習心帰大道《都流茶道教室■月桑庵》in 池袋

池袋にほどちかい「バシブクロ」なんて言われる地域の自宅で開いた茶道教室です。「もっと気軽に、ちょっと気楽に」を合言葉に、茶道体験教室「お茶会へ行こう」を催しております。

2016年2月8日より、櫻香庵月誧宗地改め碧夢庵道舜宗地となりました。


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 正直、書くかどうか悩んだのですが、間違いが流布しては堪らないので、『利休にたずねよ』の嘘を書いておきたいと思います。

※この記事は「観に行くべき点がフィクション的内容ではなくその道具や所作・映像美である」ことを述べるためであり、見所が喧伝されている部分とは異なることを指摘しています。

・宗恩との純愛ストーリーになっているが、利休は判明しているだけで最初の妻、宗恩、妾と三人の妻を持っている。当時の常識では、当たり前の行為で、宗恩を引き取ったのも、一般的な行為。宗恩は、能役者・宮王三入の妻だったが、身寄りのなくなった宗恩を後妻に迎えたもの。嫡子道安の母は三好長慶の妹・宝心妙樹。
因みに、利休は少庵に跡を嗣がせる気がなかったことが、宗旦を寺に出して出家させていることから解る。
利休死後、道安が家督を嗣ぐと、少庵は京千家を起こし、堺千家から独立している。


・作中で韓国の国花である槿がフィーチャーされているが、利休が愛したのは京椿。槿ではない。
ちなみに槿はインド~支那原産。日本に入ってきた種は支那・高麗より渡来した種で、園芸種(品種改良後のもの)であったとされる説が主流。槿は茶花で使うことは少なく(全く使わない訳ではない)。また、茶花は基本的に「日本の山野に自生するものを使う」のが約束事であり、自宅の庭で特に園芸をせずとも育つ物を「野にあるように」活けるのを基本とする。


・日本人が李氏朝鮮の姫を拉致した事実はない。青年利休との心中はフィクション。
因みに、当時李氏朝鮮は日本に従属しながら明にも朝貢しており、毎年美女を3000人も差し出している。このことは、高麗史・稼亭集・墓誌・朝鮮王朝実録などにも記載がある史実である。
※コメントにもありますが3000人というのはどうやら誇張だったようです。
 訂正の上お詫び申し上げます。


・利休と武野紹鴎の師弟関係は、現在、年代的に合わないのではないかと指摘されている。17歳で北向道陳に師事した利休が、それほど短期間に北向道陳から武野紹鴎に紹介されて師を変えるというのは不自然である(現在は19歳で武野紹鴎に師事したとされている)。1522年生まれの利休は17歳(数え)であれば、1538年に師事したことになる。北向道陳は東山流で、中尾真能の弟子・島右京に師事した人物。一般に茶道は相伝に二十年掛かるとされており(『山上宗二記』)、紹鴎は1555年に歿していることから、紹鴎との師弟関係がなかったのではないか?とも言われている。
 利休は堺流(武野紹鴎)の茶道を相伝されたのは、辻玄哉(松尾流の流祖の祖)からであり、紹鴎から相伝を受けていない(『山上宗二記』)ことに注意が必要である。

 また、現在の通説では、武野紹鴎に師事したのは父の死後であり、シーンとして不自然な感が否めない。父の死後であれば、利休は納屋衆の魚屋(ととや)の主であり、あれほど軽率な行動をとるはずがないという理由も付記しておく。


・李氏朝鮮の姫に利休が唐辛子を買って、料理に使い喜ばせる演出があるがこれも嘘。朝鮮に唐辛子が広まるのは、秀吉の朝鮮出兵で防寒用に持ち込んだ後。利休存命中に日本は李氏朝鮮を攻めていない。朝鮮出兵は利休の死後のことである。
よって、高麗姫用の朝鮮料理に唐辛子を食材に使うのはおかしい。
謎の琉球人(高麗帰りという設定)も不自然であり、何故彼が言葉を教えるのか。
しかも、利休が遊び人で女好きという設定であり、李氏朝鮮の姫によって、がらりと変わったという「仮説というよりも妄想」の演出は茶道を知る者からして「不自然」と感じるところである。



・作中では日本人の職人(長次郎)が利休の思い描くものを作れなかったことになっていて、高麗物の小壺(香合)を見せているが、緑釉は朝鮮にはなく、そもそも長次郎は交趾焼の工人の父を持つ瓦職人である。加藤景正ら瀬戸の工人は利休以前にすでに茶陶を作っており、当時の日本の作陶技術は別段低い物ではない。古伊賀や古信楽も珍重されている。
 また、長次郎は帰化人の子である。
 楽焼のイメージが強い長次郎だが、これは利休ら茶人のオーダー品であり、本人は晩年に緑交趾の大皿を遺している。その技術は常慶に受け継がれていないとされる。


・また、秀吉が、利休に対して、緑釉香合を見たがり執着しているが、この頃の香合は下の下のものとされており、人に見せるものではない。また、秀吉が献上させようとしていたのは香合ではなく、橋立の茶壺。


・作中、山上宗二が帰参する際、宗二が持っていた熊川掛分茶盌を、秀吉が名物を邪険に扱うが、当時の名物はほとんどが唐物。秀吉は大の舶来好き。当時、多くの名物を占有していた。勿論、高麗物でも大切にしている。
 また、高麗物の多くは、支那から高麗を通じて日本に入ってきたものともいわれ、真に高麗物であったのは、最初は雑器であった、井戸や熊川などである。また、三島手といわれる象嵌青瓷などは朝鮮からの渡来品であった。


作中に登場する高麗物の緑釉はフィクション。当時の高麗では貴人は景徳鎮に似せた白瓷を追い求めており、白瓷器が主流。


・作中で麗しい衣裳としてチマチョゴリが登場するが、チマチョゴリは授乳着であり、乳が丸出しだった(そうではないものもあるといわれる)。これが現在の形になったのは日韓併合以後。また、当時、李氏朝鮮には染めの技術がなく、小汚い生成りの白い衣裳だった。
 当時、朝鮮人は長らくの間「白衣の民族」と言われていた。また壁画などに用いられる顔料も朝鮮の国内で作られたものではなく、支那より輸入したものであったとされている。また、貴人(両班)は服飾規程があり、色や柄の入った服を着るように規程されていたが、白衣であったことが確認される。またそのため、王が幾度も服飾規程を守り色のある服を着るように指示している。
 反論として「李氏朝鮮後期の十八世紀ごろに色彩豊かな風俗画が描かれている(蕙園傳神帖など)」ことが挙げられるが、これらの風俗画に描かれた衣裳は、支那から輸入された帛で作られているとも言われる。また、風俗画などに資料的価値を認めない史家も多く、当時の風俗であったかどうかは確証がない(絵は創作が可能であるため)。




・信長と秀吉の対比が不自然なまでに秀吉を貶める演出になっている。利休は信長に茶頭として仕えたが、この当時は秀吉との関係ほど信長は利休を買っておらず、津田宗及、今井宗久の方が重用されている。
 名物狩りのシーンで、蒔絵箱の蓋裏に水を溜め、月を映して黄金を貰うシーンがあるが、演出側の「利休って凄いひとだったんだよ!」てきなあざとさが見える。これに対し、秀吉は黄金の茶室をコテコテの成金趣味にしか見えないような演出をして、貶めている。
 現実の黄金の茶室は、現代のような明るさの中ではないため、昼間ならば、日の光をさんさんと浴びてまるで光の園となり、屋内では蝋燭の火が揺れるたびに全体の金の色が変わるようになりながら、落ち着いてねっとりとした妖しくも艶やかな変化をする幻想的な部屋となる。黄金の茶室を秀吉の象徴として貶めることは、実はこの設計監修が利休であることを失念して、利休を貶めることになってしまっている演出側の勉強不足でしかない。
 黄金の茶室は言われているような秀吉の成金趣味のものではない。



・作品では、秀吉が悪人のように描かれているが、これは、作品での利休の死に対する憤りを演出するための作為的な貶めである。実際には、秀吉と利休は芸術的対立はしたが、利休の死は「切腹であることに注意が必要」である。



<当時の歴史的事実>
・秀吉は高麗に明への道案内を命じたが、明にも従属していた李氏朝鮮は面従腹背ができない状態になったため、道案内を 断った。これに怒った秀吉が朝鮮出兵を決めた。利休はこれを諌めている。実際に出兵すると人口の五割に達する奴婢の協力もあり、日本軍は快進撃。王宮など は日本軍が到着前に焼き払われており、日本軍が破壊活動をするまでもなかった。
 また、朝鮮出兵で各武将は陶工を連れ帰ったが、和睦成立後陶工の返還を求めた李氏朝鮮だったが、殆ど帰国しなかった。
 さらに言えば、李氏朝鮮は仏教を弾圧しており、寺院・仏閣は破壊され、仏像などは主に日本に僧侶の手によって持ち出された。


・茶道は朝鮮半島を経由せず支那より直接渡来したが、それは喫茶法であり、点前の式法ではない。式法は中尾真能によって能や弓道、礼法を参考にして、日本 で独自に定められたもの。因みに当時の朝鮮では抹茶は飲まれておらず、煎茶法である。これも貴人のみに許されたものである。
因みに、韓国で茶道を弘めたのは珠光流の梅笑庵宗雹。日韓併合時代にの妙心寺京城別院でその相伝が行われた。


・当時李氏朝鮮では、日本で持て囃された井戸などは雑器であり、貴人が用いないことが、秀吉が謁見を許した通信使の発言で分かっている。つまり、李氏朝鮮の姫が利休に井戸などの良さを教えることは出来ない。
因みに、秀吉が謁見を許した通信使は実は朝貢使。日本が井戸茶碗を出したら、貴人用は景徳鎮だと怒った逸話が残っている。


と、原作もなんですが、よくもまぁこれだけ捏造が詰め込めたもんですね。時代考証なんか全くされてません。

娯楽映画だからと言ってもやり過ぎです。

改訂
誤解があるようですが、私は「観るな!」と言っているのではありません。
折角の作品ですから「嘘は嘘として知っておいて、作品を観るべきだ」と主張したい。
ここに書いてあることが「ヘイト」だというのなら、反証をしていただければよいと思います。
簡単に調べられることばかり。
是非、お近くの茶道を習っている人にお尋ねになってみてください。

追記
新しくコメントなどのやりとりで判明したこと、それに触発されて調べて判明したことなどを青文字で追記しました。併せてご参照ください。

また、しばらくブログはお休みします。

再訂
時系列やまとめた方が良いもの、より、解釈がわかりやすく構成し直しました。
今後も追記はいたします。

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