般のミュージック・リスナーの
耳に届かせるという大きな役割を担った。
リスナーは当時人気だったラジカセを駆使し、
こうしたFMのMastermix showを家や街角で楽しんでいたはず。





日本では、当時ニューヨークへ買い付けに行った
レコード屋やアパレルのバイヤーに手により、
現地でラジカセを使ってMastermix showをエアチェックした
カセット・テープを持ち帰り、ダビングしてお店で販売して
しまうということが日常的に行われていた。
情報源がそれしかない時代だったからしかたない。
DJを志すものはそのカセット・テープを買い漁り、
DJミックスや選曲を学んでいった。
その後、DJ自身によるミックス・テープなどもではじめる。
それは80年代初頭から90年代後期まで続いた。

このMastermix showで使われていたのは、
オープンリールを使った2mixの磁気テープであり、
前述した12インチ・シングルであった。
それは、当然ながらディスコやクラブの現場も同じだった。


こうして、DJ文化みたいなものがポップ・ミュージック全体に
影響を与え、12インチ・シングルというフォーマットに
落とし込まれた。そして、ディスコやクラブ、街角という場所
から飛び出し、一般家庭のステレオにまで入り込むことになった。

そのポップ・ミュージック・サイドの12インチ・シングルにフォーカス
したのが、この「The extended」というディスク・ガイド。







参考:Red Bull Academy/Revolutions On Air

※長文失礼しました。ざっと歴史を追ったのでもっと書かなければ
いけないことや時間軸や事実に相違等があるかもしれません。
もし、相違があればご指摘いただければ幸いです。









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This week in 1985/Billboard Dance club chart No.1


「ナナナナイティーン」。

子供の頃に聴いたこのフレーズは、
MVの戦争映像と共にトラウマに近い形で刺さっている。
だって、曲調は明るいのに映像は暗い。
今見てもギャップが凄い。
しかも、小林完吾の日本語ナレーション・ヴァージョンで
聴いたもんだから国内のアーティストだと勘違いしていた。



米国のテレビ局、ABCでベトナム戦争を題材に
制作されたドキュメンタリー「ヴェトナム・レクイエム」を
観たPaul Hardcastleは、ヴェトナム戦争へ出兵した兵士の
平均年齢が19歳だったことに衝撃を受け
この楽曲のアイデアを思いつく。

Afrika Bambaataa から影響を受けたエレクトロ・ビートに、
番組内のナレーションや若い兵士のインタビューを
エディットしサンプリングしたものをのせたシンプルな構成。
あの有名なフレーズ「ナナナナイティーン」は
サンプリング・マシン、E-mu Emulatorを使って制作された。



85年にリリースされると、イギリスを皮切りに
13カ国でリリースされFrench, Spanish, German and Japanese
ヴァージョンが作られるほどのメガヒットとなった。
しかも、各国ヴァージョンごとに微妙にビートが違っている。







また、ヴァージョンもextended version、Destruction mix、
Fainal Story、ptsd mixなど無数に存在している。




発売25周年記念ヴァージョンもある。



19 Chill Version featuring Marvin Gaye。



2015年に、19発売30周年記念盤としてこれらのヴァージョンを
全て集めたアルバムがリリースされた。




それにしても、なぜ、この曲がこれほどまでに売れたのか?
(19が収録されたアルバムはそんなに売れなかった)
ここからは個人的な想像。

1984年前後、この頃のイギリスは、
下降していく経済を立て直すために、鉄の拳を振りかざし
強行姿勢で英国をリードしたマーガレット・サッチャー首相が
彼女の政権下における組合弱小化政策の一部である炭鉱閉鎖に
反対する大ストライキが国中に広がり戦争状態だった。

世界を見れば80年に勃発したイラン・イラク戦争が長期化し
84年にはアメリカ大使館が爆破されるなど、世界中で連日
この戦争の模様が放送されていた。

そんな社会背景とこの楽曲のベトナム戦争批判=反戦という
題材が合致したのではないか?と。



Sampled:DJ Jazzy Jeff & the Fresh Prince
The Magnificent Jazzy Jeff
Rock the House/Jive 1987




DJ Revolution feat. Evidence
Evolution
In 12s We Trust/Ground Control 2000



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