今年も千葉ロッテマリーンズ強いです~。スタートダッシュこそなりませんでしたが、なんだかんだと早くもパ・リーグ首位に立っています。私の予想では交流戦が終わる頃くらいに、一度首位になれないかな?と思っていたのですが、交流戦に入ってから接戦のゲームをほとんどものにしてしまいファンとしては毎日ドキドキハラハラ→最後には勝利の笑顔って感じで楽しませてもらっています。

まぁ、もちろんまだペナントの半分も終わっていませんから、首位から落ちるときもあるとは思うけど、最後には完全優勝で笑っていたい!

先週、マリーンズは阪神、巨人との6連戦だったのですが、マリーンズが負けてしまった試合も含めどの試合も本当に面白いものでした。日曜日の巨人戦はアメブロでブログを持っている今江選手 も4安打の大活躍!全国ネットでかわいい笑顔が爆発です。


阪神3連戦は雨天コールドを除いては投手戦の引き締まった展開。

巨人3連戦はマリーンズは表のローテーション、巨人もパウエル、工藤と投げた試合だったけど、エース投手戦というよりは、お互い打たれながらも我慢のピッチングという展開でした。

対阪神戦、対巨人戦それぞれまったく異なる雰囲気の試合を見れたという感じです。

おまけに、巨人戦でホームランがたくさん出たのも面白い。マリーンズはもともとあまりホームランの多い球団ではなく、実際その前の阪神、中日、横浜戦の9試合では二本しかホームランがありませんでした。それが、巨人戦3試合で六本もホームラン。巨人のお株を奪いました。うーむ、面白い。

ボビーのチャレンジングな采配も実に見事&面白くて唸っちゃいました。見所いっぱいっ!


そんなわけで、野球はやっぱり面白いです。

今年はサッカーワールドカップの年。

私ももちろん楽しみにしてるし、サッカー日本代表を応援していますが、野球もみんな見てね。

WBCの影響で、若い女の子の野球ファンも増えてきているみたいだし、贔屓のチームや選手がいるとより面白く観戦できます。最近興味を持ったけど、野球のルールがいまいちわからないという方がいれば、遠慮なく質問くださいませ。



ところで、ブーイングについてなのですが・・・・・。

欧米のスポーツ観戦にはつきもののブーイング。日本でもサッカーのサポーターが最初に取り入れ(?)、千葉ロッテマリーンズのファンもブーイングを行うことで有名です。

先日の巨人戦で、今季マリーンズから巨人に移籍した、韓国出身のイ・スンヨプ選手に対してマリーンズファンからブーイングを受けたことが、新聞やファンのブログでも話題となっています(イ・スンヨプ選手の移籍のゴタゴタ理由は面倒なのですっ飛ばします)。

(個人的にはそんなことよりも、一塁ベース上での福浦と巨人のユニフォームを着た小坂との2ショットがTVに映し出されたとき、凹んだ・・・・・°・(ノД`)・°・。小坂、いつでも帰っておいで・・・・・。)

里崎捕手は5/29のご自身のブログ で、「気持ちは分からないでもないけど、次のマリンでの巨人戦ではもういいんじゃないかな~」とやんわりとではありますが、お願いをしています。


ブーイングをするしないは、個人の自由だし表現の自由だろうけど、選手が個人でこうやって発言することは多少憚れるし勇気のいることだろうと思います。

それでも敢えて書いたということは、選手の誰も気持ちのいい思いはしない。もっと言えば、不快感が多少なりあるということなのかもしれません。


ブーイングするときに、「親指を下に向ける仕草」をする人もいますがきちんと意味をわかってやっているのかな。スポーツ観戦において多少つきものの仕草ではありますが、「ふざけんな、おらっ」とかもっと言えば「死ねや、こら」という意味を持つ仕草であり、本来非常に「侮辱的」で「下品」な行為です。

スポーツ観戦のときには、それは相手チームの反則に向けるものであれば「そんな反則するな!」という抗議であり、自分が応援しているチームの不甲斐ないプレーに対しては「もっとしっかりやってくれ!」という叱咤激励の意味を持ちます。

だけど、もしグラウンドやピッチ上の選手達が感情的になって同じ行為をすれば、最悪退場になりますよね。そのルールを観客席にまで広げることはできませんが、一般社会においてはそれくらい侮辱的で下品な行為であるということはきちんと認識すべきでしょう。


だから、たしかに誰でも好きなように観戦する自由はあるけれど、自由というのは一定のマナーやルールを守ってこそだと思う。そして、やるからには欧米と日本のスポーツ文化の違いへの理解、そしてその言葉や行為の意味を正しく踏まえなければ。

単に気に入らないプレーだからって、やたらとやるものでもありません。

みんなやっているからとか、欧米では当たり前だから、なんとなくかっこいいからという理由であれば、一人一人改めて考えてみる必要はあるかもしれない。

個人的にはイ・スンヨブへのブーイングは初戦だけで十分だったろうし、当然の行為である牽制球へのブーイングなどは、必要ないと思います。

牽制球をするピッチャーへのプレッシャーのためにブーイングをしているらしいのですが、それなら他の方法がいいんじゃないかな。親指を下に向け侮辱しながらプレッシャーかけるなんて、単純に考えておかしいよ。


あと、これはちょっと固い話になるんですが、団体と個人の差ってあると思うんだよね。

昔ロッテは12球団一人気のないチームと言われ、私も千葉に移転してくると決まったときは正直「ふーん。嬉しいけど、ロッテかぁ・・・・。」と思ったものです。けれど、黒木や小宮山、初芝など好きな選手ができ、だんだんとファンになっていきました。

でも、今は急激にファンの数が増えて、外野席の応援団はいつもほぼ一杯。

個人で野次を飛ばしたりブーイングするのと、「団体が揃ってお約束として」それをやるのとでは、ちょっと意味が違ってくると思うんだよね。もちろん、応援団の中の方々でも、ブーイングはしないという人はいるだろうえけど、客観的に外から見た場合「マリーンズの応援団は、”せーの”でブーイングをする」と他球団からは思われている状況です。個人が勝手にするよりも、そこには影響力があるし責任が生じてきます。

団体といっても会社じゃないんだから、そこまで考えなくても・・・・というのはありますが、昨年のアジアチャンピオンチームの応援団であり世間から注目されている以上、好む好まざるに関わらずそういったものを背負わざるを得ないというのが社会かな。

先に書いたように、今までスポーツ観戦をしたことがない新しいファン層も増えてきていることだしね。


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検索ワード、なんじゃそりゃ。

テーマ:

二ヶ月くらい前から、アクセス解析を利用してみました。

辺境ブログですので数は多くないですが、Googleなどから検索してやってくるキーワードを見てみるとなかなか面白いものがあります。


「ケシカスくん」(去年のこの記事やね


とか


「絵文字 うんこ」(最近のこの記事


とか、

WBC直後には


「川崎 エラー ポカポカ」(これやね


なんてのも多かったです。


最近多くなってきたのが、


「素足 スニーカー 納豆」 (これ


素足にスニーカーを履いて納豆臭くなるのは私の相方だけではないらしい・・・・。



でも、なかにはなんじゃそりゃ!?という検索フレーズも・・・・・

一番のなんじゃそりゃ!?は




大江千里 腋毛



・・・・・・・・・(汗)。

千里の腋毛の何を知りたかったのでしょう???(笑)

ちなみに、このブログ内に大江千里の腋毛に関する考察はもちろんありません。

別々のページにあるワードを拾って検索にヒットしたものと思われます。つまり、検索フレーズにピッタリ来るWEBページがなかったんでしょうね。ま、そりゃそうだーーー。


相方のシリメツ版なんじゃそりゃ?はこちらです

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日本国憲法の前文を掲載します。





日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。




自民党の新憲法草案(PDF) ではもちろん前文も変更されています。(ここがわかりやすいです

長年、憲法改正を謳っている中曽根さんと小泉さんの折り合いが悪く、憲法改正議論の蚊帳の外へ追いやられたわけですが、中曽根さんが主宰をつとめる世界平和研究所(変な名前!)が試案した前文 と比べると意外にも、最初のまるで国策映画がはじまるような「我ら日本国民は、アジアの東、太平洋の波洗う美しい北東アジアの島々に歴代相承け、~~」という文言を除けば、あまり違いがないのはちょっと驚きです。



日本国憲法前文に対しては、「長い」「翻訳調で日本語として美しくない」「理想主義的すぎる」「時代にあわない」などといった批判があります。


たしかに少々長いわな・・・(苦笑)。

あと、施行の一年前まで戦争を行い、天皇を神としていた時代を変えるために作られたものなので、そのあたりがしつこく繰り返されているあたりは、時代にあわないと言われても仕方が無い部分はあるかもしれません。


でも、「美しくない」かなぁ・・。たしかに、句点までが長い文章もありますが、私はこの前文のとくに後半部分はとても好きです。

その後半部分は理想主義的すぎると批判される部分だろうとは思うのですが、『われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて~~』の部分など、繰り返し読むほど感動すら覚えます。

あと、憲法の前文に理想を掲げてはいけないのですかね。

むしろ国家の理想をここ以外のどこに掲げればいいのでしょうか。


私達は毎日理想と現実の狭間で生活しています。学校でも会社でも家庭でも理想があり、でもその理想すべてが叶っている中で生活しているわけでなく、現実と擦り合わせてやりくりしていってます。出来る範囲で、言葉はあまり良くないですが「妥協」をしているわけです。

理想が低くなれば、当然のように妥協点がどんどん低くなってきます。妥協点というのは、つまり「達成できること」ですから、そのレベルがどんどん低くなっていくことにはなりはしないでしょうか。

それは、個人レベルの話だとおっしゃる方もいるかもしれませんが私はそうは思いません。


改憲を支持する方達の中に、9条を守ろうとする人達を「平和ボケの理想主義者」とバカにする論調がたまに見られます、現実に合わせることよりも、理想を守ろうとするほうがよっぽどパワーが必要だと私は感じます。

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