著者: 永 六輔
タイトル: 大往生


明るく真面目に死を語ろうではありませんか

なにをいきなりと言われそうですが。
「クローンペットから考える死」という記事を書いてから、ずっと考えていました。

生まれた瞬間から老化と死への道のりを強いられるのですから、
それを自然に受け入れ、忌み嫌うことなく明るく真面目に生きていつか死んでいきたい。
そして自分に関わる人の死も、あるがままにそっと見守り、きちんと見送りたい。

私は「きちんと見送る」ことに、一度失敗している。
誰もそんなことに気づいていないだろうけど、その失敗を取り戻すことができず、悔やんでいるというか、未だに何か心に引っかかるものがあります。

先月、実家に帰る新幹線で読んだ永六輔さん著の「大往生」。
とても有名な本なので、読まれたことのある方も多いでしょうか?
これは、まさに「明るく真面目に死を語っている本」で、死を扱っているのに楽しく読むことができました。
また、当然のことながら「死」を語ることは「生」を照らすことでもあると思うのです。

理想の死について、考えることってありますよね。
「こんなふうに死にたいなぁ」と。一度も考えたことのない人っているでしょうか?

私は、以前は「ぽっくり」が一番いいなぁ~、と思ってました。
例えば、なんの前兆もなく夜眠ったら、朝には逝ってた。とか。
やはり、みんな自宅がいいとか、迷惑掛けたくないし、痛くてツライのは嫌だからなるべくなら「ぽっくり」と「自然死」がいいなって思う方多いのではないでしょうか。
だけど、最近ちょっと変わってきまして。。。。
もちろん痛くてツライのは出来ればいやだけど、でも、「突然!」というのも嫌かな、と思い始めました。
死ぬ前に、私の周りの人達にきちんと感謝を伝えたいな、、、、なんて。
息を引き取る間際に、言うセリフはこんな感じです。


「みんな、ありがとうございました。楽しかったです。じゃぁ、またね。」


言葉もなく、見守ってくれる人達。部屋には静かな時間が流れます。

そして最期に、







































ぷっ

と、かわいいおならを一発。
笑いをとりながら、逝きたいです。


ああ、素晴らしい!素晴らしい!
もし本当にこんなふうに死ねたら、私は感無量です!!

まぁ、こんな感じで、全くふざけているわけでなく、
これが私の理想とする大往生です。


でも、ここで一つ重大な問題がっ!
私が死ぬときに、看取ってくれる人がいるかどうか??
死は年齢の順番どおりに訪れるわけではありませんが、もし順番通りに訪れたとするならば、三姉妹の末っ子、子供もいない(その予定もない)、女性のほうが男性よりも寿命が長いということを考えると、私を看取ってくれる人が一人もいません!

がーーーーーーーーーーーん。


20歳くらい年下の友人をつくったほうがいいでしょうか?(汗)



そんなわけで、よかったらみなさんの理想の大往生もコメントやTBで聞かせてください。

この記事は今月いっぱいTOPに設定します。

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私のブログ一体何回「おなら」という単語を使っているのでしょうか・・・


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勘違い・・・

テーマ:
メンテナンス、明日の夜9時からだと思ってた・・・。

今日はこれからサッカーを観なくてはいけませんっ!(言い切り)
昨日の続きはメンテナンス後にアップしますね。
せっせと、完成させます。

それにしてもあんなにたくさんコメントをいただけるとは思っていませんでした。嬉しいです。
みなさんの期待を裏切ってしまいそうで怖くもあるのですが(汗)。
しかしみなさん、ポチッを忘れていますから~(笑)。よろ~。

それでは、みなさん暫しの間さらばじゃっ!

メンテナンス終わったあとが楽しみだな~~。
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14

14歳の頃のお話。

私は子供の頃、人一倍眠ることが大好きな子供だった。
あ、今も好きなんだけど、当時は正確に言うと起きていられなくて、
一日寝たり起きたりで合計すると18時間くらい眠っていた。

学校にいっても、いつのまにか睡魔に襲われて眠ってしまう。
酷いときはマラソン大会の途中で、道端に倒れ腕とおでこを打ちながらも、
そのまま眠ってしまったこともある。

そんな私を両親は小児科の病院に3回ほど連れて行った。
3回とも病院の先生はまだ体が未発達なだけ、規則正しい生活サイクルをすれば自然と治ると言ったけど、治らないまま14歳にまで成長してしまった。
なんとか小学校は卒業できたんだけど、中学生になってからというもの、
気が付くと眠っている私に対する周囲の冷ややかな視線に耐え切れなくなって学校に行かなくなってしまった。

でも、ぴーちゃんがいてくれた。
あ、ぴーちゃんというのは鳥の形をした妖精なんだよ。
いや、妖精っていう容姿ではなかったと思うんだけど、少なくとも私はそう思ってたんだ。

私は本当に起きていたくても、それが出来なかった。
でも、周囲はそれを信じてくれなかった。
ぴーちゃん以外は。

ある日「マザーテレサ」の本を一日6時間眠る人達の3倍の日数をかけて読んだ私は、もう一度病院に行こうと決心した。
そのことを両親に告げると、母は台所に立ちながら「そうねぇ・・・」とだけ言って、口をつぐんでしまったので、
私は思い切って
「精神科に行くのがいいのかな?」と言ってみた。
今度は父が新聞を読みながら「・・・そうだなぁ。。」と言った。

翌日私はぴーちゃんと一緒に電車を乗り継ぎ大きな病院に行った。
どきどきしながら、名前が呼ばれるのを待っていた。
ぴーちゃんはそんな私を励まそうと、たくさん話しかけてくれた。
私はどきどきしながら、ひとつひとつぴーちゃんの話に答えを探した。
そんな私達を周囲の人達はジロジロと見つめたけど、その視線には慣れていたので気にならなかった。

30分くらい待った後名前を呼ばれ、診察室にはいると、眼鏡をかけたとっても優しそうな先生がいた。
先生を見た瞬間私はすごく安心して、ぴーちゃんに目配せをすると、
先生は
「誰かと一緒なのですか?」と
これまたとても優しく丁寧な口調で訊ねてくれ、私は嬉しくなっていつもと違う返事をした。
「はい。ぴーちゃんと一緒なんです。先生には見えるのですか?」
先生は残念ながら、ぴーちゃんのことは見えないと仰った。
それでも、
「ぴーちゃんはどんな顔をしているのですか?」と興味を持ってくれたので、
「ぴーちゃんは黄色と緑の羽を持った鳥なんですけど、妖精でもあるんです。」と私が答えた。
すると先生は、とても綺麗な笑顔を作って、「それは素晴らしい。」と仰ってくださった。

「どうして君は起きていたい。たくさん眠っていてはだめだと思うのですか?」
と先生が私に訊ねた。
すっかり先生のことが大好きになった私は昨日読み終わった「マザーテレサ」の本のことを先生にお話した。
「だから、たくさん寝すぎてはだめなんです。」
「どうして?」
「だって、私はいつでもどこでも眠ってしまって、学校にすらろくに行けません。」
「うん。」
「でも、眠ってばかりなので、アルバイトもできないと思います。」
「うん。」
「私、なにか人の役に立ちたいのです。」

そう言った私の言葉に先生は何度も「うんうん」というように頷き、
「立派な考えだ。」と仰った。

すると先生は思いがけない言葉を続けた。
「今の君にぴったりのアルバイトがあるよ。」
信じられなかった私は、
「一日18時間も眠ってしまう私に、しかもいつ眠ってしまうかわからないのに、そんな私にできるアルバイトがあるのですか?」
と慎重に聞き返した。
「もちろんあるさ。みんなその人にあった出来ることというのがあるんだよ。やってみるかい?」
半信半疑な表情の私に先生はアルバイトの説明をはじめ、それでも半信半疑な私はそのままに、誰かに電話をかけ、
「ここに行って、今、私が言ったようにしてみなさい。あとは今まで通りでいいんだよ。」
と私にメモを渡した。


つづく。




この記事はうそ日記にTBしています。



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