2006-07-18 12:44:04
犬も歩けば柱にぶつかる
テーマ:愛犬
以前、我が家には、寺の警備犬(?)を2匹飼っていました。柴犬で,当時共に13歳でした。一般に犬の寿命は13~15歳だそうですから、もうご老体です。最近、アコ(雌)の目がパンダのように黒くなり、よく見ると目が開いていないようなので、掛かり付けの病院で診てもらったら、歳のせいで皮膚がたるみ、逆まつげになっているというのです。そのために見えにくいものだから右往左往して何にでもぶつかり、怖くて小屋から中々出たがりません。今日も女房と餌をやりに行った時、以前だったら遠くから我々の足音を聞いただけで喜んではしゃいで待ってくれたのに、今じゃ小屋のすぐ間近で呼んでも出て来ないのです。女房が小屋を覗いて、何と「ワン!」と吠えたら、やっとやんわり(ゆっくり)と出て来る始末です。私はそんな動作の鈍さが尚更可哀想に思えてきて、若い時の無邪気な仕草もすっかり消えたアコを眺めながら、<あぁ、おばばになったな>とつくづく感じました。
でも、この犬たちも以前はきかん犬で、これまでにも不審者3人の足に噛みついたり、彼らの生活領域に侵入して来た鳩4羽と烏1羽を撃退をしたこともありました。それから、このようなこともありました。夏の或る日の深夜、あまりの異様な犬の鳴き声で私は目が覚めて、一体何事かと心配で外に出てみると、真っ暗な境内にたった1台の車がドアを開けたままで停めてあり、どうも車の中に人の気配がします。恐る恐る近寄ってライトで照らしてみると、そこには泉原君(本光寺の有望な中堅僧侶)が仰向けに片足を外へ放り出し、口を開け鼻提灯を膨らませ泥酔状態ですっかり寝入っています。
この時も相変わらずわが警備犬たちはけな気にも鳴き続けていたのですが、多分、当の泉原君には依然とその声が聞こえていなかったようです。でも、私にはその鳴き声はやさしく、恰も「泉原さん、こんな所で寝ていると風邪ひくよ」と、泉原君の身を案じて懸命に起こしているかのように聞こえました。この時、私もついやさしく「おい、こら、起きろ!こんなとこで寝るバカいるか」と、声を掛け、やさしく頬を撫でてみましたが、一向に起きてくれませんでした。それで私は諦めて、その後寝たのですが、どうもあれからも犬たちは夜通し鳴き通していたようでした。
そもそも、犬が我が家に来たのは下の娘が9歳の時、その娘が「犬が欲しい」と駄々をこねてせがみ、到頭飼うことになったのですが、当初、犬を飼った経験のある女房は「犬が死ぬのが辛いから」と、言って反対をしていました。あ~、そういえば、こんなワルツの唄がありましたな。♪別れは辛いことだけど 仕方がないんだお前たち…
住職の口癖 苦は色を変える。
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2006-07-11 17:24:38
見返り
テーマ:坊さん
私たち坊主は、時々人から仏壇店や葬儀社、そして石材店などの仲介を頼まれることがあります。私が初めてそのような体験をしたのは、旭川別院に就職した26歳位の頃、別院から毎月お参りに行っていたある門徒の人から仏壇店の紹介を頼まれ、そこで私は別院の門徒の上田仏壇店を紹介したところ、後日この仏壇店の主人から「先日は有難う。これ、僅かだけど先日のお礼だから」だと言って、封筒を差し出されました。
私はこんなことは初めての体験でしたから、受け取ってよいものか一瞬ためらったものの、このことは別院の人たちには内緒にして家に持ち帰り、うきうきしながらその包みを開けてみると、当時の私の給料は10万円位でしたが、その額の半分ほどのお金が入っているではないですか。その時私は何か悪いことをしたような、また悪いことを覚えてしまったような、人に堂々と言えない後ろめたい気持になりました。
そこで、女房にそのことを打ち明けると、女房は「そんなに嫌なことなら、上田さんに『私はこのお金は要らないから、この分をそのお客さんに負けて上げて下さい』と言ったら」と言われ、私は<それは、いいことだ>と思い、早速、上田さんにその旨を話し、お金を返そうとしたら、「いや、今回のところは、これは受け取って下さい。じゃ、次回からそのようにさせてもらいましょう」と、軽くあしらわれて仕舞いました。
それ以来、旭川在住4年間でこのようなことが度々あったのですが、上田さんはずっと私との約束を守ってくれました。でも、このことが逆に上田さんには随分と私に‘借り’意識というか、負い目を与え続けてしまったような気がします。
というのは、後に私が別院を辞めて岩見沢のある寺に勤め先が替わることになり、その引越しの当日、上田さんはこれまでのお礼だと言って、人夫にと店員2人を、そして店の2tトラックまで宛がって下さったのです。更に、岩見沢に着いて荷降ろしが済んで、女房が気を利かして「これ、帰り道に弁当でも買っていって」とお金を渡そうとしても、「それは貰っちゃいけないと堅く言われているんで」と、中々受け取って呉れず、女房は無理矢理ポケットにお金を押し込んだくらいでした。私はその時、結果的にそれが良かったことなのか、悪かったのか、返って面倒な要らん気遣いをさせてしまったのではないのかと、私の我儘を強要したことが申し訳なく、何とも複雑な思いになりました。でも、これも私の若い時分のよい体験でした。
住職の口癖 門徒に自分の都合を押し付けないこと。
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2006-07-04 15:12:49
お寺の原型はNPO
テーマ:お寺
円満の会も発足して今年で6年目を迎えました。もう登録会員も500人を超え、これまでの会の活動は小松の町の人たちに可成り知れ渡っているように思います。度肝を抜いた奇抜なイベントもありましたし、また逆に誠に地味な活動でも毎年続いているものもあります。
あれは平成9年の年明け早々でしたか、日本海島根県沖でロシアのタンカー「ナホトカ号」が沈没して、多量の重油が真冬の荒れた日本海に流失して漁場や漁村に大変な被害をもたらし、大騒ぎになりましたが、あの後、私たち円満の会の人たちも、200人以上の人たちが安宅の海岸に集まり清掃奉仕をしました。流木やゴミなどを皆が手分けして拾い集めて、会員が好意で用意してくれた何台もの自家用のトラックで、処理施設まで運びました。
このことが切っ掛けとなり、ボランティア委員会では毎年一箇所ずつ小松の老人福祉施設を回り、押し掛けの清掃奉仕をすることになったのです。ところが、この活動がまたどの施設でもとても喜んで下さり、「次はいつ来てもらえるのか」と、尋ねられるくらいなのです。去年などは「グリーンポート小松」老健施設で、100人近い人たちが施設内外に分かれて作業をしたのですが、きめ細かい行き届いた仕事振りに施設職員の方が感心され、特に何人かの本職の庭師の方が庭木の剪定までされたのには、思ってもみなかった事だと大変喜ばれました。
何れにせよ、円満の会は「寺は楽しむ所」だということを様々な活動を通して皆が実感しているのです。この円満の会には、会則が無く、従って会長を置かず総務・委員長会の合議制で何事もすべて決まります。いつだったか、総務の岩倉成利さんが市役所から取り寄せたNPOの資料を私に見せてくれたことがありました。そこには「日本では、NPOの原型は寺院にある」と書かれてあり、驚きました。これまでの円満の会の活動を振り返ってみれば、「なんだ、円満の会そのものがNPOじゃないか」と、その時私は思えたくらいです。この会には既に「政治活動と宗教活動をしない」という暗黙の取り決めがありますが、これもNPOには大事な条件です。
そこで、私は今年度からNPOの設立するための準備に、円満の会の事務局を設置することにしました。NPOの活動内容には、福祉、社会教育、まちづくり、スポーツ振興、環境保全、国際協力、災害救援、子供育成など17分野の活動が認められています。さて、今年から本来の寺に立ち帰るための新たな取り組みが始まります。
住職の口癖 無い物ねだりは、せんとおこう。
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