陶工房 仁 当主のつぶやき

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昨日は、子供が四月から小学校に入学するので学習机を買いに大津まで行って来ました。無事に用事が済みファミレスで食事をしました。まぁ、普通に一家団欒の時間が流れていました。
と、ところが私の横に座っていた客がいきなり店員に水をバシャとかけたんです!何事!店の中は、他のお客様もたくさんいるのに。シーンとした時間が流れる!そのファミレスは、サラダバーなどおかわり自由といった感じの店です。怒っているお客様は一人でこられていたのですが、その店員に。食べ過ぎが悪いのか!とか人を馬鹿にすな!とかえらい店員に怒ってました。
そのお客様も外で怒ったらいいのに子供には悪影響でした!
しかし、実際に店員もそんな事をお客様に言うのでしょうか。そのお客様が被害妄想が激しいのか いまだに迷宮入りですが、でも個人的には良い勉強になりました。来られるお客様が気分良くお買い物が出来る様私語であったり様々なことをもう一度当店も見直す必要がある事に気づきました。
あーそやけど、ドラマの世界みたいな感じでビビりました!何がおこるか分かりません!怖や怖や。






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天皇が住み、祭祀(さいし)を行った「内裏正殿」と見られる大規模な掘立柱建物跡が見つかった甲賀市信楽町宮町の紫香楽宮跡(宮町遺跡)で22日、現地説明会が開かれた。地元や京阪神などから約500人が駆けつけ、説明に耳を傾けた。
 紫香楽宮跡では今回の調査で、東西に2棟の正殿がある内裏構造だったことがわかった。同様の構造は、紫香楽宮以前に都が置かれた恭仁京跡(木津川市)でしか確認されていないといい、注目を集めている。
 説明会では、同市教委の担当者が「(遺跡の)北側部分はまだ発掘を行っておらず、引き続き宮の全容解明に向けて調査したい」などと説明。参加者たちからは積極的に質問が出されるなど、終始にぎわいを見せていた

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今年も一年間お世話になりました。

早いもので一年がたちました。

来年こそは来年こそはと思い続けて日がたつばかりです  が

来年こそは、何かを成し遂げたいな と 思っています。

この、不況を何とかしたいと思っています。






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信楽焼の知名度を一躍広めたやきものに「陶器製タヌキ」がある。大きいもので6メートルのものから1センチ位の超ミニまで、タヌキの種類は何千種類とある。そもそもこれ程までに愛玩されるようになったのは何故だろうか。それは何よりも日本人が昔から、狸をひょうきん者とかずうずうしいとか、愛嬌ものとかいう動物として印象づけ、しかも実際生きている動物としてより、絵とか置物にした狸をコッケイ視し、親しみを感じていたところにあると思われます。
 「タヌキ寝入り」「タヌキ親爺」「捕らぬタヌキの皮算用」「タヌキの金玉は千畳敷」などのことわざがあるし、コッケイな顔つきの人には「タヌキ」のアダ名をつける。タヌキは人を化かすといいながら、ニクめないしその図々しさにも逆に親しみを感じる。近頃ではタヌキを「他を抜く」意味にも使っている。狸にまつわる民話も各地にあり、昔から話題のつきない存在であったのです。
 室町時代以降のお茶会でも、「タヌキ香合」が陶器で使われていたし、掛軸にも狸の絵が描かれている。てまり歌に「雨のしょぼしょぼ降る晩に、豆狸(まめだ)が徳利もって酒買いに」という節がある。置物狸が大流行したのは、実はこの「酒買い小僧」スタイルの狸である。
 灘の造り酒屋では、酒蔵に豆狸が住んでいないとおいしい酒が造れないという話がある。それ程古い酒蔵、古い伝統と経験がないとよい酒が造れないという例えである。その清酒は慶長年間に完成し、江戸初期から一般庶民の口に入るようになり、酒は徳利をもって行って、酒屋で樽から注いでもらいもって帰ったもので、その使い走りを子供にさせたものである。酒買い小僧の狸の置物は、その姿をタヌキの置き物にしたものである。
 陶器製の狸、特に酒買い小僧といわれる(徳利と通帳を持ち、傘を冠っている)形の置物は、信楽のみならず、常滑や備前、清水などでも古くから焼かれている。どの産地が最初であるか今のところ明らかではない。清酒が酒屋で売られるようになった江戸時代から、狸のやきものは造られていたようである。信楽では記録に残っているのは幕末の門左衛門が確かに狸の置物を造っていた。
 一説によると、徳利又は通帳に「まる八」(丸の中に八)のマークがあるのは、尾張徳川家の裏紋で、尾張八郡を支配する意味であり、しかも徳川家康はタヌキのアダ名があったことから、尾張知多半島にある常滑焼で、「まる八」の紋を入れて造ったのが人気を博し、それを模して、狸の置物には「まる八」と意味も分からないまま造るようになったという説がある。現在、八相縁起といって、笠は災難除け、腹は太っ腹、顔は愛想よく等々言って8つの縁起があるという意味での「まる八」と結びつけているが、これは昭和27年、石田豪澄が「まる八」紋に合わせて詠んだものであって八相縁起の意味の「まる八」紋ではない。
 しかし今日のように全国的にタヌキの置物が流行するようになったのは、狸庵初代、藤原銕造(明治9年生れ、昭和41年没、三重県槇山から9才の時京都の伯父のもとに引き取られ、11才頃からロクロをひいたという人で、信楽へは昭和10年頃、日本一大きな土瓶を頼まれ、大物なら京より信楽でと思い立って移住されて以降、陶製狸の置物づくりに専念された)氏の独特な形、顔立ちが、信楽タヌキの愛嬌ある姿の伝統を開き、築き上げた功績によるものである。つまり、信楽タヌキの顔や体形は藤原銕造氏の原形の継承であるといえる。
 昭和26年11月15日、昭和天皇がこの地に行幸された時、沿道に旗をもった陶製狸が並んでお迎えしたことが、天皇のお気に召して「をさなどき あつめしからになつかしも 信楽焼の狸をみれば」と詠われ、それがマスコミにも大きな宣伝効果を与え、以来全国的に信楽タヌキが大流行した切掛となった。
 今日では、酒買い小僧スタイルを基本として、あらゆる形、寸法、あらゆる用途にも、狸が使われ、信楽焼の代名詞とも言われ、また親しみやすい信楽焼の一助にもなっている。



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今日は、初雪が降りました!
これから信楽は、寒くなります。
スイレン鉢にたまった水も取り除かないと!
氷が張ったらスイレン鉢が割れるんですよ!

さてさて↓下記の写真ですがフリーカップ50個セットで販売しています画像です!人気商品につき製造が追いついていません!うれしい悲鳴です!

気になった方はinfo@kotanito-ki.comまでどうぞ!



そして、そしてネットショップ専用フェイスブックが完成いたしました!
なかなかの出来です!


当店 ネットショッピング フェイスブックページ完成!

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