本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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サンドイッチマン

 もうすっかり地元では有名になった円満朝市も今年で早4年目になり、これまでに計21回開催しました。第1回目には僅か16店舗だったお店が、今や40店舗を超え、その他に、通りの歩道には商店街のお店が10店舗ほど並び、早朝6時前から一体何処から人がやって来るのでしょうか、毎回、1,000人以上もの大勢の人たちで賑わっています。

この円満朝市では、初回から白山麓の中宮温泉の湯で作ったお粥が無料で振舞われているのですが、これが大変人気があって、6時きっちりにお椀に入ったお粥が窓口から出されると、僅か10分足らずで用意した108杯のお粥がすべて無くなってしまうほどなのです。
円満1粥
このお粥作りの担当は私の女房でして、たかがお粥のことながら、当初は色々苦労があったようです。まず、お粥の湯の加減や味を考えて、試食用に作ったお粥を円満の会員に食べてもらい、率直な意見を聞き参考にしました。それから一番食べ頃の時にお粥を一時に大量に出さなければならない状況なので、出来上がりの時間帯を考慮しました。
円満粥2



 そのような試行の末、漸く本人も<これだ>と思えるものに仕上げることができたのでした。今では最初に作った「小豆粥」から「そば粥」「赤米粥」「白山なめこそば粥」と次々と新メニューを作り出し、女房のレパートリーも4種類に増えました。でも、本人はこれだけではまだ物足らないのか、さらにお粥の新メニューを作りたいと意気込んでいます。
 
 ところで、この朝市の間、私の仕事というと、昔懐かしいサンドイッチマンをしています。横70cm、縦90cmの二枚の板を体に挟んで首と手足を出し、境内の中を買い物客にチラシなどを配りながら歩き回っています。
サンドイッチマン1
先月の朝市の時でしたか、私がそのような姿で境内を歩いていると、3人連れの婆さん達がそんな私を見付けて何かコソコソ話しています。そこで私は聞こえない振りをして聞き耳を立てると、その内の一人が連れの人に小声で、「ねぇ、あの人、ここのご院さんやろ、ダラみたいことしとんまっしゃる~」と言って互いに顔を見合わせ笑っています。そう云えば、私が首から掛けているその板には「人間陀羅とよばれて一人前」と書かれてありましたなぁ。これは、私も遂に一人前になった、ということなのでしょうか。

サンドイッチマン

そうそう鶴田浩二の歌に「♪~サンドイッチマン サンドイッチマン 俺らは街(朝市)のお道化者 とぼけた笑顔で 今日もゆく」なんていうのがありましたな。円満朝市には買い手も売り手も、笑顔いっぱい誰もが実に楽しそうです。

住職の口癖 寺は、今も立派な公共施設だ。



円満粥3

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 今年の3月27日、ドイツのカウフボイレン・マルティンスフィンケン合唱団のコンサートが本光寺の本堂で開かれました。男女30人のこの混声合唱団のハーモニーは聴いている者をうっとりとさせるほどすばらしいものでした。

賛美歌1

 これが何故に寺で、というと、彼らがあえて場所を日本の寺の本堂という木造建築の下でしたかったのだそうです。私は実際その場に居て、賛美歌やドイツの牧歌曲などを聴いていても、寺だからだという違和感は全くなく、いや、それどころか返って古い建物と歌声が心地よい調和をもたらして呉れました。恐らく、本堂を満堂に埋め尽くした多くの人たちも、同様の心境だったのではないでしょうか。

賛美歌

 ところが、この日の演奏会の広告チラシを事前に見た一部の人たちの間で「寺で賛美歌とは、如何なものか」と、眉をしかめている人がいたようなのです。事実、寺にも匿名の人からそのような趣旨の電話があったくらいです。

 ところで、キリスト教といえば賛美歌ですが、真宗にも仏教讃歌というものがあります。これは西本願寺第22代門主鏡如上人が大正時代に賛美歌を真似た宗教曲をいち早く儀式に取り入れたのが始まりで、以来、今日では真宗大谷派でも数多くの仏教讃歌が作られ愛唱されています。また、従来のお経の節にしても、大谷派では基になったものが天台声明ともいわれ、これまた、6、7世紀のローマ・カトリック教会のグレゴリオ聖歌と通ずるものを感じさせてくれます。このグレゴリオ聖歌は一般的な賛美歌のイメージとは違い、単声で無伴奏の、素朴な原始的な趣の歌なのです。だから、単調なお経と似ている点もあって、もしかしたら真宗声明のルーツを辿ればグレゴリオ聖歌に行き着くのかも知れません。

 話は変わりますが、近頃人からよく「葬式などで真宗の坊主らのお経は不協和音のようで、聞きづらい」と言われます。確かに、私も時折余所の坊さんと一緒に勤める時など、相手が音痴なのか音が合わなくて、とてもやり辛いことがあります。それに、今日の葬式では読経の声と司会者の焼香の呼び出しの大きな声が入り混じり、もうじっくりとお経の響きに浸る雰囲気ではなくなりました。その上、多くの会葬者は呼び出される我が名の確認に余念がなく、自分の焼香が終われば、隣の者とコソコソと私語を交わすといった始末です。葬式は立派な音楽法要の筈なのにね。

 今、ふと思ったのですが、例えば、キリスト教会での葬式の最中、不揃いな声で賛美歌を歌ったり、また、仏式のように司会者が会葬者の名前の呼び出しをすることなど許されるのでしょうか。

住職の口癖 一旦身に付けた声明と作法は、もう人は奪えない。

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