本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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初七日も前倒し

 世間には、俗習や迷信などの世間の常識というものがあって、私たちはそれを疑いもなく取り入れ、それにこだわりながら事を決めていることがあります。
 一つ例を挙げると、来年が年忌に当たる人の法事を年末にするケースがあります。この場合、亡くなった日が1月とか2月であったりすると、「命日より後にするのはよくない」という世間の常識を鵜呑みにして、前年に法事を行ってしまうのです。これでは三回忌の法事は二回忌になってしまいます。何故にそんなに急ぐのか、というと命日の後にして悪いことが起きると困るからとか、皆がそう言うものだからといって、その世間の常識に背くことに怯えて嫌がり、そういう人はいくら諭してもそれが中々強情で聞き入れてくれません。余程止むを得ない事情があるのであればとも角、年忌の年が一年中だと考えて、まず、我が家の仕事や家族の都合とか親戚方の都合を勘案して日取りをするのが望ましいと思います。
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 更にもう一つ、大半のご門徒は葬式の後、斎場の帰りにその足で本光寺に寄られてその日に納骨されるのですが、その時、中陰表といって亡くなった日から計算して初七日から百ヶ日までの日取りを表にした一枚の紙を遺族の方に渡して、今後の中陰勤めの日の予定を立てる目安にして頂いています。昨年ある遺族の方が寺でその中陰表をご覧になって「初七日も今納骨のついでにしたい」と言われた直ぐ後、「満中陰(四十九日)が○日か、それならそれも今日一緒にやってもらおうか」と言いました。私はそれを聞いてびっくりして、咄嗟に「初七日はその日が来ないと初七日とは言わないんです。そんなに初七日を特に重きをおかなくてもいいのではないですか。その日がどうしても勤められない事情があるのなら初七日はお休みにすればよいのです。まして満中陰を今日勤めるなんてあんまりじゃないですか。
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 どこに朝飯に晩飯を兼ねて食べる人がいますか。晩にならないと晩飯といわないように初七日のことも同じです。」と言いましたら、結局しぶしぶ毎週の七日七日を勤めることになったのですが、このようなことも何れは世間の常識になっていくのでしょうか。
どうもこの頃の人には、ただ単に葬儀や法事のことで合理化、簡略化することが優先して、本来の仏事の本義が薄れてしまっているように思います。
住職の口癖
お墓は、大地の小さな入口


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 今年の夏は毎日うだるような暑さが続き、外出するにも億劫になるくらいです。こう暑いと我々が門徒宅へお参りに行っても、大概の家には仏間にクーラーが無く、然も我々の服装は和服なので、その度毎に汗だくになってしまいます。
殊にお葬式の時などは七條袈裟といって厚い毛布のような物をきつく体に巻きつけて、何本もの紐で雁字がらめに縛られている訳ですから、勤行中は汗が顔や頭から玉汗となって流れます。

 以前、このように汗しぶってお葬式を勤めていましたら、私の座っている真横辺りから心地よい風が送られてくるのです。私はそれが何かと、横目でチラリと見ると、一人の知らない婆さんが私の直ぐ脇まで来て、「お大層じゃ、お大層じゃ~」と小声でつぶやきながら自分の小さな扇子で私の顔の辺りを煽ってくれているじゃないですか。私はこうゆうの弱いんですよね。でも、私は何となく照れ臭いながらもそのかすかな、その微風がその時とても有難かったし、その婆さんの気遣いに胸が詰まる思いでした。

 しかし、このようなことは稀な話で、その反対に或るお葬式では私が曲録(きょくろく:導師専用の朱塗りの椅子)に座ると、斜め前に私たちに向けて扇風機が廻っています。<中々ここの人はよく気が付くな。これは有難い>と、感心していると、にわかにそこへ何者かが平然とその扇風機を自分の座っている場所に持ち運んでいきます。<えーい、なんて余計なことを!>と心の中で叫んでも、到底相手には気付く筈もありません。ここは我慢だと自分に言い聞かせながら諦めていると、後の方で「こっちにも風を廻せま」と、声が聞こえます。どうも私を始めみんなで、‘風’の取り合いをしていたようです。

 さて、今回のテーマで私にとって忘れられない人物がいます。名を竹内鉄孝といって、年齢は私と約40歳違いでした。話すと、べらんめえ口調で威勢がよく多少荒っぽかったが、さっぱりとした気性の人でした。長年、大林組で隧道工事専門に仕事をしていた経歴を活かし昭和63年の会館建設の折も建設実行委員長を務めてもらい、凡そ1年の工事期間、ほぼ毎日寺に通い、時には何日も寺で寝泊りしてまで、丸で現場監督のようでした。彼はよく「ワシは珪肺病だから、肺炎になったらお陀仏なんじゃ」と言っていましたが、皮肉にもこの工事が無事完成した半年後、肺炎を患い亡くなりました。爾来、私が無理をさせて、私が死なせてしまったように思えてならず、毎年欠かさず旧盆の14日早朝、家族で墓参りをして、墓前で一言「竹内さん、ご免ね」と言って詫びることにしています。

住職の口癖  住職が私腹を肥やすと、寺は滅びる。

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 通夜というのは、元々僧侶がお堂に籠って夜通し祈願行をすることを云うのだそうですが、それが何故に、いつから葬儀の前夜を指してそう云うようになったのでしょうか。下らん屁理屈を云うならば、通夜という言葉は夜通しと読めるので、深夜勤務したり、徹夜勉強したり、徹夜マージャンなどをして夜を明かすことも通夜ということになってしまいますが、どうもこの言葉には私は今でも馴染めないものがあります。
お通夜
 というのは、小松でも以前は、一般に仮通夜のことを内輪夜伽、通夜のことを本夜伽と云っていました。そもそも夜伽の伽とはお伽話の伽ですから、話し相手をすること、という意味ですが、この夜伽には近しい間柄の人たちが亡き骸の側に居て、互いに故人の思い出話などをしてつれづれ終夜を過ごしたのでした。ですから、夜伽では喪家の者が次々と訪れる弔問客にお礼を述べたり、逆に弔問客からお悔やみの言葉を受けたり、励まされたり、慰められたり、と文字通り夜伽はその場に居合わした者同士が心の痛みを分かち合う場であったのです。
お通夜1
 このようにこの夜伽という言葉には、通夜という無味乾燥な言葉からは伺えない趣を感じ取ることができます。私はこの夜伽という言葉の方が人情味を感じるのです。それに、つい30年前までは、特に夜伽の開始時刻は定めてありませんでしたので、我々僧侶も好きな時間に行って読経をしたものでした。当時は、今日のように同時に揃って皆で読経はせず、僧侶であれ、門徒であれ、一人ずつ読経することが慣例になっていて、祭壇の前で誰かが先に読経をしておれば、脇で自分の順番がくるまでじっと待っていました。

 ところで、私の母が14年10月に亡くなりましたが、その内輪夜伽の日に晩遅くまで酒を呑んだ後、母の一番下の弟が「今晩は姉さんと一緒に寝るから」と言って、独り母の居る部屋に残ることになりました。所が、その後1時も過ぎた頃、姉が私を起こしに来まして、「マコト、叔父ちゃんがとんでもない事をしているの。早く来て」と言うものですから、部屋に急いで行ってみると、何とその叔父がお棺の上に寝ているではありませんか。姉が「さっき私が、やめてよ!と言ったら、ひどく怒られて…」と、叔父を怖がっているのです。

 この叔父は7人姉弟の末っ子で、その中でも母を殊に慕っていたことを私は知っていましたので、私は最後だから甘えたいんだな、と思い「好きなように、させておけばいい」と言って部屋に戻りました。明くる朝、叔父に「よく眠れた?」と聞いたら、叔父が「それがね、マコト、お棺の蓋がかまぼこのようになっていてね、寝れたもんじゃなかったよ」と笑っていました。さて、読者の皆さんは、この叔父を莫迦になさいますか。

住職の口癖  ダラは計算に合わないことを、喜んでする人。

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4日前、この日は今年一番の寒さで、白山の頂には雪が積もり、辺りの山々もうっすらと雪化粧をしていて、もうじき里のほうも雪がちらつきそうな気配が感じられる日でした。

私はこの日の朝、お参りに行った家で、寒々とした火の気の無い仏間のお内仏でローソクに火をつけ、線香をたき、準備をしていると、「ご免なさいね、寒い部屋で」と言いながら、ごぼさん布団(相撲の力士が座るような分厚い大きめの坊さん用の座布団)をその家の婆さんが小さな体で抱きかかえるような格好で足早に部屋に入って来ました。そして、お内仏の前にその座布団を敷くと、婆さんが「ご院さんにストーブもない寒い部屋じゃ面目なくて、一時間前から、おこたに入れて暖めておいたがや」と優しく言って呉れました。私は早速その座布団に座ると「ほんとや、暖かい、こんな暖かな布団に座るのは初めてや」と言うと、「ほうけね、うれっしゃ。そんなにご院さんに喜んでもらえて、よかったわね」と満足そうです。でも、このようなことは中々気付かないことだし、また、出来ないことですよね。

次に、これも10日程前のことですが、勤めも終えて座敷でお茶を頂いていると、そこの奥さんが「さっきね、自転車で買い物に行った帰り道、私がちょっとよそ見をしたその瞬間、自転車に乗った大谷高校の女子生徒と危うくぶつかりそうになったんです。そうしたら、その女子生徒が『すみません。大丈夫ですか』と、心配そうに声を掛けて、私の体を気遣ってくれるじゃないですか。そもそも、悪いのは私なのに。私は(あのような生徒に出会えて)とても良い気分でした。今日、この事をご院さんがみえたらお話しようと思って」と。これも些細なことですが、このような場合、咄嗟に文句は出ても、人を気遣うなんて出来ないことです。

また、それと反対のケースもありました。以前、寺の事務所に憤慨止み止まぬ体で入って来た60代の男性、その腹立ちの理由を興奮しながら話して呉れました。丁度、寺の前の歩道を歩いていたら、一人の男子の高校生が自転車を車道に止めてしゃがんで、何か困っている様子。それでその人が「ボク、どうした?」と声を掛けたら、いきなりその子が「ダラ、見りゃ分かるやろ!」と、突っ掛かるように応えたというのです。そこで、その人はその言い草に腹が立ち「おい、こら、お前、口のきき方も知らんのか!」と、言い返したそうです。もし、この子に気遣う心があったならば、これほどこの人に腹立てさせることも無かっただろうにね。

住職の口癖  冠婚葬祭は、時と所が違えば、仕来りはみな違うもの。


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お参りでの戯れ

 この頃、お参りに行くと、皆が私の身を案じてくれているのか、いやに気遣いされているように感じてなりません。例えば、よく門徒の人から「ご院さん、体に気を付けて長生きして下さいね」などと事改めて言う人が殊に多くなったような気がします。何か、私が余程年寄りに見えるのか、それともひ弱に見えるのでしょうか。

 また、私が門徒宅で帰りの挨拶をして外に出ると、わざわざ家族総出で見送って下さる家が多くなったような気もします。以前はそのようなことが無かったのに、この頃私はこのようなことまでがとても気になるのです。
 
 先達て、ある門徒の家にお参りに行った時のこと。その家には一人暮らしの女性が居て、その日の早朝訪ねると、「ご免ください、本光寺です」と玄関から声を掛けると、中から「はーい」と元気のよい声で出て来られました。そして、私の姿を見るや否や「あら~、ご院さん、会いたかったわ」と言いながら、その女性は私に駆け寄り、何と抱きついて来たのです。これは女房にもされたことのないことでしたから、突然のことで大変驚きました。顔が私の胸ぐらいしかない小柄なその女性は、私の胸元で「おととい電話があってから、きっとご院さんじゃないかと思って、さっきまで今か今かと待っていたのよ。さぁ、さぁ、入って頂だい」。

 そして、居間に通されて、炬燵に入って座ると「私、一週間前に退院したばかりなの」「あらっ、そう。どこか悪かったんですか?」と訊ねると、「ほんとに、命拾いしたわ。三ヶ月ほど前に家で急に胸が苦しくなってね、そのまま意識を失い、気が付いたら病院だった。あの日、たまたま息子が家に居てね、運良く私を見つけてくれたお陰で助かったのよ」「そりゃ、よかった。息子さんは命の恩人だね」「そう。でも、病院に居た時に、どうしてかね、ご院さんの顔が見たくてたまらない時があったのよ」などと、突飛で嘘のような話をし出したのです。実をいうと、この女性、80過ぎのお婆ちゃんなのですが、この場合、普通であれば「危ないところで、ご院さんのお世話になるところだったわ」と、こうくるところですよね。それが何故、病室で私の顔が浮かぶのか、これも分かりません。私の顔って、所謂、‘癒し’系の顔なのでしょうか。

 それにしても、この婆さんに突然抱きつかれた時は、流石に驚きました。でも、これは私にはとてもうれしい出来事でした。


住職の口癖  坊主の仕事に慣れると怖いな。手抜き、誤魔化し、横柄な態度、気をつけなければ。


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毎年、本光寺では今頃の時期になると、出張して町単位での報恩講が勤まります。その期間は12月中旬までの約80日間、ほぼ毎日のように出掛けて行って公民館や当番の門徒宅などの場所で、その町の人たちと報恩講を勤めるのです。この寄合のことを私たちの地方では〝お座〟と云います。この〝お座〟では、最初に皆と一緒に声を合わせて、節の付いた正信偈や念仏・和讃などを唱和します。その後、私は一時間程のお話をしてその〝お座〟が終わります。

そこで、正直に打ち明けますと、私には50歳を過ぎても相変わらず不得意なものが3つあります。それは毛筆と作文と説教なのです。言うまでもなく、これらは坊主の素養として必修事項で、出来ないことは坊主として大変恥ずかしいことです。満足な字も文章も書けず、人前で話せないとは、今でも私は内心忸怩たるものがあるのです。

これまでにも私が話をすると、苦虫をつぶしたような表情の人や、いびきをかきながら、寝てしまう人が多くて、中には私の話の最中にドテーンと仰向けにひっくり返った人までがいた位です。日頃の不勉強がたたり、聞いている人は私の支離滅裂な纏まりのない話に退屈して、きっと眠くなるのでしょう。

そのような話を女房にしたら「そりゃ、あんたの下手な話を門徒の皆さんは我慢して聞いて下っているのじゃないの。これからはお座の度ごとに、お礼を言ったら」と言われ、私はそれも成程と思い、それ以来、話をする機会がある度に、「皆さん、私のつたない話を我慢して聞いて下さって、今日は有難うございます」と、お礼を言って終わることにしています。すると、皆は尤もだと思うのか、気遣ってくれたことが嬉しかったのか、一様に苦笑いをしているのです。

私の話といったら、事前に何の準備もせず、言いたいことも纏めないままに、その場に臨むのですから、全く無責任な、まさしくお座なりの説法になってしまうのです。時には笑いを誘い、涙を誘うような、聴衆を引き付け退屈させないで、尚且つ仏法の要の話をちゃんとする、なんて芸当は私には到底出来そうにはありませんが、ただ、とつ弁ながらも、いつも受け売りの話ではなく、私は成るべく自分の言葉で話すよう心掛けています。

では、下手なりに、今年はどんな話をしてるのかって?それが「他力の信心とは」のつもりなのですが、人はこれを私が話すと聞いただけで、あぁ~、もう眠くなりそうです。


住職の口癖  だらメルも書いてしまえば、ただのゴミ。


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私は門徒の家にお参りに行くと、意外なお参りの仕方をしている人がいて、その都度驚かされることがあります。私はどの家でもお話していることに、「毎朝、お参りすることが大事なことなんですよ。先ず、仏壇の扉を開けて、お仏供(一般にお仏飯と云いますが)を備えて、合掌をしながら、ナムアミダブツと唱えます。それだけでいいんです」それに、「お仏供を備えるということは、一日に一度は必ず私たちに仏壇を開かせるため、その中の汚れを気付かせるため、手を合わさせるためでもあるんですよ」と。

御仏

お仏供と云えば、いつか或る門徒宅での読経中、お内仏を眺めているとお仏供の白いご飯の上に何か赤い物が載っているように見えるのです。読経が終わりその家の婆さんに「お仏供の上に載っている赤い物は何ですか?」と訊ねてみると、「あれ、梅干です」「えっ、何故梅干を載せるんです?」聞き返すと、「おかずです」と。それを聞いて、思わず私は吹き出して仕舞いました。

蓮の花


そこで、よい機会だと思ったので次のような話をしました。「仏供はご飯で盛ってあるので、仏さまの食物だと思われるのも無理はありませんが、実はあれはご飯で蓮の実を形取った物なのです。ほら、この仏器(真鍮製の器)の形がそれと似ているでしょう。ですから、白い蓮の花を仏さまの足元の蓮台のもとに蓮の花を添える心持で備えるのです。決してご飯を差し上げるという意味ではないんです。だから、これからは梅干は要りませんよ」と説明しました。すると、婆さんは「あらぁ、そんなんやったんかいね。初めて聞いたワイね。それぞれ謂れがあるがやね」と素直に納得してもらいました。

勤行テープ

また、ある家の若い奥さんは「本光寺から頂いた、お経のテープを毎朝仏壇の前でかけて流しています。台所の流しに居る時も、掃除をしている時も、洗濯をしている時も唄を聴くようにかけています。このテープはご院さんの声で有難いし、第一お布施が要らないじゃないですか。こんなでも、いいんでしょ」だって。そこで私は「構いません。そりゃ、仏壇の引き出しの奥に仕舞われているより、ずっと私にとっては有難いですよ。お勤めは独りでできなくてもいいから、聴いて耳慣れることが大事なんです。でも、奥さん、たまにはお内仏の前にも座ってみて下さいね」と言ったら、笑って「はい!」と誠に素直でした。


住職の口癖  早よう、だらメルの日がくるな。


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 今から21年前、その年の9月中旬、小学6年生の男の子が学校のプールの排水口に吸い込まれて溺死をするという誠に痛ましい事故がありました。この事故を聞いて葬儀に集まった人たちは誰もが驚きの様子を隠せず、周りの人とそのことを語り合い、涙して悲しみ、当然のことながら重苦しい空気が式場全体を包んでおりました。

そうした中、葬儀が始まり、同級生で一番仲良しの友だちの弔辞によって、堰を切るようにそこに居た全ての人たちの涙を誘ってしまったのです。それは子供の飾らない素直な表現の数々が全ての人たちに共感をもたらし、感動を与えました。ところが、弔辞も終わり読経が始まるところで、‘始め’の合図に打つキンの音が鳴らないのです。そのキンを打つ筈の伴僧が、どうも貰い泣きをしている様子なのです。

私は困りました。それでも、どうにかキンが鳴って、私が調声(ちょうしょう)を執りましたが、その後に続いて唱えてくれる筈の伴僧二人が年甲斐も無く鼻をすすりながら、押し黙ったままで後に続いてこないのです。
そう言う私も、その場に居ながら居たたまれない程の辛い想いをしていましたが、心を鬼にしようと自分に言い聞かせて、努めてご両親の顔を見ないよう、弔辞の文言を思い出さないようにと、一人正面の一点を見つめて読経を止めぬよう頑張っておりました。

 さて、今日、子供が死亡する場合、生来不治の重い病気に罹っていた者や、不慮の事故に遭った者以外、その死亡の原因は大半が親の不注意によるものだ、と云われるくらい子供の死亡数は減少しました。そこで、私は今年100回忌に当たる明治37年の過去帳(本光寺門徒の死亡記録台帳)で、当時のその辺の状況を調べてみることにしました。
その年の死亡数は269人で、その内10歳未満で死亡した子供は124人にも上りました。この数は何と全体の46%にもなるのです。更にこの年の平均年齢はと計算してみると27歳になります。今日の日本は世界で最も平均年齢が高いとされていて、恰も誰でも長生きできるような錯覚を持ちがちですが、これは言うまでもなく子供の死亡率が低いことに他なりません。

 我が子が亡くなるということは、親が亡くなること以上に辛いことです。特にその時の母親の心中を察した時、身を分けた我が子が死ぬという耐え難い苦難を生き抜いてきたこれまでの母親の逞しさに、只々女性の偉大さを思います。

住職の口癖  何事も、やる前からダメだと決めつけないこと。

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ある年の12月、山代温泉 のあるご門徒宅へ報恩講勤め伺った時のこと。私が仏壇の前に座ると、そこですぐに私の目に入ってきた物が、平成11年に「本光寺ホコ天まつり」に使ったポスターの縮小版と云いますか、そのポスターをA4サイズに写したチラシが打敷のように正面に下がっているではないですか。それを見て、私は腰を抜かさないまでも、相当びっくりしました。まさか、このような所で私の頭が仏様のように拝まれているとは予期をもしておりませんでしたから。あたま

このポスターの中央には私の後頭部の写真が使われていて、その頭には「千」という字を剃り込みした髪の毛できれいに描かれています。そもそもこのような大胆なポスターを作ろうとしたきっかけは、泉原君 の「住職の頭を使ってみては」の一言からでした。この提案には誰もが賛同し、また本人(私)もその気になり、到頭やってみることになりました。でも、今思い出してもこの作業は大変なことでした。

 先ず、近くのタチバナさんの店で、宮誠而 さんが用意をしてきた型紙を私の頭に当てて白粉で型取りをしました。そして、少しずつ剃り落として出来上がるまで、何と1時間30分も掛かりました。私はこの頭で往来に出ることが恥ずかしくて、店から寺まで凡そ300m程を自転車で一目散に、それも帽子をかぶると毛が寝るというので、毛に触らぬよう帽子でかざして帰りました。それから撮影、そしてまた店まで同じように戻り、剃り込みを落としてもらい、やっと終了しました。後ろ頭

当時、このポスターが小松の所々に貼られてあって、「この頭は一体誰か」と話題になっていました。ところが、この婆さんはチラシの写真を見て、すぐに私の頭だと判ったそうです。私は仏壇の前に座りながら「婆ちゃん、あれからもう4年以上も経っているのに、ずっとこんなにして下げていたの?」と訊ねると、「そう、ご院さんだと判ったら、クチャクチャにできなくて、捨てられなくて、ずっとこのままながや」ですと。

ちなみに、これまで5回本光寺の夏まつり用のポスターを作っていますが、私がモデルになったものは、このポスターを含めて2回あります。これが何故か2回共後向きなのです。

住職の口癖  前例は作るもの。
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 一般にどの家庭でも、仏壇の所謂〝おもり役〟は、主にその家の年寄りに任せられていて、普段のお内仏の給仕(朝夕のお参り)は年寄りの役目になっているようです。このように、家の若い人が仏壇に寄り付かないことをよいことに、<仏様はきっと守って下さる>と思って、自分の大切な物を仏壇に隠している人もいます。

 いつだったか、私はある門徒宅で勤行前の準備中、黒塗りの和讃箱の蓋を開けたら中に現金が入っているではないですか。私は後ろに一人居た婆さんに「あれ、こんな所にお金が…」と言うと「あらっ、むせえ(あらっ、いやだ)、家のもん(者)には内緒ながいね。わても、今まで忘れとったがいね」と言いながら笑っています。「これ、婆ちゃんのヘソクリやね。うまい所に隠したもんやね。ここじゃ、子たちにも、ちょっと分からんかも知れんね」と、私は婆さんの知恵に感心しておりました。

 ところで、本光寺には「おみたきさん」というこの寺独自の法要があります。これは位牌や古い絵像、打敷、経本等の処置法要なのです。これは一体どんな法要かというと、仏壇の中には我々の目から見て不必要な物が随分と入れられています。例えば旅行の土産に持ち帰って来たような置物の人形、葬儀に使った白木の位牌、故人のスナップ写真などです。その他、甚だしいものに釈迦の涅槃像を写した写真を堂々と奥に立て掛けた厚かましい宿借り本尊や、故人の死に顔を写真に撮った生々しい写真を置いたりと、私はこれらの物を見付ける度に、気が重くなってしまいます。
おみたきさん

 たとえ排除を促がしても、一旦入れて仕舞ったこれらの物を出すには、実はとても勇気がいることなのです。「もしも、このことで悪い事が起るのでは」と、恐怖心にかられていて容易に仏壇から出すことに中々同意をしてくれません。喩えば、ここに半紙や木片などに墨で「南無阿弥陀仏」書いた物があるとすると、誰もが容易に屑篭に捨てられないというのと同じで、これは人間の共通した心の弱さを示していて、これが邪教に心が向く温床になっています。
おみたきさん

 そこで考えついたものが「おみたきさん」という法要だったのです。これを年に一度の本光寺の重要な仏事として多くの人たちに知ってもらうために、平成6年から大衆的な夏まつりを催し、その時に執り行なうことにしました。そして、この法要を恒例化させて、門徒の仏壇の中からこれら不必要な物を一掃させることが、この法要の狙いなのですが…。
 
 今年のおみたき法要は7月22日(土)13:30~です。

住職の口癖  自分がダラだと気付くと、人がよく見えるね。
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