食べること=生きること

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先日、相方がプンプン怒りながら帰ってきた。


「kayoちゃん、俺もう会社辞めるからね!」


と相当にご立腹な様子。

話を聞いてみると、それは私にとっても非常にショックな話であり頭にくる話でもあった。



まぁ、本人の人生なのでよく考えて最終的に会社を辞めたければ辞めればいいと思うのだが、そう急ぐことも無い。なんたって、できれば私は就職したくない(ヲイ・笑)。そんなわけで、私は相方をなだめつつ夕食に持ち込む。


私「ねぇねぇ。このポテトサラダ、大丈夫?」


相方「ん、おいしいよ。」(まだ微妙に暗い)


私「そう、よかった。実はねー、ちょっとジャガイモの表面がやわらかくなってたんだよね~。でも中身は普通だったから使っちゃったの((そして、まず君に食べてもらったの))。」


相方「(毒見役にも気がつかず)なんかさー、メシがうまくて腹が立つ。」


私「は?なんで?ふつう逆じゃないの?」


相方「いやー、あのさー・・・・・・」(←説明ベタなため言葉がすぐに見つからない人)


私「わかったっ!あれでしょ、もっともっと怒りを爆発させたいわけでしょ。この憤懣やるかたない気持ちをドーンと発散させたいんだよね。でも、ご飯食べてちょっと気持ちが落ち着いちゃってる自分に腹が立つんでしょ?」


相方「そうそうそう!」


私「わかるわかる。その気持ち。なんかさ、『あんなに腹が立ってたのに、結局食いモンには勝てないのかよ、この俺。』って感じなんでしょ?」


相方「そうそう!わかる?わかる?」


私「うん。わかるよー。」


二人 「ギャハギャハギャハギャハ


そんな感じで、数日が過ぎています(笑)。



やはり食は大切だ。

食べることは、生きることとほぼ同義語であると再確認。

人生いろいろあるけど、腹が減ったらご飯を食べて、おいしいものに感謝ができたら、たいていのことはそのうち乗り越えられるような気がします。



同じ出来事を書いているのに視点の違う相方

それぞれの個性ですなー。

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千葉真子選手、千葉ちゃんの現役生活が今日終わった。


記者会見で、「頑張るマラソンに区切りをつけようと決意しました。」と千葉ちゃんらしい言葉をきいたときは、なんだか自然と笑みがこぼれた。

千葉ちゃんの独特の声と喋り方、初めてTVで見たとき(かれこれ10年以上前?)の彼女の印象は「気持ち悪い・・・」(苦笑)。

けれど、彼女の圧倒的なスピード。そしてマラソンに転向してからも、安定したラップを刻みながら粘り越しで上位に必ず食い込む気持ちの強さが見えるレース展開は、そのキモイ(失礼!)喋り方などまったく問題なくなってしまうどころか、むしろ好きになってしまった。


「本を読んだり、映画を観たりして、貰う感動も素晴らしいけれど、自分が感動を作り出すこともできるんじゃないかな、という思いが強くて・・・。それが自分にとっては走ることだったと思います。」


いっつも千葉ちゃんは明るくて、どこまでもポジティブシンキングで、悪く言えば「いい子すぎる」のだけれど、なんだか千葉ちゃんなら許せる。そうそう、高橋尚子(Qちゃん)も許せる。

いやいや、「許せる」なんて上から目線ではまったくなくて、感動してしまうのです。

さすが、アスリート・パワー。

私は自分でいうのもなんですが意地の悪い性格をしているので(汗)、例えばどこぞの歌手みたいな人が同じようなことを言ったら「おまえの歌なんかで感動してたまるか、ボケぇ~」てなもんなんですが、このブログでも何度も書いているけれど、『アスリート崇拝主義』的な人間なもので、、、。


腕に「ありがとう」の文字をマジックで書いて臨んだ今回の北海道マラソン。

最初から明らかにペースが悪く(どうやら、肉離れの状態がよくなかったみたい・・・。でも、それでも42.195km走るのよね、選手は・・・・・。はぁ、すごすぎる・・・・。)、後半は姿勢も少し前かがみになって、とても辛そうだった。

でも、千葉ちゃんはきっと笑顔でゴールしたのだと思う。「思う」というのは、TVの放送時間に千葉ちゃんのゴールが間に合わなかったんだよね。それくらいペースが遅かったんだけど、、、、。でも、それでもきっと笑顔だったと思う。


いつかは必ず訪れるアスリートの現役引退。

一流の選手として活躍するだけでもすごいのだけれど、人々に惜しまれながら笑顔で引退できる選手というのは本当に恵まれていると思うし、その環境を手にできるというのは本人の力に他ならない。

お疲れ様、千葉ちゃん。これからは「頑張らないマラソン」を楽しんでください。








ちなみにどうでもいいことーーーー。

千葉真子 と 千葉真一

って、一文字違い。

でも、二人は全然関係ないよ。(知ってるよ)




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虫>人間

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うちのマンションのベランダによく虫がやってくる。

呑気に洗濯物を取り込もうとタオルに手を伸ばすとそこに蜂やらカメムシっぽいものやらが居座っていて、「ぅおっとぉ~~!」とのけ反るなんてことがよくあります。そういうときは、虫さんご自身の意思でどこかへ行ってしまうのを待つことにしています。そのため翌朝まで洗濯物はベランダに放置・・・・・なんてこともしばしば。


昨日も外に置きっぱなしにしてしまっていた洗濯籠の中に、なにやら見慣れない大きなこげ茶色の虫さんがへばりついていました。

「ぅおっとぉ~~!」といつものように踵をかえし、とりあえず相方に報告してみます。


「ねぇねぇ。虫がいるんだけど。大きいやつ。見てみれば。」


「・・・・。」(無視)


「ねぇねぇ。虫がいるんだけど、見てみれば。」


「うーん。」(よいしょっ)


「ほらね。」


「ほんとだね。」(踵を返す)


「取ってみたら。」


「嫌だ。」(即答)


「なんで?」


「怖いから。」


「そうだよね。」


・・・・・という不毛な会話をしました。



よく考えたら、虫ってすごくねー?

だってね、


虫と人間


こんな感じで、体格的には圧倒的に人間のほうが有利なんですよ。いくら大きい虫なんていっても4~5cmですものね。

でもね、チキン夫婦はかなわないんですよ、この小さな虫に。

虫にはこちらを攻撃する意思なんて恐らく一切ないにも関わらず・・・・・。

やっぱり「飛ぶ」ということが大きな問題ですよね。自分が持っていない能力があるものに対して大きな不安を掻き立てられるというのが人間なのでしょう。

そして、意思疎通ができない相手であるというところもポイントです。

あ、これは人間関係でも同じですね。意思疎通ができない相手は非常にやっかいだ。ふむふむ。


そんなわけで、いくら体格的に圧倒的有利であろうが、私は虫の脅威にひれ伏すのです。

虫すげー。


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