脱原発の日のブログ

12月8日は1995年、もんじゅが事故を起こして止まった日。この時、核燃料サイクルと全ての原発を白紙から見直すべきだった。そんな想いを共有した市民の情報共有ブログです。内部被ばくを最低限に抑え原発のない未来をつくろう。(脱原発の日実行委員会 Since 2010年10月)


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(前ページの続き;笠原一浩弁護士による「北の大地から考える、放射能汚染のない未来へ」報告)

3 第3部・脱原発後の地域再生

3.1 青森現地調査・青森プレシンポの報告
(1)現地調査
シンポ実行委員会では、4月3日、4日に、青森県内の核燃料サイクル施設や自治体の調査に行ってきました。
3日は大間町の大間原発、むつ市の中間貯蔵施設、六ヶ所村の再処理工場と村役場に行きました。
続いて4日は青森市内で規制庁や市民団体から話を伺いました。
大間原発の建設工事現場から視線を向けると、すぐ近くに民家が建っています。
むつ市の中間貯蔵施設は、原子力発電所で発生した使用済み核燃料の中間貯蔵を目的としたものです。
東通村の村役場と村議会議事堂・交流センターの建設費用は、電源三法交付金を原資としています。
小学校の写真です。大変立派な建物です。見ただけでは何か分かりませんでした。
六ヶ所村の原燃PRセンターでは再処理の工程などのパネルが紹介されています。
続いて、六ヶ所村役場に行きました。財政力指数は県内1位です。
他方、税収の大半は固定資産税で、関連施設の存在の大きさがうかがわれます。その収入の大きさは、村の公共施設の管理維持にあてられています。
青森県庁からは書面で回答を頂きました。税収の県内全体でも12~13%が原子力関連で占められています。
(2)青森プレシンポ
シンポに先立って、青森弁護士会は、脱原発後の地域再生に関するプレシンポが開催されました。
上記の立地自治体の現状では、脱原発して財政が立ち行くかが危惧されます。
パネリストの伴英幸さん(原子力市民情報室共同代表)からは、地域への支援を含んだ、脱原発に関する包括的法制度の必要性が指摘されました。
神田健作・弘前大名誉教授からは、青森県は原子力によって本当に豊かになったのかという問題提起がされました。
パネリストからは一致して、原発が従来の産業をむしろ衰退させたことが指摘されました。
また、脱原発が立地自治体に損失を与えるとはいえず、例えば廃炉による経済効果もあります。
また、工場誘致のため一定の税制上の優遇、従来の交付金に代わる交付金などの政策も考えられます。

3.2 ビブリス調査
シンポ実行委員会の千葉弁護士からは、シンポ実行委員会で調査に行ったドイツ・ビブリス原発の紹介がありました。

ビブリスはフランクフルトの近くにある町です。
メルケル政権は原発の再稼働を考えていましたが、3.11で廃炉へ向かいました。
ビブリスは廃炉後の街づくりのため、2012年から「ビブリス立地発展計画」を作り始めました。
2012年8月にすべての住民・企業にアンケートを行い、住民9000人のうち1550人から回答がありました。
ビブリスに住み続けることは、8割以上が肯定しています。
廃炉が正しかったかについては、約8割が正しいと評価しています。
一方、ビブリスの将来が明るいかと聞かれたら、過半数が否定しています。
そして、9割近くの人が、ビブリスには新しいイメージが必要と答えています。
もっとも、美しいイメージのみが先行しないかも危惧され、その具体化が大きな課題と言えます。
 
一方、ビブリスの市民団体から意見を聞いたところ、次のようなコメントが出ました。
「町のホームページには5年前まで『原子力、そしてビブリス』という言葉が出ていた。この町に誰が好き好んで企業が来るだろうか。」
「自分が町長ならもっと自然を生かす」
これらの調査から、ビブリスの再生も容易なことではないと伺われます。
一方、ドイツにおいては、立地自治体の再生についてはあまり議論されていません。
つまり、ドイツでは、そもそも地域作りはその地域自身が自分で考えることというのが、(原発立地に限らず)地方自治の基本であり、
この点は我々自身も学ぶべきことと思われます。

3.3 東海村・村上達也元村長

次に、茨城県東海村(東海原発など、原子力関係施設が多数立地)の村長を経験し、
現在は脱原発に向けた精力的な活動で知られる村上達也氏と、
実行委員2名(いずれも福島県弁護士会に所属している、又はしていた)との対談です。

(実行委員より村上氏の紹介)
東海村は日本原子力研究所など、原子力施設が日本で最も早く立地したところです。
東海村は都心から比較的近く、半径100キロ圏に1000万人を超える人が住んでいます。
村上氏は1997年から2013年まで16年間村長を務めました。
1999年にはJCO事故対応に当たりました。
3.11後は脱原発の先頭に立ち、2012年には脱原発を目指す首長会議世話人に就任しました。
東海村は、原発関係で多額の資金を受け入れる一方、村長在任時代から脱原発の旗を振る、立地自治体においては希有な存在です。

(諸外国が脱原発に舵を切る中、日本政府が再稼働や原発輸出等を進めていることへ)
私が脱原発を言い始めたのは、2011年6月18日、当時の海江田大臣が玄海原発の再稼働について安全宣言をしたのがきっかけです。
まだ福島原発事故から3ヶ月ちょっとの時点でこのような発言を聞いて、
『この国はなんていう国だ。とんでもない国だ。こんな国で原発を持たれたのではかなわん』
と思って、脱原発を言い始めました。
安部政権になり、従来の原子力エネルギー政策に完全に戻ってきたと思います。
事故を更けて改革や政策変更があってしかるべきですが全くなく、この国のレベルの低さをしみじみと感じております。
私は四国、山形、鹿児島、宮崎などいろんな所を歩いて話をしてきましたが、国民の意識は脱原発に動いていると思います。
しかし、政府や財界はそれを無視して再稼働に突っ走っています。
沖縄戦の最中に沖縄県人だけの部隊があり、その人たちが戦線離脱をしたときに言った言葉が『命どぅ宝』。
今、その言葉が非常に大事な時期にあると思っています。

(事故の陣頭指揮に立った経験から、この国の病理現象についての意見)
あの事故の時に国も県も初期対応ができていませんでした。
その中で私が独断で村長の権限を超えて避難を要請しましたが、もともと原子力事故を想定した体制ができていれば、私が単独で動くことはなかったと思います。
事故後何時間も経ってから国や県が対応を始めたことに、国の姿勢を①想定外②仮想事故③国策④安全神話という言葉を使って批判してきました。
JCO臨界事故の社会的背景として、上記の4つがあったのではないか、と。
臨界を起こすための核燃料工場で、臨界が想定されていなかったことにあきれました。
また、仮想事故、つまり技術的に起こり得ないけど想定しておくべき事故、これは、防災指針には書いてありましたが、脚注があり、
『仮想事故であるから具体的対応は必要ない』。そうした中で起きた事件です。
JCO事故から福島原発事故までは一直線だと言ってきました。

(原発立地は経済的に原発に依存しがちだが、それにもかかわらず脱原発を唱えた背景)
六ヶ所村の一般会計の大半が原子力施設という話がありましたが、おかしいですよね。
1万ちょっとの人口で144億円の金を持って1年間の予算というのは。
実は東海村も、3万8000人で224億円。私どもの村の規模だと、だいたい116~120億が一般会計の予算規模です。
これが当たり前になっていること自体がおかしい。
地域経済に関する議論があるが、原発は地域経済に広がりがない。
東海村は60年近く恩恵を受けていたが、その結果、福島の広い地域が無人の地域となってしまった。
福島原発事故の後1枚の写真があります。双葉町の「原子力 明るい未来の エネルギー」という看板です。
それを見て、原発による経済的繁栄はわずか30~40年、一炊の夢だと思いました。
それより悪いですね。すべてを失うのですから。
原発に依存するということはこれからの世の中で国民が許すはずがない、東海村は早くそこから脱却しようと思ったのです。

(東海村は都市部に近く研究施設の立地も考えられますが、他の立地は過疎地です。どのような方向性を目指すべきでしょうか。)
立地市町村は電源交付金などで動いてきましたが、これが入ってこなくなると大きな影響を受けるのは否定できません。
国策として進めてきたのですから、激変緩和措置は必要だと思います。
かつて、石炭から石油にエネルギーを転換するとき、産炭地特別措置法が制定され、それで再就職した人もたくさんいました。
そうしたことを国が責任を取ってやるべきと思います。
一方、地方は地方として自立していくことが必要だと思います。
東海村総合計画では『今と未来を生きるすべての生き物のために町づくり』を掲げております。
その中で非常に大事にすべきことは、経済や工業誘致ではなく、人を大切にする町、福祉のまちであり、教育のまちであり、もう一つは環境の町である。
教育や福祉や環境があるのは、志が高い街だと思います。
また地方にかつてあった産業、農業、林業、漁業あるいは畜産業そうした大地の上にある産業、工業誘致よりももう一度足元を見る。
これはアベノミクスとは逆方向ですね。
経済発展を追い求めて行くのは、地域を衰退させます。
またリニアやオリンピックなど東京だけに金を投じています。
これは、地方から金、人、物を吸い上げます。
世界的経済学者だった湯沢博文さんの言葉に、『狭い日本を広く使うには、電車のスピードを半分に落とせ』とあります。
これだな、と思います。
新幹線や高速道路を日本人は求めてきましたが、その結果日本は衰退したのではないかと思います。
地方の自立、そして成し遂げるための地方主権、その根底となる国民主権が必要ではないかと思います。

工藤函館市長の特別講演

函館市は、自治体としては異例なことですが、今年4月3日、対岸にある大間原発の運転差し止めを求める訴訟を提起しました。
まず、シンポ事務局次長の兼平委員(函館市民)から、日本で初めての自治体による原発訴訟提訴の概要の紹介がありました。
2008年4月に大間原発の設置許可がなされ、工事が始まりますが、2011年3月には福島第一原発事故があり、工事は中断します。
工藤市長は6月から建設の無期限凍結を求めて要請活動を開始しましたが、国も電源開発も耳を傾けず、2012年10月に運転が再開されます。
昨年、函館市議会は全会一致で提訴を承認しました。
函館市は大間原発から30キロ圏内にあるため避難計画の策定が命じられています。
大間から函館までさえぎるものはなく、かつフルMOX発電所であるから、福島以上の被害を受けるおそれがあります。
にもかかわらず、函館市は、十分な説明を受けず、意見を反映させる機会もありません。
こうした事情から、函館市長は提訴に踏み切りました。

(党派や各種団体をまとめて全会一致で可決されるには様々な努力があったかと思いますが、特にどのような苦労がありましたか。)
特に苦労というほどのものはありません。私は脱原発とは言っておらず、求めているのは無期限凍結です。
しかし、我々の世代で立ち止まって改めて原発を考えるべきだ。
やめるにしろ進めるにしろ、手続きが必要ということで無期限凍結と言いました。
私は函館市長でありますから、一市民としては原発についての考えはあるものの、
それよりも、函館の街をどう守るか、市民をどう守るかが最重要課題と考え、他の原発についての発言はしておりません。
特に、手続きのでたらめさ、つまり避難計画を作れと言っても意見は言えない、検証なしに建設を進める、
そうしたことから、市議会は全会一致でご理解いただき、周辺市町からもご理解を頂いていると思います。」

(一般的には、自民党や経済団体は原発反対と言い難いと思いますが)
事業者はともかく、国にはお世話になっているということで躊躇がありました。
ただ、福島でいろいろ感じる物があり、周辺自治体の在り方を考えさせられました。
私だけでなく市議会の皆さんも来て頂いて、南相馬庁や浪江町、同じ立場にある町を見て、
首長さんたちから話をうかがって、そこで私自身としては大間原発は凍結ということを強く感じましたし、市議会の皆さんも同じような感想を持たれたようです。
また福島原発事故の後、観光客が(函館に)来なくなった。
ホテルだけでなく、酒屋、あるいは魚、野菜などにも影響が出ている。魚も出荷できなくなった。
そうした被害が身にしみて経済界も分かっておられるので、大間原発の凍結にもご理解いただけた。

(国を訴えて締め付けがないか心配している市民もおられるようですが。)
新幹線、高速道路などはすべて国土交通省で、自治体ということで総務省のお世話になっております。
しかし、この問題で嫌がらせやいじめを受けたことはありません。
自民党の石破幹事長なども来られましたが、個人的信条でなく市民を守るということは、賛否はともかく一定のご理解を頂いていると思います。

(避難計画を押し付けられている自治体が函館に調査に来ているようですが、同様に提訴するには何が課題でしょうか。)
はじめから脱原発・反原発を打ち出した主張は難しい面もあるようです。
それよりも、町を守る、住民を守るということを出発点にした方がよいと思います。
一般論としての原発からアプローチすると、議会で賛同を得られない人も出てくると思います。
私は広範な人たちを集めて、みんなから賛同を得るということを考えました。
市民の総意で訴訟となるとインパクトが大きいと思います。

(避難計画の話になりますが、函館の場合、立てられるのでしょうか。)
なかなか厳しいと思います。まず函館全域をやる必要があります。30キロ圏内と県外で分断するのは無理です。
ではどう避難するか。国道5号で札幌に向かうしかない。
大間に向かって避難するわけにはいきませんからね。
しかし、みんなが殺到したらどうなるか。特に冬なら、津波が来たらどうなるか。
また残されたお年寄り、車のない人は何万人になります。
バスを何千台も準備できるか、準備できたとして、命を犠牲にして運転する人を集められるか。
それくらい、他の災害と違うのですよ。大変ですが目に見えない放射能ですしね。
福島の時はまだ、皆さん損害のことをよくわかっていませんでしたが、今回は誰もが危険を知っていますから、大変なことになると思います。

(訴訟で、国は『函館市に原告適格がない』と主張していますが)
福島原発事故で、立地の双葉が戻れない状態になったのは明らかです。周辺自治体で同じ立場にある浪江町なども、なかなか厳しい状況です。
自治体が半永久的に消えてしまうのは、原発事故のほかにはないですよね。放射能に汚染された土地は、永久に汚染されたままです。
広島長崎ですら復興しましたが、チェルノブイリや福島は、半永久的に被害を受けています。
その責任者である我々に、訴える資格自体がないというのは、全く理解できません。
原発の安全性に地震があるのなら、堂々と立ち向かって議論すべきだと思います。
中身の議論に入られたら、事故の安全性に誰が責任を持つのか、国か、事業者か、規制委員会か、すべてあいまいです。
規制委員会は「安全性を確保するものではない」、事業者は「規制委員会の判断に従う。」。
原発が危険ということは福島原発事故でよく分かりました。
想定外は起こります。事故が起こったときのフォローがおろそかです。
アメリカでも、建設してから避難計画が立てられないことが分かって廃炉になったケースがあります。
そこに入りたくないからかな、ちょっと姑息だなと思っています。
(市民から届いた花束を兼平委員が贈呈、一同大拍手)

3.5 オーストリア調査の報告

休憩を挟んで、実行委員の中川亮弁護士より、シンポ実行委員会で調査に行ったオーストリアの報告です。

オーストリアは、20年以上前に原発を法的に禁止しました。
1978年に一期目の原発を作りましたが、国民投票によって脱原発を決定し、原発を稼働させることはありませんでした。

エネルギーに占める再生可能エネルギーの割合は23%で、その7割は水力とバイオマスです。1600万トンのCO2削減を実現しています。
国土の森林面積は日本69%、オーストリア47%ですが、木材自給率は、日本27%、オーストリア100%です。
森林作業従事者は、日本7~8万人に対し、オーストリアは、人口面積ともはるかに日本より小さいにもかかわらず、倍以上の17万人です。
(関連産業含めると30万人)

オーストリア350万世帯のうち、90万~100万世帯が地域熱供給システムでカバーされ、そのうち72万世帯がペレットや薪等を利用しています。
ブランドルッケン村という山村では、チップを燃やしてその熱を地域に供給する仕組みになっています。
野外劇場もあり、小さな町でも人々の生活は豊かになっています。
パッサイルという町でも同様のシステムを見てきました。
熱を送るには、地中に埋めた送水管(お湯を流して熱を送る)が使われています。
地域単位に限らず、世帯単位、あるいは複数世帯でバイオマスボイラーを設置しているところもあります。

バイオマスの利用は熱利用が多いですが、木質ガス化によるガス発電もおこなわれています。
バイオマスホフ(木のガソリンスタンド)の運営もされています。これは、薪やペレットを販売する店舗です。
ハインツ・コペッツ氏‐世界バイオエネルギー協会会長‐からも、
「国民投票がバイオエネルギーを促進した」「雇用創出効果」等の説明を受けました。

全体の印象として、国でなく、地域から自分たちのエネルギーを作っていく、施設も地域で運営されていると感じました。

3.6 大友氏講演

次は、株式会社NERC代表取締役の大友詔雄氏による講演「北海道における木質バイオマスエネルギーの状況について」です。
大友氏は、かつて原子力技術者で、その後、脱原発に転じ、北海道を拠点として再生可能エネルギー業務を展開しています。以下、大友氏の講演概要です。

自然エネルギーとしては、太陽エネルギー、またそれによって生み出される水力エネルギー、バイオマスエネルギー、風力エネルギーなどがあり、
エネルギー消費量と比べて圧倒的に多いです。
サハラ砂漠のほんの一部に注がれる太陽熱で、世界の電力需要を賄うことができます。
その中で、バイオマスと言われているものがあり、林業系(森林バイオマス)のほか、農業系、畜産系などがあります。
これをエネルギーに変換する方法は様々です。
木質バイオマスは、木材を燃料にして使います。薪でもよいのですが、不完全燃料などを避けるには、ブリケット、チップなどの形にする必要があります。

自然エネルギーによって地域が自立し、地域で資源を循環させることを目指してきました。
バイオマスをエネルギーとして使うことのひとつの典型例として、足寄町の農畜林業連携構想があります。
バイオマスを使う意味は、地域の農業林業水産業などの一次産業と結び付いて展開できる、
そこのエネルギーを確保することで地域の経済を自立化する。北海道では様々な取り組みをしてきました。
ストーブやボイラーといった燃焼機器の指針を作り、北海道の多くの自治体で木質バイオマスが普及してきました。
しかし、(エネルギー消費)全体と比べるとまだまだ少ないのが現状です。
一番のネックは、山にはたくさん材木があるものの、林業が壊滅状態になっています。
森林利用率がオーストリア並みになれば、材木供給が現状の7倍(年間5万トン)となります。
木質バイオマス活用には、供給サイド、需要サイド、地域全体からの検討が必要です。
地域資源である木質バイオマスを地域で加工し、使うことによって、お金を地域の外に出さなくても済みます。
石油に頼ると、石油のほとんどは地域外(産油国)に流れていきます。
各種燃料の単位発熱量(1MJ)あたりの価格は、灯油2.5円に対し、チップはその数分の1です。
芦別市の事例では、市営ホテルの燃料第6300万円・収益1000万円を、そのまま地域に投入しました。
燃料取扱店の売り上げが5300万、燃料加工場が売り上げ4750万、林業者が1600万と、1億を超える経済効果をもたらしました。
美幌町のペレット工場では、倒産の危機にあったことから、町営の二つの施設をチップボイラー、ペレットボイラーに切り替え、
特にチップでは1000万円近い燃料代が地域に残りました。
足寄町のバイオマス利活用計画では139人の雇用を創出しました。
直接雇用は14~15人ですが、その10倍の雇用が地域の様々な分野で増えたのです。
南幌町では、木質はないものの、水稲が盛んなため、稲わらのペレット化を図りました。
石狩市では、キノコ栽培がおこなわれており、廃菌床の燃料化が図られました。
音威子府村では、木質バイオマスボイラーを導入して村のエネルギー自立を目指しています。
ドイツから教授を招いて講演会をするなどの試みも行われています。
人口1200人の占冠村では、豊かな森林を生かして、製材工場を作り、材木の薪ボイラーでの活用も目指されています。

需要サイドの課題としては、ボイラーやペレットストーブが用意されるということがあります。
特に熱効率の向上が重要です。
供給サイドの課題としては、品質の確保です。燃料をしっかり作る必要があります。
特に木質バイオマスでは、しっかり乾燥させて水分率を下げることが課題です。
熱効率はもとより、ボイラーを長持ちさせることにもかかわってきます。

地域で資源を循環させるには、地域の仕組みをどのように活用させるかが重要です。
例えば、燃料工場を用意する。かつて、地域には必ず燃料取扱店、燃料工場がありました。同様のものが必要です。
そのためには、適正な価格と適正な利潤です。特定の主体が利益を独占しようとすると、循環の主体があっという間に崩壊します。
道内では、バイオマス燃料製造工場、ペレット製造工場、保守管理それぞれ各自治体に1工場で、全道180工場(全国では1000~2000社程度)が考えられます。
足寄の例をベースとすると、北海道では10万人、全国で200万人の雇用創出もありえます。
地域では大量の石油が使用されており、それに支払われたお金はほとんどが地域外に流出します。
地域資源を使うことで、この流出が防ぐことができます。

続いて質疑応答です。

(当初原子力の道に進んだ動機は何で、なぜ疑問を持つようになったのでしょうか。)
工学部で原子工学を専攻したのは、たまたまオイルショックの時期で、エネルギーを研究した方が世のため人のためと考え、
当時、バラ色の夢が語られていた原子力に何の疑問もなく入りました。
その結果、29歳の時に原子力物理専門委員になりました。
委員は結局8カ月で辞退し、30歳になって、原子力は使えない技術だということを周りに宣伝するようになりました。
原発に見切りをつけざるを得なかったのは、原子力研究所というところに出入りする機会を得て、
当時日本では一番情報が入っていたことから、その情報を目の当たりにして、
本当にこれは責任を負える技術なのだろうかということを考えるようになりました。
核廃棄物は10万年、さらには超歴史的な視野で考えないといけないものに、どう責任を果たすのか、と考え、
原子力は使えない技術だという結論に至ったのです。

(自然エネルギーによる雇用創出について)
最も多いのはバイオマス、特に木質バイオマスです。
再生可能エネルギーによる雇用はドイツでは37万人ですが、原発ではその10分の1.
こういう点からも、木質バイオマスにより地域に雇用が生まれるといえます。
何より、『地域を豊かにする』というには、その地域に人が定住しないといけない。
地域に安定した仕事があれば、若者も地域にとどまるだろうと思います。
また、原発をやめさせるという意味からも、地域が疲弊するほど立地場所、あるいは核廃棄物処分場として狙われやすい。

(ボイラー製造に取り組んだ動機)
北海道の一番弱いのは製造業です。製造業がちゃんとしていないと地域の産業構造は大変脆弱になります。
一次産業は素晴らしいですが、それだけで自立は難しいです。
木材バイオマスを考え、しかしボイラーは国産ではなかなか難しいので、ヨーロッパからの輸入を考えました。
しかし、輸入してそれを売って儲けるだけでは納得ができません。
地域の地場産業にすることが必要で、またそうなれば新しい可能性がどんどん広がります。
したがって、単に輸入のライセンスだけでなく、製造もできるようなライセンスを取らなければならない、と考えました。
今は、北海道だけでなく本州でも製造しようという協力会社が現れています。

(天然林伐採の問題や、地域における将来の民主主義について)
木材バイオマスをエネルギーに、と考えているのは、人工林です。
そして、人工林を伐採した後に、自然に近い形で植林して、山をよみがえらそうと考えています。
また、自治体がいろいろなことを検討するとき、各地の代表が席を並べてそこで検討することもありました。
芦別では、検討委員会に何十人もの参加がありました。
そこで、適正な利潤を検討したわけです。
これはまさに、地域の合意をしっかり作っていく作業で、これがない所には発展がないと言ってよいと思います。
これはまさに今ご指摘のあった民主主義の成熟にかかわっていると思います。

最後に、シンポジウム実行委員長の青木秀樹弁護士からの閉会挨拶があり、また函館弁護士会の柳副会長からも挨拶がありました。
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